2025年6月7日土曜日

花だより 上手なしかり方 スイレン ドイツアヤメ

 


  「叱られる側」の子どもの立場も考える
 しつけは大切ですが、“しつけなくては”という気持ちから、つい叩いてしまい、その行為に歯止めがきかなくなってしまう場合もあります。子育てのイライラやストレスが、子どもへの愛情を忘れさせ、叱るという行動にすりかわっていることはありませんか。
 上手なしかり方のヒントは、「叱られる側」の子どもの立場にもなって考えること。「そう言われたら子どもはどう感じるだろうか」「子どもはどう受け止めるだろうか」まずここから考えてみることです。子どもの心や身体を傷つけるような叱り方は、教育的な効果がないばかりでなく、児童虐待につながる可能性もあります。
  また、「自分の子だけ良ければいい」という考え方(自子主義・モンスターペアレント)が増えています。学校の窓ガラスを割った子の親が、学校に対して「石が当たったくらいで割れるガラスを使っているのが悪い。近くにそんな石が転がっているのが悪い。」と言ってきた。STV「どさんこワイド」でやっていました。ごく一部の親だと思いたかったのですが、放送後これに似た事例が数多くTV局に寄せられたそうです。
 「学校がいちいちこんなクレームに付き合っていられない。『スクールロイヤーに相談します。』と言うようにしている。」とある校長は言っていました。

2025年6月6日金曜日

花だより 悪魔と天使のささやき ツリガネソウ 藤

 




 ~マンガ「ド根性ガエル」・「トムとジェリー」を知らない~ 
 ひろしが悪いことを思いつくと、Tシャツに貼り付いたカエルのピョン吉が、「ひろし、それはないぜ!」といさめるシーンがよくあります。「トムとジェリー」の漫画でも、天使と悪魔が出てきて、互いにささやくシーンがあります。自律とは、まさしくこのことで、悪い誘惑にのってしまいそうな自分とそれを止めるもう一人の自分(良心)が葛藤し、“最後は良心が勝る”とよいのですが、子どもは、思いつくまま、気が向くまま、衝動的、短絡的に行動してしまいます。
 子どもは自立していません。自立の基礎を養う時期です。自分を律することができないと自立はできません。つまり大人になれないのです。高学年にもなれば、「何が良くて、何が悪いか」「交通ルールを守りましょう」「左右を確認しましょう」「ヘルメットをかぶりましょう」“そんなこと言われなくても分かっている”と言います。ところが高学年ほどルールが守れない。「黄色(信号)だけど、行ってしまえ!」「今日は、暑いし、面倒くさいからヘルメットかぶらない。」と悪い誘惑にすぐのってしまいます。「そんなことしたら、ダメダメ!」と言ってくれるピョン吉を心の中に持つようにすることが大事。ところが、こんな話をして大失敗しました。今の子は、「ド根性ガエル」も「トムとジェリー」も知らないのです。
 自立させようと思ったら、善悪の判断をきちんとつけさせることです。「子どもの自主性を尊重します。」という親がいますが、それは子ども任せにすることではありません。まず「そんなことをしたらダメダメ!」とピョン吉役をするのが“親”の役目です。

