2026年5月31日日曜日

花だより 教育実践校にはカリスマ校長がいた オオアマドコロ  アスパラ

 

       パークゴルフ場(訓子府)にて5月25日

 
カリスマ校長とは、児童生徒、保護者から心酔されるような才能、資質を持った校長です。例えば、学習指導や生徒指導の充実、カリキュラムの整備、学校行事の企画、運営、公開研究会の開催など、「その校長が赴任すると学校は変わる」と言われるカリスマ校長がいます。ところが公立の学校ですから、3年もすれば校長は替わるし、教員も6年で異動です。ですから長年高い評価をされ続け教育実践校と名乗れることはとても難しいことです。
 毎年公開研究会を実施する学校は、実施できない学校に比べて見方や視点によっては苦労が違います。管理職のみならず、教職員もしかりです。例えば、15人くらいの学級と40人の学級では、通知表の作成でも時間的にも作業量が違います。100人の学校と500人の学校では、生徒指導上の問題や保護者対応も大きく違います。一概に比較することは慎重でなければなりませんが、それでも、“あの学校に行って教育実践を積みたい”、“あの学校で仕事ができたら一人前と評価される”と言われるようになるとその学校は、さらによいスパイラルになり、カリスマ教員が次々に生まれます。
 端的な物言いをすれば、「校長の背中を見て教職員が仕事をしている」ということです。「背中を見て…」とは、動きや動作だけで言葉がないというのではありません。「人間は耳が2つで口は1つ、多くを聞いて少し言うだけ」という言葉があります。「心」という目に見えないものは、結局のところ、その人の立ち振る舞いや言動を通して見えてくることが多いということです。それがカリスマ教師、カリスマ校長です。その一人が木目澤先生です。

 


2026年5月30日土曜日

花だより 校長の職責と学校経営の立場 白ツツジ オダマキ

 

                                   朝の散歩で見つけました。

 校長の職責と学校経営の立場
 木目澤教育長の校長会議資料「教育の休み石」から
 思いの一端をざっくばらんに述べます。失礼な文言もあると思いますが、多少とも年齢を重ねた者の“いい意味での小言”とご寛容いただきたい。

1 学校経営では「何を言ったか、何を考えたか」ではなく「何をしたか」が問われます。
2 学校経営では「1年目どんなビジョンをもって、何をしたか」、「2年目、3年目は…」のように校長はその学校で「どんな成果があげたか」が問われます。
3 学校経営では人物管理が重要です。職員を適材適所に配置し、「誰をどのように育てるか」が問われます。
4 学校経営では「あの校長だからできた」と安易に口にする校長がいますが、「あなたは、なぜ校長になったのか」と問われます。
5 学校経営は「双六ではありません」、校長になって「上がり」ではなく、校長としてのスタートについたのです。「これから何をしますか」と問われます。
6 学校経営では職員の健康管理も校長の仕事です。自ら健康でないと気力も活力も集中力も知恵も湧いてきません。ですから「あなたは心身ともに健康ですか」と問われます。
7 聖徳太子のように一度に7人の話を聞くことはできません。すべて万能ではないので悩みは尽きません。だから「校長会組織を機能させていますか」と問われます。
8 学校経営は情報収集が大事です。ネットワーク、ヘッドワーク、ハートワーク、フットワークを持つ努力をすべきです。だから、「アンテナを張って、自ら発信していますか」と問われます。
9 学校は市町村教育委員会が設置者ですが、1から10まで教育長が知り尽くしているわけではありません。だから「今、学校はどうですか」と問われます。
10 校長は、公教育を預かる責任者として、全身全霊を傾けて行動し、一生懸命さが周囲に伝わり信頼されることが大事です。だから「向き、不向きより、前向き」が問われます。
 このことが大事だと後輩に問うくらい、私も多少なりとも年齢を重ねました。

   サラリーマン川柳のベスト10が新聞に掲載されていました。
  「キャッシュレス 充電切れて 無一文」が第1位でした。
 私も最近、財布を持ち歩いていません。もっぱらスマホ決済です。過日、コンビニで飲み物を買おうとしたときエラーが表示され、レジに列ができていたため品物を棚に戻し、店を出たことがありました。1位に選ばれてなるほどと思いました。

