2026年3月22日日曜日

花だより お利口さんほどストレスが多い クロッカス

 

    

 温泉に入ったり、旅行に出かけたりしてリフレッシュする人がいます。ある人は、ストレス解消に、パチンコをしたり、お酒を飲んだり、釣りに出かけたり、それぞれがストレス解消法を持っています。しかし、子どもはそれを知りません。自分ではどうすることもできず、それが問題行動として現れてきます。
  《ストレスコントロール》    医学博士 中島 一憲 氏 
 ストレスコントロールとは、お酒を飲んだりしてストレスから逃げることではありません。人生をより充実させて生きていくために、ストレスを自分が成長するための糧として主体的に取り入れていく姿勢が大切です。ストレスと上手に向き合い、ストレスへの耐性を強化しながら、さらに上のレベルを目指していくことがストレスコントロールです。苦労を乗り越えた収穫ほど、人間的に成長させ、深みを増していきます。ストレス発散で他人に迷惑をかけてはいけない。ストレスのない快適な環境をつくる努力をするより、ストレスに耐える心を育てることが大切です。
 子どもは遊ぶことが大切  
 体が疲れてくると、風邪をひきやすくなったり、胃腸がうまく働かなくなったりします。それは「少し休みなさい」というサインです。そういうときは、仕事を早く切り上げて、薬を飲んだり、医者に診てもらって回復を図ります。しかし、心の疲れはどうでしょうか?体のようにすぐサインが現れないので、多少調子が悪くても無理に頑張ってしまいます。
「みんな なかよし」教室によく掲示してある言葉
 「みんななかよし」、これほど難しいことはありません。“いじめのある学級”と“まったくいじめのない学級”の子どものストレスは、“いじめのない学級”の方が強いと言われています。子どものストレス発散は、わがままな行動や自己中心的な行動として現れるのが特徴です。いじめているという意識がないままに、ある一定の子どもに攻撃的になったり、また、必要以上に親に甘えたりするのです。“いじめのない学級”には、先生や親の言うことをよく聞く、お利口さんが多いのです。
 お利口さんほどストレスが多い 
 高学年になるとお母さんにべったりくっついて甘えることもできない。友だちのいやがることをしてはいけない。先生の言うことは、きちんと聞かなければならない。親の期待に応えなければならない。いつも良い子でなければならない。と思えば思うほど子どもにストレスは、たまってきます。本来子どもは、休み時間汗びっしょりになって遊んだり、家に帰っても暗くなるまで外で遊んで、兄弟げんかをしたりしてストレスを発散するものなのです。
 あれしちゃダメ、これしちゃダメとあまり言わないことです。

2026年3月21日土曜日

花だより 今の子どもは読解力がない クサボケ 

 

 

  読書が育む 推論力・語彙力  今井 むつ 慶応大学名誉教授
 「14人の子どもが列に並んでいます。Aさんの前に7人います。Aさんの後ろには何人いますか?」 小1の算数の問題だが、3年生の正答率は28%、4年生で50%、5年生でも25%は間違えた。14-7=7の答えが多い。数字を使って計算式を作り、間違いなく計算はできても、A本人を表す数字「1」を計算式に入れることを思いつかない。文章が何を聞いているのかを理解して、書かれていない数字を自分で補うことができない。
 読解力とは何か? 文章には直接書かれていないことも自分の知識の枠組みを使って補足しながら、何を言おうとしているのか推論していくこと。推論は文脈によって変わる言葉の意味を考える場合などにも必要である。良い推論のできることは、良い読解につながる。
今の子どもは読解力がない」と言われるが、読解力には段階がある。
 ◎第1段階~文のレベルで情報を正しく解釈できる。 
 ◎第2段階~自分の知識を使って直接書かれていないことを補い、文章全体を正しく読み  
       取れる。
 ◎第3段階~文章全体のメッセージを自分の知識に関連付け、新たな思想を生み出せる。 
 最初の段階につまずいていないか留意する。そこで手助けをしていけば、あとは自分の力で次の段階に行ける。人間は推論能力の塊だから、読みたいという意欲があれば、自分でどんどん読んでいく。
                読売新聞 3月20日 「読解力フォーラム」より

 


2026年3月20日金曜日

花だより 入学式の意味・ねらい フクジュソウ

 



 
 卒園式(卒業式)が終わると次は「入学式」です。5歳児は、もうランドセルを背負ってうきうきです。
 入学式は、子どもの成長と自立の節目を祝い、家庭・学校・社会との「つながり」を確認する儀式です。新しい生活への期待と不安を抱える新入生に安心感を与え、前向きに学習・学校生活をスタートさせる心構えを促す場として、学校や大学の教育活動において重要な役割を持っています。
 朝は「入学式」の立看板の前で家族で写真を撮る列ができます。スタジオで記念写真を撮る家庭もあります。最近は、写真撮影をするのが主な目的になっています。
 ~入学式の意味・ねらい~
成長と節目を祝う:子どもが自立し、新しい環境へ一歩を踏み出すことを祝福する記念すべき日です。
安心感と前向きな動機付け:不安な気持ちを解消し、「これから学ぶぞ」という期待感ややる気を引き出す。一部では、親しみやすい演出で緊張を笑顔に変える取り組みも行われている。
社会性・帰属意識の醸成:学校という共同体の一員になった自覚を持たせ、式典(国歌・校歌斉唱、式辞など)を通じて規律や所属意識を育む。
つながりの確認:学校、教職員、保護者、地域社会が連携し、新入生を歓迎・支援する体制を示す。
教育のスタート:新学年の学習活動の始まりとして、目標を持って学問に取り組む姿勢を示す場です。 ですから、こども園では、卒業式の取り組みと同時に小学校に入学する意味や心構えも教えています。
 ところが最近の入学式(入園式)は、わが子と親がドレスアップして「ばえる写真」を撮ることに終始する。それもわが子中心に撮影する傾向があります。きちんと座っていられない、落ち着きがなく話を聞いていなくても、そこに親は目を向けません。最近のこども園の入園式は、親の満足のためにあるようなものです。

