2026年7月31日金曜日

花だより 自然の摂理と「子ども食堂」 ヤマユリ ノウゼンカズラ  キュウリ

 


  自然の摂理と「子ども食堂」
 道端の草木を眺めていると、人間が逆らうことのできない自然界の大きな決まりや、命の巡り、命の誕生と死、移り変わる四季、食物連鎖による循環など、自然の摂理を感じる。
 フキノトウが春を告げ、やがてたんぽぽが空地を覆い、綿毛がすっかり飛んでなくなると、今度は夏の草花が姿を現し、消えては次の草花が顔を出す。この順番は決して変わることはない。地球は何億年も1分1秒違わないで太陽の周りをまわっている。これが源である。私たちは、大自然の摂理に沿って生きることが自然の生き方で、それに逆らうと様々な歪みを生むに違いない。
 子連れの熊が里に下りてきて食物をあさり、駆除されるケースが多くなった。母熊は子育てをする行動も自然の摂理だ。だからと言って駆除するなとは言わないが、母熊も必死なのだ。子育てで一番大事なのは、子どもに食べさせることだろう。
 夏休みに入り「子ども食堂」が大繁盛らしい。学校が休みなので給食がない。その代わりを「子ども食堂」が居場所と食事を担っている。ボランティアスタッフの皆さんには、本当に頭が下がる。親は「本当に助かります。」と感謝し、子どもは「一人で食べるより、みんなと一緒に食べる方が楽しい。」と好評だという。
 また、夏休み中、冷房の効いた学校を開放するように求められている。至れり尽くせりだ。“子育ては家庭外でやるので、子どもをたくさん産んで、親は働いてください”これが今の少子化対策だ。
 私は父を早くに亡くし、高校、大学は奨学金をいただいた。授業料免除を申請する時、母が「そんな恥ずかしいことするんじゃない。あんたの学費くらい、母さんが働いて何とかする…。」と言ったのを覚えています。
 あの時、「子ども食堂」があったら、母は何と言っただろう?



2026年7月30日木曜日

花だより AIの成長「楽観」「悲観」「滅亡」❓ オニユリ ヒマワリ カンゾウ ノラニンジン ナスビ

 

 AI関連のニュースを毎日目にする。その進化は、日進月歩どころか秒進分歩のスピードで、専門家でさえこれからどうなるか分からないらしい。
 ≪地球を読≫ 7月26日 読売新聞 
 『AIと経済成長「楽観」「悲観」「滅亡」3仮説』 大竹文雄 大阪大学特任教授
 その進歩を目の当たりにすると、AIが経済成長を加速させ暮らしを一変させるのではないかと考えたくなる。不治の病が治るようになり、エネルギー問題が解決し、生活水準が劇的に向上する。日々のニュースからそんな未来図が頭に浮かぶ。だが、有名な経済学者の見方は、必ずしもバラ色ではない。スタンフォード大学のチャールズ・ジョーンズ教授は、AIが経済に与える影響を3つのシナリオに整理している。
 「楽観論」:AIが爆発的な成長をもたらす世界だ。これまで機械が「体の仕事」を自動化してきたのに対しAIは「頭の仕事」を自動化する。AIが自ら改良し続け、より優れたAIを生み出していけば技術は加速度的に進歩する。
 「悲観論」:しかし、結局「これまで通り」という見方である。過去100年、電気・半導体、インターネットという巨大技術が次々と登場したのに日本、アメリカなどの経済成長率は、概ね2%前後で推移してきた。技術革新は必ずしも成長率を押し上げて来なかった。新技術を使いこなす組織や人材が整っていないと技術が自動的に成長に結びつくわけではないということだ。
 「滅亡論」:AIが暴走し、人類の存続が脅かされる。強力な技術には制御しきれない危険性が伴う。確率は低くてもその被害は甚大になる。AIが個別最適な答えを即座に提示すると、人は深く学ぶ動機を失い、社会全体の知識基盤はやせ細る。「知識崩壊」が起きる可能性がある。またAIの恩恵は上位層に集まり、格差が広がる可能性がある。
 楽観か悲観か滅亡か、その行方は社会のルールをどう設計するかにかかっている。AI時代の成長を決めるのは最も高性能なAIではない。社会で取り残される人、古い制度、失われる学びといった弱い立場の人間をどこまで補強できるかにかかっている。
 日本のAI利用率は58.8%で世界的にまだまだ低い。(読売7月27日)中国は90%を超えている。楽観論的な中国に対して、悲観論的な日本、日本で利用が進まない理由は、「必要性の認識不足」、「スキル不足」、「リスクへの懸念」 これでは日本の勝ち目はない。


2026年7月29日水曜日

花だより 夏休みの宿題と言えば「読書感想文」だが? あさがお カラー

 

               店先のあさがおとカラー

 自らの思考を重視 生成AI安易に利用
 文科省は24日、児童生徒が提出した読書感想文やリポートなどを教員が評価する際は、口頭発表や対話などを取り入れ、子どもたちが自ら思考・判断・表現できているかという観点を重視する考えを、中教審の専門部会で示した。生成AIの出力を丸写し、十分な思考を働かせていない実態があることが背景にある。
 審議員の一人は、「我が国のソフトパワーを支えているのは書き言葉による深い思考だ。革新は、書き言葉とそれに関わる文化の弱体化をもたらすだろう。」と懸念を示し、次期学習指導要領では「アナログで書く学習がポイントになる」と指摘した。

