2026年10月1日木曜日

花だより 「北の国から」(1) 倉本聰氏追悼 ヒガンバナ

 

  20年続いたドラマ「北の国から」不朽の名作
 純から「電気がなかったら暮らせませんよッ」、夜になったらどうするのか?と問われると、父は「夜になったら眠るンです。」と穏やかに諭した。
  “今の北海道で、こんな暮らしをしている人なんかいない”と最初は思いながらみていました。再放送、再々放送で何度も何度もみました。次の展開は分かっていても、何度も何度も涙を流しました。
 倉本聰氏の訃報に接し、私ごとき者が倉本氏を語るのは烏滸がましいと分かってはいるのですが、ここ何日かの新聞、テレビの特集をみて改めて人としての凄さ、偉大さ、これほど北海道を愛した人はいないを感じ、ブログの書くことにしました。
 ≪人は負けたとき、北へ向かうのです。だから「敗北」という≫
 麻布から東大、超エリートですぐに売れっ子脚本家になったが、NHK大河ドラマを途中降板して富良野にやってきた。“北海道は敗北者に優しかった。NHKとケンカしてきたということで敗北者に味方してくれた。「テレビを作る人って大学を出たインテリでしょ」上から目線で世の中を問うてしまう。それでは駄目だと分かった。知より情なんです。”(倉本聰)
  「北の国から」~遺言~ (ラストシーン)
 純、蛍、俺にはお前らに遺してやるものが何もない
 でも、お前らには、うまくいえんが、金や品物は何も遺せんが
 残すべきものは伝えた気がする
 金なんか望むな 倖せだけをみろ
 そして、自然から頂戴しろ ここには何もないが、自然だけはある
 そして、謙虚に、つつましく生きろ
  
五郎の遺言は、倉本聰氏の遺言でもある。
 心に残っている名シーンがたくさんあります。黒板五郎役の田中邦衛さんが亡くなったとき、特集で再放送されました。期待して待っています。
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2026年9月30日水曜日

花だより たい焼きのあんこ 北見秋祭り 菊 銀杏 

 

 作家の安藤鶴夫が東京四谷の横丁でたい焼きを買った。しっぽの先まであんこが詰まっていて、≪ぼくはそのたい焼きに人間の誠実さを味わった≫と書いている。ところがそれに対して、「たい焼きのしっぽは、一種の箸休めだ」と反論が出たという。確かにその通りかもしれない。味覚は人それぞれだ。
 外国人、特に米国人にあんこを食べさせると「豆の味しかしない、甘さを感じない、これはスイーツではない」と言う。日本の繊細な味覚は外国人には伝わらないようだ。小豆は日本の味には欠かせないが、最近は甘い洋菓子に押されて和菓子離れが進み、小豆の栽培が年々減少傾向にあるという。いちごやりんごなど果物は何でも甘くなっている。果物だけではないトウキビやイモなどの野菜まで糖度を増している。日本人の舌もそれに慣れてしまったようだ。しかし、まだ「たい焼き」は根強い人気を保っている。
 ~しっぽには、いつもあんこがあるように、それが世の中を明るくするように、あんこが身近にある。明るい世の中が続きますように~(安藤鶴夫の随筆より 1953年)
 札幌の大丸の地下菓子売り場に長蛇の列ができていた。ノースマンの餡バター味を求める客だった。
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2026年9月29日火曜日

花だより AI対応教育リスク言及 今後どうなる? ゲンノショウコ ススキ コスモス

 

