2019年12月27日金曜日

花だより おまえなんか部活をやめろ! ナンテン クリスマスベコニア

  あのときの生徒指導 これで良かったのか?
  ~部活動をやめさせてしまった~

≪事 例≫
 「おまえなんか部活をやめろ!」とテニスコートでA子に叫んだのは、2学期の末でした。学習意欲もなく授業態度も悪いA子。それでも運動能力は高い彼女にとって唯一の居場所が部活動だったと顧問の私の指導にはどうにか従っていたことはわかっていました。しかし、いじめのような他の部員とのトラブルは部全体に悪影響を与えていました。
 それからA子は練習に顔を出さなくなり、不登校になりました。その後万引きをして警察に捕まりました。恵まれない家庭環境とも関係があったのでしょう。あのとき退部を迫ったことがA子を追い込んだのでしょうか。
 *あなたならどうしますか?
◎こうすれば良かった指導
▼部活動を私物化しない
 部活動の運営は顧問に委ねられています。ときに顧問の指導の熱心さが暴走して「力の支配」を招いたり、顧問のさじ加減ひとつで運営が左右され「部活の私物化」にもつながりかねないことを意味します。
 A子に退部を迫ったとき、どこかに「勝利を目指している『俺の部活』だから、それを邪魔する者は俺の判断で辞めさせる」という意識がなかったか。誰のための部活動なのかを考えないまま、「やめろ」と叫んでいなかっただろうか。「この部は部員のためにある」という冷静な判断はできなかったのだろうか。
▼排除の論理につなげない
 校内暴力が吹き荒れた80年代に「腐ったミカンは周囲のミカンも腐らせる」として、「荒れ」を主導する生徒を学校から排除する論理がまかり通り、批判を浴びた。混乱収拾のためにA子を退部させたことは、この排除の論理と何も違わない。家庭環境から考えて、スポーツに触れられる機会は学校以外にはなかったし、部活は運動能力の高いA子にとって唯一自己肯定できる場だったであろう。「やめろ」の前に、厳しく接しながらも成長を持つ解決方法を模索すべきだった。
▼部員同士の解決力に期待する
 部活動という凝集性が高い集団だから、A子も交えた話し合いの場や相互の言い分を聞く機会を設定し、部員同士で関係を修復していく力を期待してもよかったかもしれない。
 ただし、その実現のためには、練習方法・作戦・選手起用などに日常的に部員を参加させていくような顧問の日頃の指導の在り方が問われる。
                     (月刊「生徒指導」11月号)
    

0 件のコメント:

コメントを投稿