2026年7月17日金曜日

花だより デジタル化のリスク ノルウェーに学ぶ 歩道のアサガオ

 

           マンションロビーの新作 歩道のアサガオ フランネル草

 デジタル化のリスク
ノルウェーのノルトゥン教育相が「デジタル教育イベント」で講演した主な内容
                          (7月14日 読売新聞)
 私はデジタル化を積極的に推進しているわけではない。脳が急速に発達する子どもたちにとって、睡眠や集中力、学習にリスクがあることが研究で明らかになる中で、デジタルツールを使うことは心配だ。
 過去10年間、特に西洋諸国で政治家たちは学校のデジタル化を急ピッチで進めてきた。同じ時期にノルウェーでは学習が低下し始めた。子どもたちの読書量が減り、読解力が低下した。やる気と学校での幸福感も同様だ。
 だから私は子どもたちがデジタル機器に費やす時間やアルコリズム(処理手順)と有害コンテンツを自分で管理し、決定する力を取り戻そうとしている。現在若者の間で忍耐力と集中力に関する深刻な危機が起きている。私たちはこの状況を変えなくてはならないし、変えていく。必要なのは集中力を鍛えて根気を育てる教育手法だ。
 デジタル活用能力は不可欠だが、育てるのは画面をスワイプする能力ではなく、テクノロジーの可能性を見極め、リスクを認識する能力であってほしい。AIと偽情報の時代に健全なデジタル判断力を鍛える。今後ノルウェーは、子どもたちの学びについて主導権を取り戻す。私たちは批判に直面する覚悟がある。私は学校と子どものために、これが正しい道だとこれまで以上に確信している。ノルトゥン教育相は女性で40歳)
 日本は幸か不幸かデジタル化に後れをとった。しかし、それ故に先進国での失敗や課題を学ぶことができる。日本は女性初の首相が誕生したが、40代の女性文部科学大臣の誕生は難しいだろうけれど、学校でのデジタル化について十分検討してほしい。
 学校生活で必要なことは、友だちと遊ぶこと、先生との信頼関係を築くこと、読み書きや算数の基礎を学ぶこと、これはどんなに時代が変化しても変わらない。

2026年7月16日木曜日

花だより 「教育は人なり」語り尽くされた言葉だが、ここに行き着く シモツケソウ ハイビスカス

 



 特別支援学級の子を見ていて、つくづく思うことがあります。ある先生にはよく懐くが、ソリの合わない先生には、悪態をついて毛嫌いする。障害はあっても本能的なものは逆に研ぎ澄まされているような気がします。
 父子家庭のある男子は、先生方がどんなに優しく声をかけても言うことも聞かなかったのが、母親を想起するような女性の支援員さんだけには懐いた。その支援員さんは、「あの子、かわいいところあるんですよ。」といつもやさしく笑顔で接するのです。「何という悪ガキだ!親の顔を見てみたい?」と思って接すると、彼はそれを察知するのでしょう。
 こども園の先生は、いつも笑顔です。幼児は、先生や親の笑顔を見て安心するのです。それは自分を守ろうとする本能でしょう。「人格の完成」が教育の目的であるなら、指導する教師の人格が問われます。「教育は人なり」語り尽くされた言葉ですが、ここに行き着くのです。


2026年7月15日水曜日

花だより デジタルが学校の授業時間を支配すべきではない アジサイ エゾキスゲ

 

                   in  abashiri

 再考デジタル教育 “紙から大転換に警鐘” 修正に急ぐ「先進」ノルウェー
   ノルウェーのノルトゥイン教育相の講演 読売新聞7月13日
 「生成AIは、小学校では原則使わないようにする。」と表明するなど、デジタル教育の先進国のノルウェーでは、起草修正する動きが出ている。
 2015年以降、ノルウェーは、デジタル端末を使った授業が急増した。その一方でOECDのPISAで18年から22年にかけて成績が12~33点下がり過去最低となった。
 教育相は「我々はデジタル化による学習成果や意欲の低下、いじめ・不登校の増加を目の当たりにしている。」と危機感を隠さない。
 デジタル画面を見るスクリーンタイムが急増すると注意力が散漫になることから、過度なデジタル化の修正に向け、“紙の教科書をより優先すべき”と強調している。そして、「日本が進める教育のデジタル化について、“デジタル機器や教材へ過度に重点を置けば、学習に大きな問題が発生する恐れがある。日本にはノルウェーが犯した過ちを繰り返さないように助言したい。」と注意喚起している。
 読売新聞の一面で、この問題を頻繁に取り上げるのは、“教育は国家百年の大計”だからだろう。
消費税、皇室典範、国旗毀損も含めて、十分な議論をしてほしい。

2026年7月14日火曜日

花だより  情報教育授業拡充へ ヒルガオ サクランボ

 

  情報教育授業拡充へ ~小中に新領域・教科~ 
 次期学習指導要領で情報モラルやメディアリテラシーなど情報教育の授業時間数を大幅に拡大する案を中教審の特別部会で示した。
 SNSの普及で誤、偽情報の拡散などが問題化しており、小学校段階から教育を強化する。これまでも「情報モラル」は道徳などで指導されてきたが、明確な規定がなく学校による指導の差が大きかった。そこで小学校では3年生以上で「総合的な探求の時間」に情報の領域」を新設し、小3~4は最大30コマ、小5~6は最大35コマを確保して、ネット依存などのリスクへの対応や情報の信頼性の確認などルールやマナーを守って安全に利用する方法を教える。新教科・新領域を開設しても、国語や社会など他教科の授業時数を年間数コマずつ減らし、全体の総授業数は増やさない方針だ。 7月9日 読売新聞から)