昨日の散歩道で ジャーマンアイリス オオデマリ


2026年5月29日金曜日

花だより 明治の文豪 島崎藤村に学ぶ 「人の世に三智あり」(不登校対策) アヤメ ライラック

 

 朝散歩で見つけた花です。おばあさんから「おはようございます」と声をかけられました。あわてて「おはようございます」と返しました。妻に話すと「あんたもおじいさんでしょ!」と言われました。

 明治の文豪 島崎藤村に学ぶ 「人の世に三智あり」
 “学んで得る智 人と交わって得る智 自ら体験して得る智” これは学校教育の「知・徳・体」に通じるものです。知識から知恵への思いが一層深まります。
 不登校児童生徒、高校中退者が年々増加しています。「無理して学校に行かなくてもいい、休んでもいいよ」が当たり前になり、学校以外の学びの選択肢がある時代になりました。
 しかし、藤村の言葉は、人が人として社会の中で生きていくには、知的な学びだけでないこと、多くの人との関わり、交わりから社会性が身に付き、多様な体験を通して生きる知恵が身につく、しかも三つの智のバランスが重要であることを示唆しています。これこそが学校教育(幼児教育)ではないでしょうか。
 行きたくても、行けないで悩んでいる子がいます。保護者がいます。そうした子どもたちのケアは当然大切です。受け皿が必要です。しかし、学校が「来たくなかったら、来なくてもいい」では困ります。「教育は国家百年の大計」と言われます。教育は人づくり、まちづくり、地域づくりの基本です。先人たちから引き継がれた教育の財産があります。不登校対策は、まず魅力たっぷりの学校にすることです。どんなに時代が変化しても教育の基本は不変です。

2026年5月28日木曜日

花だより 長良川の鵜匠に学ぶ「一語らい」 フランスギク ヒナゲシ 

 

散歩道の道端で見つけたフランスギク マーガレットとは違います。
 「一語らい(ひとかたらい)」
 長良川の鵜飼は、約1300年の歴史があると言われています。鵜匠は国家公務員(宮内庁式部職鵜匠)で世襲制で6人しかいません。その代表の山下氏の話です。
 鵜は渡り鳥の海鵜を茨城県で捕獲し、一羽約15万円ほどで購入し、厳しい訓練を経て一人前の鵜になる。昔から一つの籠に入れるのは2羽で「ひとかたらい(一語らい)」という。捕獲され長良川に来ると卵を産まない。初めは顔を横に向けているが、四六時中顔を合わせていれば、だんだんと語らうようになり、相手の魅力が分かって話が弾む、それは鵜匠と鵜との関係も同じだと言う。
 見学者から「鵜に心はありますか?」と聞かれると、「生き物は全て心がある」と答える。辞書を開くと「心」の項に「動物の内臓」とあり、手を通じて鵜の内臓と自分の内臓が触れ合うことが、「心と心と触れ合い」であるのだ。これで「腑に落ちましたか?」
 ちゃんとオチのある話で、職場における人間関係に通じると思いました。

2026年5月27日水曜日

花だより 教員に求められる10K エゾエンゴサク ライラック

 


     散歩(ウォーキング)の途中で  ライラック(リラ)

  教員に求められる10K
 教員の教育力を上げるために木目澤先生は12の「K」を挙げましたが、少しアレンジして10にまとめました。
1 健 康~言うまでもなく教員は心身ともに健康でなければならない。
2 感 謝~受けた行為をありがたく感じる心
3 感 動~素晴らしさを見聞きする心
4 向上心~教わらず、学ばず、読まずして、良き教員にはなれない。
5 好奇心~常に興味関心を持ち、豊かな心を養う。
6 研究心~常に深く調べたり、考えたりする。
7 協調心~多くの同僚や地域の人たちと協力して仕事ができる。
8 観察力~細かな部分、人の心を注意深く見つめる心眼を持つ。
9 行動力~自己改革や改善に努め、実践を深め、心身を動かす。
10 休 養~働き方改革で生じた時間で体や心を休め、次の活動に備える。
  激務と言われる学校の先生ですが、楽をするための働き方改革ではありません。

                朝の散歩で見つけた花々


2026年5月26日火曜日

花だより こども園の園長を退任して思うこと シラン 散歩道の花

 


