2026年9月30日水曜日

花だより たい焼きのあんこ 北見秋祭り 菊 銀杏 

 

 作家の安藤鶴夫が東京四谷の横丁でたい焼きを買った。しっぽの先まであんこが詰まっていて、≪ぼくはそのたい焼きに人間の誠実さを味わった≫と書いている。ところがそれに対して、「たい焼きのしっぽは、一種の箸休めだ」と反論が出たという。確かにその通りかもしれない。味覚は人それぞれだ。
 外国人、特に米国人にあんこを食べさせると「豆の味しかしない、甘さを感じない、これはスイーツではない」と言う。日本の繊細な味覚は外国人には伝わらないようだ。小豆は日本の味には欠かせないが、最近は甘い洋菓子に押されて和菓子離れが進み、小豆の栽培が年々減少傾向にあるという。いちごやりんごなど果物は何でも甘くなっている。果物だけではないトウキビやイモなどの野菜まで糖度を増している。日本人の舌もそれに慣れてしまったようだ。しかし、まだ「たい焼き」は根強い人気を保っている。
 ~しっぽには、いつもあんこがあるように、それが世の中を明るくするように、あんこが身近にある。明るい世の中が続きますように~(安藤鶴夫の随筆より 1953年)
 札幌の大丸の地下菓子売り場に長蛇の列ができていた。ノースマンの餡バター味を求める客だった。
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2026年9月29日火曜日

花だより AI対応教育リスク言及 今後どうなる? ゲンノショウコ ススキ コスモス

 

 ~AI対応教育リスク言及~ 中教審 次期学習指導要領まとめ案了承 
 AIの利用をめぐっては、児童生徒の知識の習得や思考・判断・表現力の育成が妨げらる懸念が指摘されており、8月に公表された素案から、AIをめぐる留意点の記述を増やした。AIが人の知識や意思決定に与える影響・安易な利用で思考しなくなるといったリスクに言及、「ネット検索で表示されるAIの要約を児童生徒が丸写して課題を仕上げるなど、適切な指導がなされていない実態もみられると指摘した。AIを不用意に使うことには慎重になるべき、AIの例文を鵜呑みにせず吟味するなど教師の支援が重要」と明記した。国が今後「AIの適切でない使い方」などの留意点を具体的に示す必要性も盛り込まれた。(9月26日 読売新聞から)
 一方で子どもたちは、すでにAIを日常的に使っている。AIの方が分かり易く、簡単、便利だからだ。“教師の支援が重要になる”という指摘に、現場はどう対応するのか?教師がAIに「どうしたらよいか?」と相談するかもしれない。
 小中学校の「総合的な学習の時間」が、高校に合わせて「学習」から「総合的な探究の時間」に名称を変更する。「探究」とは、物事の意義や本質・真理など自ら探って見極めるようとするプロセスのことで、「探求」は、欲しいものや目標を探し求めること、(例文)「幸福を探求する」追い求めるのではなく、教師も自ら探って見極めて欲しい。
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2026年9月28日月曜日

花だより 「子育て応援」 イタズラに寛容でも放置せず ハロウィンカボチャ

 

  
 子どもの成長過程には、イタズラや悪さはつきものです。ハイハイで移動ができ、手が使えるようになった子は、ゴミ箱をあさり、テッシュをどんどん抜き取り、大人が「コラッー!」と言うとうれしがります。3歳くらいになると鼻をほじくり、食べることもあります。子どもにとって大人が嫌がること行為こそ魅力にあふれているのかもしれません。
 少子化が進行し、子どもという存在がマイノリティー(少数派)になっています。きょうだいの世話や子守の経験がないまま親になる人が増えています。これは時代であり仕方のないことです。「子ども」とはどんな行動をし、どんな経験が不可欠なのか、子どもの心を代弁してくれる大人の存在は重要です。
 子どものイタズラや悪さに寛容であっても、それを放置せずにしっかり指導することが必要です。そんな社会であればと願っています。(9月26日 読売新聞)
         (北海道大学子ども発達臨床研究センター長 川田 学氏)
 北海道国公立幼稚園・こども園協議会の研修会に川田先生をお呼びしたことがありました。札幌の園長先生が、「私たちは何度も先生のお話を聞いていますが、是非全道の先生たちにも聞いてほしい。」とアポを取ってくれました。
 スーツ姿ではなく、普段着のまま、実践とエピソードを交えユーモアたっぷりのお話に聞き入ったのを覚えています。教師にとって研修は命です。どんなに忙しくても、年に一度か二度は、こうし講演を聞くのは大切だと思ったのと、つくづく札幌の先生方は恵まれているなあ、これが地方との差だと実感しました。
 
 


2026年9月27日日曜日

花だより 発達障害と疑われている子の7割はそうではない? フヨウ コスモス ひょうたん

 


