書の心
心の邪正(じゃせい)
気の強弱 筆画之掩(ひつがくこれおお)うこと能(あたわ)ず
文字の練習だけでは よい作品は生まれない
大きな緊張に耐える心の修養が欠かせない
これは書家である以上 いつまでも続くことである
書家 高木聖鶴
「大きな緊張」とは、毛筆は硬筆のように消しゴムで消すことはできない一発勝負だからです。その緊張に勝たないと、よい作品を生まれない。その緊張感が、またいいのです。
文字の練習だけでは よい作品は生まれない
大きな緊張に耐える心の修養が欠かせない
これは書家である以上 いつまでも続くことである
書家 高木聖鶴
「大きな緊張」とは、毛筆は硬筆のように消しゴムで消すことはできない一発勝負だからです。その緊張に勝たないと、よい作品を生まれない。その緊張感が、またいいのです。
衆議院議員選挙で新しい政治家が生まれました。テレビ番組で「あなたの政治理念をフリップに書いてください」という場面がありました。「何と残念な字なんだろう?」とがっかりしました。勝手に政治家は達筆だと思っていました。公共施設の看板字は、ほとんど政治家が書いているからです。明治の政治家(西郷隆盛、勝海舟、大久保利通、伊藤博文など)の書が多く残っているのは、宿代や食事代の代わりに書をしたためて置いていったからです。今はそんな政治家はいません。お店も代金を請求せずに墨と紙を用意したそうです。
「揮毫(きごう)」とは、毛筆を使って文字や絵を描くこと。「揮」はふるう、「毫」は毛筆の穂先を意味し、気持ちを込めて筆を振ることを指します。
政治家の皆さんには、字は下手でも「大きな緊張に耐える心の修養」は欠かさないでほしいと思います。

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