 もう40年も前の話だが、町の読書感想文コンクールで最優秀賞を受賞した子に「すごいねえ~、読書好きなんだ?」と褒めると「牧野先生にだけ本当のことを話す。夏休みの宿題に困って、図書館から『全国読書感想文作品集』を借りてきて、その中から気に入ったのを丸写しした。」と??? ところが翌年も優秀賞だったので「また、写したの?」と聞くと、「今回は自分で書いた。去年丸写ししたとき、こういう風に書いたらいいと分かったんだ。」しっかり学習していた。“このことは、2人だけの秘密だ”と約束したが、もう40年も経てばいいだろうし、今なら図書館に行って作品集を借りて書き写す手間をかけなくても済む。
 管理職の採用論文試験もAIで作成する時代になったと聞く。「使うな!」と言うことはできない。上手に使うことを考えなければならない。


2026年7月28日火曜日

花だより 「お値段以上 ニトリ」似鳥昭雄氏はADHD  エゾスカシユリ ハマオモト 紫陽花

 

「お値段以上 ニトリ」、“就職企業人気ランキング2年連続首位”  今や日本を代表する企業となったニトリホールディングス会長の似鳥昭雄氏(北海道出身)は、74歳の時に注意欠陥多動性障害(ADHD)の診断を受けたが、全くショックを受けなかったという。
 子どもの頃、「落ち着きがない」、「人の話を聞けない」、「忘れ物が多い」と怒られていたのはそのせいだったと納得した。
 できないことを多かった一方で、好きなことに対する集中力と好奇心はずば抜けていた。数字に強く、記憶力が優れていた。そして、天性の明るさと「人を喜ばせたい」という強い思いもあった。それが成功の原動力となった。
 自らの経験から、弱点を克服しようとせず、人に補ってもらい、むしろ長所を伸ばすことの大切さを説く、社員には様々な部署を経験させ、隠れた長所を発見させることで会社の成長につなげている。
 この本は、優れた経営書であると同時に、発達障害に悩む多くの人々に勇気と希望を与える一冊である。
  “隠れた長所成功の原動力” 発達障害者のわたしだからこそ成功できた
   「できないことの多い自分でよかった」 (祥伝社 1,760円)
 
特別支援学級、通級指導教室に通う児童生徒が急増している。特別な支援を要する児童生徒への支援や指導をするのは当たり前のことだが、特別支援教育の最も大事なことは、通常学級に通う子に偏見や差別をしないように教育することだ。


2026年7月27日月曜日

花だより  「医者」と「教師」 どちらも「先生」と呼ばれるけれど? ハマナスの実 サボンソウ ムギワラギク フロックス

 

 「医者」と「教師」 どちらも「先生」と呼ばれるけれど?
 病院の待合室で見た記事です。
~患者さんは命がけの信頼を寄せて手術台にのります。医師はプライドの全てをかけて信頼に応じるべきで、本気で努力する人しか存在してはいけない世界だと思います。そして、数々のプレッシャーに負けず、患者さんのために何が必要かということだけ考え、動ける医師が名医です。たとえ手術の腕が劣っていたとしても、患者さんのために手術のうまい医師を紹介して結果を出したなら名医なのです。~(網走脳外科院長 谷川緑野)
 医者と教師は、時に同じような職業に例えられることがありますが、果たして教師の多くがプロとしての意識を持ち、医者と並んで語られるような職業としての気持ちをもって仕事をしているだろうかと現職時を振り返り反省しました。
 医者にもたぶん様々な方がおられると思いますが、医者として先進的な機器の扱い方や検査結果の分析、さらに学会での専門的な研究など、教員とのレベルの違いを感じます。
 同じ「先生」と呼ばれる職業です。元々の偏差値が違うと言えばそれまでですが、教師も自らの資質能力を問い、授業力向上に磨きをかけ、研修を充実させることを怠ってはならないと思います。
 7月23日の新聞に「教員離職 精神疾患1319人 24年度最多 人手不足で多忙感」の記事がありました。教師より医者の方がはるかに労働条件は厳しいはずです。それにもかかわらず「医者の離職者増」という話は聞いたことがありません。なぜでしょうか?
 教員採用試験のハードルを下げることも必要かもしれませんが、教師の「魅力」や「やりがい」をもっとアピールすることも必要です。それは現職教師の努めです。

 

 

2026年7月26日日曜日

花だより 「がんばれない」心で何が起きているか さくらんぼ トキソウ

 


 「がんばれない」心で何が起きているか
              外山 美樹著(筑波大学教育心理学)
 「がんばれ!」この励ましが、なんともしづらい時代になった。「努力が報われる」という空気があった昭和が終わり、低成長、過疎化…、がんばった先が見えにくくなった。「これ以上、どうがんばったら?」そんな悲鳴が聞こえてくる。
 「がんばれ」が重くのしかかる人の心の間に分け入る、報われない努力を「損失」とみなすタイプはチャレンジせず、易きに流れる。逃げると恥とばかりに無力に努力するタイプは危険。どんなにがんばっても出口が見つからず、体に慢性炎症という「火事」が起き、ニッチもさっちもいかなくなる。どうしたらよいのか。
「人生は定員が決まったバス」と見なすという著者は、“目の前のこだわり、それだけに席を埋めてしまっていたら、新たな興味関心の座る席はない。ここぞの時には別の可能性をために『空席』をつくる”ことが持続的な成長の道になると提案している。山登りも努力も一本道ではない。しなやかに「やりぬく力」が必要だ。
 学校やこども園で一番多く使う言葉が「がんばれ!」、「がんばる」かもしれない。子どもたちに「がんばれ、がんばれ」とはっぱをかけるだけでなく、一つのことにこだわってしまわないように「がんばれ!」と声をかけてなくてはならない。

 

2026年7月25日土曜日

花だより SNSは“時間の浪費”「後悔」49% ねむの木 テッポウユリ

 