2025年6月5日木曜日

花だより 部活動対策 地域に適した柔軟な進め方 ハマナス


  少子化が進み、学校の部活動を維持するのが難しくなっています。子どもたちがスポーツや文化に親しむ場所を守っていくためには、各地域の実情に合わせた改革が必要である。
 有識者会議が、公立中学校の部活を民間団体などに委ねるよう促す最終報告をまとめた。26年から6年間を「改革実行期間」と位置づけ、休日はすべての部活を地域に移し、平日についても移行を本格化させるという。将来的には高校の部活も同様の検討を進めるべきとしている。
 野球やサッカーなどの団体競技では、学校単位でのメンバーをそろえられない地域もある。教員の負担軽減も急務だ。この改革は学校任せにはできない問題である。
 指導のあたる人材の確保、指導者の質の問題、費用の問題、保護者の負担が生じることが予想される。家庭状況によって諦めざるを得ない子どもが出ないように十分に配慮することが大事だ。教員も地域の一員として、活動を支えていくことが望ましい。まだまだ課題は山積している。新しいシステムづくりには、地域の理解が不可欠である。 
      読売新聞 6月1日の社説から(牧野要約)
 過日、カズレーザーの番組でも、この問題を取り上げていました。部活で多くのことを学んだという人は多い。まだ移行することに反対する意見は多い。特に地方の小さな町では、報告書通りにはいかない実情がある。本町の学校運営協議会でも委員から意見を聞いたが、「学校の先生、大変だろうけど、何とかお願いします。」と思っている保護者は多い。   
 部活動の地域移行は、今の中学生の問題ではありません。これが実際に始まるのは数年先になります。今の小中学生の問題ではなく、今の園児の問題として捉える必要があります。
黄花藤
             

2025年6月4日水曜日

花だより 93歳まで錆びない生き方 広岡達朗(巨人の名ショート) アカツメクサ

 
 
 『最後まで、やれることをやろう 93歳まで錆びない生き方』(幻冬舎)1,500円
     元読売巨人軍名ショート・野球評論家 広岡 達朗
 広岡氏のことを知っている人は、私より上の世代だろうから、知らない人の方が多いかもしれない。ミスタープロ野球長嶋茂雄と三遊間を組んだ往年の知性派のスター選手です。
 野球と天風と気は血肉となり、今も私を鍛えてくれる
 〇天才だからいい、才能がないからダメではない
 〇病院を頼りにしすぎない、自然治癒力をもっと信じて
 〇心と体の使い方を知らないと 技術は高まらない
 〇本気でやると 不運も幸運に転じてくる
 〇海軍の父の教え、ひとりが手を抜くと艦は沈む
 〇根気よく教えれば、必ず育つ、あきらめた時点で終わり
 〇ライバルは自分でつくる、人のよさを認められる人は強い
 〇体は衰えるが、学びの収穫は大きくなる
 〇逃げ道をつくらない、自然は弱気な人をもっと弱くする
 〇嫌いな人がいるのは仕方ない、でも嫌いな人にも声をかける
 考え方一つで人間は変わる。せっかくこの世に生まれてきたのだから、愚痴や文句で人生を濁さず、気を出して、前向きに積極的に生きたらいいのです。積極的に生きるとたいていの禍は避けていきます。ときには運が悪く、禍に襲われることもあります。それでも気を出して生きているとパパっと振りほどくことができるものです。
    ミスタープロ野球長嶋茂雄さんが逝ってしまった。昨日のテレビは、長嶋さん一色だった。それだけの国民的スターだった。改めて、広岡さんの言葉を読むと、長嶋さんのことを語っているように思う。昭和100年、また一つ昭和が終わった。



 

2025年6月3日火曜日

花だより 「父と僕の終わらない歌」 ウツギ 黄花藤

 




「子育てが楽しくなる ちょっとした習慣」から 
  「ありがとう」「大好き」~気持ちを言葉で~ 

 日曜日、映画「父と僕の終わらない歌」を妻と何かぶりに見てきました。寺尾聡(78歳)がアルツハイマー型認知症の父親を演じ、松坂桃李が息子役です。認知症を患った父親を施設に入れようとすると、奥さん役の松坂慶子(72歳)が、「お父さんね。毎日、『愛しているよ。結婚しよう!』と言ってくれるの、いくつになってもうれしいわ。ずっとお父さんの傍にいてあげたい。」というセリフがありました。涙が止まりませんでした。
 わが子が生まれた日のことを思い出して下さい。初めて腕に抱き、顔を見た瞬間の感動と喜び。「生まれてきてくれてありがとう。あなたに出会えてとてもうれしい、大好きよ。」という気持ちを確かに感じたのではないでしょうか。
 しかし、実際にはこうした言葉をわが子に向かって伝えていないお母さんが案外多いようです。「親子なんだから、言葉にして伝えなくてもわかっているはず。」という考えもわかりますが、やはり気持ちはしっかりと言葉で伝えることが大切です。言葉にして言わなければ、分からないことの方が多いものです。夫婦であっても以心伝心というわけにはいきません。大人でもそうなのですから、子どもはなおさらです。だからこそ「あなたのことを本当に大切に思っている。」という言葉を、気持ちとともに伝えてあげるべきです。夫婦間でも…