 はじめにお断りしておきますが、私はADHDです。というわけで動物園の動物みたいにウロチョロしながら話しますが気にしないでください。
 前玉川大学大学院教授 阿久澤 栄氏(全国特別支援学級設置学校長会研究大会の講演から)
《障害?or母子関係の悪さ?》
 「発達障害の子どもがいるので見てほしい。」という依頼があり、これまで四百数十人見てきましたが、その中の70%の子どもは、発達障害と同じような問題行動はあるものの発達障害ではない子どもです。発達障害と同じような問題行動をする子どものほとんどは、「母子関係の悪い子ども」です。こういう子は、愛着関係からスタートしていますから、母子関係が問題なのです。
 この母子関係の悪さは、非常に難しい問題です。ある子は3歳ですが、荒れに荒れて、落ち着きがなく、自分の意見が通らないと噛みついたりします。その反面、特定の保育士には、ベターっとくっついていきます。いろいろ調べていくと家庭内に問題があることが分かりました。愛情不足の欲求不満ゆえに出てきている問題行動なのです。母子関係の悪い子どもの多くは、ADHDや多動衝動型と同様な行動をとりますが、一つ違うところは、小学校でいえば、授業中はおしゃべりが止まらず教室を勝手に出て行ってしまっても休み時間になると教室に戻り、担任にベターっとくっついているというのが、母子関係の悪い子どもの典型です。
 この3歳児の両親は、共働きで夫婦間の会話も少ない上、お母さんいわく「仕事が忙しくて子どもの面倒を見ている暇がない。」という有様です。これでは子どもがうまく育つはずがありません。忙しい中でも、ちょっとでもその子を抱っこしてあげれば違うのです。また、子どもへの声掛けの仕方がわからないという母親もいます。学級の中に指導が難しい子どもがいて7割の子どもは発達障害ではなく、母子関係が悪い子どもだと頭に入れておくことです。そして、決して母親だけを責めることなく話し合うことです。子どもはもちろんですが、母親にも寄り添うことが必要です。
 ~こども園ではよくあること~
 5歳以下で問題行動を起こす子を発達障害と診断することはさらに難しい。障害なのか、親子関係に原因があるのか判断しづらいからです。「母子関係に問題はありませんか?」などと担任が親に聞くことはなかなかできませんし、専門の医師でも一度のわずかな時間で母子関係まで把握し、判断することは難しい。「母子関係が悪いです。」という母親は、まずいません。実感として、阿久澤先生の言う通り、発達障害と言われている子の中には、親子関係に原因がある子は、相当いると感じます。
               

「北見秋祭り」開催中

2026年9月26日土曜日

花だより 最後だとわかっていたら 洪水被害 イボタノキの実 コリウス ブドウ フサクズリ

 

 もう異常気象とは言えない。何度も豪雨に見舞われた千葉県では、甚大な被害を受け、多くの犠牲者が出ました。
 土砂崩れ死亡 友人悲痛の声(9月24日 読売新聞)
 安否不明だった何人もの死亡が確認され、親しかった友人が悲痛の声を漏らした。
「またランチでも行こうね」と別れたのは16日、「まさか、あれが最後になるなんて、もっとたくさん話したかった。」(幼稚園のママ友)

 「最後だとわかっていたら」
     作 ノーマ・コーネット・マレック(米国人女性)
     訳 佐川 睦
 あなたが眠りにつくのを見るのが
 最後だとわかっていたら
 わたしはちゃんとカバーをかけて
 神様にその魂を守ってくださるように
 祈っただろう

 あなたがドアを出ていくのを見るのが
 最後だとわかっていたら
 わたしはあなたを抱きしめて
 キスをして、そしてまたもう一度呼び寄せて
 抱きしめていただろう

 あなたが喜びに満ちた声を上げるのを聞くのが
 最後だとわかっていたら
 わたしはその一部始終をビデオにとって
 毎日何度も繰り返し見ただろう
   (中略)
 だから今日、あなたの大切な人たちをしっかり抱きしめよう
 そして、その人を愛していることを 
 いつでも大切な存在だということを
 そっと伝えよう
 もし明日が来ないとしても 
 あなたは今日を後悔しないだろうから…
  この詩は、アメリカ同時多発テロの追悼で朗読されました。

2026年9月25日金曜日

花だより AIを学習に使うのは、もう当たり前 アブラナ畑 キクイモモドキ ガザニア

 

 小5~高3の半数近くがチャットGTPなど生成AIを使って勉強や宿題をしていることが、大手学習塾の調査(保護者1000人からの回答)で分かった。また4人に1人は、悩みごと相談にも使っており、生成AIが身近な存在になっている。
 「ほぼ毎日使っている」12。0%、「週に数回」22.8%、「月に数回」13.8%、計48.6%が学習に使っていると回答した。
 保護者のうち265人は、子どもが勉強や日常生活の悩みを生成AIに相談しているとした。その内3分1は、小学生のころから相談していたと回答している。生成AIが普及する中で「学習には人による指導が必要か」と尋ねたところ、「必要」「ある程度必要」との回答が合わせて8割に達した。(9月23日 読売新聞)
 まだ人による指導が求められているということは、教員には、生成AIに負けない指導力が問われてるということだ。今や生成AI抜きの生活は考えらない社会になっている。子どもに「使うな!」と言うのは間違いだろう。
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2026年9月24日木曜日

花だより 秋分の日「ぼたもち」と「おはぎ」 (散歩は哲学) ツリフネソウ そばの花 キキョウ

 



 散歩しているといろいろな草花に出会い、季節の移り変わりを実感する。「秋分の日」を迎え。そうか夕方暗くなるのがはやくなった。ナナカマドの実が日に日に赤く染まっていく。お寺の駐車場が満車状態、そうかお彼岸だ。お菓子屋さんで、「“ぼたもち”下さい。」と言うと「“おはぎ”ですね。」と言われた。つぶあんで作ったのが“ぼたもち”で、こしあんのが“おはぎ”だと思っていたら、そうでないことがわかった。春の彼岸に食べるのが「ぼたもち(牡丹餅)」で秋のお彼岸は「“おはぎ”(お萩)」だと知った。調べてみたら、≪あんこの違い(諸説あり)≫とあったので、全くの誤りではないことを知り安堵した。
 道端の草花もその環境に合わせて逞しく生きている。≪あさがお≫は、ツルが棒に巻き付いて上に伸びるものだと思っていたら、舗装の隙間に這うように伸びている。≪たんぽぽ≫は垂直な石垣の隙間からも生えている。きれいな庭に咲いているサフィニアは、そんな環境では絶対育たない。散歩しているといろいろなことに気付く。
 1日10,000歩を目標に歩いている。いつもの散策道の終点はどこかと歩き続けた。戻りのことを忘れていて18,000歩になった。さすがに疲れた。富士山登山がブームらしいが、自分には絶対無理だと思う。
 高校の体育館に「汝自身を知れ」という言葉が掲げられていた。その時は「お前の今の偏差値では、その大学には入れないぞ!」という意味だと思っていた。本当の意味は、“他人のことや自然の秘密を知る前に、まず自分自身の内面を見つめるという哲学の基本”ソクラテスの言葉で、今になってその意味を実感している。