 SNSは“時間の浪費”「後悔」49%
 読売新聞と慶応大学が共同で実施した「情報の取り方調査」では、多くの小中学生がSNSでニュースを得ながらも信頼できないと考えている現状が浮き彫りになった。
 1番は、「想定以上の時間を使ってしまって後悔する」(小学生4~6年)37%、中学生58%がSNSを繰り返し見て後悔したと回答している。
 2番目は、「興味がある情報だけが流れてくる」で、自分の好みや考え方に合った情報ばかりに囲まれる「フィールドバブル」に陥ったことを自覚している児童生徒は約3分の1いた。
 これらの自覚は、使用するSNSの種類が多いほど増える傾向にある。4つ以上使っている子どもは57%だった。
 専門家は、特定の情報源に頼る「偏食」を避け、バランスよく(新聞、テレビなどから)情報を摂取することを意識する「情報的健康」の重要性を強調している。
 子どもたちは、約半数が後悔したり、反省しているが、大人の使い方はどうだろう?
子どもは大人が注意するが、大人は誰も注意しない。子どもたちにこのような調査をすれば、禁止されるのがイヤで、「後悔している」とか「信用していない」と答える子が多くいてもおかしくない。それにSNSの正しい使い方を教えられる大人がどれだけいるだろうか?
 世界では子どものSNSを使用禁止する国が増えている。日本はどうするのか?日本はいつも後出しジャンケンだが、禁止した国がどうなったか、検証が必要だろう。

2026年7月24日金曜日

花だより 「身土不二」(しんどふじ)旬を食べる バーバスカム セイヨウノコギリソウ キボウシ

 


 猫の額ほどの家庭菜園で、ミニトマトとキュウリ、ナス、ピーマン、ニンジンを作っています。日曜日、キュウリ1本とナス2本を収穫しました。
 ホームセンターで苗を買ったとき、隣にいた同年代のご婦人が、「買った方が安いんだけどね。」と言いながらたくさんの野菜の苗を購入していました。
  「身土不二」(しんどふじ)
 「人間の体と暮らす土地は切り離せない」(仏教用語・食の思想)
 その土地でその季節に採れた旬の作物を食べること。現代の「地産地消」に通じ、季節外れの食材ではなく、自然の理にかなったものを食べることです。
 今なら、トマトやキュウリなどの夏野菜を食べ、春には山菜、秋にはキノコ、冬には体を温める根菜類をたべるなど、季節に体が求める食材を取り入れる。今の時代、どんな果物も1年中通して食べられます。外国産の物も食べることができますが、無理をして遠方の季節外れの食材を食べるのではなく、まずは自分の足元で採れる身近な恵みに感謝して、美味しくいただくことがこの言葉の意味です。 
 学校やこども園でも教材園で栽培活動をしています。栽培活動や農業体験は、五感を働かせ土に触れる体験は、幼児期から大切です。体に染みついて生活に生かされ潤いのある人生に結び付くと言われていますが、問題は夏休みです。子どもたちも先生もあまり草取りはしないので、管理するのは管理職の仕事です。それも苦になりません。作物を育てる、土に触れることが楽しいと感じるのは、「人生の先が見えてきた証拠」と言われました。


 

2026年7月23日木曜日

花だより 「思いやりの心」を育てるには アジサイ マツバボタン ダチュラ 

 

                                                               散歩道にある花壇

 友だちにすぐ暴力をふるう子に「やさしくしなさい」、すぐ泣く子に「泣いてはダメ」と一方的に叱っても、その子は次から「やさしくしよう」とか「泣くのはよそう」とは素直に思わないものです。園児を観ていて、子ども発達段階がよくわかりました。
*どうすればよいか知識がない
 「やさしくしなさい」と叱られても、どのようにふるまえば「やさしい」行動なのか分からなければ、その行動は出てきません。こんな子には、具体的な行動を具体的な知識として教えてあげることが必要です。(例:〇〇をしてあげるといいわね)
*知識はあるが行動ができない
 「ごめんなさい」と謝ればいいのにその勇気はない。自信がない、恥ずかしい、といった意欲や気持ちのところでもう一歩行動にできない。「さあ、やりなさい」と背中を押しても、押せば押すほど引っ込み思案になってしまう。このタイプの子どもは、「自分にできるとは思えない」という心情が強いのです。普段から少しずつ「○○さん、えらいね。よく○○やったね」と声をかけ、できそうなチャンスの場を与えてほめてやることが大切です。
*知識もあり行動もできるが状況把握ができない
 知識もあり、行動もできるのに対人関係でトラブルが多い子がいます。例えば、友だちが何かもめている最中に「仲間に入れて」と声をかけても彼らは聞いていない。そんなとき「ちゃんと入れてって言ったのにみんなは無視した」と先生に訴えてくるのは、このタイプの子です。他の人の気持ちに気付かせる対応が必要です。
 「思いやり」の心は幼児にはまだない?
◎幼児期~自分と他人の区別が明確でない。自分も他人も同じことを考えていると思う。
◎小学校低学年~他人と比較して、自分と他人の違いが分かってくる。ただし、笑っているからうれしい。泣いているから悲しい程度で、相手の心情を推し量ることはできない。
◎中学年~他人の視点をかなり推測できるようになる。A君は、ぼくのことをきっと○○だと思っている。ぼくは、A君のことを○○だと思っているだろう。と互いの気持ちを推測できるようになる。
◎高学年~「私」と「あなた」といった二者関係だけでなく「彼」「彼女」といった第三者の気持ちを推測したり、自分自身を客観視することができるようになる。
◎中学生~学級、学校、社会、日本人として、といったようにさまざまな立場に立って考えられるようになる。
 「思いやり」とは、自分の視点だけでなく、さまざまな人の視点を理解する力です。他人を変えようとするものが強いと暴力をふるい、自分を変えようとするものが強いとその場から逃げるという行動をとります。しかし、「思いやり」が発達すれば、「暴力」から「命令」「説得」、「逃避」から「従順」「妥協」へと変化するのです。最終的には互いのコミュニケーションを通して「調節」する行動をとるようになります。「思いやり」の心が育てば問題となる行動もなくなるのです。
 「思いやりの心」はどこで学ぶか、それは集団生活をする幼児施設や学校生活で、先生の適切な指導の下で育っていくものです。
 法政大学 渡辺弥生教授 「対人関係のトラブルを予防するソーシャルスキルを育てる」から
 中学生になって全員が「思いやりの心」を持てば犯罪は起きません。それまでの教育が大事だということです。