2026年3月19日木曜日

花だより なぜ、園だよりを出すのか? パンジー こぶし

 

  

  なぜ、学校だより(園だより)を出すのか?
 「学校便り(園だより)を読む保護者は少ない、出しても無駄?」と言われたことがありました。
 斜里朝日小学校と網走潮見小学校時代、学校便りを中心に載せていたホームページが全国小学校HP大賞の優秀校に選ばれたことがありました。その審査委員の大学の先生が、「読む人が3割いれば十分です。そして、出し続けることが大事です。その3割の保護者が学校の見方(応援団)になってくれます。」と教えてくれました。
 4月、校長室の窓をたたく中学生がいました。3月に卒業した女子です。「うちのばあちゃんが、『校長先生のお便りが読めなくなって残念だ。』と言うから、『私がもらってきてあげる。』と言ったんだけど、いいですか?」と言うのです。心がホットステーションになりました。
 ~学校(園)便りを続けた理由~
「校長先生のお便り読んでいます。いつも上から目線で、その通りにはならないことの方が多いと思います。」と言われたこともありました。
 「読んでいただいて、ありがとうございます。教育(子育て)は、思い通りにはいかないものです。教育学者や子育ての専門家が言っていることを紹介することで、少しでもお役に立てればと思っています。」と返信しました。また、「最近、転ばないように妻と手をつないで歩いている。」と書いたら、「一人転んだら、二人とも転ぶから気を付けてね。」と注意されました。お気遣いに感謝します。
 「お便りを製本するので今までの通信を持ってきてください。」とお願いすると、醤油をこぼした跡やごはん粒の付いた通信がありました。「夕飯を食べながら読んだのかな?」と思ったりしました。今は紙面から画面で見る時代になり、通信も様変わりしました。「年寄りのつぶやきは、今の人の若い人には響かないかな?」と思うようになりました。もう潮時です。


2026年3月18日水曜日

花だより パステルカラーのランドセル キリンソウ デイジー

 

 
 
   パステルカラーのランドセル 
 店頭にカラフルなランドセルが並んでいますが、購入時期は、お盆あたりだそうです。昔は、男子は黒、女子は赤と決まっていましたが、今は、パステルカラーが主流です。
「○○さんは、ピンクのランドセルなんだね。」と言うと「ピンクでもいろいろあるんだよ。」
「わたしのは、ローズピンクだよ」
 他にベールピンク、コーラルピンク、ホットピンクなど多数
「誰に買ってもらったの?」
「おばあちゃんだよ。机はおじいちゃんで、お洋服は、もう一人のおばあちゃんで、お母さんも洋服買ってもらったよ。」
「入学ってお金かかるんだね。何年生までランドセル背負うの?」
「う~ん、3年生くらいまでかな?その後は、リュックを買ってもらうんだ!」
「せっかくおばあちゃんが素敵なランドセルを買ってくれたんだから、6年生まで使ったらいいんじゃないの?」 
「それは、無理!」
 5年生以上になるとランドセルを背負っている子はほとんどいなくなってしまいます。スポンサーのおじいちゃんとしては、もっと長く使ってもらいたいものです。教科書が大きくなって、タブレットも入るし、文房具を痛めることなく収納でき、動きやすい多機能なランドセルは小学生にはぴったりです。
「校長先生、安心して。古くなったランドセルは、海外で使われているんだって。テレビでやってたよ。これも国際貢献だよ!」(リュックを背負った4年生女子) 

2026年3月17日火曜日

花だより 大塚国際美術館と「書画展」 

  


 退職と古希の祝いを兼ねて、孫が徳島にある「大塚国際美術館」に連れて行ってくれました。生きている間にルーブルよりも大塚国際美術館に行ってみたいと思っていました。世界中の美術館、聖堂に行かなければ出会いない名画を陶板の複製とはいえ、全部ここで観ることができるのです。ミケランジェロ、ダビンチ、ラファエロ、ゴッホ、ピカソなどなど、圧倒的なクオリティとスケールに驚愕です。大塚さんと孫に大感謝です。
 丁度、自作の「書画展」の最中でした。恥ずかしくもなくやったものだ。と反省しています。地方紙で取り上げてくれたので、音信不通になっていた同級生や元同僚から、相変わらず描(書)いているのですね。と連絡が来ました。


             

2026年3月16日月曜日

花だより 校長室の休み時間 白梅 ゆきやなぎ

 


