友だちはたしなめませんが、親は子どもをたしなめます。間違ったことをしたら、その場で「それは違う」と諭すのが親です。
子どもを叱るとうまくコミュニケーションがとれなくなると思っている親が結構います。それでついつい優しくしてしまうのです。優しくする方が叱るよりずっと楽だからです。友だちのような親というのは、実は子どもを叱れない親なのです。親に叱られたことがなく、友だちのように付き合って育った子どもは、いったいどうやって善悪の判断を身に付けていくのでしょうか?
いくら「人をいじめないようにしましょう」と言っても、子どもは何がいじめになるかわかりません。「遊び」か「いじめ」かその境目があいまいなことが多いのです。その場で「それがいじめです。いじめてはいけません。」と叱るのが、子どもにしたら一番わかりやすいでしょう。 子どもは悪いことをして叱られながら善悪の判断をつけていきます。これは友だちではできません。(「母の品格」 多胡 輝 著より 牧野要約)
いくら「人をいじめないようにしましょう」と言っても、子どもは何がいじめになるかわかりません。「遊び」か「いじめ」かその境目があいまいなことが多いのです。その場で「それがいじめです。いじめてはいけません。」と叱るのが、子どもにしたら一番わかりやすいでしょう。 子どもは悪いことをして叱られながら善悪の判断をつけていきます。これは友だちではできません。(「母の品格」 多胡 輝 著より 牧野要約)

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