2026年2月26日木曜日

花だより 偉大な教師は、子どもの心に火を付ける フリージア ハナナ

 

 

  ~子どもは尊敬する人からしか学ぼうとしない!
 小学校の調理実習のとき、担任の先生に「あなた包丁使い上手わね!」と褒められたことがきっかけで料理の道に進みました。料理研究家 星澤幸子先生の講演会で聞いた話です。学校の先生の影響力と責任を感じずにはいられません。
 ◇保護者の率直な声◇
○○先生が担任になってくれたらいいのに…
○○先生が担任でよかった
○○先生が言うのだから、間違いない、だいじょうぶ・・・ 
○○先生は、厳しかったけれども、いつも私たちのことを考えてくれていた…
○○先生のお陰でうちの子は積極的になって、小さい頃から夢だった◎◎になれました。
○○先生にあこがれて、うちの子は学校の先生になりました。
 “開かれた学校”“学校の説明責任”を果たすと言いながら、なかなかそれができていないことに気が付きます。求められている“魅力ある教師”とは、教育に対する情熱と子どもへの深い愛情を持ち、子ども一人一人に寄り添った指導ができる教師です。そして、子どもや家庭・地域から信頼される教師です。
 「教育は人なり」といって教師個人の資質によるところが大きいものです。それと保護者と教師との信頼関係が大切なことは言うまでもありません。信頼関係を築くためには、まずコミュニケーションが大切です。互いのことを知らないと信頼関係は築けません。

2026年2月25日水曜日

花だより 人は死して名を遺す 訓子府で一番好きな場所

 

         

   「人は死して名(功績)を遺す」
 いよいよこども園の園長も退任することになり、自分は何も自慢できる功績など残せなかったなあ~と思っていました。
 過日、園長最後と知った網走潮見小学校の同僚が会いに来てくれました。
 彼が言うには、潮見小学校で牧野校長と出会ったことが、管理職の道を進むきっかけになったというのです。とても優秀でアイディアマンで改革派の先生は、次々に学校改革案を持ってきました。私はただ、「いいですね。やりますか?」と言っていただけです。
 そんな彼が、その後校長になり、指導監を務めるなど、今や管内教育を背負って立つ校長先生になりました。こうした先生を生んだきっかけの手助けになったとしたら、これは功績と言っていいのかと思い、自分もまんざらではないかな?と思いました。
 先日、教頭先生への講話で「管理職として大事なことは全て先輩校長から学んだ」と題して、木目澤一三教育長、長塚好和校長、立木謙二校長、平野嘉子校長、瀬尾 徹校長、佐藤典男校長から学んだ話をしました。そして「教頭のなり手がいない問題」について、「担任は自分のクラスの子にしか影響力を与えることができないが、校長になったら学校中の子どもに影響力を与えることができる。そのために教員の指導する。校長とは何と素晴らしい、やりがいのある職ではないか」という話をしました。自分には功績はなくても、偉大な先輩の功績を次の時代を担う教頭先生に伝えたかったのです。
 

 

 





2026年2月24日火曜日

花だより 1000円床屋さんの親子連れ 流氷と知床 網走湖のワカサギ釣り

 

 

 「15分カット」1000円床屋さんが1300円になり、4月からは1400円になるらしいのですが、物価高でしょうがないと諦めるしかありません。それでも安いので土日は込み合っていて待ち時間が結構あります、
 お母さんが横にぴったりついて4・5歳の男子がカットされていました。理容師さんが「これくらいでどうですか?」と母親に確認すると「う~ん、ここはもう少し…」と細かく注文を付けるので、何度も何度も確認していました。前回も同様な親子を見ました。今はこれが当たり前なのかと見ていました。終わるとお母さんは、見ていた絵本を片付けるように言いました。さすが細かいお母さんだと思いましたが、その子は、逆さまで背表紙を奥にして棚に入れました。そこは注意なしです。それを見ていた次の男の子がその絵本を元通りに直しました。親の「しつけ」、親の役割とは何ですかね。