2025年6月2日月曜日

花だより 友だちみたいな親? 藤

 


 「うちは友だちみたいに仲がいいんですよ」と自慢するお母さんがいますが、それは違うと思います。友だちのように子どもと話すのが、子どもと良好な関係を保つ秘訣だというのは勘違いです。友だちと親は違います。
 友だちはたしなめませんが、親は子どもをたしなめます。間違ったことをしたら、その場で「それは違う」と諭すのが親です。
 子どもを叱るとうまくコミュニケーションがとれなくなると思っている親が結構います。それでついつい優しくしてしまうのです。優しくする方が叱るよりずっと楽だからです。友だちのような親というのは、実は子どもを叱れない親なのです。親に叱られたことがなく、友だちのように付き合って育った子どもは、いったいどうやって善悪の判断を身に付けていくのでしょうか?
 いくら「人をいじめないようにしましょう」と言っても、子どもは何がいじめになるかわかりません。「遊び」か「いじめ」かその境目があいまいなことが多いのです。その場で「それがいじめです。いじめてはいけません。」と叱るのが、子どもにしたら一番わかりやすいでしょう。 子どもは悪いことをして叱られながら善悪の判断をつけていきます。これは友だちではできません。(「母の品格」 多胡 輝 著より 牧野要約)

2025年6月1日日曜日

花だより 運動会がなくなる? タニウツギ レンギョウ

 



 運動会の目的を改めて議論すべき  教育評論家 石川幸夫氏
「組体操や棒倒しなどは子どもたちがケガをして危ないということで、ほとんどの学校で禁止になりました。順位で優劣をつけないために、徒競走の『手つなぎゴール』や短距離の『全員リレー』にルール変更する学校も増えました。本来の“競う”運動会から、日ごろの体力づくりやチームワークなどを保護者に“披露する”だけの機会に変わりました。
 時短化が進んでいるのは、単にこうした禁止・変更種目が増えたからだけではなく、授業時数が減って、あまり運動会にばかり時間を割いていられないのが現状です。働き方改革で教員の“負担軽減策”として運動会の規模縮小が図られている背景もあります。
 一方保護者は、共働きで、毎年、朝早くにお弁当を作るのは面倒、夫も明け方から場所取りのために校門前に並ぶ“恒例行事”に疲れてしまって……。今年は校庭の後ろの場所を確保して、子どもの出番の時だけ前の方で見る。もう午前中だけの運動会になってもいいと思うようになりました。
 弁当要らずの時短化となれば、こうした共働き夫婦の負担を減らすこともできる。最近は午後まで運動会を開催する学校でも、あえて親と子が別々に昼食を食べる時間を設けているケースもあります。これは弁当を作れない共働き夫婦や、母子・父子家庭への配慮からです。
それに長時間の運動会で熱中症にでもなったら、すぐクレームに繋がります。そうした問題を起こさないためにも、屋内での昼食や、運動会自体の時間見直しは仕方のないこと。逆に小雨で順延になっても学校に『なんでやらないんだ!』とクレームの電話がかかってくる時代です。
 教育関係者の中には、「時短化してまで続けるくらいなら、いっそ運動会自体をやめてしまったほうが学校も保護者も楽になるのでは」と廃止論まで飛び出す始末です。そこには運動会の主役である子どもたちの存在が完全に無視されています。
 子どもの中には、勉強だけでなく運動が得意な子だって当然いますし、応援合戦やダンスなど表現活動に秀でた子もいる。運動会の時短化や廃止は、子どもたちからそうした能力を発揮する大事な場を奪うことになります
 学校や親の都合、事なかれ主義ばかりではなく、教育的配慮から運動会の目的を改めて議論すべき時期にきているのではないでしょうか。(牧野要約)