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2026年9月23日水曜日

花だより 連休に札幌 オオケダテ サフィニア

 

 娘に会いに札幌に行ってきました。大通公園でオータムフェスタをやっていると聞いて、北海道各地のうまいものを食べようと出かけました。ところが人、人、人…、どの店も長蛇の行列、イートインも満席状態、価格も決して安くはない! これには田舎者のじいさんは、意欲、食欲をなくし、結局駅地下の食堂に入りました。シルバーウイークで旅行者も多く、物価高、消費減退はどこ吹く風?
 札幌駅構内と周辺は至るところが工事中、都会は常に変わっていき、地方はどんどん衰退していく。若者のファッションにも目を奪われ、地方では感じることのない活気を感じてきました。≪写真≫、朝7時散歩に出かけ、人もまばらな大通公園と札幌テレビ塔にホッとしました。

2026年9月21日月曜日

花だより 「敬老の日」の長寿饅頭 ハロウィンカボチャ ナナカマド バーベナ

 

  近所の菓子店に“『長寿饅頭』好評発売中”とあって「敬老の日」だと気づいた。
 「老人」の定義は、「前期高齢者65歳から74歳」、「後期高齢者は75歳以上」となっているので、自分は前期高齢者になる。若者に「シニアといえば何歳?」と聞くと“60歳以上”と答えるが、60代から70代に聞くと“80歳以上”と答えるという。
 今の70代は、元気に働く人がたくさんいる。「健康で働いているうちは、老人扱いしないでくれ!」ということだろう。
 「じいちゃん、去年まで『敬老を祝ってくれなくいい!』と言っていたけど、70を過ぎたから、これ着なよ!”」と、今流行のリカバリーウエアーをプレゼントされたので、ありがたく頂戴した。「敬老」は、孫の誕生をきっかけにするケースもあるようだ。
 散歩をしていると、火ばさみを持ち、ゴミ拾いをしながら歩いている同世代と思われる人と出会った。工事現場にも結構年配の人が働いている。毎日、一日8時間働かなくても、自分の体力(能力)に合った働き方ができればと思う。
 「敬老の日」とは、“年長者を敬う日”であるが、祝ってもらう方は、世間様のお世話になるだけでなく、まだ人のため世のためになりたいと自覚する日でもあると思った。



2026年9月20日日曜日

花だより 不登校対策~習慣 ルーティーン 当たり前 ハンショウヅル コスモス ツユクサ スターチス

 

 ウオーキング(散歩)が日課になっています。近所のこども園の散歩に出会した時、園長時代の習慣で「おはよう、今日も元気にがんばったね!」と声をかけてしまいました。
 毎朝、神社にお参りしてから出勤するサラリーマン風の人がいたり、呉服店のご主人は、朝早くから店先をきれいに掃除しています。「習慣」を調べてみると、長い期間繰り返し行うことで無意識にできるようになる個人の行動様式で、同じような言葉の「ルーティーン」は、決まった手順で行う所作で、順番が決まっている。神社のお参りは、「ルーティーン」で店先の掃除は「習慣」ということでしょうか。
 どれくらいで習慣化されるのか? 行動として定着するには約66日かかるというロンドン大学の研究があります。
 「何のために学校行くのか?」、「なぜ勉強するのか?」 
 だいたいが不登校になりがちな子、勉強のできない子が言う場合が多いです。また、ある子に「何のために学校に行って、勉強するの?」と聞くと、「そんなの当たり前のことでしょ。」と答えました。
 “右足を出して、左足を出すと歩ける”、“夜になって目を閉じると眠れる” お笑い芸人の「当たり前体操」が流行したことがありました。
 不登校の生徒に、≪なぜ学校に行かなければならないのか≫その理由を説明したからといって、学校に行き、勉強するようになるでしょうか?
 不登校の原因は十人十色で解消するのは簡単ではありませんが、学校に行って、勉強するのは、歩くことや朝、顔を洗い、歯磨きすることのように習慣化されて当たり前になっていることが大事なように思います。
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2026年9月19日土曜日

花だより 拒絶されるのは嫌だけれども… ひまわり ホウヅキ リンゴ

  ~拒絶に対処するスキルを教える ~
 どの子どもも拒絶を経験します。相手は兄弟姉妹を含めて他の子どもである場合が多いですが、ときには大人も「あっちへ行け」というようなことを言うものです。これを「いじめ」と捉えてしまいがちですが、そんなときのために、拒絶に対処する技術を教えておくことが大切です。たとえば、拒絶の理由にはさまざまあるということ、「相手に拒絶されても、それは相手の問題で、あなたが悪いわけではない。」と教える。
  ≪それぞれに対して、どう対処すべきか?≫
〇相手が忙しいのなら、「またあとで遊ぼう」というように教える。
〇相手を怒らせる言動をしたら「ごめんなさい」と言うようにしつける。たいてい、本人は「自分は何もしていない」、「ぼくは悪くない」と反論しますが、「たぶん、あなたは何かをしたのだけれど、自分では気づいていないだけなのよ」と諭す。
〇相手が嫉妬しているのなら、正しいことをしても、やっかまれることがあるという現実を教える。
〇相手の機嫌が悪いなら、「しばらくそっとしておいてあげなさい」と諭す。
〇相手が間違ったしつけをされているなら、自分の子どもには正しいしつけをする。
〇親が人種や宗教、収入、障害などで他人を差別するなら、子どもも同じように偏見を持ちやすくなります。その場合、自分の子どもには「いつでも明るく、誰に対しても親切に接するようベストを尽くしなさい」と教える。
 子どもが誰かに拒絶されたときは、自分の価値が否定されたと感じないように配慮する必要があります。人によって好き嫌いがあり、意見や趣味が異なるので、うまの合う子と合わない子がいるという事実を指摘して励ますといいでしょう。
 拒絶に対処する技術を教えることで、子どもに二つの恩恵を与えることができます。一つは、子どもに大きな自信を付けさせること。もう一つは、子どもの自尊心が傷つけられそうになっても、それを維持できるようにすること。この二つです。
    子どもが育つ!簡単で大切な50の方法 ジャン・ダーガッツ著より
    「いじめ」の芽はこんなところにあるように思います。
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2026年9月18日金曜日

