2026年2月24日火曜日

花だより 1000円床屋さんの親子連れ 流氷と知床 網走湖のワカサギ釣り

 

 

 「15分カット」1000円床屋さんが1300円になり、4月からは1400円になるらしいのですが、物価高でしょうがないと諦めるしかありません。それでも安いので土日は込み合っていて待ち時間が結構あります、
 お母さんが横にぴったりついて4・5歳の男子がカットされていました。理容師さんが「これくらいでどうですか?」と母親に確認すると「う~ん、ここはもう少し…」と細かく注文を付けるので、何度も何度も確認していました。前回も同様な親子を見ました。今はこれが当たり前なのかと見ていました。終わるとお母さんは、見ていた絵本を片付けるように言いました。さすが細かいお母さんだと思いましたが、その子は、逆さまで背表紙を奥にして棚に入れました。そこは注意なしです。それを見ていた次の男の子がその絵本を元通りに直しました。親の「しつけ」、親の役割とは何ですかね。


2026年2月23日月曜日

花だより 子どもにオリンピックを見せる 芹(セリ)

 


 勝利の女神はまたも振り向いてくれなかった。
  練習も靴も情熱も…すべてを1500mに注いだが、「金」は遠く
 スピードスケート女子1500mで高木美帆選手は6位に終わり悲願の金メダルにまたも届かなかった。
 4年に一度の冬季オリンピックが終わりました。この2週間、歓喜や安堵、無念、ぼう然と勝者と敗者が織りなす喜怒哀楽に心を揺さぶられました。
 金メダル確実と言われた選手がプレッシャーという五輪の魔物に魅入られて惨敗したかと思えば、初出場最年少金メダリストが誕生しました。天候に左右されたり、採点方法に疑問符が出たり、これがオリンピックなのかと思いました。
 今回は特に、スキージャンプ混合団体で銅メダルを獲得した高梨沙羅選手の絶望から喜びの涙、重ねた精進の結晶に感動しました。浅田真央選手に憧れてフィギュアスケートを始めた選手が銅メダルを獲得しました。ノルディック複合の選手は、「自分たちがオリンピックで活躍することで子どもたちに関心を持ってもらいたい」とコメントしました。今回はイタリア開催で夜中のlive放送でしたが、これから何回もダイジェストが放送されます。
  「100回の説教より、感動する名場面の方が効果がある」子どもたちには、絶対見てほしい。若い選手が次々出てきました。4年後がまた楽しみでなりません。
 ただ残念なのは、選手への誹謗中傷が後を絶たなかったことです。信じられません。

2026年2月22日日曜日

花だより TTは「1+1=1」  寒緋桜 黄梅

 

 
 「教育は人なり」言い尽くされた言葉ですが、「教育は金なり」という言葉の方が当てはまるのではないかと思います。
 学校にTTが導入されるとき、「1+1=2ではなく、1+1=1にする。」と言われました。「本来一人の教員がやるべきことができなくなり、チームでそれを補うのがTTの考えだ」というのです。また、「総合的な学習の時間」ができたとき、「教科書のある教科指導すら満足にできない教師に、一からカリキュラムづくりをする高度なことが教師にできるはずがない。また、そんな時間などない」と言った教育評論家もいました。なんと教師は低く見られたものだと反感を持ちましたが、現状は「1+1+1=1」になるくらい深刻です。
 「教育は人なり」と教師の尻を叩くだけで今日の課題は解決しません。国が教育に力を入れるとは、予算をつけることですが、総枠はあまり変わらないので、どこか増えるとどこかが減らされます。そして、問われるのが費用対効果です。例えば「加配によって、学力は上がったのですか?」と問われますが、いやいや教育力とは、道路整備のように目に見えるものではないのです。

2026年2月21日土曜日

花だより その子に合った教育を見つける  アズマイチゲ 流氷観光船オーロラⅡ

 

 

