2026年6月30日火曜日

花だより  教師は言葉を大事にする 柘榴(ザクロ) ヒメフウロ

          
         ヒメフウロ                歩道の花壇

 「新卒の時、牧野先生に『君は、きっといい先生になるよ』と言われてうれしかったです。」 
そんなこと言ったんだ? あの時、あの人に、あんなこと言ってしまって失敗した。それはよく覚えています。 

 あなたの言葉に気を付けなさい
 言葉はとても不思議なものだ
 それは蜜蜂の蜜のように新鮮で甘く
 そして 蜜蜂の針のように恐ろしい

 言葉は また暖かく喜ばしい日光のように
 人々に祝福を与えることができ
 孤独な生活を明るくする
 そして 怒り争うときには
 開かれた両刃のように
 切り裂くのも言葉だ
     L・B カウマン

“この詩には、私たちは自分で語る言葉の実を刈り取らなければなりません。私たちが語る言葉とその言葉の誠意によって人間的魅力を深めもするし、失いもするものです。”と付記があります。
 教室の言語環境は、教師そのものです。教師の言葉で、子どもたちは、やる気にもなるし、落ち込むこともあります。蜜蜂の針になってはなりません。
 言葉が変われば 態度が変わる
 態度が変われば 習慣が変わる
 習慣が変われば 運が変わる
 運が変われば 人生が変わる
 言葉を大事にするということは、語彙を豊富にすることではなく、相手を気遣う心を大事にすることだと思います。

   “オホーツクマラソン 引きずる足で みやげ買う”
 昨日の朝、散歩の途中で菓子店の前の行列に出会いました。もうブームは過ぎたと思っていたカーリングのロコソラーレで有名になった「赤いサイロ」(チーズケーキ)を買い求めで並んでいたのです。ショーウインドウに「歓迎 オホーツク100キロマラソン」のポスターが貼ってありました。
 今日は、サッカー観戦したので散歩は午後にします。
 

2026年6月29日月曜日

花だより 秋田県(学力)のヒミツ? ヒメサユリ テッポウユリ

 

  全国小学校校長会の理事会・総会に参加した時のことです。席が北から北海道の順になっていて、ちょうど後ろが学力テストが常に上位の秋田県の校長先生でした。「何か特別なことをしているのですか?」とたずねると「よく聞かれるのですが、特別なことは何もしていません。」と見せてくれたのがこれです。
   『秋田わか杉っ子 学びの10か条』
 1 早ね、早おき、朝ごはんと家庭学習 規則正しい生活がスタートライン
 2 学校の話題ではずむ一家団らん 笑いが脳を活性化させる
 3 読書で拓く心の世界 めくるページ 広がる創造力
 4 話して聞いて伝え合う国語 国語力は学びの基本
 5 難問・難題にも挑戦する算数・数学 あきらめずにやり切ることで能力アップ
 6 新発見の連続、広がる創造 総合の時間は脳のビタミン
 7 きまり、ルールは守って当たりまえ 落ち着いた教室で高まる集中力
 8 いつも気を付けている言葉づかい 相手意識でみがく活用力
 9 説明は筋道立てて伝わるように 整理する工夫が脳のトレーニング
10 学んだことは生活で学校ですぐ活用 活用できて本当に生きる力

 「つまり、当たり前のことを当たり前のようにできるように徹底することですかね。」と言われました。「北海道は、当たり前のことが当たり前のようにできていない。」と言われたように思いました。

2026年6月28日日曜日

花だより 校長室にいるのが少ない校長 レンゲツツジ ヒメサユリ

 


