2026年7月14日火曜日

花だより  情報教育授業拡充へ ヒルガオ サクランボ

 

  情報教育授業拡充へ ~小中に新領域・教科~ 
 次期学習指導要領で情報モラルやメディアリテラシーなど情報教育の授業時間数を大幅に拡大する案を中教審の特別部会で示した。
 SNSの普及で誤、偽情報の拡散などが問題化しており、小学校段階から教育を強化する。これまでも「情報モラル」は道徳などで指導されてきたが、明確な規定がなく学校による指導の差が大きかった。そこで小学校では3年生以上で「総合的な探求の時間」に情報の領域」を新設し、小3~4は最大30コマ、小5~6は最大35コマを確保して、ネット依存などのリスクへの対応や情報の信頼性の確認などルールやマナーを守って安全に利用する方法を教える。新教科・新領域を開設しても、国語や社会など他教科の授業時数を年間数コマずつ減らし、全体の総授業数は増やさない方針だ。 7月9日 読売新聞から)

 時代の変化や要請に対し、学校教育が担わなければならないことは起きてくるが、だからと言って授業総数は増やせない、苦肉の策と言える。そこで便利に使われるのが「総合的な探求の時間」である。名称が「学習」から「探求」に変わったが、「情報モラル」が、本来の探究活動のねらいであるかどうか疑問が残る。コロナ禍で、授業時数が足りなくなったとき、総合を減らして国語や算数の時数を確保した学校があったと聞く。「総合」がまだまだその程度の位置づけなのは、とても残念である。しかしながら「情報教育」はこれから必須である。学校教育全体で取り組んでほしい。

2026年7月13日月曜日

花だより 学校外学習時間2割減 キボウシ ハナビシソウ ジャコウアオイ ハタザオキキョウ 

 


昨日の散歩道で見つけた草花

学校外学習時間2割減
 
2015年までの10年間で子どもの学校以外での学習時間は約2割減少いていることがベネッセの調査で分かった。
 高校生で22分、中学生19分、小学生17分減少した。学習塾は小中高校生とも横ばいで、宿題の時間が最も少なくなった。さらに成績上位層と下位層の差が拡大していて、学力が二極化している。また、勉強に対する意識にも変化が表れている。「勉強が好きだ」と回答している割合は、小学4~6年で13.7ポイント減の53.1%だった。学習に対する肯定的な意識や意味付けが弱まっている。
 「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」ということわざがあります。学ぶ意欲がないのに、いくら「勉強しなさい」と言っても、「糠に釘」(?)
 教師の一番の役割は「子どもの心に火をつける(モチベーションを上げる)」こと。しかし、これが一番難しい!

 

2026年7月12日日曜日

花だより 通級指導教室で教科学習可能に オオハルシャキク ジャコウアオイ バラ アリウム

 

散歩の途中で見つけた花(Googleレンズ)

 通級指導教室で教科学習可能に
 通級学級に在籍しながら障害による困難の克服や改善を図り活動(自立活動)を行う通級指導を受ける小中高校生が20万人(その内小学生は17万人)を超えた。次期学習指導要領で国語や算数などの教科指導も可能にする特例を設ける計画だ。(読売新聞 7月7日)

 今の親の世代には「通級指導教室」はなかった。特別支援学級相当の何らかの障害を抱えている子の保護者にしてみれば、在籍が通常学級にあると聞くと、通級指導教室を希望するケースが多い。そして保護者は、国語や算数を個別指導してくれると思っている。ところが週に1~2コマ程度の“自立活動”では、それほどの効果は出ないというのが現場の本音で、小学校の場合、通常学級は35人が上限で、通級指導教室は8人、特別な支援を要する児の増加は、教員不足につながっている。
 次期改訂では、学校の裁量を拡充して、教育課程の柔軟化を可能にし、多様な子どもの実態に対応するというが、現場では、通級指導教室に通う子のほとんどは、特別支援学級に在籍して、個に対応した指導をすることが望ましいと思っている。さらに、特別支援教育担当教員には、高い専門性が求められる。支援を要する児童生徒が増えてきているのに、教員は不足している。通級指導教室で国語や算数を週に1コマ程度学習しても、抜本的な改善にはつながらない気がする。
 

2026年7月11日土曜日

花だより AIの進化 常にアップデート グラジオラス ヒルガオ

 

 

 AI時代における教師の役割は常にアップデートすること
 教室では、全員端末に向かって学習をしている。ところが画面に出てくる問題はそれぞれ違う。できない子には、どこにつまづきがあるかを瞬時に判断し、その子に合った問題を提示している。実に効率的で、正に個別最適な学習が展開されるようになる。教師は机間巡視をしながら、その様子を見ているだけ、いつかこんな時代が来るだろうとは思っていましたが、AIの進化は、私の想像をはるかに超え、現実なものとなり、今やAIが当たり前になりました。ところが教育界だけがこの導入に慎重です。教育の普遍性を唱える人が多いからです。
 AIの進化に伴い、教育のあり方も大きく変化するのは間違いありません。これまで教師は知識を伝達することが主な役割とされてきましたが、AIが情報を即座に提供できるようになると、教師不要論まで沸き起こり(?)なくならないまでも、教師に求められる役割とスキルは大きく変化しています。
 AI時代に求められる教師の役割
 人間的な関わり: AIは知識伝達や分析は得意だが、他者との協調性、共感、倫理観、創造性といった人間的な側面を育むことはできまない。これらの情操教育こそ、教師の最も重要な役割となる。しかしこれすらも近い将来AIは克服するだろうと言われています。
 学習のファシリテーター: 生徒が自ら問いを立て、AIを使いこなして答えを見つけ出すプロセスを支援する役割が求められる。知識を教え込むのではなく、学習方法や探求の仕方をガイドする。指導者から伴走者になる。
 教師という職業は、子どもとのかかわりの中で、子どもから教えられ、先輩教師の優れた実践に学ぶことで一人前な教師に成長するものだといわれてきました。しかし、これまでも優秀な教師は、常に向上心や創造性をもって授業改善や学級経営に取り組んできました。
 これまでの常識や知識では通用しなくなったことを自覚することが大事だとつくづく思います。