            散歩道

 こども園の園長を退任して思うこと
 決して有能な園長ではなかったので今、思うことは~
 園長は何よりよき保育者でなければならない。園は製品を作る工場でもなければ、商品を売る会社でもない。園は、子どもたちの潜在能力を開花させ、遊びを通して学ぶ場である。そうした組織の長が単なるマネージャーであっていいはずがない。
 美しいサウンドを創り出すオーケストラの指揮者が、熟達した音楽家であるように卓越した保育を実現すべき園のリーダーは、優れた保育者(教育者)でなければならない。退職校長が園長になるケースが多い、私も含めて大きなハンディを負っていることを自覚しなければならない。
 園長職に就いて、学校とこども園(幼児施設)の文化の違いを身に染みて感じた。これは、現場上がりの園長にはわからないことで、逆にこれが退職校長に求められていることかもしれない。任命する首長や教育長は、校長として培ったヒト・モノ・カネを有効に動かすマネジメント力を期待している。現場上がりの園長でも、優秀なマネジメント力を持った人物はいる。それは全国園長会に参加して感じたことだ。
 退職校長先生には、任命権者だけでなく、そこで働く先生方、子どもたち、保護者の期待に応え、特に幼小連携に取り組んでもらいたいと思います。

               散歩道 石北公園通り 5月25日朝

2026年5月25日月曜日

花だより 運動会様変わり スズラン ミカン

 


 昔は、朝6時の花火でマチの人は“運動会がある”と分かったものだが、今はネットで知らせてくれるので、最近花火の音は聞かなくなった。
 土曜日、10時半ころに車で出かけると、紅白帽子を被った低学年らしい子を連れた家族を多く見かけた。「運動会の帰りか?」それにしても早い。出番が終わった順に帰るのか?
 子どものころ、普段は食べられない豪華なお弁当を家族で囲み、前半戦を振り返って食べるのが運動会の楽しみだった。今は午前ですべて終了する。妻は「その方がお弁当を作らないで済むから親は助かるわね。」と言う。しかし、十数年前、イオンの店長が「北見が道内で運動会用のオードブルが一番売れる。」と言ったのを思い出す。
 来賓として他校の運動会に出席したことが何度もある。“開会式を見ればその学校の教育力が分かる”と言われる。4月から約2カ月間、学級づくりの成果が出るのが運動会だからだ。
 こども園では毎日のように開会式の練習をする。幼児が手をつないで歩く、話を聞く、決められた場所に立つのは難しく、毎日やってもなかなかできない。それでも先生は決して𠮟ったりしない。できるできないより、そうした経験をすることが大事だという。
 学校では、規律正しい集団行動を指導をしなくなった。“軍隊のようだ”と批判があったからだ。しかし、こども園では集団行動を大事にしている。これが身についていないと命の危険にさらされるからだ。運動会は、集団行動、仲間意識の高揚、家族団らんなど、さまざまな要素が詰まっている。学校の二大行事(運動会と学芸会)であり、小規模校の運動会は、親戚縁者が集まる地域のお祭りだった。時代の変化と共に運動会(学校行事)が様変わりするのは仕方がないことだと思う。そう感じて昔を懐かしむのは、自分がじいさんになったということだろう。
      

2026年5月24日日曜日

花だより 「雨は降らないで!」運動会 セキチク ツツジ

 

 晴天の下での運動会を期待するが、北海道には「蝦夷梅雨」がある。本州の梅雨のようなジメジメ感はないが、気温が低くなる(「リラ冷え」ともいう)ので寒い中での運動会になることがある。現職の時は、「雨は降らないで!」と週間天気予報を気にしていたものだ。
 「雨の国日本」 日本人がもたらす日本文化
                民俗学者 畠山章宏氏
 コメを主食とする水田耕作を営んでいる日本人は、古来から雨と深いかかわりを持って暮らしてきた。雨が降らないと作物は育たない。しかし、大雨や長雨は反乱を呼ぶ。そこで、日本人は、降雨を祈願する「雨乞い」や雨が止むことを祈る「日乞い」の祭りを行ってきた。特に「雨乞い」は大切な祭りで、かつては「雨乞い」には黒馬を「日乞い」には、白馬や赤馬を献上した歴史がある。その後、板に描いた「絵馬」を奉納するようになった。それが今では、「合格祈願」や「良縁成就」に変わってきたのである。その起源は、雨にまつわる祈願であることをこの先忘れないでほしい。
 日本の国土は、7割が山地で急斜面が多いので水害が発生しやすい。数年ごとに洪水が起こることを前提に、自宅の敷地内に盛り土をして、その上に蔵を建て、家財や食料品を収めたり、いざというときはそこに避難した。洪水が起きると上流から栄養のある土が運ばれてくる。洪水を悪く捉えるだけでなく、恵みを運んでくれるという捉え方もできる。自然の驚異に抗らず、雨と共存する知恵や付き合い方を学んできた歴史を忘れてはならない。
 何事も新しいことが良いことだとは限らない。AIはこうした回答をしてくれるだろうか?
                      