花だより 算数・数学の好き・嫌いとAI ジンジャー タマスダレ

 


 AIが数学の未解決問題を解いたことを受け、世界の数学者25名がAIを使って数学の難題を説く行為を非難する声明を発表した。数学は「人類の縮図」と呼び、AI企業の目標とは「著しく隔たりがある」と指摘した。その上で「問題解決は、概念的な理解と洞察という本来の目的を達成するための手段に過ぎない。」とした。
 数学の理解や新しい発想、人材育成という研究本来の目的を損なう恐れがあるとして「科学や数学界に有害だ。」と訴えた。(読売新聞9月13日)
 「ぼくは数学が嫌いだ。A-(ーB)がどうしてA+Bになるのか意味が分からない。」と中1の生徒に質問された。例えば、1日の最高気温が25℃、最低気温15℃なら気温差は25-15=10になる。ところが冬になって最高気温が10℃で最低気温が-5℃の日の気温差は、10-(-5)=10+5=15になる。「こんなことは生活する中でよくあること」と言うと「大人が分数の計算をしたり、三角形の面積を求めるのを見たことないよ。」と反論してきた。
 “そう考える人は、AIを歓迎するだろう。しかし、算数・数学を学ばなければ、人は論理的に考える力、筋道を立てて解決する能力を失ってしまうことになる。”と生徒に説明しても、なかなか響かない?
 数学が得意な生徒は、「答えが出たときが快感だ!」と言う、それは解答を導き出すまでの過程が好きだということだろう。算数・数学きらいにしないことが先生の役目だと思います。

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2026年9月17日木曜日

花だより 「校長先生、真似るのはダメなんですか?」 花テント(網走) 百日草 

 

     開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京) 偽物にがっかり!
 様々な人が持っている「お宝」を陶芸や古美術品・アンティークなど骨董の専門家が鑑定し、値段付けを行うバラエティー番組、毎週欠かさず視聴しています。意外なものが高価な鑑定結果を得たり、高価だと思われていたものが偽物などで安価になってしまうという意外性や鑑定物に対する蘊蓄(うんちく)がおもしろい。鑑定の結果、埋もれていた芸術家や芸術作品が発見され高値が付くこともあります。特に掛け軸は、有名な作者ほど偽物(贋作)が多く、二束三文の値が付きます。
 「偽物ですが、よく描けていますので、床の間に掛けて楽しんで下さい。」と鑑定士に言われて憤慨する人はいません。自分の目利きの無さを反省するのです。
「真似るのはダメなんですか?」
 「学ぶ(まなぶ)」は「まねる」から来ていると言われています。書や絵(日本画)は、お手本を写すことから始まります。また、俳句の世界では、一字違うとオリジナルになるといいます。日本人は、元々そういうことには寛容なのかもしれません。真似たり、写したりすることは決して悪いことではありませんが、それを偽ってオリジナルだと言ってはいけません。
 毎日のように≪どんなものでも買取り、無料査定いたします≫のチラシが入ってきます。一度、アクセサリーや使わなくなった時計を持っていったことがありました。「お客さん、これはお買取りできません。」と言われました。我が家には鑑定団に出すような品は残念ながらありません。

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2026年9月16日水曜日

花だより 若手を育てる 今どきの先生は「3ない」 ホウセンカ 百日草 イヌリンゴ 網走花テント

 

 ある教頭先生から「新卒教員をどう指導したらよいか困っています。気軽に飲みに誘うと断られます。」と相談されたことがありました。
 今どきの先生は「3ない」
1 若い先生は聞かない
2 先輩は教えない
3 職員室ではパソコンしか見ない

 ちょっと前までは、1 読まない 2 買わない 3 自分からは何もしない(三無主義)」と言われましたが、今の時代、分からないことや、知らないことは、AIが即答してくれます。聞くより速いし、遠慮がいらない、分かり易い。大学の講義ではノートを取らない、板書はスマホで撮り、講義は録音したらAIが要約してくれる。そんな時代になったのだから、若手教員の育て方も変えていかなければならないでしょう。
 「教えないコーチが、名コーチである」 “答えを押し付けるのではなく、考えさせ、気づかせる指導法こそが優れている” 野球界の野村克也監督や落合博満監督はこうした指導法を説いています。
 新卒の頃、字が上手な先生の板書をこっそり観に行ったことがありました。物語教材の指導が上手な先生の真似をしました。運動会の全体指導が見事な先生に憧れましたが、直接教わったことがありません。
 若い先生をどう指導したらよいか分かりませんが、今までのやり方では通用しません。
「網走花テント」ミステリーツアーの場所になっています。

 
 
 

2026年9月15日火曜日

花だより 北大創基150年 新たなクラーク像 スターチス ランタナ ゼニアオイ ダリア

 

