NHKの「ファミリーヒストリー」俳優吉岡秀隆編を見ました。純も56歳になります。「『北の国から』の純のイメージが強すぎて役者として悩んだ時期があった。」と振り返っていました。確かに「北の国から」は20年続き、純や蛍が子どもから大人へと成長していく姿をずっと追っていったので、吉岡さんは純のようにして大人になっていったと日本中の多くの人が思っていたのかもしれません。
忘れられないシーンがあります。純が不祥事を起こし、五郎がカバンに入るだけカボチャを詰めて謝罪に行くシーン。そして、ただひたすら頭を下げます。相手役の菅原文太が最後に言ったセリフが「誠意て何だろうね」でした。
この場面、五郎は純を叱ることはありませんでした。
この場面、五郎は純を叱ることはありませんでした。
「手の汚れは石鹸で落ちるけど、石鹸で落ちない汚れっていうもんもある。人生少し長くやってりゃ、そういう汚れもどうしたってついてくる。」(五郎)
『徹子の部屋』 9月28日 倉本聰を偲んで過去に出演した番組を再放送しました。
“子どもの頃、お菓子を万引きして、それが親に見つかり、父親と一緒にその店に行った。父はそのお菓子を全部買って帰った。父は一切叱らなかった。その後、父の事業が失敗し、一文無しになった。財産は無くなったが、父からは多くのことを学んだ。偉大な父だった。と振り返り、これが『北の国から』最終回の五郎の「遺言」につながっている。”(倉本)
『誠意』て何だろう?
このドラマの放送中に、スクールバスから下車して道路を横断中に車にひかれ亡くなった子がいました。当時の校長先生は、その子の担任に「毎日、お悔やみに行きなさい」と言いました。初七日が過ぎ、家族から「もう結構です。」と言われましたが、「まだ、続けなさい」1カ月が経って「学校の“誠意”はよく伝わりました。ありがとうございました。」と家族から言われたと校長に報告すると「月命日には行きなさい」と言ったのです。
『北の国から』の名シーン、名セリフは山ほどあります。「100回の説教よりも、1回の行動(背中)を見せる方が子どもや部下に伝わる」という言葉があります。涙しながら、人生でさまざまな大事なことを倉本聰の「北の国から」をみて学んだ人が多かったのではないでしょうか。
“子どもの頃、お菓子を万引きして、それが親に見つかり、父親と一緒にその店に行った。父はそのお菓子を全部買って帰った。父は一切叱らなかった。その後、父の事業が失敗し、一文無しになった。財産は無くなったが、父からは多くのことを学んだ。偉大な父だった。と振り返り、これが『北の国から』最終回の五郎の「遺言」につながっている。”(倉本)
『誠意』て何だろう?
このドラマの放送中に、スクールバスから下車して道路を横断中に車にひかれ亡くなった子がいました。当時の校長先生は、その子の担任に「毎日、お悔やみに行きなさい」と言いました。初七日が過ぎ、家族から「もう結構です。」と言われましたが、「まだ、続けなさい」1カ月が経って「学校の“誠意”はよく伝わりました。ありがとうございました。」と家族から言われたと校長に報告すると「月命日には行きなさい」と言ったのです。
『北の国から』の名シーン、名セリフは山ほどあります。「100回の説教よりも、1回の行動(背中)を見せる方が子どもや部下に伝わる」という言葉があります。涙しながら、人生でさまざまな大事なことを倉本聰の「北の国から」をみて学んだ人が多かったのではないでしょうか。
*ウェブバージョンでご覧ください。


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