2026年5月23日土曜日

花だより 山上憶良の和歌に学ぶ 私が先生になったとき アヤメ カキツバタ

 


 「銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも」
 万葉集に収録されている有名な和歌です。今さらですが、“どんな財宝よりも子どもこそがかけがえのない宝物である。” 奈良時代は、子どもを幼くして亡くなることが非常に多かった。親としての純粋な深い愛情や期待は、今も昔も変わりません。
 文科省は高等学校の次期学習指導要領で、新設したばかりの選択科目「文学国語」「論理国語」を廃止する方針に転じました。入試では評論文がよく出るので、「論理国語」を選択する生徒が多く文芸に触れる機会が減ったことが問題視されたのです。
 評論文を正確に読解する力が求めらるのは当然でしょう。しかし、人生や人の心を学ぶなら文学でしょう。
 宮沢賢治の作と言われる詩があります。
  私が先生になったとき  自分が心理から目をそむけて 
   子どもたちに本当のことが語れるか
 
  私が先生になったとき  自分にほこりを持たないで
   子どもたちに「胸を張れ」と言えるのか

  私が先生になったとき 自分がスクラムの外にいて
   子どもたちに「仲よくしろ」と言えるのか

  私が先生になったとき 自分の闘いから 逃げ出して
   子どもたちに「勇気を出せ」と言えるのか

  こうした文芸に触れた先生が今求められているような気がします。
 教育の世界では、「教員の一生を決めるふり出しの3年間」という言葉があり、先生としての将来が決まると言われています。新卒の先生には、この黄金の3年間を大事にしてほしい。また、校長先生には新卒の先生を大事に育てることをお願いしたい。

2026年5月22日金曜日

花だより 教師・保育士・保護者の子育てをめぐる認識のギャップ  ムスカリ 桐の花

 

 

 教師・保育士(保育教諭)・保護者が「すれ違っている」 三者合同アンケートで見えた子育てをめぐる認識の違い。(小学館調査:スマニューから)
 「入学前に育てたい力」
 小学校教師は「身辺・自立(着替えや片付けなど)」88.1%、「指示を聞いて行動する力」67.3%が上位だった。保育士は「感情を言葉で表現する力」70.5%、「指示を聞いて行動する力」68.9%、「友だちと協力する」47.7%に対して、小学校教師は25.2%と開きがあった。
 教師は、規律や生活の自立を重視するのに対して、保育士は、感情や人間関係の基盤を大切にしているという教育観の違いがはっきり表れた結果となった。
 「保護者は学校のせいにしている」は本当か?
 「子どもの学習のつまずきはどこに原因があるか?」 主に学校にあると答えた教師が57.5%に対し、保護者に「家庭が担うべき教育的役割」を聞くと「学習習慣」が61.4%で、「学校任せ」は、わずか0.7%に過ぎない。
 「小1プロブレム」の不安は三者まったく違う。
 教師は「発達理解のずれ」27.4%、「保護者の認識のずれ」24.3%、「情報共有不足」22.6%と大人同士のコミュニケーションの問題を上げているが、保育士が最も不安に感じているのは、「支援体制の引継ぎ」42.4%で園で積み上げてきた配慮や支援が小学校に届くかどうかという制度的な接続の懸念を上げている。また、保護者の最大の不安は、「友人関係」51.9%、「学習についていけるか」20.8%と三者三様で、教師は「大人間のずれ」、保育士は「接続の仕組み」、保護者は「わが子の適応」とまったく異なる次元で就学を心配していることが浮き彫りになった。
 認識が違うということは、互いの警戒感につながり、誰も責任を押し付けていないのに、互いへの不信感が生まれてしまいます。
 こども園の園長になって、小学校と園では「文化が違う、言語が違う」ということを実感しました。ですからこの調査結果は頷けます。幼小連携は、まずこの違いをお互いに認識することから始めることです。そのためには、互いに足を運んで観ることです。話し合うことです。

