2026年9月9日水曜日

花だより 『稽古』と「練習」の違い ナナカマド クルミ オオツリバナ ヒマワリ

 読売新聞の連載『時代の証言』、現在は相撲界で活躍した小錦さん(ハワイ出身)です。親方から「体を活かし、回しは絶対取るな!プッシュ、プッシュ、前へ前へ…」と毎日毎日、厳しい≪稽古≫に明け暮れたと回顧しています。
 武道とか華道、茶道など、『~道』と付くものは、練習とかトレーニングとは言わずに『稽古』といいます。なぜだろうと思い改めて調べてみました。
 「練習」は“技術や能力を向上させるための一般的な反復運動”であり、『稽古』は、“伝統的な芸事や武道など、師から教えを受け、精神や文化も含めて身に付ける行為”とありました。
『稽古』の中には≪見取り稽古≫というのがあります。“先人がどのようにして、その境地に至ったのか、どうしたらその境地に達することができるのか、考えながら観察して学ぶ」というものです。
 茶道であれば“千利休はどうあって、あの境地に至ったのか」を念頭に作法を行うといいます。『道』には、≪人が守るべき道理、道徳、教え≫という意味もあります。
 日本の野球はベースボールではなく「野球」だといいます。特に高校野球は教育的側面が強く「野球道」という人もいます。
 教育(教師)も「稽古を積む」ことではないかと思います。若い教員は、先輩の指導法を見て学ぶ、教頭先生は、校長の所作を見て学ぶ、校長は保護者や地域の人たちとの関りから自らの高みを目指して励む。「教育道」と言ってもいいかもしれません。
*ウェブバージョンでご覧ください。

 

 
 

2026年9月8日火曜日

花だより 管理職(LEADER)とは? オオアワダチソウ ヤマハギ ハツユキソウ ナナカマド

 


  管理職(LEADER)とは? 【管理職心得】
 Leed~導く、先導する。 率先垂範するとスタッフは次第についてくる。
 Education~部下を教育・指導する。どんなに価値ある石も磨かなければ光らない。
 Aggreseive~積極的・意識的に行動する。自ら汗をかき、アクションを起こさない限り
       何も動かない。
 Dream~夢や目標を持つ。明確な目標を示し、前向きに取り組む。
 Excite~興奮や刺激、緊張感を持ち、常に全力投球する。
 Response~応答、反応、スピード感をもって正確で誠実に対応する。
                   *企業のリーダー研修会資料から
 管理職になるということは、プレイヤー個人としての成果追求から、「組織全体で成果を上げる」というマインドへの転換が大事です。ですから、過去の成功体験を手放す。「伝える」より「傾聴」すること、信頼して任せることです。これがなかなか難しい。「名プレイヤー、名監督にあらず」とよく言います。
           *ウェブバージョンでご覧ください。

 
  

2026年9月7日月曜日

花だより 知識を使いこなす東大王 玉ねぎ オシロイバナ

 


 《知識の詰込み》から《知識を使いこなす力》を育てる教育へ
   奈須正裕先生に聞く
 これまでの伝統的な学校教育が「有能さ」を伸ばしていたかと考えると、必ずしも伸ばしていないというのが結論です。膨大な知識や技能を教え込みますが、知識や技能は「有能に」問題解決する際の武器や道具、材料に過ぎず、たくさん持っていても、それを上手に使いこなせなければ意味がない。いわゆる宝の持ち腐れです。「もっている宝は全部うまく使えるようにしよう」というのが「有能さを伸ばす教育」です。
 かつては、知識を持っていること自体が競争的にも価値のあることでしたが、AIが発達し、知識や情報自体には、いつでも、どこでもアクセスでき、誰でも習得できるようになりました。知識の所有が「有能さ」に占める比率は、どんどん下がっています。
 例えば、計算機のなかった時代は、早く計算できることが大事でした。しかし、今は計算ができることより、その仕組みをよく理解し、応用できることの方が大事です。そういう方向へ学力の質を移行させようというのが「資質・能力の育成」や「主体的・対話的で深い学び」なのです。 
 「東大王」というクイズ番組がありました。東大クイズ研究会に所属する彼らの圧倒的な知識量に驚くばかりです。それ以上に感心するのは、早押しクイズでは、問題の途中であるにもかかわらずに答えたり、分からない問題でも、これまでの知識から推測して正答を導き出す能力です。「もっている宝を全てうまく使っている」「有能さを伸ばしている」さすが東大生と感心するばかりです。
 小学生に、「計算が速くできたり、漢字を正しく書けてもそれを使いこなせないといけません」と指導して本当に良いのでしょうか? 大した知識や経験もないのに、理屈だけこねる子どもが増えやしないか心配です。知識や経験があって正しい判断力が養われると思います。

             *ウェブバージョンでご覧ください。


2026年9月6日日曜日

花だより 教育が大きく変わる 次期学習指導要領 ミニトマト ミョウガ

 

 次期学習指導要領の大枠が固まり、各校の裁量で授業時数(コマ数)を増減できる「調整授業時間割制度」が小中学校に導入される見通しとなった。教え方や時数管理などに工夫が必要となることから、学校や教員には的確なかじ取りが求められる。
 新制度では、全教科を合わせた総コマ数は減らさないが、教科のコマ数を最大15%減らせることができるようになる。また、1コマあたりの時間を45分から40分にすることも可能になる。反面、学校の裁量が認められる一方でカリキュラムのバランスが崩れてしまい学校間格差の可能性も懸念される。さらに削減が難しい教科として現場からは、算数を上げてる意見が8割と突出して多かったことから算数ばかり増えてしまうのではないかと心配する向きもある。
 土曜日も授業があった時代、授業日数、総授業時数は今よりずっと多かった。詰め込みと批判され「ゆとり教育」が始まったが、その時の方が「ゆとり」があった。担任の裁量で10時間配当の単元を9時間で終わらせ、単元テストでつまづきがあったところを補習することもできた。余裕時数で学級指導や学校行事の取り組みもできたし、標準授業時数を下回ることはなかった。
 今回の改定は、“総授業時数は変えずに、やることは増やす。後は各学校で工夫しなさい”ということだ。さらにAI情報の使う力も育成しなければならない。IT分野の変化は凄まじく速い。不慣れが教員も少なくない。人材確保と研修や外部人材の活用など環境整備が急務だ。現場の先生は、さらに大変になる。これにやりがいを感じ、教員を目指す若者が増えるだろうか? 
           土曜日 神社境内と周辺を掃除するお年寄りの皆さん
              *ウェブバージョンでご覧ください。