1m近くのびた石北大通公園の草、やっと草刈りが始まりましたが全く捗りません。

 校長室にいるのが少ない校長
 ある校長は各学級の授業をよく参観する。当然参観した後は感想を担任に伝える。先生方はこれを「ミニ研修」と呼んでいる。また、定期的に意図的に「校長室だより」を発行して、自然に巧みに多くの教員とコミュニケーションをとっている校長もいます。
 こうしたことをする校長は、来賓の対応や校長会役員等の業務、」地域行事への参加、諸会議等の出席などがある中で行うのは容易ではありません。しかし、授業の指導は校長の重要な仕事です。
 校長室にこもる校長
 教員との対話不足で個性や趣味などの理解にも無頓着な方がおられるのも事実です。人事異動の協議では、○○の教員をどういう学校に異動させたいのか、家族構成、子どもの養育、家族の病気についての悩みも掌握されず「人事は教育長に一任します」という校長もいます。このような校長は、学校経営にも意欲を感じられません。
 「いろんな校長がいるもんですね。牧野校長先生!」と木目澤教育長に言われたことがありました。何を言いたかったのでしょうか?
 “人事は新たに来る教員よりも、異動していく教員を大切にする。それが礼を尽くすということだ。「校長は、ふだんは校長室でいねむりをしていてもいいが、人事だけは頑張ってほしい。」と、先生方は思っている。”と先輩校長から教わりました。
 

2026年6月27日土曜日

花だより 相葉ヒロミのお困りですカー 月見草 オオキンケイキク

 


歩道に伸びた雑草


 散歩していると空き家が目立ち、庭は荒れ果て雑草が生い茂っている。敷地内だけではない周辺の歩道の景観も悪い。町並みの景観の悪さは財政難の象徴しているように思う。隣町の訓子府のマチ並みは、雑草など見当たらずきれいです。町長さんに聞くと、「年寄りが多いので一生懸命草取りをしてくれるのと、町内会組織がしっかりしているからかな?」と言っていました。
 テレビ朝日「相葉ヒロミのお困りですカー」はとてもいい番組だと思って見ています。
タレントの相葉雅紀さんとヒロミさんが、日本全国の街のお困りごとを解決し、地元の人々を元気している番組です。
 6月18日は、世界遺産比叡山延暦寺のお困りごとを解決しました。昔は3千人もいた修行僧が今では300人足らずになり、広大な敷地を管理をするのもままならない状況で番組に依頼したのです。妥協を許さない二人が汗と泥にまみれながら地元の方々の力を借りて、見事荒れ果てた庭園を甦えらせました。
 修行僧の一番の修業は「掃除」 掃除をすると身も心も洗われきれいになり、スッキリする。延暦寺1300年の続く教えだそうです。観ていて感動しました。
 日本の学校では、「掃除」も教育の一環となっています。学校の掃除は、衛生的な環境を保つだけではなく、児童生徒の責任感、協調性、物を大切にする心を養う大事な教育活動として行われています。公共の場をきれいに使う意識や規律を学ぶ目的があります。日常的な清掃を通じて、整理整頓の習慣や思いやりの心を育んでいます。そんな日本の教育の文化がこの番組に表れていると思いました。

2026年6月26日金曜日

花だより 「昔はよかった」とよく言うが、本当によかったのか? ルピナス シモツケソウ 宿根草(?) アジサイ



 「昔は、職員室のストーブの上で長てんを焼き、酒を飲みながら教育談義をした。スケートリンクは、酒を飲みながら造り上げた。」と聞きます。時代の流れは様々な形で変化しており、もう昔に戻ることはできません。また近年は、先輩の先生が、若手に板書やチョークの使い方、机間巡視の仕方などの細かな点を含めて指導する姿もなく、会話もなく、パソコンに向かっています。中には、校長室にステレオを持ち込み音楽を流し、アロマを焚いている校長がいるとか?学校は仕事場であって、私事場ではありません。「価値観の多様化」といいますが、「何でもあり」ということではないと思います。
 心理学者 波多野完治氏の言葉
 「昔はよかった」と言う人がいます。が、本当に昔がよかったのか、そうじゃない。新しい時代に適応できなくなっただけです。
 昔は、老人は希少価値でした。ところが、今は変化の時代だから、老人の経験をそのまま役立てることは難しい。一番まずいのは、過去の話ばかりして威張っている人です。
 年を重ねるということは、得で徳です。その上に学習を重ねる。そういう人が幸せになれるのです。そうすると、昔はよかったという憤激の代わりに、性でも生でも新たな創造に向かえるわけです。

 