2026年5月21日木曜日

花だより 子どもの体力コロナ禍前より低下 運動会シーズン シャクヤク

 


 昔は、外で遊んでいて、夕方になると母さんが「もうすぐ夕飯だよ。帰っておいで!」と迎えに来たものです。今はそんな光景はありません。
 スポーツ庁が実施した2025年の体力・運動能力・運動習慣調査によると、小学校のシャトルラン、中学校の持久力走が低い結果だった。また、1週間の平均運動時間は、コロナ禍前の2019年度に比べて約30分ほど減少している。コロナ禍の屋外での活動制限がまだ尾を引いている。運動時間が減った分、スマホやテレビゲームの時間が増えた。
 これではいけないと学校では、休み時間に校庭を走らせるなどしている。こうした体力づくりに励む学校の取り組みに対して、読売新聞の記者は「こうした学校がもっと増えていくといい」と5月6日の記事で言っている。
 やらされている運動が本当にいいのだろか?
 これまで何かあると「学校でやってほしい」という。こうした反省から教員の働き方改革が始まったのではないか。「スポーツ」と「遊び」は違う。子どもは本来自由な遊びを通して体力だけでなく、さまざまなことを学ぶのです。
 こども園で子どもたちが一番楽しそうにしているのは、保護者が迎えに来る前のゆうぎ室での自由遊びの時間でせう。走り回ったり、ボールを投げたり、蹴ったり、友だちとじゃれ合ったり、中には、保護者が迎えに来ても無視して遊びに没頭している子もいます。
 場所と時間と仲間がいれば、子どもたちは夢中になって遊びます。こども園の先生は、それをやさしく見守っているだけです。そんなことを大事にしてやりたいと思うのですが、時代の変化はそれをさせてくれません。最近は、スポーツは習い事としてお金をかけてやるものらしい。
 5月末から6月にかけて、北海道は運動会シーズンです。ほとんどが午前中で終わりです。家族そろってお弁当を食べることもなくなりました。寂しい限りです。

2026年5月20日水曜日

花だより 身だしなみとオシャレは違う(新人教員研修から) シバザクラ 今月のロビーの花

 



“目は心の窓”
 「身だしなみ」は相手への配慮で、「オシャレ」は自分を装うもの
学校の先生の服装について、最近は、「ジーンズとかジャージとかラフな方が親近感が持ててよい。」という人もいますが、???です。教員こそ服装のTPOをわきまえて、失礼のないようにすることが社会通念上の所作として大切であると考えます。
 “夜回り先生“こと小谷 修氏は、横浜の夜の世界で、中高校生のために渡り歩き、暴力団や薬の売人と関わってきました。彼らは、女子中高生の髪の色や爪の色、化粧、服装に目を付けます。そして、「最終的には女の子の体が狙いだ」と断言します。
 「人の印象は最初の1分間で決まる。人と会うときには、笑顔と目の輝きを大切にしてほしい」と客商売の社長さんは従業員教育に力を入れます。
 学校の常識が社会の非常識と揶揄されることが少なくありません。特に若い先生は、学校をよりよく改善するための新しいエネルギーの源です。新風を巻き起こしてほしいと思いますが、教員である前に、一人の社会人である自覚が必要です。
 「若い」という字の下に「心」を書くと「惹かれる」という字になります。この字の意味をかみしめてください。「人や物事に対して自然と心が引き寄せられ、興味や好奇心を持つ」という意味です。そんな教師になってほしいものです。
 札幌での地下鉄のできごと
 アイドルかと思うほどかわいい(ミニスカート、同じ髪型)4人の制服を着た女子高生が乗ってきました。すぐにバックから手鏡を取り出し、化粧直しと髪型チェックを始めました。その横に大きなスポーツバック抱えヨネックスのジャージを着たショートカットの部活帰りの思われる女子高生が寝ていました。周りの大人はみんなスマホに釘付け、そのJKに目をやっているのは私だけでした。「これが札幌(都会)何だ!」と田舎者の私は思いました。
 

2026年5月19日火曜日

花だより 最後の園長研修会(北海道国公立幼稚園・こども園協議会) カザグルマ 紅バラ

 



