通知票には担任が書き込む通信欄(所見)があります。
“給食の片づけが上手です”、“掃除当番も熱心です” 親の目には、家庭ではさっぱり手伝いをしないと映っていたのに、学校ではきちんとやっていることが分かり思わず微笑んだ。そんな保護者も多いのではないでしょうか。教師の目線で親の知らない子どもの姿をとらえ、家庭と学校の「橋渡し」をする通信欄の大切な役割です。
それなのに一部の学校では通信欄をなくしたという。“保護者とのコミュニケーションは取れているので、書く必要はない”というのが教員側の言い分のようです。しかし、学校の様子を一人一人について文章に書くことで、子どもの生活がもっとはっきり見えてくることもあります。また、「記録に残るので、うかつなことは書けない」という教員もいます。通信欄の空白の向こうには、保護者と正面から向き合うことにしり込みする教員の姿が浮かびます。
通知票は、出さなければならないというものではなく、通信欄(所見)の記入は教員の義務的な仕事ではありません。通知表そのものをなくした学校もあります。
所見は、手書きからワープロ、そしてAIがアシストしてくれる時代になりました。
新卒の頃、“通知票(評価)さえなければ、教員ほど楽しいものはない”と思っていました。先輩から、「所見が書けるようになったら、一人前の教師だ。」と言われ、学年主任、教務、教頭、校長先生を回って戻ってきた所見の下書きは真っ赤になっていたのを思い出します。子どもの成長を思い浮かべながら、通信欄にペンを走らせてほしいものです。義務ではないからと働き方改革で削ってほしくありません。
新卒の頃、“通知票(評価)さえなければ、教員ほど楽しいものはない”と思っていました。先輩から、「所見が書けるようになったら、一人前の教師だ。」と言われ、学年主任、教務、教頭、校長先生を回って戻ってきた所見の下書きは真っ赤になっていたのを思い出します。子どもの成長を思い浮かべながら、通信欄にペンを走らせてほしいものです。義務ではないからと働き方改革で削ってほしくありません。