2026年6月25日木曜日

花だより 生徒指導は、厳しいのがいいのか、カウンセリング的な指導がいいのか? シロツメクサ ルピナス 紫陽花



   生徒指導は「あれも、これも」の指導がいい        
 生徒指導ではよく議論になる相反する指導があります。例えば「“ダメなことはダメ”という指導」とか「毅然とした指導」が不可欠であると考えるのに対して、その指導では息苦しく否定的な対応になるという考えがあります。「厳しい対応がいいのか、優しい対応がいいのか」「叱る指導か、ほめる指導か」さらに「生徒指導的対応か、カウンセリング的対応か」などというものもあります。これらの議論に迷ったりしていると、現場では、指導が場当たり的になり一貫性を失い、やがて学校や学級は崩れていくことになります。
 教育の世界には、「あれか、これか」という迷いはよくあることですが、「あれも、これも」も必要だと現場は思っています。ところが専門家(教育評論家)の議論になると大方「ほめる」「カウンセリング的対応」に軍配が上がります。耳に心地よい言葉が並び、理想的な教育に思えて納得してしまうからです。そのために迷ってしまうのです。
 どのような“場面”でどう指導したのかが問題なのに、ある場面でうまくいったことが、他の場面にも通じるかのように単純に広げてしまうために迷うのです。
 例えば、問題行動が頻発する学校で、ただ褒めたり、カウンセリング的対応ばかりしていたりしても、事態は好転しません。逆に、厳しいだけでも生徒は心を開きませんから、原因への対策も方針も適切には立てられません。このような偏った指導を放置しておいてはいけないと思います。
 逆の場合もあります。厳しい指導(実際は「校則指導」や「規律指導」に過ぎないのがほとんどですが)をして、いまは落ち着いている学校だとします。すると多くの人が「この状態になったのもこれからのこの状態を維持できるのも、厳しい指導をしてきたからだ」と考えがちです。本当は別の理由で落ち着いてきたのかもしれないのに、人は目に見えるものにとらわれますから、厳しい指導の成果だと思ってしまいます。
 こうなると、ますます厳しさに拍車がかかり、校則や規律を守らせることが優先され、厳しい指導をしない教師にはダメな教師のレッテルが貼られます。落ち着いた学校になったのは悪いことではありませんが、問題はここからです。
 落ち着いた学校とは、些細な問題なら子どもたち自身で解決できる、大きな問題(例えば「暴力」「授業妨害」「いじめ」など)であれば、教師の指導が通って解決できる学校のことです。問題が一切起こらずに今後も落ち着いた学校現場を維持するなどということは、到底ありえません。
 ところが、この厳しい指導だけで落ち着かせていた学校は、既に生徒の心が先生たちから離れていていることが多く、大きな問題が起こったときには指導が通らなくなっています。生徒指導は、その根本に教師と生徒の信頼関係がないとうまくいかないからです。
 信頼関係の底流には、例えば「この先生の言うことなら従おう」「この先生には嫌われたくない」などという単純で素朴な感情があります。その感情が教師を尊敬していくことにつながるのですが、それがなくて指導は絶対に通りません。
 「校則」や「規律」を優先する指導では、やがてその指導が目的化しますから、生徒の心を掴むことはできず、「暴力」や「授業妨害」などの大きな問題に対応できなくなり、学校は荒れていきます。ですから、「厳しい指導」だけではダメで、生徒から尊敬されるような人間関係をつくるには「あれも、これも」なのです。
 厳しい対応も優しい対応も、叱る指導もほめる指導も、生徒指導的対応もカウンセリング的対応も、みな必要なのです。生徒指導方針は、根底にあるべき教師と生徒の信頼関係を壊したりするようなものではあってはいけない、ということを肝に銘じておくべきです。
          (生徒指導コンサルタント 吉田 順 月間「生徒指導」より)抜粋要約 *納得です。 

2026年6月24日水曜日

花だより 運動会の在り方を考え直す? ハナショウブ アザミ

 