 「子育てが楽しくなる」(PHP研究所)
                 白百合女子大学 教授 田島 信元
 世の中には子育て情報があふれています。「何を信用すればいいの」と迷っている方も多いと思いますが、「実は子育てはそんなに複雑ではなく、むしろシンプルです。」
 子ども自身が持つ「育つ力」が強調されるようになっています。子どもはもともと「自己学習(発達)力」が備わっています。しかし、「育つ力」とは、実は「子どもは一人で育つ」という意味ではありません。大人の「育てる力」があってはじめて「育つ力」が発揮されるものです。
 ≪その子に合ったピッタリの教育 (日本人には日本の教育を)≫
 日本の子育ての常識をアメリカの子どもに当てはめると、子どもはパニックを起こします。逆に、アメリカの子育ての常識を日本の子どもに当てはめると、子どもはとても神経質になってしまいます。つまり、日本とアメリカでは、それぞれの文化的な土壌が違います。日本にピッタリ合った子育てを考えることが、子どもの発達に一番いいことなのです。日米の差だけの話ではありません。同じ日本で、他の家庭でスマートな教育をしているからといって、それをそのまま自分の子どもに当てはめるのは考えものです。うまくいかないばかりか、非常に危険なことです。これは同じ家庭のきょうだい間でもいえることです。まさに目の前のお子さんに「ピッタリ」あてはまる子育ては、お母さんがお子さんとやりとりしながら、自らあみ出していくものなのです。
 ≪ピッタリはどうすればよいのか?「ことば」と表情を大切にすること≫ 
 お母さんが与えている中で最も重要な刺激は「ことば」です。その「ことば」を使って子どもはものごとを考えるようになるのです。
 正しいことば、優しいことばで話しかけることで、子どもは頭や体を動かします。褒めるのも叱るのも、子どもはお母さんのことばを一番頼りにしています。ことばを一番交わすのは、お母さんだからです。そして、お母さんの表情も大事です。子どもは親の表情から本能的に思いを感じるのです。 (牧野要約)

2026年2月20日金曜日

花だより 義務教育の危機  白梅 冬ミカン

 



「義務教育の現状」 
  山崎 正和氏 (大阪大学教授、東亜大学学長、元中央教育審議会会長)
 人材育成への期待が高まっているが、人づくりの基礎となる義務教育の現場が、今危機に直面している事実は意外なほど知られていない。
 経済格差の拡大、家族関係の歪みなどによって、学齢以前の子どもの基礎教育が疎かになっていることが原因である。
 貧困家庭や父子・母子家庭の増加に伴い、いわゆる要保護児童・生徒とそれに準ずる子どもの数は6人に1人に達している。
 そういう家庭では親子の接触の時間が減り、しつけを中心とする家庭教育は不十分にならざるをえない。このことは学校現場に影響を与え、教員は学習を教える前に、まず教室で静かに着席させるために苦心するありさまだ。
 親の所得と学齢を合成したSES(社会経済的背景)という指数がある。これが子どもの学力と強く相関していることは、文部科学省の資料から明らかである。貧困家庭は次の世代をも貧しくすると言われるが、その前にこれを防ごうとする学校教育を難しく、教員の負担を重くしているのが現実である。また現代では注意欠陥・多動性障害の場合も通常の学級に在籍するなど障害児童・生徒も通常の学校で教える傾向が強まっている。これを症状ごとに個別に教える苦労は尋常ではない。
 元来、日本の教員は忙しかったが、こうした社会変化はその多忙を加速し、労働時間の過酷な延長をももたらしている。こうした困難な学校を支援するために、かねて教員には「加配定数」という制度があって、法定の定数外に若干の増員が認められていた。だが、財務省は子どもの減少を理由に、教職員全体を大量に削減する中で、この加配定数の大幅縮小を主張したのである。
 論拠は「費用対効果」だが、教育の効果は道路整備のように目に見えるものではない。学校現場が苦境の中で完全に荒廃していないのは、それ自体が加配定数の効果だと見ることは十分できる。義務教育の本質をさらに深く見直せば、現在の小中学校の実態は、ただ現状を守るという姿勢では終われないことは明らかである。責任は文教行政だけでなく、社会全体に及ぶことだが、現代日本の「高学歴・低学力化」は目を覆うものがあり、分数のたし算ができない大学生がいるという事実も広く知られている。その遠因は明白に義務教育にある。
 義務教育の内容は相当に高く、習得すれば社会人の教養として不足はないのに、それを国民の義務として習得させる制度がない。学制のどこにも落第の関門がなく、質を問わなければ全生徒を受け入れるだけの高校、大学がある。義務教育の充実は国の義務であり、それを習得するのは国民の義務である。両者の義務を果たすためには、ぜひここで制度の不備を正し、学校教育の強制力を強める必要があろう。(要約:牧野) 