  女満別空港で教え子の○○君(あだ名はモッチ)のお母さんに会いました。
「牧野先生ですよね。モッチがたった今、東京の大学に行ったところです。会わせたかった、残念です。モッチは先生のことがずっと好きでした。」と言われたのです。モッチを担任したのは3年生の時です。他の子は、休み時間になると背中に乗ってきたり、膝の上に座わりにきたり、足にしがみついたりして「先生、遊ぼう、遊ぼう」とせがむ中で、モッチは遠くから眺めている子でした。担任を外れて転勤してからもずっと年賀状を送ってくる子でした。今はオホーツクの北の町の役場職員をしています。
 「先生、先生」と寄ってくる子は、担任がかわるとすぐに新しい先生に懐きます。そういう子は「小一ギャップ」にはなりません。その方が健全なのです。「園長先生大好き!」と言っていたYSさん、4月に小学校で会ったときは「園長先生!」と飛びつてきましたが、12月に会ったときは「ふん?」という感じでした。しっかり小学1年生になっていたので安心しました。
 校長室にゲームやおもちゃを用意して、休み時間に子どもたちを迎える校長先生がいます。それが「いい校長先生だ」と評価する人もいますが、私は反対です。「校長室は何のためにあるのか?」ということです。校長室のつくりは、他と違って少し豪華になっています。応接セットがあります。調度品が置かれ、歴代の校長の肖像がにらみを利かせているのが校長室です。
 休み時間は、友だちとグラウンドや体育館で遊ぶのが普通です。それが校長室に1人でくる子は学級でなじめない子です。教頭先生に「あの学級は大丈夫か?」と担任を指導するように言います。何か満たされないと他の子と違う行動を取るからです。
 担任が手に負えない悪ガキAが校長室にやって来て、ソファに寝転がるようになりました。校長室の居心地を悪くするために「論語」を読ませることにしました。すると児童館の先生から「校長先生、Aくんに論語を教えているんですか?
『人を外見で判断してはいけない』と論語に書いてあるの知ってる?」と言われたと言うのです。
 Aは母親が再婚して転校していきました。Aから手紙が来て「今度の学校の校長先生は、校長室に行っても論語を読めとは言わない。」とありました。
 手紙と言えば、網走市潮見小学校に赴任した時の3月、斜里中学校から親展の手紙を届きました。中にもう一通、かわいい絵柄の封筒が入っていました。
~牧野校長先生、お久しぶりです。小学校でお世話になった○○です。中学校を卒業するにあたり、お世話になった先生や思い出にある先生に手紙を書くことになり、私は牧野校長先生に手紙を書くことにしました。◇小学生のとき、校長先生は、いつもおもしろい話をしてくれるので、休み時間になるとよく校長室に行っていました。そのことを思い出したからです。斜里中に来てからは、校長室に行くことはありません。それは中学生なので仕方ないことです。◇3月14日が卒業式です。そして、4月からはたぶん高校生です。いろいろなことにチャレンジしていきます。校長先生もがんばってください。~
 思いがけない手紙でした。斜里朝日小学校には2年間だけの在職でした。○○さんは、当時小学5年生で口数の少ない大人しい子という印象でした。その子から4年経って手紙が来るとは思ってもいませんでした。どんなおもしろい話をしたか覚えていませんが、休み時間に校長室に来るのは何かあったのだと思います。“中学校では校長室に行くことはなかった”と書いてあったので安心するのと、立派に成長したことにうれしく思いました。素敵なお嬢さんになっていることでしょう。

2026年3月12日木曜日

花だより 「心の強い子」「がまん強い子」に育てる  キランソウ ムラサキハナナ

 

  「心の強い子」  ~自分の道を切り開ける子に育てる~ 
 子どもの心を強くすることは、挫折しても負けない気持ちの強さを育てるということになります。周囲の安易な空気に流されない心を育てるということです。自分の行くべき方向が見つかったら、迷うことなくその道を進めるということです。そういうへこたれない心の強い子だけがいつか自分の夢を手繰り寄せます。
 人間は打たれ強くなくてもいいのです。打たれ弱かったら、その弱さをカバーする方法を自分で見出せばいいのです。
 とても素晴らしい才能を持ちながら、がまんしてそれを育てることをしないで、安易な方向に流れてしまって結局芽を出せなかった人は数知れません。
 がまん力のない子は、順番を待つことやルールを守ることができず、小学校や幼稚園での集団生活に支障をきたしたり、欲しいものがあったときに、「買って、買って!」とダダをこねたり、自分の思い通りにならなければ、いわゆる「キレる子」になってしまいます。そうならないためにも、幼少期の子どもに「がまん」を教えることです。
 4歳ころから自制心が育ち始めます。頭ごなしに禁止するのではなく、なぜダメなのか説明し、気持ちを切り替えさせる。待てた時は褒め、徐々に我慢すの経験を積み重ねることです。がまん力、そして、心の強さは、親が子どもに与えることのできる素晴らしい贈り物なのです。是非、お子さんをがまん力のある、そして、心の強い子に育ててほしいものです。その子の未来は滔々(とうとう)と開けていくはずです。

2026年3月11日水曜日

花だより 教室での生成AI使用、ほったらからしで大丈夫? ハルリンドウ キランソウ

 

  ~霞が関だより~
     文科省教育課程課長 武藤久慶氏
   教室での生成AI使用、ほったらからしで大丈夫?
 生成AIの進化が止まりません。文科省がガイドラインを策定した当初は年齢制限もあり、個別にアカウントが必要でしたが、現在では検索エンジンが実装され、検索結果の上部にAI要約が自動的に表示されるようになりました。学習者はこれをコピペし、別のAIアプリを活用して見栄えのするスライドを作成することができます。一見きれいなプレゼンですが、子どもが頭を使わなくなるとの批判も出ています。脳の負担が減って効率化できる一方で、過度な依存は記憶力や批判的思考力の低下を招くリスクがあります。
 とはいえ、そこに端末があってAIが使える状態では、学校で少々禁止したからといって子どもは私用端末で簡単に使うことができてしまいます。それではどうすればよいか。私見として断った上でシンプルに2つ申し上げます。
1 AIの賢い使い方を具体的に指導する。例えば、プラウザのAI要約には引用ページへのリンクが付いているので、それを一つ一つたどり、情報源が公的な機関なのか、また、いつの情報なのか、古くないかも確認させる。あるいはAI要約を別のAIに検証させ、その結果を更に分析する活動を取り入れる。こうしたプロセスを経てから、自分が理解でき、納得でき、説明できるものだけを組み込むように指導し、出典を明記するように徹底する。
2 評価を徹底する。学習の途中ではAIを活用し、観点や情報を整理することも許容するが、最終的には子どもが地震の考えとして発表・執筆できるかを評価します。例えば、スライドを読み上げるのを禁じる。ノー原稿で話すようにする。テストモードを活用し、AIなしで書かせる評価する等、AIは、自分が賢くなるための学びの道具であることを明確に指導し、最終的には生徒自身に知識を外部に表現する活動を意図的に取り入れる。ねらいを明確にした上での「指導と評価の一体化」です。そうした根幹を抑えたうえで、細かい工夫を取り入れることが肝要です。
 デジタル学習基盤は学びのインフラですが、物事には必ず正負の両面があります。今後はデジタルのメリットとともに、マイナスの事例も積極的に発信し、デジタルを賢く使って、リアルな学びの充実につなげたい。