 ~AI対応教育リスク言及~ 中教審 次期学習指導要領まとめ案了承 
 AIの利用をめぐっては、児童生徒の知識の習得や思考・判断・表現力の育成が妨げらる懸念が指摘されており、8月に公表された素案から、AIをめぐる留意点の記述を増やした。AIが人の知識や意思決定に与える影響・安易な利用で思考しなくなるといったリスクに言及、「ネット検索で表示されるAIの要約を児童生徒が丸写して課題を仕上げるなど、適切な指導がなされていない実態もみられると指摘した。AIを不用意に使うことには慎重になるべき、AIの例文を鵜呑みにせず吟味するなど教師の支援が重要」と明記した。国が今後「AIの適切でない使い方」などの留意点を具体的に示す必要性も盛り込まれた。(9月26日 読売新聞から)
 一方で子どもたちは、すでにAIを日常的に使っている。AIの方が分かり易く、簡単、便利だからだ。“教師の支援が重要になる”という指摘に、現場はどう対応するのか?教師がAIに「どうしたらよいか?」と相談するかもしれない。
 小中学校の「総合的な学習の時間」が、高校に合わせて「学習」から「総合的な探究の時間」に名称を変更する。「探究」とは、物事の意義や本質・真理など自ら探って見極めるようとするプロセスのことで、「探求」は、欲しいものや目標を探し求めること、(例文)「幸福を探求する」追い求めるのではなく、教師も自ら探って見極めて欲しい。
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2026年9月28日月曜日

花だより 「子育て応援」 イタズラに寛容でも放置せず ハロウィンカボチャ

 

  
 子どもの成長過程には、イタズラや悪さはつきものです。ハイハイで移動ができ、手が使えるようになった子は、ゴミ箱をあさり、テッシュをどんどん抜き取り、大人が「コラッー!」と言うとうれしがります。3歳くらいになると鼻をほじくり、食べることもあります。子どもにとって大人が嫌がること行為こそ魅力にあふれているのかもしれません。
 少子化が進行し、子どもという存在がマイノリティー(少数派)になっています。きょうだいの世話や子守の経験がないまま親になる人が増えています。これは時代であり仕方のないことです。「子ども」とはどんな行動をし、どんな経験が不可欠なのか、子どもの心を代弁してくれる大人の存在は重要です。
 子どものイタズラや悪さに寛容であっても、それを放置せずにしっかり指導することが必要です。そんな社会であればと願っています。(9月26日 読売新聞)
         (北海道大学子ども発達臨床研究センター長 川田 学氏)
 北海道国公立幼稚園・こども園協議会の研修会に川田先生をお呼びしたことがありました。札幌の園長先生が、「私たちは何度も先生のお話を聞いていますが、是非全道の先生たちにも聞いてほしい。」とアポを取ってくれました。
 スーツ姿ではなく、普段着のまま、実践とエピソードを交えユーモアたっぷりのお話に聞き入ったのを覚えています。教師にとって研修は命です。どんなに忙しくても、年に一度か二度は、こうし講演を聞くのは大切だと思ったのと、つくづく札幌の先生方は恵まれているなあ、これが地方との差だと実感しました。
 
 


2026年9月27日日曜日

花だより 発達障害と疑われている子の7割はそうではない? フヨウ コスモス ひょうたん

 


 はじめにお断りしておきますが、私はADHDです。というわけで動物園の動物みたいにウロチョロしながら話しますが気にしないでください。
 前玉川大学大学院教授 阿久澤 栄氏(全国特別支援学級設置学校長会研究大会の講演から)
《障害?or母子関係の悪さ?》
 「発達障害の子どもがいるので見てほしい。」という依頼があり、これまで四百数十人見てきましたが、その中の70%の子どもは、発達障害と同じような問題行動はあるものの発達障害ではない子どもです。発達障害と同じような問題行動をする子どものほとんどは、「母子関係の悪い子ども」です。こういう子は、愛着関係からスタートしていますから、母子関係が問題なのです。
 この母子関係の悪さは、非常に難しい問題です。ある子は3歳ですが、荒れに荒れて、落ち着きがなく、自分の意見が通らないと噛みついたりします。その反面、特定の保育士には、ベターっとくっついていきます。いろいろ調べていくと家庭内に問題があることが分かりました。愛情不足の欲求不満ゆえに出てきている問題行動なのです。母子関係の悪い子どもの多くは、ADHDや多動衝動型と同様な行動をとりますが、一つ違うところは、小学校でいえば、授業中はおしゃべりが止まらず教室を勝手に出て行ってしまっても休み時間になると教室に戻り、担任にベターっとくっついているというのが、母子関係の悪い子どもの典型です。
 この3歳児の両親は、共働きで夫婦間の会話も少ない上、お母さんいわく「仕事が忙しくて子どもの面倒を見ている暇がない。」という有様です。これでは子どもがうまく育つはずがありません。忙しい中でも、ちょっとでもその子を抱っこしてあげれば違うのです。また、子どもへの声掛けの仕方がわからないという母親もいます。学級の中に指導が難しい子どもがいて7割の子どもは発達障害ではなく、母子関係が悪い子どもだと頭に入れておくことです。そして、決して母親だけを責めることなく話し合うことです。子どもはもちろんですが、母親にも寄り添うことが必要です。
 ~こども園ではよくあること~
 5歳以下で問題行動を起こす子を発達障害と診断することはさらに難しい。障害なのか、親子関係に原因があるのか判断しづらいからです。「母子関係に問題はありませんか?」などと担任が親に聞くことはなかなかできませんし、専門の医師でも一度のわずかな時間で母子関係まで把握し、判断することは難しい。「母子関係が悪いです。」という母親は、まずいません。実感として、阿久澤先生の言う通り、発達障害と言われている子の中には、親子関係に原因がある子は、相当いると感じます。
               