 最後の園長研修会
 北海道国公立幼稚園・こども園協議会の加盟園は35園になってしまいました。(私立の幼稚園・こども園が8~9割を占めています。)
 女性の園長先生が7~8割、あとの男性の園長先生は、小中学校の校長を退職された方です。その男の園長先生から「道教委は、幼少連携の重要性と取り組みの強化を言われるが、私立の幼稚園、こども園や保育園、託児所などの幼児施設の取り組みはどうなっているのか?」という質問があり、「幼小連携が進まない原因は、縦割り行政に原因があるのではないか?」という意見がありました。
 私も園長になったとき、全く同じことを感じ、道教委に言ったことがあります。ところが、会長になって全国の会長さんや役員の皆さんと話す中で反省させられました。
 全国の会長曰く「私たち全国国公立幼稚園は、長い間日本の幼児教育をリードしてきました。確かに加盟園は減りましたが(昨年1年間160園減少)、これまで現場で培ってきたことを教育行政に反映してもらう努力をしてきました。私たちがモデルとなること、これからもそのスタンスは全く変わりません。これからは『質の向上』が求められています。そのためには園長自ら研修に努めなければなりません。そういう気概が必要です。それが国公立幼稚園・こども園協議会の使命です。」
 訓子府「わくわく園」での5年間
 公開保育研究会を年2度開催しています。当初は、小学校の校長先生と教頭先生が保育公開を交代で見に来るだけでした。学校に出向き「校長先生は来なくてもいいです。先生方に来てほしい。」とお願いしました。
 3年目くらいから、一般の先生の参加が増えてきて、さらに「小学校とこども園では、文化が違います。私もその文化の違いを理解するまで時間がかかりました。そのためには保育を見るだけではなく、研究協議にも参加してください。」と頼みました。するとうちの先生から「園長先生は、私たちの味方ですね」と言われました。最後の年には、小学校だけでなく中学校の先生の参加もありました。高校の校長先生も顔を出してくれました。でも、まだまだです。
 


2026年5月18日月曜日

花だより 北海道国公立幼稚園・こども園協議会会長退任 チューリップ(湧別町)

 


中学校の教頭先生が撮ってくれました。
             地方紙「経済の伝書鳩」に5月15日掲載

 5月15日(金)北海道国公立幼稚園・こども園協議会の総会が札幌で開催され、会長職を退任にして、これでただのじいさんになりました。
 “会長としての最後の挨拶から”
~北見にも大きなイオンモールがあります。遠くから『えんちょうせんせ~!』と大きな声で叫び、走って抱きついてきた女の子がいました。「何事か?」と周りのお客さんから見られてとても恥ずかしい思いをしたことがありました。お別れ会で「4月からは、もう園長先生じゃないからね。もし見かけたら、小さい声で言ってね。」とお願いしました。すると連休に、上着の裾をツンツンと引っ張る子がいて、『えんちょうせんせい』と小さい声で言われました。ちゃんと覚えていたのです。何とかわいいことか、理屈抜きで“超かわいい!”ではありませんか。“かわいい子を目の前にして、育てずにはいられない気持ち、これこそが保育者の『育ての心』である。”近代幼児教育の父と言われた倉橋惣三先生の言葉を思い出しました。
 自分は、そんなかわいい子どもたちのために十分な園運営をしてきただろうかと反省をしつつも、70歳まで教育の現場に立ち、こんなかわいい子どもたちと出会い、そんな子どもたちを育てている先生方と出会えたことに喜びと幸せを感じました…。~
 最後の園長経営研究会に参加しての感想は、明日また…。つづく
*5月12日から5月31日まで、訓子府公民館で書画展を開催してくれています。
 このために2点新作を描きました。
 

2026年5月17日日曜日

花だより 教師のスキルUP 繁盛店に学ぶ ゼラニウム

 

 