2026年3月10日火曜日

花だより 円滑な学級経営の土台「クラス替え」  スイセン クサボケ

 


 
  円滑な学級経営の土台「クラス替え」 
 クラス分けで重要なのは、偏りのない学級編成です。学力レベルをそろえるために学習評定などをもとに均等化を図る必要があります。
 小中学校の学級編成は「義務教育標準法」に基づいて行われます。法律が制定された昭和33年、1学級の児童生徒数は「上限50人」と定められ、以後「45人」、「40人」と少人数化が進み、令和7年にはすべての小学校で「35人学級」が実現しました。中学校でも順次少人数化が進められています。
 「標準法」制定以前は50人以上が“すし詰め”状態でした。同じクラスに所属しながら席が離れた相手とは口をきく機会も少ないまま卒業というケースも珍しくありません。
 35人学級(実際には1教室に30人前後)となった今は、子どものたちの距離は縮まり、グループを組んでの話し合いができ、担任も一人一人に目配りができる状態になることが望ましい。
 教室の様子を戦後80年の幅で見ると、児童生徒、座席の配置、教師との距離は大きく様が割りました。
 年に1回、学級をリセット 担任も変わる
 「クラス替え」は、以前は“持ち上がり”も含め「2年に1度」が一般的でした。最近は「年に一度」が一般的でした。最近は「年に1度」実施する学校が増えています。
 このため、4月に新しい学年に入るとクラスメートの多くが入れ替わり、担任の先生も代わり新学年がスタートすることになります。
 リセットのメリットは、学級の雰囲気は一変し,フレッシュな気持ちで学習ができる。新しい友だちができる。前のクラスではできなかった役割や経験ができる。苦手な相手とは離れることができる。
 反面、新たな人間関係になじめずストレスがたまり、前のクラス仲よしグループが休み時間に集まるといった光景が見られ、新たな環境が定着するのはGW明けともいわれている。
 ところがクラス替えができるのは都市部の学校だけで、少子化により、地方では学年2学級、1学級の学校がほとんどで、幼稚園(こども園)から中学校まで人間関係が変わらないのです。
       『日本教育』 2・3月号 「がっこうはじめてものがたり」から
 

2026年3月9日月曜日

花だより 裁量的な時間、使途を整理 「学習枠」「研修枠」を設ける

 


 教育をめぐる動き 文科省・中教審教育課程部会
  裁量的な時間、使途を整理 「学習枠」「研修枠」を設ける
 文科省は1月、中教審教育課程部会の総則・評価特別部会を開き、次期学習指導要領で導入する小・中学校の教育課程を柔軟に編成できる「調整授業時数制度」の具体案を示した。
 各教科の標準授業時数については、学校全体で調整できる上限幅や対象範囲を明示し、削減した時数を「裁量的な時間」として再配分する制度設計を打ち出した。
 内訳は「学習枠」と「研究・研修等枠」に整理した。学校ごとの判断で学習内容や指導体制を組み立てやすくすることで、児童・生徒の実態に応じた教育課程の実現を制度的に後押した。教科ごとに定められた標準授業時数を一定の範囲で下回ることを認め、その分の時数を別の教科への上乗せや、学校独自の教育活動に充てることができるようにする。
 現行制度では小6で最大85コマ、中3で76コマが上限だったが、これらを上回る調整幅を検討する。(月刊「日本教育」 2・3月号より)
 これを学校現場をどう受け止めるか?学校裁量と言いながら、これまで様々な制約を受けてきた。

2026年3月8日日曜日

花だより 「手書き離れ」に危機感 ねこやなぎ 紅梅

 

 AI(人工知能)を始めようとする教育現場でのさらなる活用は、2030年度以降の学習指導要領を検討する中教審でも議論が進んでいる。
 2月に開かれた英語分野の部会ではAIが英会話の練習や英作文の添削などに利用できるとして、指導要領にデジタル活用を明記する際に「AI活用は有効」と示す方針を確認した。
 他の教科でもデジタル活用が検討されている。別の部会では、小学2年の国語でローマ字入力の「タイピング」を体験する学習を導入する案が示された。「文字を書くこと」の学種の一環という位置づけだという。
 しかし、現場には「手書き離れ」への危機感がある。端末導入前と比べて漢字の書けない子どもが増えたので、国語で意識的に手書きを増やしている。なぜなら、手書きには、脳全体特に記憶や思考に関わる部分を活性化させ、記憶の定着率や集中力やを高める科学的な効果があり、手と指の複雑な動きと紙との触感が脳に強い刺激を与え、ストレスの軽減や思考の客観視や目標の向上にもつながる。手書きは学習の基本だからだ。 
 中教審は夏ごろに審議の方向性を示す予定だという。(読売新聞3月5日)

2026年3月7日土曜日

花だより 手をつなぐことの意味 辛夷(こぶし)

  


