2026年9月3日木曜日

花だより 「我以外皆我師」 ホウセンカ ピンクのカサブランカ

 



 「我以外皆我師」
 宮本武蔵の小説で有名な吉川英治氏が好んで使った言葉で、プロ野球の野村克也監督が座右の銘にしていた言葉です。
 “自分以外のすべての人間や出来事、環境に至るまで、そのすべてが自分に何かを教えてくれる師匠である” (「謙虚さ」が必要だということです)
 私ごとき者が言える立場ではありませんが、例えば、学級経営や学校経営に悩む時、行き詰った時、方向が見つからなかった時、身近に相談できる先輩や仲間、友人、同僚が必要です。そういう基盤づくりや環境、条件整備を普段からしておくことです。特に教頭先生には、“校長になって責任ある立場の仕事をするための貴重な積み上げの時代であることを肝に銘じることです。そして、“双六ではないのだから、校長になって『上がり』ではない。教育を志した者として、初めてスタートラインに立ったと考えるべき” 自分が教頭時代に先輩校長や木目澤先生によく言われました。
 「謙虚さ」=「努力をもたらすモチベーションである」、「謙虚さを持たなければ、努力を怠る」=「栄光は長続きしない」
 県議会議長、市長の辞任が相次ぎました。人は長く上に立ち続けると「謙虚さ」を忘れがちになるものです。
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2026年9月2日水曜日

花だより 親父はくさいから嫌い!  オリエンタルリリー 黄薔薇 ヤマブドウ マツバボタン

 

 人前で平気で親をバカ呼ばわりしてゴネている小さな子どもや、それを平気で受け入れている親を見かけると、古くさい考え方かもしれないが、やはり子どもは親に「バカ」などと言ってはいけない。そして、いけないことをやったときは大いに叱るべき。節度あり社会規範をきちんと教えるのが親の役目だろう。別に子どもに嫌われても平気じゃないか。顔を見たら逃げ出すくらい怒ってもかまわない。それより良いことと悪いことのわかる子どもに育てよう。こっぴどく叱っても、一緒に付き合ってやれば子どもは親を心底嫌うことはまずない。“褒めて育てる”は、“叱らない”のとは違う
   サッカーをしたり、工作をしたりするとすぐ仲良しになる。そこでちょっと工夫やヒントを教えてやれば尊敬も得られる。一番いけないのは、テレビばかり見たり、ゲームばかりして子どもに無関心。ろくに遊んでもやらず口を開けばグチをこぼすか怒ってばかり、それが親だと心得ているのは大間違いだ。反対にほめて伸ばすのが良いと勘違いして、叱らない方が良いと思っている。果たして子どもにとってどっちがよいのか、どっちもダメだろう。
 お悩み相談で、“『親父はくさいから嫌い』と女子高生の娘に言われました。”どうしたらよいでしょうか?”と相談した父親に、“言われなくては気が付かない娘も問題ですが、『親を何だと思っているんだ』と叱ることのできないあなたが一番問題です。”こんなことを人様に相談すること自体おかしい?

2026年9月1日火曜日

花だより なぜ、小学校の教員になったのか? キツネノカミソリ ミズアオイ

 

 なぜ、小学校の教員になったのか?
「牧野先生は、なぜ小学校の先生になったのですか?」とよく聞かれます。
“背が低いから(165㎝)、生徒を指導するとき、見上げて叱っては迫力がない。170㎝以上あったら、中学、高校の先生になっていたかもしれない。」とよく答えます。教員採用面接で「教員を目指した理由は?」と問われ、「運動会と学芸会があるからです。」と答えて笑われました。
 子どもが好きというのが一番の理由ですが、得意な教科がなかったからです。父から「ヨシミツの通知票は“日替わりメニュー”だな?」と言われました。学期ごとに「5」がかわるからです。中学卒業までに全教科で「5」を取りました。「オール5の可能性もある」と父は期待しましたが、それは夢の夢! 運動会や学芸会、遠足などの学校行事は、1週間前からウキウキ、ドキドキで眠れませんでした。
 小学校の教員は、全教科教えなければならないし、字が上手でなければならない、絵も描けなければならない、ピアノも弾けなければならない、運動もできなければならないと思いました。そして、迷うことなく教育大に入りました。教員になってからは、様々な研修会に参加したり、夏休みや冬休みには、旅行に出かけ全国を回りました。劇団四季や歌舞伎などの公演も観ました。先輩からそれが教師の研修だと教わりました。
 ところが、小学校の専科教員を増やすという、東京では、運動会や学芸会の運営を外部委託するそうです。これも働き方改革の一環なのでしょうが、私には小学校教員の楽しみが奪われるような気がします。時代は変わりました。
                                                 *ウェブバージョンでご覧ください。

2026年8月31日月曜日

花だより 「協働」と「家庭・学校・地域」の連携(CS) ゼラニウム シシウド

 