2026年7月22日水曜日

花だより 「教育格差拡大」求められる支援 居場所つくり地域ぐるみで トマト ジャガイモの花

 

 

 「教育格差拡大」求められる支援 居場所つくり地域ぐるみで
 各地でシニア世代による無料の学習支援が広がっている。その背景には、教育格差の拡大がある。
 文科省の調査では、公立小中学校に通う子どもの家庭の教育支出のうち約7割が学習塾など学校外活動費で年収1200万円の家庭に比べて400万円未満の家庭の学校外活動費は約3分1しかなかった。経済的な理由で学校外での活動ができない子どもは、学力や能力を伸ばすうえで不利な立場に置かれやすい。
 塾に通えるかどうかで得られる受験や進学の情報の差が生じ、視野が広がらず将来の選択に影響が出る子どもも少なくない。一人一人のレベルに合わせて丁寧に教え、将来について考える機会を与える無料の居場所が必要だと訴える。7月19日の読売新聞から
 “学校だけでは、学力や能力は伸ばせない”ということらしい。
 小学生のとき、担任の先生から「家で予習、復習をしなさい。」と言われたのでやっていると、父から「よしみつ、何をやっているんだ!授業中ちゃんと先生の話を聞いていないのか?勉強は学校でするものだ。」と言われたことを覚えている。もちろん学習塾など通っている友だちはいなかったし、予習復習を毎日している友だちはいなかったように思う。学校から帰って遊ぶことが楽しくてしょうがなかった。
 子ども家庭庁は、2023年「子どもの居場所つくりに関する指針」を閣議決定し「居場所がないことは、孤独孤立の問題と深く関係しており、子どもが生きていくうえで居場所があることは不可欠」として、各地域で成長に応じた居場所をつくる必要性を強調している。
 子どもたちが最も生き生きとしているのは、大人の管理下から解放された時だろう。そうした時間も大切なような気がする。
 学校5日制、授業時数削減、詰め込み教育からゆとり教育へと転換した。知識偏重から、思考力、判断力重視へ、改革は進んできたが、今回の学力・学習状況調査では、思考力を見る問題の正答率が低かった。学校教育に問題があるのか?時代の変化に学校教育がついていけないのか?課題は山積している。教育とは難しいものだ。

2026年7月21日火曜日

花だより 不登校の子を登校に導く「学びの多様化学校」  アジサイ ダチュラ マツバボタン 石北通遊歩道の花壇

 


 不登校の子を登校に導く「学びの多様化学校」 スマニュー 7・18
 「学びの多様化学校」は、以前は「不登校学校」と呼ばれていた。特別の教育課程の編成が特例として認められている学校である。(26年で84校、全国に300校設置する目標を掲げている。)
 今まで不登校について、学校に来ない子どもが悪いという発想でした。そうではなく「学校が悪い」という発想から始めれば、学校がやることはたくさんあるという。
 東京みらい中学校では“玄関に下駄箱がない”
 土足のまま教室に入っていける。下駄箱があると上履きが盗まれたり、おかしな手紙が投げ込まれたりとトラブルの原因になることが多い。また、上履きに名前を書かせたり、誰が盗んだか犯人捜しを必死にしなければならないこともある。それなら最初から置かない方がよい。発想の転換で、その代わりに置かれているのが本棚と椅子でたくさんの本が並んでいる。玄関ホールだけでなく、各階の廊下にもあって、学校のエントランスや廊下は、監視されるところかリラックスする場に変わり、生徒が学校に行きたいと思えるように配慮されている。
 始業時間を8時30分から9時30分に
 同じ時間だと他校の生徒と顔を合わせる可能性が高くなる。不登校の理由はさまざまで友だちが原因の場合も少なくない。登校の時間が気の重いものになるので1時間ずらした。そして、もう一つの理由は、朝起きられない生徒への配慮でもある。
 こうしたことができるのは、標準授業時数1015コマが、この学校では775コマに短縮することが認められている。さらに月曜の朝は、学校に行きたくないと思いがちなことから、1時間目は「スタッフ」の時間とし、先生たちの趣味や特技を生かした選択授業があってモチベーションを上げている。他にも様々な工夫を凝らして、自主自立の姿勢を身に付けるカリキュラムが編成されている。
 教員(スタッフ)は1年生54人3クラスに対して8人、2年生36人2クラスに6人、3年生45人2クラスに6人のスタッフがチームを組んで対応している。さらにどうしても登校できない生徒には、自宅でオンライン授業を受けることができる。
 「普通の学校が見習うべきところはあるのではないか?」とフリージャーナリスト前屋毅氏は言う。
 不登校対策はここまで来た。学校教育はこの後、どうなっていくのだろう???