 2月の園内研修は、1年間の保育の成果について交流しました。
 0歳ひよこ組の担任から「お友だちと手をつなぐことができるようになりました。」と報告がありました。手をつなぐのは、園では当たり前のことだと思うでしょうが、1歳児にはとてもハードルが高いのです。集団生活の中で、毎日毎日の繰り返しの中でできるようになるのです。家庭ではできないことです。
 ひよこ組の保育室からゆうぎ室まで数メートルしかありません。入園当時は、先生が抱っこしていました。それが段ボールのマイカーに乗って引っ張られてゆうぎ室まで来ていました。それが今では、お友だちと手をつないで歩いて行けるまでに成長しました。特に乳幼児は、大人と手をつなぐことはできても、お友だちと手をつなぐことには抵抗感があります。手をつないで歩けないと散歩に行けません。避難訓練などの集団行動ができません。手をつなぐとは自分の安全を守るために必要なことなのです。これは、こども園の集団生活の中で身につくことです。しかし、その指導は簡単ではありません。
 手をつなぐと、◎相手との一体感や愛情を感じられる ◎ストレスが軽減される ◎安心感を獲得する ◎信頼関係が向上する ◎痛みが緩和される ◎脳波の同調といった様々な効果があります。これらの効果は、「幸せホルモン」の分泌が促進されると科学的に示されています。
 最近、妻と手をつなぐことが多くなりました。その理由は、冬道は滑りやすく転ばないようにするためです。

 

2026年3月6日金曜日

花だより 卒業式再考 クロッカス 網走湖のワカサギ釣り

 


 北海道の多くの小学校の卒業式では、卒業生は中学校の制服を着ます。ところが最近は、派手な衣装に変わってきています。学生の制服はフォーマルウェアです。冠婚葬祭これ1着で間に合います。経済的にも家計の負担軽減になります。先人たちの知恵だったかもしれません。また最近の式自体がセレモニーではなくイベント化しています。成人式(成人の集い)がそうだからでしょうか?
 改めて卒業式を考える
 卒業式は、教育課程の修了を認定し、卒業証書を授与することで、子どもたちの成長を祝い、新しい生活への門出を励ます重要な節目です。これまでの生活を振り返り、感謝の気持ちを育むとともに、義務教育や園生活の締めくくりとして、自立と自信を育む「儀式的行事」のねらいがあります。ですから、何日も前から卒業式の練習をします。
 ~具体的な意味とねらい~
1. 学業の修了と成長の認定「卒業」の節目: 義務教育や園生活の課程をすべて終了したことを認め、学校長から卒業証書を授与される。「卒業証書授与式」と呼ばれています。
成長の実感: これまでの学校生活を振り返り、自身の成長や達成感を実感する。
2. 新しいステージへの準備と旅立ち中学校への覚悟: 次のステージに向けて、身も心も引き締め、自立心や準備の姿勢を促す。
未来への期待: 寂しさを抱えつつも、新しい環境や生活への希望を持たせる。
3. 感謝と絆の再確認し、支えてくれた人への感謝: 教職員、保護者、地域社会へ「ありがとう」を伝え、周りの存在の大きさに気づく。
友情と団結力: 在校生や友人との思い出を振り返り、絆を深める。
4. 厳粛な雰囲気による情緒教育礼儀とマナーの経験: 非日常的な「厳粛」な雰囲気を体験し、礼儀や集団行動の規律を学ぶ。
 来賓として他校の卒業式に参列することがあります。「卒業式を見れば、その学校の教育力が分かる」と先輩校長から言われてことがあります。
 卒業式は当日だけの儀式ではなく、その取り組みが大事だということです。決して「ばえる写真」を撮るためのものではありません。

2026年3月5日木曜日

花だより 他校の卒業式ではじめて泣いた タチツボスミレ ムラサキケマン

 

  他校の卒業式ではじめて泣いた
3月1日 訓子府高校の卒業証書授与式に参列しました。
 ~答 辞~
「私は、高校生活は楽しいものだと思って入学しませんでした。」
 それを裏付けるように校長先生の式辞では「皆さんは、順風満帆な高校生活を送ったわけではないでしょう…」と語りかけました。
 答辞を読んだ生徒は、訓高のオープンスクールの時、「校長先生(北見北小)ですよね。」と声をかけてくれた子でした。小学校3年生の時の校長を覚えてくれていたのです。
「どう、訓高は?」と聞くと「めっちゃ!楽しいよ。」と明るく答えました。それから、こども園との交流やインターンシップにも来ていました。高校進学に当たり相当悩んだそうですが、生徒会長になり、卒業生を代表して答辞を務めるまでになりました。
 毅然とした態度で答辞を読み始めましたが、途中から言葉が詰まり、涙声になりながらも最後まで読み切りました。AIで文章を作成したわけではないでしょう。アナウンサーのような流暢な語りではなかったけれども、高校生活を振り返り、周囲の人たちへの感謝を自分の言葉で綴られていました。すると校長先生一人が大きく拍手し始め、それが会場全体に広がりました。
 帰り「立派な答辞で感動したよ。」と声をかけ、進路を訪ねると「保育士になる専門学校に進みます。」と答えました。

2026年3月4日水曜日

花だより 節目を大切にする日本人の心 桃の花 キブシ

 

