2026年8月18日火曜日

花だより 教職員の精神疾患離職最多 子どもの多様化や親対応疲弊 カノコユリ オニユリ 

 



 教職員の精神疾患離職最多 子どもの多様化や親対応疲弊
 離職した教員は、2024年度1,319人に上り過去最多を更新した。背景には多様化する児童生徒への対応や事務的な残務量などが影響しているとみられる。
 精神疾患により離職者は15年前の2倍以上に増えた。ストレスチェックの分析結果では、高ストレスの教員の割合は過去最大の11.8%に上がった。その要因の1番は対処困難な児童生徒への対応(28%)で、8年連続で最も多かった事務的業務量(25%)を初めて上回った。発達障害や不登校、いじめなどの増加が背景にあるとみられる。3番目は「同僚との人間関係」(22%)、4番目の「保護者対応」(17%)は近年増加傾向にある。
 業務量に対して人手が足りない。やりがいを感じていても心身ともに疲弊し、別の道を模索する教員が多い。
 なりて不足、多忙に拍車 全国の公立学校の教員不足数は4,317人に上った。
 待遇の良い民間企業に流れているだけでなく、教員の年齢構成の偏りにも影響を与えている。これまで産休、育休を取ると正規採用を目指す既卒者が臨時講師として教壇に立ってきたが、採用拡大でなり手がいなくなり、定年退職した教員OBの再雇用が増加している。25年10月時点で1,588人で16年度の82人から20倍近く増えている。また50歳前後のベテラン教員が少なく、指導に悩む若手を支援する体制が弱体化している。 (8月10日読売新聞)

 自分はいい時代に教員をしていたと思う。新卒の時は、もちろんパソコンなどはなく、すべて手書きで今思えば非効率な事務作業だった。不登校の子はいなく、いじめはあっても陰湿ではなかった。保護者もみな学校に協力的だった。土曜日も授業があり今以上に授業時数は多かったがゆとりがあったように思う。先輩からたくさんのことを学び、教員を辞めようなどと思ったことはなかった。
「俺たちの時代も大変だった。」と今の教員に言うつもりは全くない。時代は変わった。 「給料を上げてください。」と言ってもなかなか難しい。今の給料に見合うだけの仕事量にしてあげてください。夏休みも残り少なくなってきました。まずはゆっくりしてください。

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2026年8月17日月曜日

花だより 体育「遊び」小学4年生まで拡充 グラジオラス エキノプス リアトリス コスモス

 

 低学年(1・2年生)の体育「遊び」を小学4年生まで拡充
    運動を楽しむ機会増(次期学習指導要領)

 例えば:「走る、跳ぶ運動」→「走る、跳ぶ運動遊び」、「水泳運動」→「水遊び」
 運動が苦手な児童でも楽しく活動量が多い体育を目指す。中学、高校では高度過ぎる内容を改めるなど、楽しく体を動かす機会を増やし生涯にわたってスポーツを親しむ土台づくりをねらう。 子どもの運動時間や体力低下傾向にあり、屋外で遊ぶ機会の現象やスマホを見る時間の増加などが背景にあるとみられます。
 スポーツ庁の担当者は、「仲間と一緒に体を動かす楽しさや達成感を味わえる体育を目指したい、生涯にわたって心身の健康を保持し、豊かなスポーツライフを実現してほしい。」と話す。(8月8日読売新聞)
 幼児教育の「遊びは学び」の考えを小学校へ発展するように思います。体育の時間だけで泳げるようになったり、スキーやスケートが上達するのは、ごく一部の能力の高い子だけです。苦手なこと、難しいこと、忍耐力やチャレンジするよりも、「楽しさ」を重視するようです。
 地方にもチョコザップが進出してきて、ジム通いをする人が増えてきました。子どもたちは、水泳、テニス教室に通ったり、人気の野球やサッカー少年団に隣町まで通っています。学習塾にも通わなければならないし、運動するにもお金がかかる時代になりました。
 近所の公園で子どもたちが集まって遊ぶ光景は見られません。学校体育の役割も様変わりします。
        香りゃんせ公園で涼む親子連れ *ウェブバージョンでご覧ください。