 運動会シーズンが終わりました。グラウンドには、まだ白線が残っています。すっかり様変わりした運動会、その在り方を改めて議論すべきだと思います。 
 組体操や棒倒しなどは子どもたちがケガをして危ないということで、ほとんどの学校で禁止になりました。順位で優劣をつけない。『全員リレー』にルール変更する学校も増えました。“競う”運動会から、日ごろの体力づくりやチームワークなどを保護者に“披露する”だけの機会に変わりました。
 時短化が進んでいるのは、単にこうした禁止・変更種目が増えたからだけではありません。ダンスなど運動会に向けた練習をする時間がほとんどなくなり、運動会にばかり時間を割いていられないのが現状です。働き過ぎとの指摘も多い教員の“負担軽減策”として運動会の規模縮小が図られていることも背景もあります。
 一方保護者は、「ウチは共働きで、毎年、朝早くにお弁当を作るのも面倒だし、夫も明け方から場所取りのために校門前に並ぶ“恒例行事”に疲れてしまって……。今年は開会式ギリギリに行って、見えない後ろでも座れる場所を確保して、子どもの出番の時だけ前の方でで見る予定。午前中だけの運動会になって助かる。」と言っています。
 弁当要らずの時短化となれば、こうした共働き夫婦の負担を減らすこともできます。親はまだしも子どもは応援合戦などでずっと直射日光を浴びているので、長時間の運動会で熱中症にでもなったら、すぐクレームに繋がります。そうした問題を起こさないためにも、屋外での昼食や運動会自体の時間見直しは仕方のないこと。逆に小雨で順延になっても学校に『なんでやらないんだ!』とクレームの電話がかかってくる時代です。
 教育関係者の中には、「時短化してまで続けるくらいなら、いっそ運動会自体をやめてしまったほうが学校も保護者も楽になるのでは」と廃止論まで飛び出す始末です。そこには運動会の主役である子どもたちの存在が完全に無視されています。
 子どもの中には、勉強だけでなく運動が得意な子だって当然いますし、応援合戦やダンスなど表現活動に秀でた子もいる。運動会の時短化や廃止は、子どもたちからそうした能力を発揮する大事な場を奪うことになります。運動会と学芸会は学校の二大行事です。運動会の何日も前からてるてる坊主を作り、楽しみにするのは今も昔も変わりありません。
 学校や親の都合、事なかれ主義ばかりではなく、教育的配慮から運動会の目的を改めて議論すべき時期にきているのではないでしょうか。


2026年6月23日火曜日

花だより スポーツ選手が引退後に芸能界入りしても成功する? 薔薇 ヒルガオ

 




空き家になった庭にバラの花がありました。

  スポーツ選手が引退後、芸能界入りして活躍しています。スポーツ選手の多くは、高校時代から全寮制での長い経験や先輩、監督などに対する接遇や対応は嫌というほど見たり実践してきたことは勿論ですが、先輩に対する所作、社会規範などスポーツを通して培った精神性を持ち合わせています。気配り、目配り、心配りができているので芸能界に限らず別な分野でも活躍できるのだと思います。
 また角界の故春日之理事長は、「五つの言葉」を新弟子に常々言っていたそうです。
 「はい」…という素直な心
 「すみません」…という反省の心
 「おかげさまで」…という謙虚な心
 「私がします」…という奉仕の心
 「ありがとう」という感謝の心
 相撲や剣道、柔道などでの「心技体」の考え方は、どの業界にも通じることだと強く感じます。優秀なスポーツ選手は、運動能力や技術だけが優れているわけではなく、スポーツを通して心も磨かれたということです。これは学校教育に通じるものです。


2026年6月22日月曜日

花だより 「父の日」はひまわり ノアザミ 月見草 ノコギリソウ

 