 
  □節目を大切にする日本人の心□日本の五節句□
◎人日(じんじつ)/陰暦正月7日「七草がゆ」
◎上巳(じょうし)/陰暦3月3日「桃の節句」
◎端午(たんご)/陰暦5月5日「端午の節句」
◎七夕(たなばた)/陰暦7月7日「七夕祭り」
◎重陽(ちょうよう) /陰暦9月9日「菊の節句」
 9月9日の重陽の節句はなくなりましたが、他の節句は現代まで伝わる行事です。
 初節句のひな祭りは、身のけがれを祓う災厄除けの行事です。
 ひな祭りは、平安時代に高貴な生まれの女の子の厄除けと健康祈願のお祝いとしての「桃の節句」が、江戸時代になって庶民の間にも定着して行われるようになったお祝いです。
 ですから単なるお祭りではなく、お七夜やお宮参りと同じく女の赤ちゃんのすこやかな成長を願う行事、いうなればお雛さまは、赤ちゃんに降りかかろうとする災厄を、代わりに引き受けてくれる災厄除けの守り神のようなものです。気持ちの問題ですが、省略せずにきちんとお祝いしてあげたいものです。
 最近のひな人形は、5段、7段飾りは姿を消して、コンパクトになりましたが、スポンサーの祖父母は変わりません。バレンタインやハロウィーンより、日本伝統の節句を大切にしてほしいものです。
 ~3月3日~
 「お雛様だから、今日はごちそうだよね」とお姉ちゃんに言ったら、「男は関係ないの!」と言われた。「そしたら、5月5日は、女は関係ないんだよね。」と言ったら「バカだね。子供の日だもの、男も女も一緒でしょ」と勝手なことを言っていた。 
『桃の花』言葉は、「気立てがよい」です

2026年3月2日月曜日

花だより 端切れのひな人形 桃の花 タチツボスミレ

 

   ひな人形  
 「3月4日にね、お雛様の片付けしたよ。早くしないとお嫁に行けないんだって?」
「ひな祭り」、「桃の節句」、「弥生の節句」などとも呼ばれています。これは千年も前の昔、中国から伝わってきたものです。昔は、今のような「おひなまつり」と違って、悪い病気にかからないための行事でした。粗末な紙人形を作り、その人形で体をなでてお祓いをしてから、川へ流してしまうと病気にかからないと考えられていました。これを「ひな流し」といいますが、後に流される「おひなさま」のほかに、飾る「おひなさま」を作りお祭りするようになりました。これがひな祭りの始まりです。
 今では立派で豪華な雛人形がデパートに並べられています。それをおじいちゃん、おばあちゃんが孫のために買うようになりました。
 雛人形を買う余裕のない我が家では、3月3日が近づくと妹は母と一緒にハギレを使って雛人形を作りテレビの上に飾っていました。母は娘に買ってやれなかったので、孫のためにと年金を貯めて狭い家には不釣り合いの雛人形をそろえてくれました。
 節分、桃の節句、端午の節句は、それぞれに自然をたたえ、生物をいつくしみ、子どもの健やかな成長を願う意味が込められています。高価なものをそろえるというだけでなく、こうした日本人の節目を大切にする風習は、各家庭で大事にして、次の時代を担う子どもたちに受け継ぎたいものです。

2026年3月1日日曜日

花だより お金について学ばせることが大事 雪解けの森

 



 ・¥・お金について学ばせる・¥・
 貯金通帳を見ることによって、子どもは自分のお金が管理できるという自信を持ちます。驚くのは、自分のお金の収支を合わせることのできない大人があまりにも多いということです。そうならないように、子どものうちからお金の収支を合わせる技術を教えるべきです。
 自分で稼いだお金とお小遣いを合わせて、その何割を貯金に回すかを子どもと相談していっしょに決定することです。子どもを銀行に連れて行って基本的な取引の様子を観察させ、金融用語に親しむように指導することが重要です。ただし、子どもからお金を借りてはいけません。親が返済できなかったり忘れたりした場合、子どもはそれを簡単には許してはくれません。
 お金を稼ぎ、貯め、管理することによって生まれる自信を子どもに持たせましょう。子どもにはお金に関する決定をさせ、金融の手続きを学ぶ機会を与えることが重要です。子どもは「お父さんとお母さんはぼく(わたし)のことをよく考えてくれているからこそ、将来、自立するときのために準備をするのを手伝ってくれている。」という思いを抱いて成長することができます。
 「お年玉もらった?」「うん、お母さんのバックの中にあるよ」

2026年2月28日土曜日

花だより こども園は変わらない? 寒緋桜 流氷が去ったオホーツク海



 腕時計に話しかけると、「流星号」という未来の乗り物がやってくる。子どもの頃(60年も前)そんなテレビマンガがありました。家事は全てロボットがやる。そんな未来がやってくる?とワクワクしながら見ていました。それが今、腕にはアップルウォッチが巻かれ、お掃除ロボットが勝手に家の中を回り、車はハンドルから手を放しても安全に運転するようになりました。ドローンは、ドラえもんのタケコプターのようなものです。それどころかAIの進歩はすざましく、作曲も画像も瞬時に作成します。あの頃の夢をはるかに超えています。どこまで進歩するか恐ろしいです。
 それに比べて、こども園の毎日の生活は、昔とほとんど変わりません。絵本や紙芝居の読み聞かせ、歌を歌って、踊って、お散歩に出かけ、おやつを食べ、給食を食べ、お昼寝をします。必ず泣き声が聞こえます。それ以上に笑い声があります。先生の叱る声、褒める声もあります。超アナログの世界のままです。どんなに時代は変わっても、変わらないのかもしれません。子育てに効率的で手っ取り早い方法などないのだと思います。子育ては、毎日の地道な積み上げが必要なのです。それをこども園では、毎日毎日繰り返しているのです。

  


2026年2月26日木曜日

花だより 偉大な教師は、子どもの心に火を付ける フリージア ハナナ

 

 