 「協働」と「家庭・学校・地域」の連携
 「協働」とは、広辞苑には「共同、協同、協働」と出てきますが、古い大辞典には「協働」は見当たりません。「協働」が使われるようになったのは最近のようです。「協働」は≪協力して働く≫とあります。「共同」は≪二人以上の人が力を合わせてすること≫、「協同」は≪力を合わせること≫となっています。それに対して「協働」は≪同じ目的や目標に向かって対等の立場の異なる複数の主体が、対等の立場で互いの特性を活かし、協力して取り組むこと≫とあります。
 コミュニティ・スクール(CS:学校運営協議会)がどの市町村、学校にも組織されるようになりました。保護者や地域住民が学校運営に参画し、地域と一体となって特色ある学校づくりを進める組織です。
 「家庭・学校・地域」の連携が大事であること、「家庭」が最初に並ぶのは、それなりの意味があり、家庭が一番大事だということでしょう。教育基本法が改正されても、今なお古くて新しい課題です。そのために学校はこれまで「開かれた学校」、「信頼される学校」づくりに努めてきましたが、その成果は上がっているのでしょうか?
 「協働」の≪対等な関係≫、≪役割分担≫、≪目的共有≫が図られていない現実があるように思います。
 例えば、参観日は行かなくて当たり前、PTA総会に残る人が少ない、PTAに入らない人まで出てきました。学校運営協議会の委員さんは、町内会長さん、地域活動の代表をされている方など、年配の方が多く、意見を求めると「我々が通っていた学校と全く違う、今の学校のことはよくわからん?」と言います。年に3~4回くらいの開催で、最初は組織や会議の目的などの説明、2回目は各学校の現状と課題を説明し、やっと理解してもらったところで任期が終わってしまい、なかなか「協働」とまではいかないのです。
 しかし、愚痴を言っている場合ではありません。「家庭・学校・地域」の連携の真ん中に「学校」があります。学校の役割は、家庭や地域にまずはいろいろな手段を使って情報発信することだと思います。                

           JR北見駅構内(赤字ローカル線ですが農産物の輸送を担っています。)
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2026年8月30日日曜日

花だより 校長の情熱が教師の心を揺り動かす イタドリ アサガオ キョウチクトウ フヨウ

 

 校長が燃えなくては、先生方は燃えません
 先生が燃えなくては、子どもたちは燃えません
 校長が元気がなくては、先生方も元気が出ません
 先生が元気がなくては、子どもたちも元気が出ません
 自ら研究し続ける教師を育成するのが、校長の代々の仕事です。

 校長の情熱が教師の心を揺り動かすと信じます。辛くても校長になった以上、教頭になった以上、教師になった以上は、頑張らなくてはならない。 “この校長の言うことなら、この校長のためなら…”と言わしめる。努力があれば必ず人はついてくると信じます。”(木目澤訓)
 ある校長は、「妻を大病で亡くしたので、健康のありがたみが骨身に染みる。だから先生方が体調不良を言ってきた時には、決して無理をさせない。」と言いました。
 苦難のない人はいません。人生の挫折を経験した方の話には重みがあります。物事を悪い方に解釈せずにプラス志向でありたいものです。“あれもダメ、これもダメ”のように負の見方からは、何も生まれません。また、ストレスのない人はいません。その人にあった解消法や健康法を身に付けることが大切です。
 苦難を乗り越えた人には
 人の痛みが分かる 
 人の喜びがわかる 
 強さの中に優しさがある。
 
木目澤先生からイヤというほど聞かされましたが、そんな校長にはなれませんでした。

夏の終わり  *ウェブバージョンでご覧ください。 

  

2026年8月29日土曜日

花だより 「蒔かぬ種は生えぬ」と「忙中閑あり」 夕顔 薔薇 

 



 「蒔かぬ種は生えぬ」と「忙中閑あり」
 分かりきった道理でも人間の世界ではうっかりということがよくあります。無理が通れば道理が引っ込み、道理が引っ込めば、やがて身が破滅に導くといわれますが、何もしなければよい結果を得ることはできません。それにふさわしい種を蒔いておくこと(事前の準備と努力)が必要です。
 また「忙中閑あり」、「仕事は忙しい人に頼め」とよく言います。先生方、特に校長・教頭の皆さんは、土日も休みなく忙しい、会議や研究会、地域行事、児童生徒の応援や引率など限りがありません。そういう時でも、仕事が集まるのは、その人の実力が認められており、一目も二目も置かれている証拠です。
 失敗を予想して、仕事を頼む人はいない
 仕事が多いということは
 仕事を頼まれるということは
 能力のバロメーターである
 「人生の最大の楽しみは何かと聞かれれば、仕事を手段として自己表現をすること」
 コンビニの神様と称された元セブンイレブン・ジャパンの鈴木敏文会長の言葉です。
 本当に忙しく働かれている人は、「忙しい、忙しい…」と口にしないものです。働き方改革とは相反することですが、心に留めておく必要があります。

タマキ花園にて
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2026年8月28日金曜日

花だより 人間だから失敗することもある AIとの違い ナデシコ ナツスイセン

 


 ある市長さんの職員に対しての訓示
「市民に感動を与える組織を目指す。市役所がどのようなサービスを提供できるかではなく、市民が求めている満足を事業として始めることで市民に感動を与える組織になれる。そのためには市民と感動を共有することが何より大切である。そして、市役所は人こそが最大に資産。仕事の成果は百発百中ではない。真摯な仕事への取り組みこそが豊かなまちづくりにつながる。」
 これを学校に置き換えて考えてみると、学校は子どもが主体であり、子どものための公教育機関です。そして、子ども、教員こそが最大の財産です。
 教師が消極的で新しいことに挑戦しなければ、たぶん失敗はしないでしょう。しかし、それでは前進や改善につながらない。「進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む」(福沢諭吉『学問ノススメ』)という言葉に通じます。
 人間だから失敗することもある。要はその受け止め方、生かし方にかかっている。「道に迷えば、道を憶える」 失敗を恐れず挑戦すること、AIの時代だからこそ大切にしたいものです。
夏もそろそろ終わり
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