2026年2月19日木曜日

花だより 子どもの「レジリエンス」を育む  黄梅 白寒菊

 

 
 「子どものレジリエンス」の研修をしました。(コドモンカレッジ)
 子どものレジリエンス(立ち直る力・しなやかさ)は、ストレスや逆境を乗り越え、再び前を向く力です。これは生まれつきのものではなく、自己肯定感、前向きな思考、信頼できる人間関係(特に親の愛情)によって後天的に鍛えられます。
◎失敗」を経験させる: 命に関わらない失敗であれば、先回りして手を出さず、自力で対処する機会を与える。
◎「プロセス」を具体的に褒める: 結果や能力(「頭が良いね」)ではなく、努力や工夫の過程(「頑張ったね」「工夫したね」)を褒める。
◎安心できる関係を築く: 温かいスキンシップと会話で、「何があっても大丈夫」という安心感を伝える。
◎感情を言葉にする: 落ち込んだ時に「悲しかったね」と感情を代弁し、感情とうまく付き合う方法を教える。
◎ポジティブな側面に目を向ける: 「どうすればできるか?」を一緒に考え、前向きな捉え方を促す。
  「耐える力 「我慢」を教える
 甘やかされ、わがままいっぱいに育った子どもは、何か思い通りにならないことがあると、たちまちパニック状態になります。しかし、世の中は一歩家の外に出ると、むしろ思い通りにならないのが当たり前です。
 誰しも学校、地域、職場と、世間の仕組みや周囲の人々と折り合いをつけながら人間的に成長していくものです。
 家庭は子どもを育み、守ると共に、社会に適応できるように準備する場でもあります。そして、そのために欠かせないのが、耐える力をつけてやることです。
 豊かな時代だからこそ、我慢することを覚えさせる必要があります。それが自分をコントロールする第一歩です。そのためにも、まず大人が慎む姿勢を示さなければなりません。
  毎日の生活に追われ、大事なことを忘れがちです。自分のことしか考えられなくなり、相手のことを推しはかる奥ゆかしさとか謙虚さを思い出させてくれる言葉があります。言われるとなるほどと思うことがたくさんあります。

2026年2月18日水曜日

花だより 教員の働き方改革が進まないのは日本文化が原因 ホトケノ座 ふきのとう

 

 

  ≪教員の働き方改革が進まないのは「日本文化」が原因≫
 欧米文化は「自己中心の文化」です。自分がどれだけ大きくなれるか、強くなれるか、儲かるか、欧米人は、自分ために生きています。それに対して日本人は、小さいときから「人のため」ということを意識しています。「人間」という通り、人と人の間に生きる。日本は「間柄の文化」なのです。冬季オリンピックで活躍したアスリートのインタビューでも、まず支えてくれた人たちへ感謝します。
 「自己中心の文化」は、思ったことを言えばいいし、したいことをすればいい、人の影響を受けるのは自分が未熟だから、という考えです。「間柄の文化」は反対に、常に人に配慮しなければなりません。相手の立場や気持ちに配慮できないことが未熟とされます。
 この「間柄の文化」は日本の教師の働き方にも影響を及ぼしています。目の前の子どもが何か課題を抱えているとき、「勤務時間が過ぎました。私の給料はこの時間までなので帰ります。」とは、日本の教師はなかなか言えません。相手の立場や配慮することが優先され、自分の役割を限定できないのです。欧米では、教師も勤務時間がきっちり決まっていて、それ以外の時間に子どもの相手はしません。日本人が欧米諸国のような「自己中心的の文化」を受け入れようとしても難しいでしょう。