2026年9月5日土曜日

花だより 校長先生て何してるの? ヒマワリ 百日草 イヌバラ

 

  1年生が「がっこうたんけん」で校長室にきたとき、「校長先生は、ここで何してるの?」と質問されて困った。担任の先生は、勉強を教えてくれる。教頭先生は、職員室で忙しそうに働いている。校長先生は?〟と疑問に感じたようだ。担任の先生が「学校で一番偉い人だよ!」と説明してくれたが、「偉い人」とはどんな人だろう?さらに分からなくなったようだ。
 「校長とは何するものぞ?」
 一 上に立つものは、偉いものではない。辛いものと思え、それに耐えられない者は下り
   るべし。
 一 上司の命令のみにあくせくしている姿は、主体性がなく哀れである。職員にあれこれ
   要求され突き上げられて、うろちょろしている姿は、なお哀れである。
 一 いつも重大な任務を背負っている。児童生徒を預かって意図的、計画的に一人一人の
   よりよい成長を願っている。公立学校の最高責任者であることを自覚し、校長個人の
   思いつきや人気取りではその使命は果されない。
 一 与えられたヒト・モノ・カネの中で校長は今何ができるか、そこに「校長は何するも
   のぞ」の問いが生まれる。(道小校長会研究大会の資料から)
 「校長先生は大変なんだ!」と言う必要はまったくない。不思議な存在でいいのだ!
       
        *ウェブバージョンでご覧ください。

2026年9月4日金曜日

花だより  「子どもと向き合う」とは?  ブドウ 9月のロビーの花

 「子どもと向き合う」とは? 
 「子どもと向き合う時間がとれない」「子どもの悩みに向き合うことが大切」などと、生徒指導の場面での児童生徒とのかかわりを考えたときに頻繁に使われる言葉です。子どもとの向き合う時間を確保するための働き方改革です。しかし、「向き合う」とは、具体的にどうすることなのでしょう?
 今日の社会では効率よく結果を出すことが求められ、問題解決のために手早く正解を得ようとする傾向が見られます。そのせいで解決が難しいと思われる問題に出合うと思考停止に陥り、通説や多数意見(AI)に飛びついてしまうことが少なくありません。「向き合う」とは難しいことです。なぜなら子どもは一人ひとり違うからです。一つのやり方が効果があったとしても、それが正解ではありません。答えの出ない宙ぶらりんの状態の中で粘り強く問い続ける姿勢が「向き合う」とは、そういうものかもしれません。
 子どもたちが信頼する先生は、一緒に遊んでくれるやさしい先生です。しかし、何でも分かってくれる先生ばかりではありません。悩んだり、時には弱みを見せたりする先生も、信頼される先生です。自分がどれほどのことができるのか、と自らのありようを愚直に問うことができる教師こそが、子どもと誠実に向き合うことができる教師だろうと思います。
 大事なことは、教師自身が児童生徒の行動を見るときの自分の立ち位置に気づくことです。問題の原因を本人や家庭に求めるのではなく、子どもと教師は相互に影響し合うという認識に立ち、問題を理解しようとする姿勢が求められます。子どものためにと思ってやった行動が期待通りに受け止められなかったときこそ、自分を見つめ直して子どもとの関係に気づき、信頼関係を築こうとする気持ちを持ち続けることが、子どもと「向き合う」ということにほかならないと考えます。 (月間「生徒指導」より)
 子どもと向き合うには、教師の力量が問われます。これは本務です。雑務を減らして、子どもと向き合う時間を確保することが大切です。
  *ウェブバージョンでご覧ください。

                  

2026年9月3日木曜日

花だより 「我以外皆我師」 ホウセンカ ピンクのカサブランカ

 



 「我以外皆我師」
 宮本武蔵の小説で有名な吉川英治氏が好んで使った言葉で、プロ野球の野村克也監督が座右の銘にしていた言葉です。
 “自分以外のすべての人間や出来事、環境に至るまで、そのすべてが自分に何かを教えてくれる師匠である” (「謙虚さ」が必要だということです)
 私ごとき者が言える立場ではありませんが、例えば、学級経営や学校経営に悩む時、行き詰った時、方向が見つからなかった時、身近に相談できる先輩や仲間、友人、同僚が必要です。そういう基盤づくりや環境、条件整備を普段からしておくことです。特に教頭先生には、“校長になって責任ある立場の仕事をするための貴重な積み上げの時代であることを肝に銘じることです。そして、“双六ではないのだから、校長になって『上がり』ではない。教育を志した者として、初めてスタートラインに立ったと考えるべき” 自分が教頭時代に先輩校長や木目澤先生によく言われました。
 「謙虚さ」=「努力をもたらすモチベーションである」、「謙虚さを持たなければ、努力を怠る」=「栄光は長続きしない」
 県議会議長、市長の辞任が相次ぎました。人は長く上に立ち続けると「謙虚さ」を忘れがちになるものです。
         *ウェブバージョンでご覧ください。