2026年2月23日月曜日

花だより 子どもにオリンピックを見せる 芹(セリ)

 


 勝利の女神はまたも振り向いてくれなかった。
  練習も靴も情熱も…すべてを1500mに注いだが、「金」は遠く
 スピードスケート女子1500mで高木美帆選手は6位に終わり悲願の金メダルにまたも届かなかった。
 4年に一度の冬季オリンピックが終わりました。この2週間、歓喜や安堵、無念、ぼう然と勝者と敗者が織りなす喜怒哀楽に心を揺さぶられました。
 金メダル確実と言われた選手がプレッシャーという五輪の魔物に魅入られて惨敗したかと思えば、初出場最年少金メダリストが誕生しました。天候に左右されたり、採点方法に疑問符が出たり、これがオリンピックなのかと思いました。
 今回は特に、スキージャンプ混合団体で銅メダルを獲得した高梨沙羅選手の絶望から喜びの涙、重ねた精進の結晶に感動しました。浅田真央選手に憧れてフィギュアスケートを始めた選手が銅メダルを獲得しました。ノルディック複合の選手は、「自分たちがオリンピックで活躍することで子どもたちに関心を持ってもらいたい」とコメントしました。今回はイタリア開催で夜中のlive放送でしたが、これから何回もダイジェストが放送されます。
  「100回の説教より、感動する名場面の方が効果がある」子どもたちには、絶対見てほしい。若い選手が次々出てきました。4年後がまた楽しみでなりません。
 ただ残念なのは、選手への誹謗中傷が後を絶たなかったことです。信じられません。

2026年2月22日日曜日

花だより TTは「1+1=1」  寒緋桜 黄梅

 

 
 「教育は人なり」言い尽くされた言葉ですが、「教育は金なり」という言葉の方が当てはまるのではないかと思います。
 学校にTTが導入されるとき、「1+1=2ではなく、1+1=1にする。」と言われました。「本来一人の教員がやるべきことができなくなり、チームでそれを補うのがTTの考えだ」というのです。また、「総合的な学習の時間」ができたとき、「教科書のある教科指導すら満足にできない教師に、一からカリキュラムづくりをする高度なことが教師にできるはずがない。また、そんな時間などない」と言った教育評論家もいました。なんと教師は低く見られたものだと反感を持ちましたが、現状は「1+1+1=1」になるくらい深刻です。
 「教育は人なり」と教師の尻を叩くだけで今日の課題は解決しません。国が教育に力を入れるとは、予算をつけることですが、総枠はあまり変わらないので、どこか増えるとどこかが減らされます。そして、問われるのが費用対効果です。例えば「加配によって、学力は上がったのですか?」と問われますが、いやいや教育力とは、道路整備のように目に見えるものではないのです。

2026年2月21日土曜日

花だより その子に合った教育を見つける  アズマイチゲ 流氷観光船オーロラⅡ

 

 