2026年7月20日月曜日

花だより 立場を置き換えて考えてみると カライトソウ ヤグルマソウ

 


 教育は信頼関係なくして成り立たない
 様々な不祥事が起きる度に道教委は、職務命令をもって毅然として調査を行う。その趣旨は理解できないわけではないが、その都度、管理体制が厳しくなり、対応を迫られ、仕事量が増える。結果、働き方改革は進まない。
 立場を置き換えて考えてみると
 
① 保護者や地域が学校を信頼していない。
 ② 子どもは担任や部活の顧問を信頼していない。
 ③ 校長は教頭を信頼していない。
 ④ 教頭は教職員を信頼していない。
 ⑤ 教育委員会は学校を信頼していない。
 ⑥ 学校は教育委員会を信頼していない。
 ⑦ 市町村教育委員会は道教委を信頼していない。
 ⑧ 道教委は市町村教育委員会を信頼していない。
  というような関係で真の教育が成り立つでしょうか?

 当然、校長(教師)は、地域や保護者、子どもから信頼されるに足る人間性と資質を備えていることはいうまでもありません。しかし、何でもかんでも職務命令をもって行うことは慎重であるべきと考えます。
 学校という組織はトップダウンだけでは機能しません。現場の校長(教頭)が道教委に直接物申すことはなかなかできませんが、言えるとしたら校長会(教頭会)です。教職員は、職員団体でしょうか?


2026年7月19日日曜日

花だより 次期学習指導要領では、学校の裁量、教師の力量が試される タチアオイ オレガノ ルドベキア フジ(実:豆)

 

 次期学習指導要領では、学校の裁量、教師の力量が試される
 中教審で議論が進む次期学習指導要領では、児童生徒への学び方の指導や支援が充実する見通しだ。
 文科省は、昨年12月中教審の特別部会に示した案では、総則に盛り込む要素として、「児童生徒が学習の見通しを持ち、学び方を工夫したり、振り返ったりしながら自分に適した学習を行う機会(学習の自己調整)を計画的に指導に取り入れるように工夫する」と示した。
 参考資料として、精緻化(多角的に理解する)や分散学習(時間を空けて復讐する)といった認知心理学の知見に基づく効果的な学びを例示するという。また、これらの学習の自己調整を促すヒントとして児童生徒に教えるなどして、家庭学習を含めて学習習慣を形成していく。また、参考資料として、動画や資料を作成、公表することも検討している。
                           (読売新聞 7月16日から)
 
次期学習指導要領では、学校の裁量、教師の力量が試される
 生活科・総合的な学習の時間が登場したとき、やりがいを感じた教師もいたが、指導書に頼って授業をしていた一部の教師には、何をどうしたらよいか分からず、それが定着するまで時間がかかった。今でも十分浸透しているか疑問である。
 今回の改訂の趣旨は理解できるが、教員不足、長時間労働の課題を抱える現場で、これが定着し効果を上げられるか心配である。そのことを分かった上で進める裏には、教師の力量不足を補うデジタル化、AIの導入を考えているように感じる。
 10年に一度の改訂である。これからの子どもたちに必要な能力を着実に身に付けさせるために何が必要か、現場も含めて十分検討してほしい。

2026年7月18日土曜日

花だより 再考「デジタル教育」 「負の側面」検証これから (7月15日読売新聞) アジサイ ガイラルディア カスミソウ テッポウユリ

 

 たくさんの種類の花が道端に咲いている

 再考「デジタル教育」 「負の側面」検証これから (7月15日読売新聞)
 デジタル教科書はどうあるべきか? 2030年度以降に使われる新たな教科書の具体的な姿は今秋にも文部科学大臣が策定する「大臣指針」で示される。有識者会議では、デジタルを導入する学年、教科や端末の学習目的使用といった課題も含めた論点を検討する。
 ①教科書の形態のあり方
 ②紙・デジタルが効果的な学習の場面
 ③認知科学を踏まえた発達段階との関係
 ④目的外使用と情報活用能力
 ⑤「手書き」が減少することとの懸念
 ⑥健康への影響
 ⑦諸外国の動向
 ⑧次期学習指導要領との関係
 ⑨発行者・採択権者の負担
 ⑩学校のICT環境や支援体制
             以上 10項目
 海外では紙回帰の動きがある中で、日本は教育デジタル化のアクセルを緩めない。その先に見えてくるのが「生成AI」の活用だ。
 読売新聞が、これまでデジタル化に警鐘を鳴らしているので、文科省も強引に進めることはないだろう。

2026年7月17日金曜日

花だより デジタル化のリスク ノルウェーに学ぶ 歩道のアサガオ

 

           マンションロビーの新作 歩道のアサガオ フランネル草

 デジタル化のリスク
ノルウェーのノルトゥン教育相が「デジタル教育イベント」で講演した主な内容
                          (7月14日 読売新聞)
 私はデジタル化を積極的に推進しているわけではない。脳が急速に発達する子どもたちにとって、睡眠や集中力、学習にリスクがあることが研究で明らかになる中で、デジタルツールを使うことは心配だ。
 過去10年間、特に西洋諸国で政治家たちは学校のデジタル化を急ピッチで進めてきた。同じ時期にノルウェーでは学習が低下し始めた。子どもたちの読書量が減り、読解力が低下した。やる気と学校での幸福感も同様だ。
 だから私は子どもたちがデジタル機器に費やす時間やアルコリズム(処理手順)と有害コンテンツを自分で管理し、決定する力を取り戻そうとしている。現在若者の間で忍耐力と集中力に関する深刻な危機が起きている。私たちはこの状況を変えなくてはならないし、変えていく。必要なのは集中力を鍛えて根気を育てる教育手法だ。
 デジタル活用能力は不可欠だが、育てるのは画面をスワイプする能力ではなく、テクノロジーの可能性を見極め、リスクを認識する能力であってほしい。AIと偽情報の時代に健全なデジタル判断力を鍛える。今後ノルウェーは、子どもたちの学びについて主導権を取り戻す。私たちは批判に直面する覚悟がある。私は学校と子どものために、これが正しい道だとこれまで以上に確信している。ノルトゥン教育相は女性で40歳)
 日本は幸か不幸かデジタル化に後れをとった。しかし、それ故に先進国での失敗や課題を学ぶことができる。日本は女性初の首相が誕生したが、40代の女性文部科学大臣の誕生は難しいだろうけれど、学校でのデジタル化について十分検討してほしい。
 学校生活で必要なことは、友だちと遊ぶこと、先生との信頼関係を築くこと、読み書きや算数の基礎を学ぶこと、これはどんなに時代が変化しても変わらない。

