2026年7月2日木曜日

花だより “教育は人なり” 辞めさせる勇気 ホタルブクロ クチナシ

 




 「教育は人なり」 言い尽くされた言葉ですがこれに尽きる 
 “教育は、教師の着実で地道で確実な指導と教師自らの研修の繰り返しと積み上げを通してのみ子どもの変容をもたらす。
 研修は教師にとって食糧である、その有無は教師の存在にかかわる良心であり、教師として生き抜く糧である。” (木目澤先生訓)
 「こんな話をするとますます教師を志す若い人は尻込みしますよ。」と言われました。
 教員不足だけでなく、質の問題もあります。初任者指導で苦労している校長先生、教頭先生の話をよく聞くようになりました。
 4月新卒が入って来て3年生の学級担任になりました。1週間も経たないうちに学級が落ち着かなくなり、先輩教員が入れ代わり立ち代わり入り、新卒の先生を励ましましたが改善されませんでした。するとT校長は、夏休みに入るとその先生の親を呼び、「あなたはのお子さんはとても優秀だが、教員には向いていません。早いうちに他の職業に就いた方が本人のために良い。」と説得して連れて帰ってもらいました。
 後にT校長に「あのとき教育委員会に相談したのですが?」と聞くと「教育委員会に相談したら、『何とか育ててほしい。研修をさせてください…。』と言うに決まっている。先生方も「頑張れ!」と言って指導するが、教員には向き不向きがある。それを見極めるのも校長の仕事だ。校長は、教職員のことより、まず子どもたちのことを考えなければならない。」と言いました。T校長先生は、校長室から出てきて、先生方と親しく談笑することはほとんどありませんでの、職員からは不人気でした。すごい校長だと感心しましたが、私には真似できないと思いました。


2026年7月1日水曜日

花だより 自分自身を何と呼ぶか? ぼく? わたし? スイレン

 


散歩中に出会ったエゾリス

 自分自身(第一人称)について 秘書実務ハンドブックより
 ~人の呼び方 あなたはどう呼んでいますか?~
 ①わたくし…最も標準的な言葉
 ②あたくし…①よりも親しい人や下位の人に使う。
 ③わたし…①よりも少しくだけた言い方、一般的には女性に多い用語
 ④ぼく…親しい仲間や学生同士には使えるが上位者や公式の場などでは使わない。
 ⑤こちら…本来は方向を示す代名詞だが、自称にも使われる。
 ⑥自分…軍隊用語として使われた言葉
 ⑦その他…わし、おれ、うち、などいろいろあるが接遇用語としてはふさわしくない。
 自分のことはどう呼ぶか、「おれ」とか「ぼく」、「自分は」という人(先生)がいます。私自身は30代後半くらいから「わたし」、「わたくし」を使うようになりましたが、きちんと使い方を教わったことはありませんでした。接遇用語として初任者研修できちんと教えるべきです。保護者の中には先生が「ぼくは…」というのを聞いて「何?」と思っている人がいるかもしれません。               
   

2026年6月30日火曜日

花だより  教師は言葉を大事にする 柘榴(ザクロ) ヒメフウロ

          
         ヒメフウロ                歩道の花壇

 「新卒の時、牧野先生に『君は、きっといい先生になるよ』と言われてうれしかったです。」 
そんなこと言ったんだ? あの時、あの人に、あんなこと言ってしまって失敗した。それはよく覚えています。 

 あなたの言葉に気を付けなさい
 言葉はとても不思議なものだ
 それは蜜蜂の蜜のように新鮮で甘く
 そして 蜜蜂の針のように恐ろしい

 言葉は また暖かく喜ばしい日光のように
 人々に祝福を与えることができ
 孤独な生活を明るくする
 そして 怒り争うときには
 開かれた両刃のように
 切り裂くのも言葉だ
     L・B カウマン

“この詩には、私たちは自分で語る言葉の実を刈り取らなければなりません。私たちが語る言葉とその言葉の誠意によって人間的魅力を深めもするし、失いもするものです。”と付記があります。
 教室の言語環境は、教師そのものです。教師の言葉で、子どもたちは、やる気にもなるし、落ち込むこともあります。蜜蜂の針になってはなりません。
 言葉が変われば 態度が変わる
 態度が変われば 習慣が変わる
 習慣が変われば 運が変わる
 運が変われば 人生が変わる
 言葉を大事にするということは、語彙を豊富にすることではなく、相手を気遣う心を大事にすることだと思います。

   “オホーツクマラソン 引きずる足で みやげ買う”
 昨日の朝、散歩の途中で菓子店の前の行列に出会いました。もうブームは過ぎたと思っていたカーリングのロコソラーレで有名になった「赤いサイロ」(チーズケーキ)を買い求めで並んでいたのです。ショーウインドウに「歓迎 オホーツク100キロマラソン」のポスターが貼ってありました。
 今日は、サッカー観戦したので散歩は午後にします。
 

2026年6月29日月曜日

花だより 秋田県(学力)のヒミツ? ヒメサユリ テッポウユリ

 