 時代の変化や要請に対し、学校教育が担わなければならないことは起きてくるが、だからと言って授業総数は増やせない、苦肉の策と言える。そこで便利に使われるのが「総合的な探求の時間」である。名称が「学習」から「探求」に変わったが、「情報モラル」が、本来の探究活動のねらいであるかどうか疑問が残る。コロナ禍で、授業時数が足りなくなったとき、総合を減らして国語や算数の時数を確保した学校があったと聞く。「総合」がまだまだその程度の位置づけなのは、とても残念である。しかしながら「情報教育」はこれから必須である。学校教育全体で取り組んでほしい。

2026年7月13日月曜日

花だより 学校外学習時間2割減 キボウシ ハナビシソウ ジャコウアオイ ハタザオキキョウ 

 


昨日の散歩道で見つけた草花

学校外学習時間2割減
 
2015年までの10年間で子どもの学校以外での学習時間は約2割減少いていることがベネッセの調査で分かった。
 高校生で22分、中学生19分、小学生17分減少した。学習塾は小中高校生とも横ばいで、宿題の時間が最も少なくなった。さらに成績上位層と下位層の差が拡大していて、学力が二極化している。また、勉強に対する意識にも変化が表れている。「勉強が好きだ」と回答している割合は、小学4~6年で13.7ポイント減の53.1%だった。学習に対する肯定的な意識や意味付けが弱まっている。
 「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」ということわざがあります。学ぶ意欲がないのに、いくら「勉強しなさい」と言っても、「糠に釘」(?)
 教師の一番の役割は「子どもの心に火をつける(モチベーションを上げる)」こと。しかし、これが一番難しい!

 

2026年7月12日日曜日

花だより 通級指導教室で教科学習可能に オオハルシャキク ジャコウアオイ バラ アリウム

 

散歩の途中で見つけた花(Googleレンズ)

 通級指導教室で教科学習可能に
 通級学級に在籍しながら障害による困難の克服や改善を図り活動(自立活動)を行う通級指導を受ける小中高校生が20万人(その内小学生は17万人)を超えた。次期学習指導要領で国語や算数などの教科指導も可能にする特例を設ける計画だ。(読売新聞 7月7日)

 今の親の世代には「通級指導教室」はなかった。特別支援学級相当の何らかの障害を抱えている子の保護者にしてみれば、在籍が通常学級にあると聞くと、通級指導教室を希望するケースが多い。そして保護者は、国語や算数を個別指導してくれると思っている。ところが週に1~2コマ程度の“自立活動”では、それほどの効果は出ないというのが現場の本音で、小学校の場合、通常学級は35人が上限で、通級指導教室は8人、特別な支援を要する児の増加は、教員不足につながっている。
 次期改訂では、学校の裁量を拡充して、教育課程の柔軟化を可能にし、多様な子どもの実態に対応するというが、現場では、通級指導教室に通う子のほとんどは、特別支援学級に在籍して、個に対応した指導をすることが望ましいと思っている。さらに、特別支援教育担当教員には、高い専門性が求められる。支援を要する児童生徒が増えてきているのに、教員は不足している。通級指導教室で国語や算数を週に1コマ程度学習しても、抜本的な改善にはつながらない気がする。
 

2026年7月11日土曜日

花だより AIの進化 常にアップデート グラジオラス ヒルガオ

 

 

 AI時代における教師の役割は常にアップデートすること
 教室では、全員端末に向かって学習をしている。ところが画面に出てくる問題はそれぞれ違う。できない子には、どこにつまづきがあるかを瞬時に判断し、その子に合った問題を提示している。実に効率的で、正に個別最適な学習が展開されるようになる。教師は机間巡視をしながら、その様子を見ているだけ、いつかこんな時代が来るだろうとは思っていましたが、AIの進化は、私の想像をはるかに超え、現実なものとなり、今やAIが当たり前になりました。ところが教育界だけがこの導入に慎重です。教育の普遍性を唱える人が多いからです。
 AIの進化に伴い、教育のあり方も大きく変化するのは間違いありません。これまで教師は知識を伝達することが主な役割とされてきましたが、AIが情報を即座に提供できるようになると、教師不要論まで沸き起こり(?)なくならないまでも、教師に求められる役割とスキルは大きく変化しています。
 AI時代に求められる教師の役割
 人間的な関わり: AIは知識伝達や分析は得意だが、他者との協調性、共感、倫理観、創造性といった人間的な側面を育むことはできまない。これらの情操教育こそ、教師の最も重要な役割となる。しかしこれすらも近い将来AIは克服するだろうと言われています。
 学習のファシリテーター: 生徒が自ら問いを立て、AIを使いこなして答えを見つけ出すプロセスを支援する役割が求められる。知識を教え込むのではなく、学習方法や探求の仕方をガイドする。指導者から伴走者になる。
 教師という職業は、子どもとのかかわりの中で、子どもから教えられ、先輩教師の優れた実践に学ぶことで一人前な教師に成長するものだといわれてきました。しかし、これまでも優秀な教師は、常に向上心や創造性をもって授業改善や学級経営に取り組んできました。
 これまでの常識や知識では通用しなくなったことを自覚することが大事だとつくづく思います。