  教師のスキルUP 繁盛店に学ぶ
 ラーメン、カレーなどの行列ができる繁盛店は何が違うのでしょうか?
 例えば、かつ丼の好きな人は、かつ丼の美味しさを自分の舌で、目で、体で知っています。肉の質、肉の揚げ方、塩加減や味付け、ご飯の炊き方具合、卵のとじ具合う、そしてそれに見合った値段かどうか、そういう総合的な面から観て、あの店のかつ丼は“旨い”と言われるのであって、また行きたくなるのが繁盛店です。
 『ほんもの』とはどういうものか? 質の高いかつ丼(「ほんもの」)を教師のスキル(授業力、学級経営力)に置き換えて心に留めておくことが大切だと思います。
 教師は「研修が命」と言われますが、研究会や研修会、講演会に参加したり、専門書を読むだけでなく、こうした日常生活の中にも自分を磨く発見があります。そんな姿勢(センス)が教師には必要のように思います。

   5月15日(金) 北海道国公立幼稚園・こども園協議会総会(於:札幌)が行われ、会長職を降りました。これで名刺を持てなくなり、ただのじいさんになりました。

2026年5月14日木曜日

花だより 時代の流れや変化を敏感にキャッチする ライラック

 



 「池上彰のニュースそうだったか!!」毎週楽しみに見ています。池上氏が、分かり易くニュースを解説してくれて、若い人は、「昔はそうだったのか?」 年寄りは、「今はそうなのか?」と頷きながら見る情報番組です。 日本の組織、会社、学校は、これまで責任と権限を曖昧にしてきたように思います。
 例えば電話の対応で「〇〇学校です」から「〇〇学校の〇〇です」と氏名を名乗り受信するようになりました。企業では社名だけの対応で指名を名乗らなければ信頼されません。ところが最近は、店員さんの名札がイニシャルになったり、廃止したりするところもあります。個人情報保護(?)や犯罪から守るためで、これも時代の流れです。また、「ワークショップ」や「ワーカー」のように欧米流に変化しました。前者は「仕事場」(研究協議の意味も)、後者は「仕事人」です。これまでの職場とか社員だとかのような曖昧な表現の陰に隠れていた「三せず主義」(休まず、遅れず、仕事せず:会社には休まず来るが、あまり働かない)は今の時代には通用しない今の現実を肝に銘じなければなりません。
 働き方改革が進行中ですが、教員の長期休業中の校外研修もしかりです。コトコト煮られ一人一人の責任も権限もはっきりしない「お粥社会」から一粒一粒の米が存在感を持ち、自己主張できる「おむすび社会」へクローバルな考え方にシフトを変えなければなりません。
 働き方改革は、学校の活性化を図るためのものです。これは「意識改革」に他なりません。時代の流れや変化を鋭敏にキャッチしながら、学校経営に当たる覚悟が校長には必要です。




2026年5月13日水曜日

花だより 「アオイクマ」に気を付ける ゼラニウム 

 

 

 冬眠明けの気性の荒い熊の話ではありません。新任教員の心構えです。
“ア”は「あせらない、あわてない」
 教育は陸上競技のマラソンのようなものです。初めから飛ばし過ぎて後半バテないように、それぞれのリズムを大事にすること。教育はすぐに効果が出るものではありません。
“オ”は「おこらない」です。
 感情的にならないようにすることです。「怒る」と「叱る」は違います。心冷静に教師の言葉は、その子の将来を左右する重い一言になることを自覚しなければなりません。
“イ”は「いばらない」です。
 「先生、先生…」と呼ばれ、急に偉くなったと錯覚してはいけません。偉そうなことを言ったり、失言は許されません。謙虚さと誠心誠意、真心をもって子どもや保護者に向き合うことです。
“ク”は「くさらない」です。
 子どもが言うことを聞かない、保護者からのクレームなど、思いがけないことが起こるものです。そのことで心の病にかかる教員が増えています。果物でも肉類でも腐ってしまうと元に戻りません。腐らないうちに料理して美味しく食べたり、腐らない方法を考えなくてはなりません。一人で悩まないで、先輩や同僚に相談することです。
“マ”は「負けるな!」です。
 最近、勝ち組とか、負け組とか言いますが、おかしな言葉です。人生勝ったり負けたりの繰り返しです。辛いことがあっても弱音を吐かない。生徒指導できつい問題に出くわしてもへこたれずにプラス思考で乗り切ってほしい。自分自身に負けないことは生涯に亘って大切なことです。
 4月に教員になった先生方には、1カ月が過ぎましたが、くれぐれも「アオイクマ」には気を付けてください。これは自分自身への自戒でもあります。

2026年5月12日火曜日

花だより 仲のよい職場は教育も充実する  クリンソウ ゼラニウム

 

 