  全国小学校校長会の理事会・総会に参加した時のことです。席が北から北海道の順になっていて、ちょうど後ろが学力テストが常に上位の秋田県の校長先生でした。「何か特別なことをしているのですか?」とたずねると「よく聞かれるのですが、特別なことは何もしていません。」と見せてくれたのがこれです。
   『秋田わか杉っ子 学びの10か条』
 1 早ね、早おき、朝ごはんと家庭学習 規則正しい生活がスタートライン
 2 学校の話題ではずむ一家団らん 笑いが脳を活性化させる
 3 読書で拓く心の世界 めくるページ 広がる創造力
 4 話して聞いて伝え合う国語 国語力は学びの基本
 5 難問・難題にも挑戦する算数・数学 あきらめずにやり切ることで能力アップ
 6 新発見の連続、広がる創造 総合の時間は脳のビタミン
 7 きまり、ルールは守って当たりまえ 落ち着いた教室で高まる集中力
 8 いつも気を付けている言葉づかい 相手意識でみがく活用力
 9 説明は筋道立てて伝わるように 整理する工夫が脳のトレーニング
10 学んだことは生活で学校ですぐ活用 活用できて本当に生きる力

 「つまり、当たり前のことを当たり前のようにできるように徹底することですかね。」と言われました。「北海道は、当たり前のことが当たり前のようにできていない。」と言われたように思いました。

2026年6月28日日曜日

花だより 校長室にいるのが少ない校長 レンゲツツジ ヒメサユリ

 


1m近くのびた石北大通公園の草、やっと草刈りが始まりましたが全く捗りません。

 校長室にいるのが少ない校長
 ある校長は各学級の授業をよく参観する。当然参観した後は感想を担任に伝える。先生方はこれを「ミニ研修」と呼んでいる。また、定期的に意図的に「校長室だより」を発行して、自然に巧みに多くの教員とコミュニケーションをとっている校長もいます。
 こうしたことをする校長は、来賓の対応や校長会役員等の業務、」地域行事への参加、諸会議等の出席などがある中で行うのは容易ではありません。しかし、授業の指導は校長の重要な仕事です。
 校長室にこもる校長
 教員との対話不足で個性や趣味などの理解にも無頓着な方がおられるのも事実です。人事異動の協議では、○○の教員をどういう学校に異動させたいのか、家族構成、子どもの養育、家族の病気についての悩みも掌握されず「人事は教育長に一任します」という校長もいます。このような校長は、学校経営にも意欲を感じられません。
 「いろんな校長がいるもんですね。牧野校長先生!」と木目澤教育長に言われたことがありました。何を言いたかったのでしょうか?
 “人事は新たに来る教員よりも、異動していく教員を大切にする。それが礼を尽くすということだ。「校長は、ふだんは校長室でいねむりをしていてもいいが、人事だけは頑張ってほしい。」と、先生方は思っている。”と先輩校長から教わりました。
 

2026年6月27日土曜日

花だより 相葉ヒロミのお困りですカー 月見草 オオキンケイキク

 


歩道に伸びた雑草


 散歩していると空き家が目立ち、庭は荒れ果て雑草が生い茂っている。敷地内だけではない周辺の歩道の景観も悪い。町並みの景観の悪さは財政難の象徴しているように思う。隣町の訓子府のマチ並みは、雑草など見当たらずきれいです。町長さんに聞くと、「年寄りが多いので一生懸命草取りをしてくれるのと、町内会組織がしっかりしているからかな?」と言っていました。
 テレビ朝日「相葉ヒロミのお困りですカー」はとてもいい番組だと思って見ています。
タレントの相葉雅紀さんとヒロミさんが、日本全国の街のお困りごとを解決し、地元の人々を元気している番組です。
 6月18日は、世界遺産比叡山延暦寺のお困りごとを解決しました。昔は3千人もいた修行僧が今では300人足らずになり、広大な敷地を管理をするのもままならない状況で番組に依頼したのです。妥協を許さない二人が汗と泥にまみれながら地元の方々の力を借りて、見事荒れ果てた庭園を甦えらせました。
 修行僧の一番の修業は「掃除」 掃除をすると身も心も洗われきれいになり、スッキリする。延暦寺1300年の続く教えだそうです。観ていて感動しました。
 日本の学校では、「掃除」も教育の一環となっています。学校の掃除は、衛生的な環境を保つだけではなく、児童生徒の責任感、協調性、物を大切にする心を養う大事な教育活動として行われています。公共の場をきれいに使う意識や規律を学ぶ目的があります。日常的な清掃を通じて、整理整頓の習慣や思いやりの心を育んでいます。そんな日本の教育の文化がこの番組に表れていると思いました。

2026年6月26日金曜日

花だより 「昔はよかった」とよく言うが、本当によかったのか? ルピナス シモツケソウ 宿根草(?) アジサイ



 「昔は、職員室のストーブの上で長てんを焼き、酒を飲みながら教育談義をした。スケートリンクは、酒を飲みながら造り上げた。」と聞きます。時代の流れは様々な形で変化しており、もう昔に戻ることはできません。また近年は、先輩の先生が、若手に板書やチョークの使い方、机間巡視の仕方などの細かな点を含めて指導する姿もなく、会話もなく、パソコンに向かっています。中には、校長室にステレオを持ち込み音楽を流し、アロマを焚いている校長がいるとか?学校は仕事場であって、私事場ではありません。「価値観の多様化」といいますが、「何でもあり」ということではないと思います。
 心理学者 波多野完治氏の言葉
 「昔はよかった」と言う人がいます。が、本当に昔がよかったのか、そうじゃない。新しい時代に適応できなくなっただけです。
 昔は、老人は希少価値でした。ところが、今は変化の時代だから、老人の経験をそのまま役立てることは難しい。一番まずいのは、過去の話ばかりして威張っている人です。
 年を重ねるということは、得で徳です。その上に学習を重ねる。そういう人が幸せになれるのです。そうすると、昔はよかったという憤激の代わりに、性でも生でも新たな創造に向かえるわけです。