2026年7月16日木曜日

花だより 「教育は人なり」語り尽くされた言葉だが、ここに行き着く シモツケソウ ハイビスカス

 



 特別支援学級の子を見ていて、つくづく思うことがあります。ある先生にはよく懐くが、ソリの合わない先生には、悪態をついて毛嫌いする。障害はあっても本能的なものは逆に研ぎ澄まされているような気がします。
 父子家庭のある男子は、先生方がどんなに優しく声をかけても言うことも聞かなかったのが、母親を想起するような女性の支援員さんだけには懐いた。その支援員さんは、「あの子、かわいいところあるんですよ。」といつもやさしく笑顔で接するのです。「何という悪ガキだ!親の顔を見てみたい?」と思って接すると、彼はそれを察知するのでしょう。
 こども園の先生は、いつも笑顔です。幼児は、先生や親の笑顔を見て安心するのです。それは自分を守ろうとする本能でしょう。「人格の完成」が教育の目的であるなら、指導する教師の人格が問われます。「教育は人なり」語り尽くされた言葉ですが、ここに行き着くのです。


2026年7月15日水曜日

花だより デジタルが学校の授業時間を支配すべきではない アジサイ エゾキスゲ

 

                   in  abashiri

 再考デジタル教育 “紙から大転換に警鐘” 修正に急ぐ「先進」ノルウェー
   ノルウェーのノルトゥイン教育相の講演 読売新聞7月13日
 「生成AIは、小学校では原則使わないようにする。」と表明するなど、デジタル教育の先進国のノルウェーでは、起草修正する動きが出ている。
 2015年以降、ノルウェーは、デジタル端末を使った授業が急増した。その一方でOECDのPISAで18年から22年にかけて成績が12~33点下がり過去最低となった。
 教育相は「我々はデジタル化による学習成果や意欲の低下、いじめ・不登校の増加を目の当たりにしている。」と危機感を隠さない。
 デジタル画面を見るスクリーンタイムが急増すると注意力が散漫になることから、過度なデジタル化の修正に向け、“紙の教科書をより優先すべき”と強調している。そして、「日本が進める教育のデジタル化について、“デジタル機器や教材へ過度に重点を置けば、学習に大きな問題が発生する恐れがある。日本にはノルウェーが犯した過ちを繰り返さないように助言したい。」と注意喚起している。
 読売新聞の一面で、この問題を頻繁に取り上げるのは、“教育は国家百年の大計”だからだろう。
消費税、皇室典範、国旗毀損も含めて、十分な議論をしてほしい。

2026年7月14日火曜日

花だより  情報教育授業拡充へ ヒルガオ サクランボ

 

  情報教育授業拡充へ ~小中に新領域・教科~ 
 次期学習指導要領で情報モラルやメディアリテラシーなど情報教育の授業時間数を大幅に拡大する案を中教審の特別部会で示した。
 SNSの普及で誤、偽情報の拡散などが問題化しており、小学校段階から教育を強化する。これまでも「情報モラル」は道徳などで指導されてきたが、明確な規定がなく学校による指導の差が大きかった。そこで小学校では3年生以上で「総合的な探求の時間」に情報の領域」を新設し、小3~4は最大30コマ、小5~6は最大35コマを確保して、ネット依存などのリスクへの対応や情報の信頼性の確認などルールやマナーを守って安全に利用する方法を教える。新教科・新領域を開設しても、国語や社会など他教科の授業時数を年間数コマずつ減らし、全体の総授業数は増やさない方針だ。 7月9日 読売新聞から)

 時代の変化や要請に対し、学校教育が担わなければならないことは起きてくるが、だからと言って授業総数は増やせない、苦肉の策と言える。そこで便利に使われるのが「総合的な探求の時間」である。名称が「学習」から「探求」に変わったが、「情報モラル」が、本来の探究活動のねらいであるかどうか疑問が残る。コロナ禍で、授業時数が足りなくなったとき、総合を減らして国語や算数の時数を確保した学校があったと聞く。「総合」がまだまだその程度の位置づけなのは、とても残念である。しかしながら「情報教育」はこれから必須である。学校教育全体で取り組んでほしい。

2026年7月13日月曜日

花だより 学校外学習時間2割減 キボウシ ハナビシソウ ジャコウアオイ ハタザオキキョウ 

 


昨日の散歩道で見つけた草花

学校外学習時間2割減
 
2015年までの10年間で子どもの学校以外での学習時間は約2割減少いていることがベネッセの調査で分かった。
 高校生で22分、中学生19分、小学生17分減少した。学習塾は小中高校生とも横ばいで、宿題の時間が最も少なくなった。さらに成績上位層と下位層の差が拡大していて、学力が二極化している。また、勉強に対する意識にも変化が表れている。「勉強が好きだ」と回答している割合は、小学4~6年で13.7ポイント減の53.1%だった。学習に対する肯定的な意識や意味付けが弱まっている。
 「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」ということわざがあります。学ぶ意欲がないのに、いくら「勉強しなさい」と言っても、「糠に釘」(?)
 教師の一番の役割は「子どもの心に火をつける(モチベーションを上げる)」こと。しかし、これが一番難しい!

