2026年7月22日水曜日

花だより 「教育格差拡大」求められる支援 居場所つくり地域ぐるみで トマト ジャガイモの花

 

 

 「教育格差拡大」求められる支援 居場所つくり地域ぐるみで
 各地でシニア世代による無料の学習支援が広がっている。その背景には、教育格差の拡大がある。
 文科省の調査では、公立小中学校に通う子どもの家庭の教育支出のうち約7割が学習塾など学校外活動費で年収1200万円の家庭に比べて400万円未満の家庭の学校外活動費は約3分1しかなかった。経済的な理由で学校外での活動ができない子どもは、学力や能力を伸ばすうえで不利な立場に置かれやすい。
 塾に通えるかどうかで得られる受験や進学の情報の差が生じ、視野が広がらず将来の選択に影響が出る子どもも少なくない。一人一人のレベルに合わせて丁寧に教え、将来について考える機会を与える無料の居場所が必要だと訴える。7月19日の読売新聞から
 “学校だけでは、学力や能力は伸ばせない”ということらしい。
 小学生のとき、担任の先生から「家で予習、復習をしなさい。」と言われたのでやっていると、父から「よしみつ、何をやっているんだ!授業中ちゃんと先生の話を聞いていないのか?勉強は学校でするものだ。」と言われたことを覚えている。もちろん学習塾など通っている友だちはいなかったし、予習復習を毎日している友だちはいなかったように思う。学校から帰って遊ぶことが楽しくてしょうがなかった。
 子ども家庭庁は、2023年「子どもの居場所つくりに関する指針」を閣議決定し「居場所がないことは、孤独孤立の問題と深く関係しており、子どもが生きていくうえで居場所があることは不可欠」として、各地域で成長に応じた居場所をつくる必要性を強調している。
 子どもたちが最も生き生きとしているのは、大人の管理下から解放された時だろう。そうした時間も大切なような気がする。
 学校5日制、授業時数削減、詰め込み教育からゆとり教育へと転換した。知識偏重から、思考力、判断力重視へ、改革は進んできたが、今回の学力・学習状況調査では、思考力を見る問題の正答率が低かった。学校教育に問題があるのか?時代の変化に学校教育がついていけないのか?課題は山積している。教育とは難しいものだ。

2026年7月21日火曜日

花だより 不登校の子を登校に導く「学びの多様化学校」  アジサイ ダチュラ マツバボタン 石北通遊歩道の花壇

 


 不登校の子を登校に導く「学びの多様化学校」 スマニュー 7・18
 「学びの多様化学校」は、以前は「不登校学校」と呼ばれていた。特別の教育課程の編成が特例として認められている学校である。(26年で84校、全国に300校設置する目標を掲げている。)
 今まで不登校について、学校に来ない子どもが悪いという発想でした。そうではなく「学校が悪い」という発想から始めれば、学校がやることはたくさんあるという。
 東京みらい中学校では“玄関に下駄箱がない”
 土足のまま教室に入っていける。下駄箱があると上履きが盗まれたり、おかしな手紙が投げ込まれたりとトラブルの原因になることが多い。また、上履きに名前を書かせたり、誰が盗んだか犯人捜しを必死にしなければならないこともある。それなら最初から置かない方がよい。発想の転換で、その代わりに置かれているのが本棚と椅子でたくさんの本が並んでいる。玄関ホールだけでなく、各階の廊下にもあって、学校のエントランスや廊下は、監視されるところかリラックスする場に変わり、生徒が学校に行きたいと思えるように配慮されている。
 始業時間を8時30分から9時30分に
 同じ時間だと他校の生徒と顔を合わせる可能性が高くなる。不登校の理由はさまざまで友だちが原因の場合も少なくない。登校の時間が気の重いものになるので1時間ずらした。そして、もう一つの理由は、朝起きられない生徒への配慮でもある。
 こうしたことができるのは、標準授業時数1015コマが、この学校では775コマに短縮することが認められている。さらに月曜の朝は、学校に行きたくないと思いがちなことから、1時間目は「スタッフ」の時間とし、先生たちの趣味や特技を生かした選択授業があってモチベーションを上げている。他にも様々な工夫を凝らして、自主自立の姿勢を身に付けるカリキュラムが編成されている。
 教員(スタッフ)は1年生54人3クラスに対して8人、2年生36人2クラスに6人、3年生45人2クラスに6人のスタッフがチームを組んで対応している。さらにどうしても登校できない生徒には、自宅でオンライン授業を受けることができる。
 「普通の学校が見習うべきところはあるのではないか?」とフリージャーナリスト前屋毅氏は言う。
 不登校対策はここまで来た。学校教育はこの後、どうなっていくのだろう???