  ~子どもは尊敬する人からしか学ぼうとしない!
 小学校の調理実習のとき、担任の先生に「あなた包丁使い上手わね!」と褒められたことがきっかけで料理の道に進みました。料理研究家 星澤幸子先生の講演会で聞いた話です。学校の先生の影響力と責任を感じずにはいられません。
 ◇保護者の率直な声◇
○○先生が担任になってくれたらいいのに…
○○先生が担任でよかった
○○先生が言うのだから、間違いない、だいじょうぶ・・・ 
○○先生は、厳しかったけれども、いつも私たちのことを考えてくれていた…
○○先生のお陰でうちの子は積極的になって、小さい頃から夢だった◎◎になれました。
○○先生にあこがれて、うちの子は学校の先生になりました。
 “開かれた学校”“学校の説明責任”を果たすと言いながら、なかなかそれができていないことに気が付きます。求められている“魅力ある教師”とは、教育に対する情熱と子どもへの深い愛情を持ち、子ども一人一人に寄り添った指導ができる教師です。そして、子どもや家庭・地域から信頼される教師です。
 「教育は人なり」といって教師個人の資質によるところが大きいものです。それと保護者と教師との信頼関係が大切なことは言うまでもありません。信頼関係を築くためには、まずコミュニケーションが大切です。互いのことを知らないと信頼関係は築けません。

2026年2月25日水曜日

花だより 人は死して名を遺す 訓子府で一番好きな場所

 

         

   「人は死して名(功績)を遺す」
 いよいよこども園の園長も退任することになり、自分は何も自慢できる功績など残せなかったなあ~と思っていました。
 過日、園長最後と知った網走潮見小学校の同僚が会いに来てくれました。
 彼が言うには、潮見小学校で牧野校長と出会ったことが、管理職の道を進むきっかけになったというのです。とても優秀でアイディアマンで改革派の先生は、次々に学校改革案を持ってきました。私はただ、「いいですね。やりますか?」と言っていただけです。
 そんな彼が、その後校長になり、指導監を務めるなど、今や管内教育を背負って立つ校長先生になりました。こうした先生を生んだきっかけの手助けになったとしたら、これは功績と言っていいのかと思い、自分もまんざらではないかな?と思いました。
 先日、教頭先生への講話で「管理職として大事なことは全て先輩校長から学んだ」と題して、木目澤一三教育長、長塚好和校長、立木謙二校長、平野嘉子校長、瀬尾 徹校長、佐藤典男校長から学んだ話をしました。そして「教頭のなり手がいない問題」について、「担任は自分のクラスの子にしか影響力を与えることができないが、校長になったら学校中の子どもに影響力を与えることができる。そのために教員の指導する。校長とは何と素晴らしい、やりがいのある職ではないか」という話をしました。自分には功績はなくても、偉大な先輩の功績を次の時代を担う教頭先生に伝えたかったのです。
 

 

 





2026年2月24日火曜日

花だより 1000円床屋さんの親子連れ 流氷と知床 網走湖のワカサギ釣り

 

 

 「15分カット」1000円床屋さんが1300円になり、4月からは1400円になるらしいのですが、物価高でしょうがないと諦めるしかありません。それでも安いので土日は込み合っていて待ち時間が結構あります、
 お母さんが横にぴったりついて4・5歳の男子がカットされていました。理容師さんが「これくらいでどうですか?」と母親に確認すると「う~ん、ここはもう少し…」と細かく注文を付けるので、何度も何度も確認していました。前回も同様な親子を見ました。今はこれが当たり前なのかと見ていました。終わるとお母さんは、見ていた絵本を片付けるように言いました。さすが細かいお母さんだと思いましたが、その子は、逆さまで背表紙を奥にして棚に入れました。そこは注意なしです。それを見ていた次の男の子がその絵本を元通りに直しました。親の「しつけ」、親の役割とは何ですかね。


2026年2月23日月曜日

花だより 子どもにオリンピックを見せる 芹(セリ)

 


 勝利の女神はまたも振り向いてくれなかった。
  練習も靴も情熱も…すべてを1500mに注いだが、「金」は遠く
 スピードスケート女子1500mで高木美帆選手は6位に終わり悲願の金メダルにまたも届かなかった。
 4年に一度の冬季オリンピックが終わりました。この2週間、歓喜や安堵、無念、ぼう然と勝者と敗者が織りなす喜怒哀楽に心を揺さぶられました。
 金メダル確実と言われた選手がプレッシャーという五輪の魔物に魅入られて惨敗したかと思えば、初出場最年少金メダリストが誕生しました。天候に左右されたり、採点方法に疑問符が出たり、これがオリンピックなのかと思いました。
 今回は特に、スキージャンプ混合団体で銅メダルを獲得した高梨沙羅選手の絶望から喜びの涙、重ねた精進の結晶に感動しました。浅田真央選手に憧れてフィギュアスケートを始めた選手が銅メダルを獲得しました。ノルディック複合の選手は、「自分たちがオリンピックで活躍することで子どもたちに関心を持ってもらいたい」とコメントしました。今回はイタリア開催で夜中のlive放送でしたが、これから何回もダイジェストが放送されます。
  「100回の説教より、感動する名場面の方が効果がある」子どもたちには、絶対見てほしい。若い選手が次々出てきました。4年後がまた楽しみでなりません。
 ただ残念なのは、選手への誹謗中傷が後を絶たなかったことです。信じられません。

2026年2月22日日曜日

花だより TTは「1+1=1」  寒緋桜 黄梅

 