 孫から羊ケ丘展望台のクラーク像と同じポーズの写メが送られてきました。
 自分も子も孫もエルムの森で学ぶことは叶いませんでした。せめてその気分を味わうため、札幌に行ったときは北大構内を歩き回ります。
 農学校開校から創基50年の1926年に北大構内に胸像が、同100年の76年に「さっぽろ羊ケ丘展望台」に立像が設置され、150年になる今年9月12日、新たなクラーク像(馬上から学生に別れを告げる様子を表したブロンズ像)が「ボーイズ・ビー・アンビシャス(青年よ、大志を抱け」の名言が生まれたとされる北広島市に設置されました。
 「Boys  be  ambitious」 クラーク博士の有名な言葉の意味には、さらに深い意味が…
 お金のためだけではなく
 また自分本位の欲望を満たすためだけでなく
 人が名声を呼ぶ儚く消えるもののためではないことに
 大いなる大志を抱け
 人として、こうあらねばならないということ
 すべてを実現しようとする
 そういう大いなる大志を抱け
 北海道農業と北海道の教育(開拓魂)に与えたクラーク博士の精神は、現在も引き継がれています。北大生ではなくても教育者の端くれとして、学級経営や学校経営の置き換えてみても“大いなる大志を抱け”の精神を引き継いでいかなければならない思います。
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2026年9月14日月曜日

花だより 逆境をくぐってきた人は、底力が違う 張本勲氏と脳科学 あさがお セッコウボク コリウス

 

 逆境をくぐってきた人は、底力が違う
 安打製造機と呼ばれ日本野球界初の3千本安打を達成した張本勲氏が9月9日86歳で亡くなった。長嶋さん、王さんたちと同世代で張本さんの現役時代の凄さを知っている人は少なくなりましたが、晩年はサンデーモーニングのスポーツコーナー解説者として「喝!」「あっぱれ!」と一刀両断する野球界のご意見番で頑固なおじさんとして人気がありました。
 育ててくれた母親に恩返しを誓い、被爆や大ケガ、貧困といった逆境をはねのけ不屈の精神で野球人生を送ったからこそ、「喝!」「あっぱれ!」に迫力と説得力がありました。
 ~「何度も修羅場をくぐってきた人は、人間としての底力が違う。人には逆境があった方が脳のためによい。逆境を乗り越える経験が人を強くする。逆境を経験せず、常に順法満帆で歩んできた人は、脳を鍛える機会に恵まれなかった分、人間として脆いという。ただし、不幸や逆境が人格を磨くこともあれば人格を歪めてしまうこともある。逆境に直面した時「よし、乗り越えて見せる」と思った瞬間に脳も闘う能力をなる。しかし、「ああ!もうダメだ」とあきらめてしまったら、その瞬間に脳も逃げの方向に変わってしまう。~「脳科学の『祈り』」(脳科学者:中野信子著より)
 張本さんは、4歳の時大ヤケドで指の一部が内側に向かったまま真っすぐに伸びない。そのことを引退後、「打撃の神様」と呼ばれた川上哲治さんに見せると「お前、こんな手で…」と絶句して涙ぐんだという。いくつもの逆境を乗り越えた不屈の野球人生に「あっぱれ!」
 

2026年9月13日日曜日

花だより 「子ども食堂」と「習い事」 千日草 百日草

 

 “お笑い芸人やすこの夢「こども食堂」を「ヒロミリフォーム」(日テレ24時間テレビ)で叶える”を見て思ったこと
 「子ども食堂」は、子どもが一人でも行ける無料または低額で食事を提供するだけでなく、孤食の解消や地域の交流の場になっていて、全国各地で盛況らしい。特に夏休みは、給食がないので1日2食だけの生活をおくった子どもが多く、子ども食堂を利用者が多かったという。それだけ生活が困窮している家庭が増えている。
 ところが9月9日の読売新聞に「≪習い事≫未就学児の3人の2人(関東地方)月額費用1万5千円」という記事があった。調査会社によると、習い事の内容は、スイミングスクールが約3割で一番多く、他に体操や英会話、ダンスが人気。幼稚園や保育園で外部講師による習い事ができる機会が広がったことが背景にあるという。
 1か月の費用は、3~6歳児までの未就学児が14,847円、小学校低学年が15,403円、高学年になると23,689円だった。「早いうちからいろいろな体験をさせたいというニーズが増えている。」と分析している。これに学習塾などの費用が加わる。
 食事もままならず「子ども食堂」に通う子もいれば、裕福な家庭で習い事をする子もいる。その差がPISAの学力差に出ている。こうなると学校教育だけでは解決できない問題である。子ども食堂に行きながら、習い事をしている子もいるのか?
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2026年9月12日土曜日

花だより デジタル化をいち早く取り入れた北欧のPISA結果 花テント キキョウ 百日草

 

  
 教育のデジタル化を見直す北欧諸国は、今回のPISAの結果はどうだったのか?
 ノルウェーは16年以降、デジタル端末を使った授業が急増したが、その結果、PISAの成績低下が目立ち修正を図ってきた。しかし今回もまた下位に低迷している。アナログ回帰を図っているスウェーデンも3分野で前回より順位を下げた。60年代、トップクラスのフィンランドは、紙の教科書に戻す動きが出ているが、今回は科学13位、読解16位、数学23位だった。3か国は3分野すべて平均点が下がった。特に読解力で低下が目立ち前回よりも16~24点低くなった。
 得点低下は、北欧諸国だけでなく世界的に起きており、デジタル化の影響を含めて要因を分析すべきである。調査対象の北欧の高校生は、デジタル化の進む中で学んできた世代であり、政策の見直し効果は、中長期的に見ていく必要がある。(9月9日 読売新聞)
 これまで教科書のデジタル化に反対を唱えてきた読売にしてみれば「それ見たことか…」の結果となった。しかし、デジタル化の流れを止めることは難しい。どう使うと良いのか愚小には分からない。AIに聞いてみてはどうか?
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2026年9月11日金曜日