 「子育てが楽しくなる」(PHP研究所)
                 白百合女子大学 教授 田島 信元
 世の中には子育て情報があふれています。「何を信用すればいいの」と迷っている方も多いと思いますが、「実は子育てはそんなに複雑ではなく、むしろシンプルです。」
 子ども自身が持つ「育つ力」が強調されるようになっています。子どもはもともと「自己学習(発達)力」が備わっています。しかし、「育つ力」とは、実は「子どもは一人で育つ」という意味ではありません。大人の「育てる力」があってはじめて「育つ力」が発揮されるものです。
 ≪その子に合ったピッタリの教育 (日本人には日本の教育を)≫
 日本の子育ての常識をアメリカの子どもに当てはめると、子どもはパニックを起こします。逆に、アメリカの子育ての常識を日本の子どもに当てはめると、子どもはとても神経質になってしまいます。つまり、日本とアメリカでは、それぞれの文化的な土壌が違います。日本にピッタリ合った子育てを考えることが、子どもの発達に一番いいことなのです。日米の差だけの話ではありません。同じ日本で、他の家庭でスマートな教育をしているからといって、それをそのまま自分の子どもに当てはめるのは考えものです。うまくいかないばかりか、非常に危険なことです。これは同じ家庭のきょうだい間でもいえることです。まさに目の前のお子さんに「ピッタリ」あてはまる子育ては、お母さんがお子さんとやりとりしながら、自らあみ出していくものなのです。
 ≪ピッタリはどうすればよいのか?「ことば」と表情を大切にすること≫ 
 お母さんが与えている中で最も重要な刺激は「ことば」です。その「ことば」を使って子どもはものごとを考えるようになるのです。
 正しいことば、優しいことばで話しかけることで、子どもは頭や体を動かします。褒めるのも叱るのも、子どもはお母さんのことばを一番頼りにしています。ことばを一番交わすのは、お母さんだからです。そして、お母さんの表情も大事です。子どもは親の表情から本能的に思いを感じるのです。 (牧野要約)

2026年2月20日金曜日

花だより 義務教育の危機  白梅 冬ミカン

 



「義務教育の現状」 
  山崎 正和氏 (大阪大学教授、東亜大学学長、元中央教育審議会会長)
 人材育成への期待が高まっているが、人づくりの基礎となる義務教育の現場が、今危機に直面している事実は意外なほど知られていない。
 経済格差の拡大、家族関係の歪みなどによって、学齢以前の子どもの基礎教育が疎かになっていることが原因である。
 貧困家庭や父子・母子家庭の増加に伴い、いわゆる要保護児童・生徒とそれに準ずる子どもの数は6人に1人に達している。
 そういう家庭では親子の接触の時間が減り、しつけを中心とする家庭教育は不十分にならざるをえない。このことは学校現場に影響を与え、教員は学習を教える前に、まず教室で静かに着席させるために苦心するありさまだ。
 親の所得と学齢を合成したSES(社会経済的背景)という指数がある。これが子どもの学力と強く相関していることは、文部科学省の資料から明らかである。貧困家庭は次の世代をも貧しくすると言われるが、その前にこれを防ごうとする学校教育を難しく、教員の負担を重くしているのが現実である。また現代では注意欠陥・多動性障害の場合も通常の学級に在籍するなど障害児童・生徒も通常の学校で教える傾向が強まっている。これを症状ごとに個別に教える苦労は尋常ではない。
 元来、日本の教員は忙しかったが、こうした社会変化はその多忙を加速し、労働時間の過酷な延長をももたらしている。こうした困難な学校を支援するために、かねて教員には「加配定数」という制度があって、法定の定数外に若干の増員が認められていた。だが、財務省は子どもの減少を理由に、教職員全体を大量に削減する中で、この加配定数の大幅縮小を主張したのである。
 論拠は「費用対効果」だが、教育の効果は道路整備のように目に見えるものではない。学校現場が苦境の中で完全に荒廃していないのは、それ自体が加配定数の効果だと見ることは十分できる。義務教育の本質をさらに深く見直せば、現在の小中学校の実態は、ただ現状を守るという姿勢では終われないことは明らかである。責任は文教行政だけでなく、社会全体に及ぶことだが、現代日本の「高学歴・低学力化」は目を覆うものがあり、分数のたし算ができない大学生がいるという事実も広く知られている。その遠因は明白に義務教育にある。
 義務教育の内容は相当に高く、習得すれば社会人の教養として不足はないのに、それを国民の義務として習得させる制度がない。学制のどこにも落第の関門がなく、質を問わなければ全生徒を受け入れるだけの高校、大学がある。義務教育の充実は国の義務であり、それを習得するのは国民の義務である。両者の義務を果たすためには、ぜひここで制度の不備を正し、学校教育の強制力を強める必要があろう。(要約:牧野)