 
 「教育は人なり」言い尽くされた言葉ですが、「教育は金なり」という言葉の方が当てはまるのではないかと思います。
 学校にTTが導入されるとき、「1+1=2ではなく、1+1=1にする。」と言われました。「本来一人の教員がやるべきことができなくなり、チームでそれを補うのがTTの考えだ」というのです。また、「総合的な学習の時間」ができたとき、「教科書のある教科指導すら満足にできない教師に、一からカリキュラムづくりをする高度なことが教師にできるはずがない。また、そんな時間などない」と言った教育評論家もいました。なんと教師は低く見られたものだと反感を持ちましたが、現状は「1+1+1=1」になるくらい深刻です。
 「教育は人なり」と教師の尻を叩くだけで今日の課題は解決しません。国が教育に力を入れるとは、予算をつけることですが、総枠はあまり変わらないので、どこか増えるとどこかが減らされます。そして、問われるのが費用対効果です。例えば「加配によって、学力は上がったのですか?」と問われますが、いやいや教育力とは、道路整備のように目に見えるものではないのです。

2026年2月21日土曜日

花だより その子に合った教育を見つける  アズマイチゲ 流氷観光船オーロラⅡ

 

 

 「子育てが楽しくなる」(PHP研究所)
                 白百合女子大学 教授 田島 信元
 世の中には子育て情報があふれています。「何を信用すればいいの」と迷っている方も多いと思いますが、「実は子育てはそんなに複雑ではなく、むしろシンプルです。」
 子ども自身が持つ「育つ力」が強調されるようになっています。子どもはもともと「自己学習(発達)力」が備わっています。しかし、「育つ力」とは、実は「子どもは一人で育つ」という意味ではありません。大人の「育てる力」があってはじめて「育つ力」が発揮されるものです。
 ≪その子に合ったピッタリの教育 (日本人には日本の教育を)≫
 日本の子育ての常識をアメリカの子どもに当てはめると、子どもはパニックを起こします。逆に、アメリカの子育ての常識を日本の子どもに当てはめると、子どもはとても神経質になってしまいます。つまり、日本とアメリカでは、それぞれの文化的な土壌が違います。日本にピッタリ合った子育てを考えることが、子どもの発達に一番いいことなのです。日米の差だけの話ではありません。同じ日本で、他の家庭でスマートな教育をしているからといって、それをそのまま自分の子どもに当てはめるのは考えものです。うまくいかないばかりか、非常に危険なことです。これは同じ家庭のきょうだい間でもいえることです。まさに目の前のお子さんに「ピッタリ」あてはまる子育ては、お母さんがお子さんとやりとりしながら、自らあみ出していくものなのです。
 ≪ピッタリはどうすればよいのか?「ことば」と表情を大切にすること≫ 
 お母さんが与えている中で最も重要な刺激は「ことば」です。その「ことば」を使って子どもはものごとを考えるようになるのです。
 正しいことば、優しいことばで話しかけることで、子どもは頭や体を動かします。褒めるのも叱るのも、子どもはお母さんのことばを一番頼りにしています。ことばを一番交わすのは、お母さんだからです。そして、お母さんの表情も大事です。子どもは親の表情から本能的に思いを感じるのです。 (牧野要約)

2026年2月20日金曜日

花だより 義務教育の危機  白梅 冬ミカン

 



「義務教育の現状」 
  山崎 正和氏 (大阪大学教授、東亜大学学長、元中央教育審議会会長)
 人材育成への期待が高まっているが、人づくりの基礎となる義務教育の現場が、今危機に直面している事実は意外なほど知られていない。
 経済格差の拡大、家族関係の歪みなどによって、学齢以前の子どもの基礎教育が疎かになっていることが原因である。
 貧困家庭や父子・母子家庭の増加に伴い、いわゆる要保護児童・生徒とそれに準ずる子どもの数は6人に1人に達している。
 そういう家庭では親子の接触の時間が減り、しつけを中心とする家庭教育は不十分にならざるをえない。このことは学校現場に影響を与え、教員は学習を教える前に、まず教室で静かに着席させるために苦心するありさまだ。
 親の所得と学齢を合成したSES(社会経済的背景)という指数がある。これが子どもの学力と強く相関していることは、文部科学省の資料から明らかである。貧困家庭は次の世代をも貧しくすると言われるが、その前にこれを防ごうとする学校教育を難しく、教員の負担を重くしているのが現実である。また現代では注意欠陥・多動性障害の場合も通常の学級に在籍するなど障害児童・生徒も通常の学校で教える傾向が強まっている。これを症状ごとに個別に教える苦労は尋常ではない。
 元来、日本の教員は忙しかったが、こうした社会変化はその多忙を加速し、労働時間の過酷な延長をももたらしている。こうした困難な学校を支援するために、かねて教員には「加配定数」という制度があって、法定の定数外に若干の増員が認められていた。だが、財務省は子どもの減少を理由に、教職員全体を大量に削減する中で、この加配定数の大幅縮小を主張したのである。
 論拠は「費用対効果」だが、教育の効果は道路整備のように目に見えるものではない。学校現場が苦境の中で完全に荒廃していないのは、それ自体が加配定数の効果だと見ることは十分できる。義務教育の本質をさらに深く見直せば、現在の小中学校の実態は、ただ現状を守るという姿勢では終われないことは明らかである。責任は文教行政だけでなく、社会全体に及ぶことだが、現代日本の「高学歴・低学力化」は目を覆うものがあり、分数のたし算ができない大学生がいるという事実も広く知られている。その遠因は明白に義務教育にある。
 義務教育の内容は相当に高く、習得すれば社会人の教養として不足はないのに、それを国民の義務として習得させる制度がない。学制のどこにも落第の関門がなく、質を問わなければ全生徒を受け入れるだけの高校、大学がある。義務教育の充実は国の義務であり、それを習得するのは国民の義務である。両者の義務を果たすためには、ぜひここで制度の不備を正し、学校教育の強制力を強める必要があろう。(要約:牧野)