 

2026年7月12日日曜日

花だより 通級指導教室で教科学習可能に オオハルシャキク ジャコウアオイ バラ アリウム

 

散歩の途中で見つけた花(Googleレンズ)

 通級指導教室で教科学習可能に
 通級学級に在籍しながら障害による困難の克服や改善を図り活動(自立活動)を行う通級指導を受ける小中高校生が20万人(その内小学生は17万人)を超えた。次期学習指導要領で国語や算数などの教科指導も可能にする特例を設ける計画だ。(読売新聞 7月7日)

 今の親の世代には「通級指導教室」はなかった。特別支援学級相当の何らかの障害を抱えている子の保護者にしてみれば、在籍が通常学級にあると聞くと、通級指導教室を希望するケースが多い。そして保護者は、国語や算数を個別指導してくれると思っている。ところが週に1~2コマ程度の“自立活動”では、それほどの効果は出ないというのが現場の本音で、小学校の場合、通常学級は35人が上限で、通級指導教室は8人、特別な支援を要する児の増加は、教員不足につながっている。
 次期改訂では、学校の裁量を拡充して、教育課程の柔軟化を可能にし、多様な子どもの実態に対応するというが、現場では、通級指導教室に通う子のほとんどは、特別支援学級に在籍して、個に対応した指導をすることが望ましいと思っている。さらに、特別支援教育担当教員には、高い専門性が求められる。支援を要する児童生徒が増えてきているのに、教員は不足している。通級指導教室で国語や算数を週に1コマ程度学習しても、抜本的な改善にはつながらない気がする。
 

2026年7月11日土曜日

花だより AIの進化 常にアップデート グラジオラス ヒルガオ

 

 

 AI時代における教師の役割は常にアップデートすること
 教室では、全員端末に向かって学習をしている。ところが画面に出てくる問題はそれぞれ違う。できない子には、どこにつまづきがあるかを瞬時に判断し、その子に合った問題を提示している。実に効率的で、正に個別最適な学習が展開されるようになる。教師は机間巡視をしながら、その様子を見ているだけ、いつかこんな時代が来るだろうとは思っていましたが、AIの進化は、私の想像をはるかに超え、現実なものとなり、今やAIが当たり前になりました。ところが教育界だけがこの導入に慎重です。教育の普遍性を唱える人が多いからです。
 AIの進化に伴い、教育のあり方も大きく変化するのは間違いありません。これまで教師は知識を伝達することが主な役割とされてきましたが、AIが情報を即座に提供できるようになると、教師不要論まで沸き起こり(?)なくならないまでも、教師に求められる役割とスキルは大きく変化しています。
 AI時代に求められる教師の役割
 人間的な関わり: AIは知識伝達や分析は得意だが、他者との協調性、共感、倫理観、創造性といった人間的な側面を育むことはできまない。これらの情操教育こそ、教師の最も重要な役割となる。しかしこれすらも近い将来AIは克服するだろうと言われています。
 学習のファシリテーター: 生徒が自ら問いを立て、AIを使いこなして答えを見つけ出すプロセスを支援する役割が求められる。知識を教え込むのではなく、学習方法や探求の仕方をガイドする。指導者から伴走者になる。
 教師という職業は、子どもとのかかわりの中で、子どもから教えられ、先輩教師の優れた実践に学ぶことで一人前な教師に成長するものだといわれてきました。しかし、これまでも優秀な教師は、常に向上心や創造性をもって授業改善や学級経営に取り組んできました。
 これまでの常識や知識では通用しなくなったことを自覚することが大事だとつくづく思います。

 

2026年7月10日金曜日

花だより 職員室の机上の様子でその学校の教育力が分かる  キボウシ ハナミズキ 日赤前の噴水と園児

 




 職員室の机上の整理整頓
 アポなしで学校を訪れ、職員室の机上を観るとその学校の様子がよくわかります。
 学校は公的な場です。「散らかっている方が仕事がはかどる」「他の人に迷惑をかけていない。」という人もいますが、自宅の机と職員室の机では機能が異なります。機能が異なる以上、自分流にこだわれば、結果的に職場全体に迷惑をかけることになります。
1 「望ましい教育環境」の面から考える
 教育環境には、人的環境と物的環境があります。物的環境には、施設、物品、教材教具、動植物があります。教室内が散らかり放題では、学習効果は上がりません。それと同じで職員室も美的に整理・整頓された学校は組織的に機能しているということなのです。用務員さんや事務穂さんだけでなく教職員一人一人が気をつけなければならないことです。
2 「個人情報の管理」の面に問題がある
 学校は個人情報の宝庫です。外部の目に付きやすい職員室は、何気なく置いたものが外部の人の目に触れることもあります。子どもが何気なく見たものを子どもの責任にはできません。整理されていなければ、見逃したり、紛失したりする可能性もあります。机上の整理は、自分を守るためのものです。
3 「仕事の優先順位」を守るための配慮
 学校の仕事は超多忙です。いくつかの仕事を同時進行でやらざるを得ません。急な仕事もたくさん入ってきます。その優先順位を決めて、能率的な仕事をするためには、必要なものだけを机上に置き、集中して取り組むことが大切です。
4 「仕事の区切りをつける」ことの重要性
 教師の仕事は、いくらやってもきりのない仕事ですが、区切りをつけることは大切です。今日の仕事を明日に持ち越したのでは、ストレスが溜まるばかりです。机を整理し、一日の区切りをつける。気持ちの切り替えをすることが明日への活力につながります。
 たかが机上の整理整頓ととらえるか、この行為がどこにどんな意味があるかを考えて行動するかでは、大きな違いがあります。その積み重ねが教師としての価値を決めていくような気がします。
不要なものは捨てる。昔は印刷物が山のようにありましたが、今はパソコンでのデータ管理です。不要なプリントはすぐにシュレッダーにかけることです。退勤時に机上にあるのはパソコン一つだけです。

