大事なことは全て教え子から学んだ 特選実話(2)
かなえ姉さんは、5人兄弟の長女です。出会いは、全校児童数30数名の小規模僻地校(すでに閉校してありません。) かなえ姉さんは、背の高い子で、小学1年生の時から、「かなえ姉さん」と子どもたちばかりか先生方からも「姉さん」呼ばれていました。
一つ下に、T・J・Mという悪ガキトリオがいて、みんなが名前を呼び捨てする中で、かなえ姉さんだけは、「Tくん、Jくん、Mくん」と君付けで呼びます。そして、「3人は、いつも元気がいいですね。」とけっして悪く言うことはなかったので、悪ガキ3人もかなえ姉さんには、ちょっかいを出すことなく、言うことをちゃんと聞いたのです。
*教師として大事なこと(呼び捨てにしない)をかなえ姉さんから学びました。
*教師として大事なこと(呼び捨てにしない)をかなえ姉さんから学びました。
かなえ姉さんの母親は教育大を出てT小学校に赴任しました。地元の農業青年の猛アタックで農家に嫁ぎました。「まさか自分が農家に嫁ぐとは…」と言っていました。
かなえ姉さんは、性格もいい、勉強もできる子で、中学校では学年トップになったこともありました。ところが高校は地元の高校に進学しました。決して裕福な農家ではなかったので、妹や弟のことを考えてのことでした。両親は、「自分の好きな道を進みなさい」と随分言ったそうですが、その後、看護学校に進み、看護師になりました。
妹のSさんは、お姉さんとは違って、負けず嫌いの子でした。高校は自宅から駅まで山道を自転車で通うことを条件に進学校に進学しました。部活はもちろんできませんでしたが、自転車通学で鍛えた足腰は、強行遠足では3年間10番以内でした。そして、教育大に進み教師になりました。長男のNくんは高専に進み、名古屋のトヨタの関連会社に勤めました。その下の子は双子で、女の子はSさんと同じ教師になり、男の子はNくんと同じ高専に進みました。
かなえ姉さんは、性格もいい、勉強もできる子で、中学校では学年トップになったこともありました。ところが高校は地元の高校に進学しました。決して裕福な農家ではなかったので、妹や弟のことを考えてのことでした。両親は、「自分の好きな道を進みなさい」と随分言ったそうですが、その後、看護学校に進み、看護師になりました。
妹のSさんは、お姉さんとは違って、負けず嫌いの子でした。高校は自宅から駅まで山道を自転車で通うことを条件に進学校に進学しました。部活はもちろんできませんでしたが、自転車通学で鍛えた足腰は、強行遠足では3年間10番以内でした。そして、教育大に進み教師になりました。長男のNくんは高専に進み、名古屋のトヨタの関連会社に勤めました。その下の子は双子で、女の子はSさんと同じ教師になり、男の子はNくんと同じ高専に進みました。
次女のSさん「かなえ姉さんのお陰で、私たち姉弟は、好きな道を進むことができました。」が感謝していました。
Sさんの旦那と網走潮見小学校で一緒でした。「5月の連休は、どうするの?」と聞くと「毎年この時期は、奥さんの実家の農作業の手伝いです。きょうだいみんな揃います。いい家族ですよね。」と感心していました。(過日、私が退職すると聞いて、こども園に会いに来てくれました。)
かなえ姉さんもすごいですが、両親もとても立派です。参観日にはご夫婦で必ず出席されていました。転勤後も秋になると長芋を持って来てくれて、子どもたちの様子を話してくれました。私は教師として大事なことをこの家族から学びました。
Sさんの旦那と網走潮見小学校で一緒でした。「5月の連休は、どうするの?」と聞くと「毎年この時期は、奥さんの実家の農作業の手伝いです。きょうだいみんな揃います。いい家族ですよね。」と感心していました。(過日、私が退職すると聞いて、こども園に会いに来てくれました。)
かなえ姉さんもすごいですが、両親もとても立派です。参観日にはご夫婦で必ず出席されていました。転勤後も秋になると長芋を持って来てくれて、子どもたちの様子を話してくれました。私は教師として大事なことをこの家族から学びました。

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