2026年7月20日月曜日

花だより 立場を置き換えて考えてみると カライトソウ ヤグルマソウ

 


 教育は信頼関係なくして成り立たない
 様々な不祥事が起きる度に道教委は、職務命令をもって毅然として調査を行う。その趣旨は理解できないわけではないが、その都度、管理体制が厳しくなり、対応を迫られ、仕事量が増える。結果、働き方改革は進まない。
 立場を置き換えて考えてみると
 
① 保護者や地域が学校を信頼していない。
 ② 子どもは担任や部活の顧問を信頼していない。
 ③ 校長は教頭を信頼していない。
 ④ 教頭は教職員を信頼していない。
 ⑤ 教育委員会は学校を信頼していない。
 ⑥ 学校は教育委員会を信頼していない。
 ⑦ 市町村教育委員会は道教委を信頼していない。
 ⑧ 道教委は市町村教育委員会を信頼していない。
  というような関係で真の教育が成り立つでしょうか?

 当然、校長(教師)は、地域や保護者、子どもから信頼されるに足る人間性と資質を備えていることはいうまでもありません。しかし、何でもかんでも職務命令をもって行うことは慎重であるべきと考えます。
 学校という組織はトップダウンだけでは機能しません。現場の校長(教頭)が道教委に直接物申すことはなかなかできませんが、言えるとしたら校長会(教頭会)です。教職員は、職員団体でしょうか?


2026年7月19日日曜日

花だより 次期学習指導要領では、学校の裁量、教師の力量が試される タチアオイ オレガノ ルドベキア フジ(実:豆)

 

 次期学習指導要領では、学校の裁量、教師の力量が試される
 中教審で議論が進む次期学習指導要領では、児童生徒への学び方の指導や支援が充実する見通しだ。
 文科省は、昨年12月中教審の特別部会に示した案では、総則に盛り込む要素として、「児童生徒が学習の見通しを持ち、学び方を工夫したり、振り返ったりしながら自分に適した学習を行う機会(学習の自己調整)を計画的に指導に取り入れるように工夫する」と示した。
 参考資料として、精緻化(多角的に理解する)や分散学習(時間を空けて復讐する)といった認知心理学の知見に基づく効果的な学びを例示するという。また、これらの学習の自己調整を促すヒントとして児童生徒に教えるなどして、家庭学習を含めて学習習慣を形成していく。また、参考資料として、動画や資料を作成、公表することも検討している。
                           (読売新聞 7月16日から)
 
次期学習指導要領では、学校の裁量、教師の力量が試される
 生活科・総合的な学習の時間が登場したとき、やりがいを感じた教師もいたが、指導書に頼って授業をしていた一部の教師には、何をどうしたらよいか分からず、それが定着するまで時間がかかった。今でも十分浸透しているか疑問である。
 今回の改訂の趣旨は理解できるが、教員不足、長時間労働の課題を抱える現場で、これが定着し効果を上げられるか心配である。そのことを分かった上で進める裏には、教師の力量不足を補うデジタル化、AIの導入を考えているように感じる。
 10年に一度の改訂である。これからの子どもたちに必要な能力を着実に身に付けさせるために何が必要か、現場も含めて十分検討してほしい。

2026年7月18日土曜日

花だより 再考「デジタル教育」 「負の側面」検証これから (7月15日読売新聞) アジサイ ガイラルディア カスミソウ テッポウユリ

 