 


2026年7月9日木曜日

花だより 警備員心得 簡素化と横着 ベニバナ ハマヒルガオ

 

 警備員心得  同じことを繰り返して行っていると、人は無意識のうちに要領を覚え、できるだけ効率よく、効果的な方法はないかと模索しはじめる。これが合理化である。しかし、これが正しい合理化であるか保証はない。人は怠けたいという性質や、すぐに飽きるという性質を持っている。怠けたいとき、仕事に飽きてもそれを続けなければならないときに、それを合理化しようとすると「横着」に走ることになる。
 合理化とは効率よく作業を進めながら点検や確認においてその質を低下させないものであるが、「横着」とはそのもっとも重要な点検や確認の行為が疎かにする状態である。簡単な作業にこそ重大な危険が潜んでいることを忘れてはならない。
 これは警備員に限ったことではありません。どんな職業にも当てはまることです。
 

2026年7月8日水曜日

花だより 英語の学びは教員と子供で (読売新聞社説から) イワタバコ 石北大通散歩道の花

 

 


 AI利用 英語の学びは教員と子供で (読売新聞社説:7月5日)
 AIの回答は、誤りや偏りがある。そうしたリスクを十分理解せず、教育現場に安易な利用が広がる事態は避けなければならない。
 AIを使えば、ネイティブに近い発音や会話を体験できるなど、確かに有効な面もあるだろう。ただその活用を指導要領に明記することは、教育に積極的に利用するメッセージになる。その結果、AIを使うこと自体が目的化し、どの学年や授業のどの場面で使うとどんな教育効果が得られるかを考えずに多用する状況が生まれないか心配だ。
 行き過ぎれば、子どもの学びはAIに委ね、教員はそのサポートに回る形になる。それが教育といえるのか。教育の主役は子供と教員であり、AIは道具に過ぎないことを忘れてはないでほしい。
 海外では、過度のデジタル化を修正する国が目立つ、日本は、デジタル教科書導入を含め、なぜこれほど前のめりになのか理解に苦しむ。

 読売が警鐘を鳴らすことは必要かもしれないが、学校の授業だけで、英語を話せるようになった人がいるだろうか?長年の英語教育の課題をAIが救ってくれるかもしれない。使わない手はないだろう。

 

2026年7月7日火曜日

花だより シルバー世代の活躍の場 キキョウ タチアオイ アガパンサス

                                                  道端で見つけたキキョウとタチアオイ
 
 シルバー世代も体が動くうちは働いた方がいい。年金だけでは心持たない。
 そこで週に3~4日、プールの監視員をすることにしました。監視員は警備員扱いになるということで研修を受けてきました。
 新任警備員教育資料から
 機械はその構造やプログラム等の異常がなければ、実に正確に作業を続ける。ところが人間はいかに健康状態や精神状態が良好で安定しているときでもうっかりミスを犯すものである。ましてや不調であればなおさらである。
 単調な作業の繰り返しになると、本来は四方八方に神経を配り、事故等の発生を警戒しなければならないのに、つい安易に業務を遂行してしまう傾向にある。それが単調になればなるほど、また事故が少なければ少ないほどマンネリに陥りやすい。そのマンネリからミスが生まれる。これらはすべて過去に事故等がなかったから、今度も大丈夫だろうという慢心から生じている。交通事故を起こした人は、「まさか自分がなるとは…」と必ず言う。
 人間は間違う動物であることを知り、その間違いを教訓にして、日々改善を加える努力しなければならない。
 警備員も高齢化が進んでいて、なり手がいない。監視員はみな年金生活者らしい。近い将来、24時間ミスなく警備するロボット(人間のミスを学んでプログラムされた)の時代になるという。学校の先生もそうなるかもしれない。AIロボットに負けないためには、過去の失敗を教訓に新たなことを創造力する独創性だろう。
 単純作業は、一日4時間程度、週3~4日、時給はそんなに高くなてもいい、シルバー世代に任せればいい。

2026年7月6日月曜日

花だより よそ行きの顔をしない雑草が好き 自分らしく エゾキスゲ ヒルガオ ホタルブクロ

 

 


  よそ行きの顔をしない 
           サトウハチロー
 雑草が好きなんです
 よそ行きの顔をしないからです
 とりすましたところがないからです
 勝手気ままにしているからです

 花をつけても ちいさいちいさい花
 それがまた性に合うんです
 どぶのふちの露草なんか
 顔をあわせるたんびに「やァこんにちわ」です

 雑草が好きなんです
 せいいっぱいに生きているからです
 おもいおもいにのびようとしているからです
 それにそれに何より丈夫だからです

  妻が「この冊子にいいこと書いてあるわよ」と言って渡してくれました。
   「私らしく」2026 summer  vol21(再春館製薬所)
       あとがきに“お一人お一人が生き生き「今日も自分らしく」過ごしていただきたい。これが私たちの願いです。”とありました。

 植物学者の牧野富太郎博士は、“この世の中に雑草という草はない。一つ一つ名前がある”と言いました。“教育現場での子ども一人一人を大切にする”ことに通じると思います。
 「雑草のようにたくましく生きる」を信条にしている人もいますが、よそ行きの顔をしないのでかわいくなく、勝手気ままにのびて丈夫だから、すぐに刈られたり、除草剤を撒かれたりします。「雑草のように扱われたくない」と思う人もいます。これも「自分らしく」ということなのでしょう。