2026年8月16日日曜日

花だより 夏休みは動物園  シオン ツユクサ サボンソウ アサガオ

                                     
 娘が小学校低学年まで、夏休みには必ず動物園に行きました。小学校の修学旅行でも絶対外せない場所です。コロナ禍にあっても旭山動物園は人気スポットでした。子どもの情操教育のためにも動物園は必要という意見がある反面、動物の一生を檻の中でつぶしてまで得ることがあるのか?人間が動物と触れ合いという理由で動物たちの自由を奪っていいのか?と言う人もいます。 
 “いのち”を伝える  
 長い間、動物園で動物の子育てを見続け,“いのち”を伝えることについて考えてきた。動物たちは自然が創りあげた巧妙な子育ての仕方を見失うことなく、淡々と命をつないでいる。お乳は、子の腹を満たすだけでなく、親子の触れ合いをつくり温もりで心にも栄養を与えているのです。たっぷり愛情を受け、子は生きる力を身につけ成長します。やがて親になり自分が経験したことを子に伝える。実に単純だが、そこに大事なものがある。“Education”の語源には「お乳で育てる」とあります。“いのち”の教育、その始まりは親子の触れ合いではなのです。“いのち”はイノチからしか伝わらないのです。 (秋田市大森山動物園 小松 守園長)
 命の大切さ、親の愛情、家族の大切さ、自然の厳しさなど、「生命」と「共生」について理解するのが動物園の目的です。動物園で何を見、何を感じるかが大事です。
 上野動物園からパンダがいなくなりました。定番のゾウやキリンのいない動物園もあります。寂しい限りですが、夏休み、動物園や水族館に子どもを連れて行ってみてください。
北見でも連日30度超えの暑い日が続いています。
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2026年8月15日土曜日

花だより 81回目の終戦記念日 浜茄子 百日草

 



 81回目の終戦記念日を迎えました。
 日本人が決して忘れてはならない日として、1945年の戦争にまつわる4つの重要な日(6月23日、8月6日、8月9日、8月15日)があります。平和の尊さと命の重みを知るために、私たちが心に留めるべき大切な日です。 子どもたちに伝えていかなければならない日です。
 戦争と平和にまつわる4つの日
6月23日(沖縄慰霊の日): 沖縄戦の組織的戦闘が終結したとされる日です。多くの尊い命が失われた沖縄の歴史と平和を祈る日です。
8月6日(広島原爆の日): 広島に原子爆弾が投下された日です。核兵器の恐ろしさと犠牲者の鎮魂を祈る日です。
8月9日(長崎原爆の日): 長崎に原子爆弾が投下された日です。二度と悲惨な戦争を繰り返さないことを誓う日です。
8月15日(終戦記念日): 戦没者を追悼し平和を祈念する日: 1945年、日本がポツダム宣言を受諾し、戦争が終わったことを国民に伝えた日です。 
 この4つの日は、歴史の教訓や平和への思いを深める日ですが、80年も経つと戦時下を知る人は少なくなり、記憶と関心が薄れてきています。この時期は、新聞やテレビでの関連ニュースが報道されます。子どもや孫と一緒に見ること、話をすることが大事だと思います。
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2026年8月14日金曜日

花だより お盆特集(2)「合掌」とは? アサガオ アザミ セイタカアワダチソウ

 

 子どもの頃、8月15日が近づくとテレビ各局は、先の大戦に関するドキュメンタリー番組やドラマを放送していて、それで戦争の怖さを知ったものだが、最近はNHKだけで民法はやらなくなった。
 お盆は、帰省し墓参りをするためにお盆休みができたのだが、今は先祖の供養より、バカンスを楽しむようになったような気がする。
 お盆の法要で「合掌とは仏様と一体になること、右手は仏様の世界、左手は現世を表し、合わせることで一体となり成仏を願うものです。」とお寺さんの説教で知った。
 合掌には3つの意味がある。
 一つは、何事にも至らない自分をどうぞお許しください。(お詫びの心)
 二つは、それにもかかわらず、毎日順調に生かしていただき(感謝の心)
 三つは、どうぞこの身を、この心を人の喜びに役立ててください。(お願いの心)