 

2026年7月10日金曜日

花だより 職員室の机上の様子でその学校の教育力が分かる  キボウシ ハナミズキ 日赤前の噴水と園児

 




 職員室の机上の整理整頓
 アポなしで学校を訪れ、職員室の机上を観るとその学校の様子がよくわかります。
 学校は公的な場です。「散らかっている方が仕事がはかどる」「他の人に迷惑をかけていない。」という人もいますが、自宅の机と職員室の机では機能が異なります。機能が異なる以上、自分流にこだわれば、結果的に職場全体に迷惑をかけることになります。
1 「望ましい教育環境」の面から考える
 教育環境には、人的環境と物的環境があります。物的環境には、施設、物品、教材教具、動植物があります。教室内が散らかり放題では、学習効果は上がりません。それと同じで職員室も美的に整理・整頓された学校は組織的に機能しているということなのです。用務員さんや事務穂さんだけでなく教職員一人一人が気をつけなければならないことです。
2 「個人情報の管理」の面に問題がある
 学校は個人情報の宝庫です。外部の目に付きやすい職員室は、何気なく置いたものが外部の人の目に触れることもあります。子どもが何気なく見たものを子どもの責任にはできません。整理されていなければ、見逃したり、紛失したりする可能性もあります。机上の整理は、自分を守るためのものです。
3 「仕事の優先順位」を守るための配慮
 学校の仕事は超多忙です。いくつかの仕事を同時進行でやらざるを得ません。急な仕事もたくさん入ってきます。その優先順位を決めて、能率的な仕事をするためには、必要なものだけを机上に置き、集中して取り組むことが大切です。
4 「仕事の区切りをつける」ことの重要性
 教師の仕事は、いくらやってもきりのない仕事ですが、区切りをつけることは大切です。今日の仕事を明日に持ち越したのでは、ストレスが溜まるばかりです。机を整理し、一日の区切りをつける。気持ちの切り替えをすることが明日への活力につながります。
 たかが机上の整理整頓ととらえるか、この行為がどこにどんな意味があるかを考えて行動するかでは、大きな違いがあります。その積み重ねが教師としての価値を決めていくような気がします。
不要なものは捨てる。昔は印刷物が山のようにありましたが、今はパソコンでのデータ管理です。不要なプリントはすぐにシュレッダーにかけることです。退勤時に机上にあるのはパソコン一つだけです。

 


2026年7月9日木曜日

花だより 警備員心得 簡素化と横着 ベニバナ ハマヒルガオ

 

 警備員心得  同じことを繰り返して行っていると、人は無意識のうちに要領を覚え、できるだけ効率よく、効果的な方法はないかと模索しはじめる。これが合理化である。しかし、これが正しい合理化であるか保証はない。人は怠けたいという性質や、すぐに飽きるという性質を持っている。怠けたいとき、仕事に飽きてもそれを続けなければならないときに、それを合理化しようとすると「横着」に走ることになる。
 合理化とは効率よく作業を進めながら点検や確認においてその質を低下させないものであるが、「横着」とはそのもっとも重要な点検や確認の行為が疎かにする状態である。簡単な作業にこそ重大な危険が潜んでいることを忘れてはならない。
 これは警備員に限ったことではありません。どんな職業にも当てはまることです。
 

2026年7月8日水曜日

花だより 英語の学びは教員と子供で (読売新聞社説から) イワタバコ 石北大通散歩道の花

 

 


 AI利用 英語の学びは教員と子供で (読売新聞社説:7月5日)
 AIの回答は、誤りや偏りがある。そうしたリスクを十分理解せず、教育現場に安易な利用が広がる事態は避けなければならない。
 AIを使えば、ネイティブに近い発音や会話を体験できるなど、確かに有効な面もあるだろう。ただその活用を指導要領に明記することは、教育に積極的に利用するメッセージになる。その結果、AIを使うこと自体が目的化し、どの学年や授業のどの場面で使うとどんな教育効果が得られるかを考えずに多用する状況が生まれないか心配だ。
 行き過ぎれば、子どもの学びはAIに委ね、教員はそのサポートに回る形になる。それが教育といえるのか。教育の主役は子供と教員であり、AIは道具に過ぎないことを忘れてはないでほしい。
 海外では、過度のデジタル化を修正する国が目立つ、日本は、デジタル教科書導入を含め、なぜこれほど前のめりになのか理解に苦しむ。

 読売が警鐘を鳴らすことは必要かもしれないが、学校の授業だけで、英語を話せるようになった人がいるだろうか?長年の英語教育の課題をAIが救ってくれるかもしれない。使わない手はないだろう。