 たくさんの種類の花が道端に咲いている

 再考「デジタル教育」 「負の側面」検証これから (7月15日読売新聞)
 デジタル教科書はどうあるべきか? 2030年度以降に使われる新たな教科書の具体的な姿は今秋にも文部科学大臣が策定する「大臣指針」で示される。有識者会議では、デジタルを導入する学年、教科や端末の学習目的使用といった課題も含めた論点を検討する。
 ①教科書の形態のあり方
 ②紙・デジタルが効果的な学習の場面
 ③認知科学を踏まえた発達段階との関係
 ④目的外使用と情報活用能力
 ⑤「手書き」が減少することとの懸念
 ⑥健康への影響
 ⑦諸外国の動向
 ⑧次期学習指導要領との関係
 ⑨発行者・採択権者の負担
 ⑩学校のICT環境や支援体制
             以上 10項目
 海外では紙回帰の動きがある中で、日本は教育デジタル化のアクセルを緩めない。その先に見えてくるのが「生成AI」の活用だ。
 読売新聞が、これまでデジタル化に警鐘を鳴らしているので、文科省も強引に進めることはないだろう。

2026年7月17日金曜日

花だより デジタル化のリスク ノルウェーに学ぶ 歩道のアサガオ

 

           マンションロビーの新作 歩道のアサガオ フランネル草

 デジタル化のリスク
ノルウェーのノルトゥン教育相が「デジタル教育イベント」で講演した主な内容
                          (7月14日 読売新聞)
 私はデジタル化を積極的に推進しているわけではない。脳が急速に発達する子どもたちにとって、睡眠や集中力、学習にリスクがあることが研究で明らかになる中で、デジタルツールを使うことは心配だ。
 過去10年間、特に西洋諸国で政治家たちは学校のデジタル化を急ピッチで進めてきた。同じ時期にノルウェーでは学習が低下し始めた。子どもたちの読書量が減り、読解力が低下した。やる気と学校での幸福感も同様だ。
 だから私は子どもたちがデジタル機器に費やす時間やアルコリズム(処理手順)と有害コンテンツを自分で管理し、決定する力を取り戻そうとしている。現在若者の間で忍耐力と集中力に関する深刻な危機が起きている。私たちはこの状況を変えなくてはならないし、変えていく。必要なのは集中力を鍛えて根気を育てる教育手法だ。
 デジタル活用能力は不可欠だが、育てるのは画面をスワイプする能力ではなく、テクノロジーの可能性を見極め、リスクを認識する能力であってほしい。AIと偽情報の時代に健全なデジタル判断力を鍛える。今後ノルウェーは、子どもたちの学びについて主導権を取り戻す。私たちは批判に直面する覚悟がある。私は学校と子どものために、これが正しい道だとこれまで以上に確信している。ノルトゥン教育相は女性で40歳)
 日本は幸か不幸かデジタル化に後れをとった。しかし、それ故に先進国での失敗や課題を学ぶことができる。日本は女性初の首相が誕生したが、40代の女性文部科学大臣の誕生は難しいだろうけれど、学校でのデジタル化について十分検討してほしい。
 学校生活で必要なことは、友だちと遊ぶこと、先生との信頼関係を築くこと、読み書きや算数の基礎を学ぶこと、これはどんなに時代が変化しても変わらない。

2026年7月16日木曜日

花だより 「教育は人なり」語り尽くされた言葉だが、ここに行き着く シモツケソウ ハイビスカス

 



 特別支援学級の子を見ていて、つくづく思うことがあります。ある先生にはよく懐くが、ソリの合わない先生には、悪態をついて毛嫌いする。障害はあっても本能的なものは逆に研ぎ澄まされているような気がします。
 父子家庭のある男子は、先生方がどんなに優しく声をかけても言うことも聞かなかったのが、母親を想起するような女性の支援員さんだけには懐いた。その支援員さんは、「あの子、かわいいところあるんですよ。」といつもやさしく笑顔で接するのです。「何という悪ガキだ!親の顔を見てみたい?」と思って接すると、彼はそれを察知するのでしょう。
 こども園の先生は、いつも笑顔です。幼児は、先生や親の笑顔を見て安心するのです。それは自分を守ろうとする本能でしょう。「人格の完成」が教育の目的であるなら、指導する教師の人格が問われます。「教育は人なり」語り尽くされた言葉ですが、ここに行き着くのです。