花だより 世代交代することは避けて通らない シオン ヤグルマギク ショウメイギク サボンソウ

 

 「世代交代することは避けて通らない」
 教頭として支えてくれた先生が校長になり、来春定年を迎える。
 新採用教員の力量育成や管理職の職能向上を見ると、どのような学校や校長に出会い、どのような教育環境や職場で仕事をしたかによって大きな違いが出るように思います。
 専門職としての教員の力量形成(成長)のスピードは十人十色であることは当然として、校長の期待としては、部下職員に対して成長を願えば願うほど大きく膨らみます。しかし、一方期待される側は、大きなプレッシャーであったり、大きなお世話と思う人もいないとは限りません。それにしても尊敬や信頼関係なくして人は学ぼうとしません。「若手を育てるとは、自分自身を磨くことに他ならない」これも木目澤先生の言葉です。
 今管内で輝いている校長がいます。彼は若いころから生活総合の研究団体で常に新しい課題に挑戦していました。教員を育てるには、人間関係の醸成の下、研究団体への加入勧誘と研究団体の活性化を図ることも大事だと考えます。変化の激しい時代です。古い考えはもう通用しません。常に新しい情報を得ることが大事です。自分の過去の実践を自慢げに話すのはもってのほかです。ベテランから若手に権限を委譲する「世代交代」が今求めれられています。

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2026年9月10日木曜日

花だより PISA結果公表(上位と下位の格差大?) ヤマブドウ レンゲショウマ 花テント キキョウ 百日草

 


 PISA(国際到達度調査)の結果が公表されて、学習3分野で1位
 日本の学力は、高水準を維持していることが証明されました。一方で、低得点層は、6段階ある習熟度別レベルで日本は最下位、義務教育の基礎的な知識や技能が身についていない。低得点層が増加、義務教育の基礎定着難航、スマホ影響、家庭支援低下による学力低下が心配(9月9日読売新聞)
 ≪学校教育では限界≫
 高得点層は、おそらく学習塾や私立の学校に通うような生徒に違いない。義務教育(公立学校)は、低得点層の底上げが使命だろう。多くの生徒がスマホの長時間利用をやめられないことで、学習時間が顕著に減っている。学校で指導しても生徒には響かない。問題意識の低い家庭もあり、長時間利用は保護者の意識と強く連動しているので、学校の指導には限界があるというのが現場の声のようだ。
 家庭環境も影響している?
 生徒向け質問調査によると、保護者の学歴や所有物など家庭環境の指標が低いほど低得点層の割合が高い。保護者が「今日は学校で何したの?」などと生徒に声をかける頻度が高いほど家庭の支援が手厚いほど得点が高い傾向にあるという。
 結果に一喜一憂することなく、学校は中身をよく分析し、通信などを通して保護者に分かり易く伝える努力が必要だろう。       
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2026年9月9日水曜日

花だより 『稽古』と「練習」の違い ナナカマド クルミ オオツリバナ ヒマワリ

 読売新聞の連載『時代の証言』、現在は相撲界で活躍した小錦さん(ハワイ出身)です。親方から「体を活かし、回しは絶対取るな!プッシュ、プッシュ、前へ前へ…」と毎日毎日、厳しい≪稽古≫に明け暮れたと回顧しています。
 武道とか華道、茶道など、『~道』と付くものは、練習とかトレーニングとは言わずに『稽古』といいます。なぜだろうと思い改めて調べてみました。
 「練習」は“技術や能力を向上させるための一般的な反復運動”であり、『稽古』は、“伝統的な芸事や武道など、師から教えを受け、精神や文化も含めて身に付ける行為”とありました。
『稽古』の中には≪見取り稽古≫というのがあります。“先人がどのようにして、その境地に至ったのか、どうしたらその境地に達することができるのか、考えながら観察して学ぶ」というものです。
 茶道であれば“千利休はどうあって、あの境地に至ったのか」を念頭に作法を行うといいます。『道』には、≪人が守るべき道理、道徳、教え≫という意味もあります。
 日本の野球はベースボールではなく「野球」だといいます。特に高校野球は教育的側面が強く「野球道」という人もいます。
 教育(教師)も「稽古を積む」ことではないかと思います。若い教員は、先輩の指導法を見て学ぶ、教頭先生は、校長の所作を見て学ぶ、校長は保護者や地域の人たちとの関りから自らの高みを目指して励む。「教育道」と言ってもいいかもしれません。
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2026年9月8日火曜日

花だより 管理職(LEADER)とは? オオアワダチソウ ヤマハギ ハツユキソウ ナナカマド

 


  管理職(LEADER)とは? 【管理職心得】
 Leed~導く、先導する。 率先垂範するとスタッフは次第についてくる。
 Education~部下を教育・指導する。どんなに価値ある石も磨かなければ光らない。
 Aggreseive~積極的・意識的に行動する。自ら汗をかき、アクションを起こさない限り
       何も動かない。
 Dream~夢や目標を持つ。明確な目標を示し、前向きに取り組む。
 Excite~興奮や刺激、緊張感を持ち、常に全力投球する。
 Response~応答、反応、スピード感をもって正確で誠実に対応する。
                   *企業のリーダー研修会資料から
 管理職になるということは、プレイヤー個人としての成果追求から、「組織全体で成果を上げる」というマインドへの転換が大事です。ですから、過去の成功体験を手放す。「伝える」より「傾聴」すること、信頼して任せることです。これがなかなか難しい。「名プレイヤー、名監督にあらず」とよく言います。
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2026年9月7日月曜日

花だより 知識を使いこなす東大王 玉ねぎ オシロイバナ

 