 仲のいい職場は教育も充実する 「以和為貴」

 誕生日にお花を届けたい、良いことがあったときは、お便り、電話、今はLINEで知らせたい。休みには一緒にどこか食事にも出かけようか、そんなとき嫌な人と行くでしょうか?お互いに心のつながりの程度次第だと思います。
 職場では、最も大事で人間関係が良好で楽しく、酒宴ではさしつ、さされつのような緊張とリラックスのバランスがとれている職場でこそ仕事の意欲がわくというものです。そういう職場にいる先生方が、子どもに良い影響(良い教育)を与えるものです。
 特に“三つ子の魂百まで”と言われるように、幼児施設(こども園)の先生方は、見事に幼児を引きつけたり、集中させたり、頑張らせたりします。先生のペースで教え込むことはしません。遊びを通して、子どものペースで、子ども自身が自ら気づき、発見したり、考えたりすることを常に大切にしています。こども園の先生方は、みんな仲がいい。そして、いつも笑顔です。子どもは大人の表情に敏感です。先生の笑顔で安心し、子どもや保護者から信頼されるのです。先生に一番大事なのは笑顔です。
 小学校の先生は、幼児施設の保育を参観するとどれだけ参考になるか計り知れません。
 

2026年5月11日月曜日

花だより もう早や「ラン活」? ハナミズキ 

 

 学校も1カ月が過ぎ、下校時刻が少し遅くなりましたが1年生はすぐわかります。色とりどりのランドセルが全員黄色です。オシャレなランドセルのお披露目は1年間お預けです。
 来年小学生になる子どものランドセル選び「ラン活」が多様化している。(読売新聞5月7日)
 色やデザインの選択肢が増える中、AIが商品選びの助言をしてくれたり、お気に入りのパーツを選んでくれ、世界でただ一つのランドセルを作ってくれるサービスが生まれている。組み合わせは40億通りにもなる。そんな時代になりました。
 ランドセルの購入金額帯は、25000円未満が6.3%、25000~4000円が8.6%、40000~55000円が14.2%、55000~65000円が18.1%、65000円以上が46.0%、不明6.8%で、平均金額は62,034円で前年度より1万円程度高くなっていて、高価格帯の商品が選ばれる傾向だという。スポンサーはきっと祖父母でしょう。高額になっても孫の喜ぶ顔見たさに買ってあげるに違いない。昔のランドセルも本革製で丈夫で黒と赤しかありませんでしたが高級品でした。女性の高級ブランドバックに比べれば安い買い物かもしれなません。
 登校中に交通事故に遭った子が、ランドセルのおかげで頭部を強く打つことなく軽傷で済んだということがありました。 今のランドセルは、軽くて丈夫で多機能でオシャレで安全です。できれば6年間使い通してほしい。しっかり勉強してほしい。祖父の願いです。


 

2026年5月10日日曜日

花だより 「母の日」母の本音 「母の日参り」 カーネーション

 





『母の日』:「特に何もしない」人は約3割程度、3人に一人は特別なイベントを行わない傾向にあるようです。ただし、LINEなどでメッセージを送る人も含めると「何もしない派」はさらに少ない可能性があります。
 母の本音:「何もない」と「寂しい」と感じる母親は64.1%に達しますが、その一方で60%は「感謝の言葉だけで十分」とも考えています。
 贈り物をする場合は、5,000円未満の予算で花やスイーツ、食事などが一般的らしいです。こども園では、年齢に合わせて、毎年お母さんの似顔絵やカーネーションを描いて「いつもありがとう。だいすき!」などの言葉を添えてプレゼントしています。
 母親が亡くなっているケースもあります。命日やお盆の他に「母の日」に、お墓を訪れたり、仏前に花をお供えして手を合わせ、亡き母親の思い出を振り返り、感謝の気持ちを表す「母の日参り」を提唱するのは「(株)日本香堂」です。「何だ、商業主義か?」と思ってしまいますが、現代社会における追悼文化が変化する中で、母親が存命な方も、亡くなって方も含めて「母の日」に何もしないという回答がこれ以上増えることがないよう願いたいものです。お線香の香りは「懐かしさ」や「安らぎ」を感じさせ、お線香をたくという簡単な行為を通じて、故人とのつながりを感じられるそうです。今、母の遺品整理をしています。私もそうしたいと思います。