2026年5月23日土曜日

花だより 山上憶良の和歌に学ぶ 私が先生になったとき アヤメ カキツバタ

 


 「銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも」
 万葉集に収録されている有名な和歌です。今さらですが、“どんな財宝よりも子どもこそがかけがえのない宝物である。” 奈良時代は、子どもを幼くして亡くなることが非常に多かった。親としての純粋な深い愛情や期待は、今も昔も変わりません。
 文科省は高等学校の次期学習指導要領で、新設したばかりの選択科目「文学国語」「論理国語」を廃止する方針に転じました。入試では評論文がよく出るので、「論理国語」を選択する生徒が多く文芸に触れる機会が減ったことが問題視されたのです。
 評論文を正確に読解する力が求めらるのは当然でしょう。しかし、人生や人の心を学ぶなら文学でしょう。
 宮沢賢治の作と言われる詩があります。
  私が先生になったとき  自分が心理から目をそむけて 
   子どもたちに本当のことが語れるか
 
  私が先生になったとき  自分にほこりを持たないで
   子どもたちに「胸を張れ」と言えるのか

  私が先生になったとき 自分がスクラムの外にいて
   子どもたちに「仲よくしろ」と言えるのか

  私が先生になったとき 自分の闘いから 逃げ出して
   子どもたちに「勇気を出せ」と言えるのか

  こうした文芸に触れた先生が今求められているような気がします。
 教育の世界では、「教員の一生を決めるふり出しの3年間」という言葉があり、先生としての将来が決まると言われています。新卒の先生には、この黄金の3年間を大事にしてほしい。また、校長先生には新卒の先生を大事に育てることをお願いしたい。

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