「しんじがお世話になっています。私は農機具の事故で両膝から下がありません。父さんが一人で農作業をしていたけれど、どうにもならなくなって町に出てきました。私がこんなんだから、しんじには母親らしいことは何にもしてやっていない。でもしんじは、家のことはなんでもやってくれるんですよ。新聞のチラシを見て『今日は〇〇が2割引きで安いよ』と買い物にも行ってくれます。」
「マンガも買ってやれなくてね。友だちから古くなったのをもらってきて、何度も何度も読んでいるから、あんなに厚くなっちゃってね。私も動けないから新聞を読むのが好きでね。しんじと一緒に読んでいるんですよ。」
彼の読解力の凄さは家庭にありました。家庭学習や宿題以上のことをやっていたのです。母親らしいことは何もしていないどころか、他の親には真似のできないことをやっていました。彼はこんな家の事情を一切口にしませんでした。
読売新聞の地方版に「北見支社記者〇〇しんじ」とありました。もしかして、あのしんじ君か? 我が家は、道新から読売新聞に切り替えていました。これも何か巡り合わせを感じます。連絡を取り、会うことにしました。
やってきたのは、太鼓腹で薄毛のおじさんでした。「お母さんは?」と聞くと、だいぶ前に亡くなったそうです。その後、新聞配達をする条件で販売店に下宿して大学を卒業し、十勝毎日新聞に就職しましたが、読売新聞から声をかけられて、北見支社に来たということでした。子どもころからお母さんと新聞を読んでいた彼らしい人生だと思いました。二人のお酒はどんどん進みました。
教員生活最後に講演会を開いてくれました。題は「教師として大事なことは、大学の講義や教育の専門書からではなく、すべて子どもたちから学んだ」~特選実話10選から~の中でこの話をしました。

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