瞬時に情報を要約し、文章を出力する生成AIの利用が急拡大しています。
学校でもAIを使うようになりましたが、特に国語科では、深く考え、書く部分でAIに頼るべきではありません。少なくとも小中学校での使用は考えものです。成長段階で疑うことを知らない子どもは、自分と圧倒的な力の差があるAIの使用に万能感を覚え、考える習慣を放棄する恐れがあります。
国語では、読み書きの機会が減っています。考えを文字にすることで思考の輪郭がはっきりします。特に手書きは有効で記憶の定着が高まります。手書き能力のピークは大学入試直前の時期で、大人になるための知力はそこで固まります。幼児期からパソコンやタブレット、スマホのみで書くようになるのは怖いことです。デジタル偏重では、身体的感覚と共に本来、私たちが持つ書く力や考える力を失うのではないかと危惧します。
長い文章を読めなくなる可能性もあります。AIの高い要約力に頼りすぎると、読解力の退化にもつながります。長い文章には長いこと自体に意味があります。要約だけでは、新たな知性や発見との出会いが損なわれかねません。文章とじっくり向き合うことで初めて知識は着実に頭の中に入ってくるのです。
AIは、出来る人ををより出来るように、出来ない人をより出来ないようにする。AIを使いこなし、地頭を鍛えられる人が市場価値を高め、AIに依存し、丸投げする人の価値は下がる。市場価値を高めるのは、思考力と判断力。それを高めるようにAIと付き合いたい。
国立国語研究所 石黒 圭教授 読売新聞 「教育の未来図」(1月15日)より
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