 「母の日」にカーネーションを贈るのは、誰もが知っていますが、「父の日」には、ひまわりを贈るというのは、あまり知られていません。それだけ「父の日」の認知度、父親の存在は影が薄いのかもしれません。
 父親のシンボルカラーである黄色を代表する花「ひまわり」の花言葉が「尊敬」「憧れ」「敬慕」であるため、日ごろの感謝を伝えるギフトとして人気があるそうです。しかし、花をプレゼントされて喜ぶお父さんは少ないかもしれません。
 今年の父の日のプレゼントとして「着て寝るだけで簡単疲労ケアするリカバリーウェア」が人気なようです。疲れているお父さんには打って付けの品です。私も着用していますが、効果がどれほどかまだ分かりませんが、こうした気遣いはうれしいものです。
 「お父さん」と言っても、20代から80代それ以上と幅広いです。シルバー世代は、若い人より回復が遅く、休む時間も長い、転んだら骨折の可能性も高くなるので、「転ばぬ先の杖」の用心が大切です。高齢者が働く環境には、滑る床、階段の手すり、真夏の野外勤務などのリスクに注意を払ってほしい。「年の功」の視点が高齢社会の商機を呼ぶこともありますので、よろしくお願いします。
 園児に「父の日は何かするの?」と聞くと「缶ビール1つだよ!」、
「ひとつ?」
「そうだよ。ママが『飲み過ぎは体に良くないから…』と言っていたからだよ。」

 

2026年6月21日日曜日

花だより 世界自然遺産「知床」で起きた悲惨な事故 イヌコリヤナギ ウツボグサ

 

美幌の農家の庭で見かけてすぐに車を止めて撮影!こんな植物があるんだ?

 知床沈没社長に実刑 (釧路地裁) 裁判長は、悪天候で運行すれば、事故は予見できたとし、被告の安全管理のずさんさを指摘した。(6月18日)
 知床で生活するとは、厳しい自然との闘いである。自然の怖さを一番知っているのは、そこの住民であるはずだ。今回は事故は本当に残念でならない。

 世界自然遺産の町「斜里・ウトロ」で暮らしている実感
 ここは、何もない不便なところだ。何でこんなところが世界遺産なんだ。地元の人には、知床の厳しい自然に価値があることを知る由もなかった。そんな知床の価値を教えてくれたのは、よそから来た人たちだった。当たり前のように毎日を暮らしていると気付かないことがたくさんある。
 大地の遺産 ミスター知床 午来 昌 元斜里町長
 知床からのメッセージ
 大切なことは みんな知床が教えてくれた
 大自然と毎日五感で触れ合ったことで
 私のものの見方 考え方 そして 生き方を決定づけた
   *人は自然から学ぶことが多い。(斜里朝日小学校に赴任した時、いただいた本)

  斜里町の学校教育の基盤はここにある。
  「知床」を「子ども」に置き換えると
  子どもたちからのメッセージ
  大切なことは 全て子どもたちが教えてくれた
  子どもたちと毎日 五感で触れ合ったことで
  教師としての ものの見方 考え方 そして 生き方を決定づけた
   
もう一度、目の前にいる子どもたちを見つめてみよう!

   

2026年6月20日土曜日

花だより 失敗しても「日にち薬」がある アザミ 薔薇 エゾキスゲ 

 



庭にバラが咲いている家の主はどんな人なのかと思う。
花言葉は、「愛」「美」「情熱」
花びらが整った薔薇に巡り合うのは難しい。

 お漏らしをしてしまった子に「気にするんじゃない!」と言ってもすぐに立ち直ることはできません。失敗は誰にでもあるものですが、いつまでもくよくよしていることがよくあります。
 関西では、「日にち薬」と言って、時が癒してくれるという考え方があります。日時が薬になって、どんな悲しみも直してくれるのです。特別な治療や薬を使わなくても、人間は、時間の経過とともに自然と傷や病気、心の痛みを治す力を持っているのです。

  「日にち薬」は、本当に優しく人の心を癒すのです。
  悲しい時は、じっとしてそのいやな時が過ぎていくのを待っていてください。
                   瀬戸内寂聴「生きる言葉 あなたへ」より

 「悲しみや悩み、失恋や辛い出来事があったとき、今はつらいだろうけど、これも“日にち薬”やで~。」と関西人(大阪人)は言うのです。こうしたポジティブな考え方が必要です。さすが浪速の人たちです。
 失恋した腹いせに元恋人を殺めたという事件がありました。失恋には「日にち薬」が一番効くことを知ってほしい。
 

2026年6月19日金曜日

花だより 幸運、不運と見える人にも、当然背景がある。 マイズルソウ ヤナギタンポポ ニセアカシア

 



園長先生、ブタナでしょ? これはヤナギタンポポだね。これもタンポポでいいじゃん!