「北見秋祭り」開催中

2026年9月26日土曜日

花だより 最後だとわかっていたら 洪水被害 イボタノキの実 コリウス ブドウ フサクズリ

 

 もう異常気象とは言えない。何度も豪雨に見舞われた千葉県では、甚大な被害を受け、多くの犠牲者が出ました。
 土砂崩れ死亡 友人悲痛の声(9月24日 読売新聞)
 安否不明だった何人もの死亡が確認され、親しかった友人が悲痛の声を漏らした。
「またランチでも行こうね」と別れたのは16日、「まさか、あれが最後になるなんて、もっとたくさん話したかった。」(幼稚園のママ友)

 「最後だとわかっていたら」
     作 ノーマ・コーネット・マレック(米国人女性)
     訳 佐川 睦
 あなたが眠りにつくのを見るのが
 最後だとわかっていたら
 わたしはちゃんとカバーをかけて
 神様にその魂を守ってくださるように
 祈っただろう

 あなたがドアを出ていくのを見るのが
 最後だとわかっていたら
 わたしはあなたを抱きしめて
 キスをして、そしてまたもう一度呼び寄せて
 抱きしめていただろう

 あなたが喜びに満ちた声を上げるのを聞くのが
 最後だとわかっていたら
 わたしはその一部始終をビデオにとって
 毎日何度も繰り返し見ただろう
   (中略)
 だから今日、あなたの大切な人たちをしっかり抱きしめよう
 そして、その人を愛していることを 
 いつでも大切な存在だということを
 そっと伝えよう
 もし明日が来ないとしても 
 あなたは今日を後悔しないだろうから…
  この詩は、アメリカ同時多発テロの追悼で朗読されました。

2026年9月25日金曜日

花だより AIを学習に使うのは、もう当たり前 アブラナ畑 キクイモモドキ ガザニア

 

 小5~高3の半数近くがチャットGTPなど生成AIを使って勉強や宿題をしていることが、大手学習塾の調査(保護者1000人からの回答)で分かった。また4人に1人は、悩みごと相談にも使っており、生成AIが身近な存在になっている。
 「ほぼ毎日使っている」12。0%、「週に数回」22.8%、「月に数回」13.8%、計48.6%が学習に使っていると回答した。
 保護者のうち265人は、子どもが勉強や日常生活の悩みを生成AIに相談しているとした。その内3分1は、小学生のころから相談していたと回答している。生成AIが普及する中で「学習には人による指導が必要か」と尋ねたところ、「必要」「ある程度必要」との回答が合わせて8割に達した。(9月23日 読売新聞)
 まだ人による指導が求められているということは、教員には、生成AIに負けない指導力が問われてるということだ。今や生成AI抜きの生活は考えらない社会になっている。子どもに「使うな!」と言うのは間違いだろう。
    *ウェブバージョンでご覧ください。