 いつも心の中で合掌する気持ちで勇んで人生を送る。
 葬儀や仏事での祈りの他に、食前、食後の「いただきます」「ごちそうさま」、手紙の結語にも使われます。信仰や宗教に関係なく、日本人が大事にしてきたものです。
 毎年、お盆には家族や親戚が集まり、先祖を供養するために合掌する。そんな体験を子どもにもさせることが大切です。
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2026年8月13日木曜日

花だより お盆特集(1) 「半眼」とは? ヤナギラン ヒオウギ

        

  お盆 「半眼」とは? お寺さんのお説教から
 半眼(はんがん)とは読んで字のごとく、眼を半ば開くことです。仏教的にいえば、半分は外の世界を見、そして、半分は自己を見つめる、あるいは目には見えないものを見る(考える)ということです。
「私は宗教を信じない」と明言する人は、大金や宝石、それに美しいスタイルやご馳走など、目に見えるものにばかりに注意を奪われ、他のことには目をつぶった生き方をしているのではないと思います。
 目に見えるものには注意を払い大切にするのは当然ですが、一方で目に見えないもの、例えば、子どもの将来を大切にするという両面性を備えた生き方が大切です。
 仏像は、ほとんど半眼になっています。これは仏像に向かって手を合わせている人々を優しい眼差しで見つめてくださる、と共にその人々のためになる何かを思案してくださっているということです。仏像は単に見えているものだけを見ているのではなく、見えないものにも思いを馳せるという姿勢がはっきりと表れています。
 坐禅も本来は半眼です。要するにもっとも大切なことは、自分の内側と外側との両方を見ようという半眼の心がけです。いずれか一方に偏ってはいけないし、もちろん一方を遮断する(目をつぶってしまう)ことは許されないのです。
 子どもの見方と同じです。夏休みが終わると前期の評価事務が始まります。表面だけを見て評価しないようにしましょう。




2026年8月12日水曜日

花だより 「この国の人は、今まで発見された国民の中で最高である」フランシスコ・ザビエル サルスベリ オオハンゴウソウ

 


 熊本がまたも大きな地震に見舞われた。それに追い打ちをかける酷暑と台風、遠くにいる私にできることは少額の義援金だけで申し訳なく思う。
 SNSでの「閲覧数稼ぎ」の偽情報投稿が拡散しているという。被災者の苦悩、昼夜問わず懸命に災害復旧作業をしている人たち、ボランティアや自治体の職員の皆さん、警察、消防、自衛隊の皆さんのことを思うと、なんと不届き者か! いつから日本人は、こうなってしまったのか?
 富国有徳への道 
「この国の人は、今まで発見された国民の中で最高であり、日本人より優れた人々は異教徒の間では見つけられない。彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がない。驚くほど名誉心の強い人々で、他の何よりも名誉心を重んじる。大部分の人は貧しいが、武士もそういう人々も貧しいことを不名誉とは思わない…」
 1549(天文18)年、キリスト教布教のため日本にやってきたフランシスコ・ザビエルが、本国に送った手紙である。
 1856(安政3)年、通商条約を結ぶために来日したハリス提督の日記には、「彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない。これが人民の本当の幸福の姿といえるだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、この人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。私は質素と正直の黄金時代をいずれの他の国よりも多く日本において見出す。生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる。」とある。
 フランスの詩人ポール・クローテルは、1921~1927(大正10~昭和2)年まで、駐日大使を務めたが、日本の敗戦が濃くなった1943(昭和18)年、パリで言った。 「日本は貧しい。しかし、高貴だ。世界でどうしても生き残って欲しい民族をあげるとしたら日本人だ。」
 私たちの祖先は勤勉・正直・親切・謙虚・素直・感謝といった徳目を規範に、幾世紀も暮らしてきた人たちであった。外国の人たちの証言は、そのことを明らかにしている。
 しかし、今の日本は隔世の感と言わざるを得ない。この日本人の美徳を取り戻し、後世に渡さなければならない。それが教育の使命である。私たち一人一人がこの美徳を涵養し、発揮した時、日本は真に豊かな国となる。「富国有徳」とはこのことである。
         「富国有徳論」 川勝平太著より 抜粋:牧野要約
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