 私が成功したのは、運に恵まれ、人に恵まれと言う人がいますが、幸運、福運、功徳、運が強いなど、人生での“いいこと”が起こるには、それなりの理由があって、偶然や天地から降って来たり、湧いてくるものではないという仏教の教えがあります。
 薬師寺の大谷執事長は「自分に与えられた縁は、たまたまとか偶然ではなく、目に見えないすべての物がお調えの上に成り立っているのです。目の前にある物すべてがよっぽどの縁に感じられたとき、本当の幸せを戴けたと私は思います。」と言っています。
 幸運や不運と見える人にも当然背景がある
 広辞苑の「身口意」の項に「身体的活動(身)と言語的活動(口)と精神的活動(意)、人間の一切の活動を『三業』という」この三つのはたらきが原因となって、人は幸せにも不幸にもなるというのです。つまり人には運を開く力が備わっていて運は自身の力の開くことができる。その幸運を呼ぶのが三つのはたらき「三業」なのです。
 「身」は、人は一人では生きられない。チャンスは人を介して訪れる。自律と積極性を持った人と交わると幸運は他人との関係で生まれる。貧しくても笑顔や人を愛するまなざしで人を大切にする行為が人を幸せにする。
 「口」は、人の言葉で自信を破るという。同苦、同意の心からの相づち、なぐさめ、励ましの言葉、人を憂うから「優しい」という文字となった。心のこもった言葉を持つ人ほど、いい人生を送ることになる。
 「意」は、心をいつも前向きに楽観的にすれば人生は好転するという。人は心の状態に似せて現実をつくる。
 若いときは、お寺さんのお説教など、気にも留めませんでしたが、この歳になって「ありがたい」と心から思うようになりました。しかし、少し遅すぎたと思っています。

2026年6月18日木曜日

花だより 【旭川女子高生殺害】に思う スイカズラ ハルジオン ヒメジュオン ハナミズキ

 

              初めて見る花?散歩中あるお庭で
ハルジオンorヒメジュオン ハナミズキ
 ハルジオンかヒメジュオンか?AIは両方表示した。 ヒメジュオンの蕾ははずかしそうに下を向いているが、この写真ではそれが判断できなかったようだ。さすがAI?
 【旭川女子高生殺害】内田被告に検察は懲役27年求刑した。ネットでは「あり得ない」「甘すぎる」などの批判が殺到しているという。
 また、内田被告の両親はいったいどんな人? これもネットに上げられている。真面目で働き者で優しい家族だったというが、娘には甘く、放任だったらしい?

「親をバカにする」に陥りやすい要因
「最近、子どもが親のことをからかってバカにするようになったが、親はそれをとがめない。」
「ウソをつく」という行為同様、「バカにする」という行為は、言葉が達者になったからという理由だけで出てくるものではなく、物事を複雑に考える作業ができるようになってきたことでの副産物です。
 子どもが親をバカにしたような態度をとる背景には、さまざまな理由があります。
 人をバカにすることで、自分を防衛している
 人は、自分に自信がない、自分の立ち位置が危うい、こういうとき、自分を大きく見せて威嚇したり、逆に、相手を小さく見ることで、自分を守ろうとすることがあります。
「相手をバカにする」のは、後者のパターンで、たとえば、ママに叱られてむしゃくしゃするから、ママを下に見るような発言をして、自分をなぐさめている場合などがこれに当たります。
  家庭内のバランスが崩れ、子どもが王様状態になっている
 子どもが生まれてからは、子ども中心の生活になるものですが、その途中でバランスを崩し、子どもが何をやっても許されるような王様状態になってしまうと、もしその子が軽率な発言をしたとしても、取り立てて責められることがない、正しくは、親が指摘することができない状態になっていることがあります。
 親に対する感謝や尊敬の念が育っていない
 親が尊敬できないような行動を取る場合(例:虐待、生活習慣の乱れなど)、感謝の念が育たないのは当然ですが、ここで取り上げている「バカにする発言」に多いのは、親が子どもの世話をするのは「当たり前だ」と、子ども自身が認識している場合です。
 赤ちゃん時代を過ぎても、親がお世話をやりすぎてしまっている場合に多いようです。この場合、ママが時間がなくてバタバタしていても、子どもはずっとテレビを見ていたりします。「親が動けばいい」と尊敬の念に欠けるため、親をバカにしても、良心を痛めたりすることもありません。全体として、親子関係のバランスが崩れていると、子どもはそのスキに「バカにする」という行為に至りがちといえます。
 特に赤ちゃん時代の「のびのびと育てたい」という思いが、のちにエスカレートしている場合に多く、子どもの好きなようにやらせてあげるのが、「のびのび子育て」と考え、しつけがうまく進まなくなってバランスを崩してしまうことが非常によくあります。
 対策としては、子どもと親が、主従関係にならないようにすることがポイントになります。親は子どものお友だちではないので、しつけの場面では、毅然とした態度できちんと導いてやることです。(「イキイキ子育て」より) 
 内田被告の親もまさか娘がこんなことをするとは思ってもみなかったでしょう。