 《知識の詰込み》から《知識を使いこなす力》を育てる教育へ
   奈須正裕先生に聞く
 これまでの伝統的な学校教育が「有能さ」を伸ばしていたかと考えると、必ずしも伸ばしていないというのが結論です。膨大な知識や技能を教え込みますが、知識や技能は「有能に」問題解決する際の武器や道具、材料に過ぎず、たくさん持っていても、それを上手に使いこなせなければ意味がない。いわゆる宝の持ち腐れです。「もっている宝は全部うまく使えるようにしよう」というのが「有能さを伸ばす教育」です。
 かつては、知識を持っていること自体が競争的にも価値のあることでしたが、AIが発達し、知識や情報自体には、いつでも、どこでもアクセスでき、誰でも習得できるようになりました。知識の所有が「有能さ」に占める比率は、どんどん下がっています。
 例えば、計算機のなかった時代は、早く計算できることが大事でした。しかし、今は計算ができることより、その仕組みをよく理解し、応用できることの方が大事です。そういう方向へ学力の質を移行させようというのが「資質・能力の育成」や「主体的・対話的で深い学び」なのです。 
 「東大王」というクイズ番組がありました。東大クイズ研究会に所属する彼らの圧倒的な知識量に驚くばかりです。それ以上に感心するのは、早押しクイズでは、問題の途中であるにもかかわらずに答えたり、分からない問題でも、これまでの知識から推測して正答を導き出す能力です。「もっている宝を全てうまく使っている」「有能さを伸ばしている」さすが東大生と感心するばかりです。
 小学生に、「計算が速くできたり、漢字を正しく書けてもそれを使いこなせないといけません」と指導して本当に良いのでしょうか? 大した知識や経験もないのに、理屈だけこねる子どもが増えやしないか心配です。知識や経験があって正しい判断力が養われると思います。

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2026年9月6日日曜日

花だより 教育が大きく変わる 次期学習指導要領 ミニトマト ミョウガ

 

 次期学習指導要領の大枠が固まり、各校の裁量で授業時数(コマ数)を増減できる「調整授業時間割制度」が小中学校に導入される見通しとなった。教え方や時数管理などに工夫が必要となることから、学校や教員には的確なかじ取りが求められる。
 新制度では、全教科を合わせた総コマ数は減らさないが、教科のコマ数を最大15%減らせることができるようになる。また、1コマあたりの時間を45分から40分にすることも可能になる。反面、学校の裁量が認められる一方でカリキュラムのバランスが崩れてしまい学校間格差の可能性も懸念される。さらに削減が難しい教科として現場からは、算数を上げてる意見が8割と突出して多かったことから算数ばかり増えてしまうのではないかと心配する向きもある。
 土曜日も授業があった時代、授業日数、総授業時数は今よりずっと多かった。詰め込みと批判され「ゆとり教育」が始まったが、その時の方が「ゆとり」があった。担任の裁量で10時間配当の単元を9時間で終わらせ、単元テストでつまづきがあったところを補習することもできた。余裕時数で学級指導や学校行事の取り組みもできたし、標準授業時数を下回ることはなかった。
 今回の改定は、“総授業時数は変えずに、やることは増やす。後は各学校で工夫しなさい”ということだ。さらにAI情報の使う力も育成しなければならない。IT分野の変化は凄まじく速い。不慣れが教員も少なくない。人材確保と研修や外部人材の活用など環境整備が急務だ。現場の先生は、さらに大変になる。これにやりがいを感じ、教員を目指す若者が増えるだろうか? 
           土曜日 神社境内と周辺を掃除するお年寄りの皆さん
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2026年9月5日土曜日

花だより 校長先生て何してるの? ヒマワリ 百日草 イヌバラ

 

  1年生が「がっこうたんけん」で校長室にきたとき、「校長先生は、ここで何してるの?」と質問されて困った。担任の先生は、勉強を教えてくれる。教頭先生は、職員室で忙しそうに働いている。校長先生は?〟と疑問に感じたようだ。担任の先生が「学校で一番偉い人だよ!」と説明してくれたが、「偉い人」とはどんな人だろう?さらに分からなくなったようだ。
 「校長とは何するものぞ?」
 一 上に立つものは、偉いものではない。辛いものと思え、それに耐えられない者は下り
   るべし。
 一 上司の命令のみにあくせくしている姿は、主体性がなく哀れである。職員にあれこれ
   要求され突き上げられて、うろちょろしている姿は、なお哀れである。
 一 いつも重大な任務を背負っている。児童生徒を預かって意図的、計画的に一人一人の
   よりよい成長を願っている。公立学校の最高責任者であることを自覚し、校長個人の
   思いつきや人気取りではその使命は果されない。
 一 与えられたヒト・モノ・カネの中で校長は今何ができるか、そこに「校長は何するも
   のぞ」の問いが生まれる。(道小校長会研究大会の資料から)
 「校長先生は大変なんだ!」と言う必要はまったくない。不思議な存在でいいのだ!
       