2026年6月17日水曜日

花だより 寿大学の入学式 ハマナス ボタン

 

河川敷のパークゴルフ場(無料でプレーできる)朝からシルバー世代で大賑わい

 少子高齢化社会が進み、近い将来3人に1人は高齢者になると言われています。そんな中で寿大学(各市町村が主催する60歳以上シニア対象の生涯学習の場)の入学式でのあいさつの内容です。
 「かきくけこ」に注意しましょう!
 か~風邪ひくな き~気を病むな く~食い意地をはるな け~検査を受けよう
 こ~転ばない 
  また、こんなことを言う人も
  ◎子どもを叱るな 来た道だ
  ◎年寄りを笑うな 行く道だ
  ◎災いは口より出て身を破る
  ◎幸せは心より出て身を守る
 また、“福祉には「3かける」”が大事だと強調しています。
 ① 声をかける ② 笑顔をかける ③気をかける 
*長く生きてきて、このような言葉が身に染みる年齢になりました。
 年寄り向けの言葉ではなく、学校教育にも通じる言葉だと思います。
 15日は年金支給日でした。普段は人通りの少ない商店街ですが、この日だけはお年寄りの姿が目立ちました。我が家も久しぶりに外食に出かけました。
 今日は、何日、何曜日かわからなくても、年金支給日だけはしっかり覚えています。





2026年6月16日火曜日

花だより 宮大工に学ぶ ノイバラ ナデシコ ケシ イワカガミ

 



朝の散歩コース タマキ花屋さんの植物園で

 つくばの国立教育研究所の研修で、宮大工古川三夫氏の話を聞く機会を得た。宮大工は神社や寺院などの伝統的な木造建造物の新築、修理、解体を手掛ける専門職人、釘を使わず木材を組み合わせる「木組み」の高度な技術を駆使し、建物を何百年と後世に受け継ぐための役割を担っている。建築の技能だけでなく、木材の特性を見極める力、さらには歴史的な背景や建築学の知識も必要とされる。宮大工は日本が世界に誇るマイスターなのです。
 小川氏の工房には約20~26人の弟子がいて、同じものを食べ、同じ空気を吸い、10数年ほど修業させた後に独立させる。新人が全員の食事を作る。何一つ手に取って教えることはなく、弟子が見様見真似で技術を身に付けていく昔ながら徒弟制度の世界だそうです。寝食を共にすることで、目をつむってすれ違っても風の動きでだれか分かる。また、体の大きい弟子は、丸太を担ぐ時は、黙って重い方に走る。そうした思いやりも自然に生まれるといいます。
 1300年前の規格品でない木の組み合わせの適材適所と弟子一人一人を理解し適材適所に配置する見極めが棟梁として大切だという話には恐れ入りました。こうした徒弟制度が日本の文化を築いてきました。大事にしたいと思いますが、AIがさらに進化すると、こうした技術も人に代わってAIができるようになるのでしょか?
 国立研究所の講師は、日本企業の超一流の経営者や各分野の著名な方々ばかりです。一流ピアニストの演奏会や歌舞伎鑑賞もありました。質屋の目利きは、徹底して本物を観るそうですが、いかに自分は偽物や二流三流品で満足していたかと反省しました。