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2026年9月4日金曜日

花だより  「子どもと向き合う」とは?  ブドウ 9月のロビーの花

 「子どもと向き合う」とは? 
 「子どもと向き合う時間がとれない」「子どもの悩みに向き合うことが大切」などと、生徒指導の場面での児童生徒とのかかわりを考えたときに頻繁に使われる言葉です。子どもとの向き合う時間を確保するための働き方改革です。しかし、「向き合う」とは、具体的にどうすることなのでしょう?
 今日の社会では効率よく結果を出すことが求められ、問題解決のために手早く正解を得ようとする傾向が見られます。そのせいで解決が難しいと思われる問題に出合うと思考停止に陥り、通説や多数意見(AI)に飛びついてしまうことが少なくありません。「向き合う」とは難しいことです。なぜなら子どもは一人ひとり違うからです。一つのやり方が効果があったとしても、それが正解ではありません。答えの出ない宙ぶらりんの状態の中で粘り強く問い続ける姿勢が「向き合う」とは、そういうものかもしれません。
 子どもたちが信頼する先生は、一緒に遊んでくれるやさしい先生です。しかし、何でも分かってくれる先生ばかりではありません。悩んだり、時には弱みを見せたりする先生も、信頼される先生です。自分がどれほどのことができるのか、と自らのありようを愚直に問うことができる教師こそが、子どもと誠実に向き合うことができる教師だろうと思います。
 大事なことは、教師自身が児童生徒の行動を見るときの自分の立ち位置に気づくことです。問題の原因を本人や家庭に求めるのではなく、子どもと教師は相互に影響し合うという認識に立ち、問題を理解しようとする姿勢が求められます。子どものためにと思ってやった行動が期待通りに受け止められなかったときこそ、自分を見つめ直して子どもとの関係に気づき、信頼関係を築こうとする気持ちを持ち続けることが、子どもと「向き合う」ということにほかならないと考えます。 (月間「生徒指導」より)
 子どもと向き合うには、教師の力量が問われます。これは本務です。雑務を減らして、子どもと向き合う時間を確保することが大切です。
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2026年9月3日木曜日

花だより 「我以外皆我師」 ホウセンカ ピンクのカサブランカ

 



 「我以外皆我師」
 宮本武蔵の小説で有名な吉川英治氏が好んで使った言葉で、プロ野球の野村克也監督が座右の銘にしていた言葉です。
 “自分以外のすべての人間や出来事、環境に至るまで、そのすべてが自分に何かを教えてくれる師匠である” (「謙虚さ」が必要だということです)
 私ごとき者が言える立場ではありませんが、例えば、学級経営や学校経営に悩む時、行き詰った時、方向が見つからなかった時、身近に相談できる先輩や仲間、友人、同僚が必要です。そういう基盤づくりや環境、条件整備を普段からしておくことです。特に教頭先生には、“校長になって責任ある立場の仕事をするための貴重な積み上げの時代であることを肝に銘じることです。そして、“双六ではないのだから、校長になって『上がり』ではない。教育を志した者として、初めてスタートラインに立ったと考えるべき” 自分が教頭時代に先輩校長や木目澤先生によく言われました。
 「謙虚さ」=「努力をもたらすモチベーションである」、「謙虚さを持たなければ、努力を怠る」=「栄光は長続きしない」
 県議会議長、市長の辞任が相次ぎました。人は長く上に立ち続けると「謙虚さ」を忘れがちになるものです。
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2026年9月2日水曜日

花だより 親父はくさいから嫌い!  オリエンタルリリー 黄薔薇 ヤマブドウ マツバボタン

 

 人前で平気で親をバカ呼ばわりしてゴネている小さな子どもや、それを平気で受け入れている親を見かけると、古くさい考え方かもしれないが、やはり子どもは親に「バカ」などと言ってはいけない。そして、いけないことをやったときは大いに叱るべき。節度あり社会規範をきちんと教えるのが親の役目だろう。別に子どもに嫌われても平気じゃないか。顔を見たら逃げ出すくらい怒ってもかまわない。それより良いことと悪いことのわかる子どもに育てよう。こっぴどく叱っても、一緒に付き合ってやれば子どもは親を心底嫌うことはまずない。“褒めて育てる”は、“叱らない”のとは違う
   サッカーをしたり、工作をしたりするとすぐ仲良しになる。そこでちょっと工夫やヒントを教えてやれば尊敬も得られる。一番いけないのは、テレビばかり見たり、ゲームばかりして子どもに無関心。ろくに遊んでもやらず口を開けばグチをこぼすか怒ってばかり、それが親だと心得ているのは大間違いだ。反対にほめて伸ばすのが良いと勘違いして、叱らない方が良いと思っている。果たして子どもにとってどっちがよいのか、どっちもダメだろう。
 お悩み相談で、“『親父はくさいから嫌い』と女子高生の娘に言われました。”どうしたらよいでしょうか?”と相談した父親に、“言われなくては気が付かない娘も問題ですが、『親を何だと思っているんだ』と叱ることのできないあなたが一番問題です。”こんなことを人様に相談すること自体おかしい?

2026年9月1日火曜日

花だより なぜ、小学校の教員になったのか? キツネノカミソリ ミズアオイ

 

 なぜ、小学校の教員になったのか?
「牧野先生は、なぜ小学校の先生になったのですか?」とよく聞かれます。
“背が低いから(165㎝)、生徒を指導するとき、見上げて叱っては迫力がない。170㎝以上あったら、中学、高校の先生になっていたかもしれない。」とよく答えます。教員採用面接で「教員を目指した理由は?」と問われ、「運動会と学芸会があるからです。」と答えて笑われました。
 子どもが好きというのが一番の理由ですが、得意な教科がなかったからです。父から「ヨシミツの通知票は“日替わりメニュー”だな?」と言われました。学期ごとに「5」がかわるからです。中学卒業までに全教科で「5」を取りました。「オール5の可能性もある」と父は期待しましたが、それは夢の夢! 運動会や学芸会、遠足などの学校行事は、1週間前からウキウキ、ドキドキで眠れませんでした。
 小学校の教員は、全教科教えなければならないし、字が上手でなければならない、絵も描けなければならない、ピアノも弾けなければならない、運動もできなければならないと思いました。そして、迷うことなく教育大に入りました。教員になってからは、様々な研修会に参加したり、夏休みや冬休みには、旅行に出かけ全国を回りました。劇団四季や歌舞伎などの公演も観ました。先輩からそれが教師の研修だと教わりました。
 ところが、小学校の専科教員を増やすという、東京では、運動会や学芸会の運営を外部委託するそうです。これも働き方改革の一環なのでしょうが、私には小学校教員の楽しみが奪われるような気がします。時代は変わりました。
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