「教育機会確保法」は、まだ浸透していない
夏休みが終わると、「学校に行きたくない」「学校に行けない」という思いを抱え始める子どもが出てくる。どうしても学校に行けない子どもに対し、「休んでもよい」と認めた法律「教育機会確保法」ができて2年目となる。今、現場はどう変わったのか。不登校の子どもを受け入れるフリースクールの運営などを担う支援者からは「行政との連携が生まれた」など評価する声がある一方「まだ法律が浸透していない」との指摘も上がっている。
「子どもがのびのびしだした」と評価する声も
平成31年3月、法律の施行後初めて、フリースクール(不登校の子どもが学んでいる民間施設)や不登校支援にかかわる専門家が文部科学省に集まって、現状を報告する会議が開催された。大阪で不登校の子どもたちの居場所作りなどを行っているNPO法人「トイボックス」の白井智子代表理事は「(教育機会確保法ができて)子どもが本当にのびのびしだした。自分たちが悪いんじゃないんだと(子どもに)響いている」と報告。
不登校を研究テーマとしている伊藤美奈子・奈良女子大教授(教育臨床心理学)も「フリースクールと(教育委員会が運営する)適応指導教室が一緒に不登校に関する講演会を企画するといった動きがあった。今まではそういうのがなかった。講演会に参加したが、(民間と教委の)双方が理解し合えたのでは」などと発言した。
文科省が作成したメッセージアプリ風の啓発ページ
教育機会確保法とは、不登校の小中学生が、学校以外の場でも学べる機会を確保するため、施策を講じることを国や自治体の責務とした議員立法。つらいときは学校を休んでもよいと「休養の必要性」を明記し、フリースクールなど学校外で行われる学習活動の重要性を認めている。また、国や自治体が民間のフリースクールなどと連携して支援するよう求めた。
この法律が新たにできた背景には、不登校の子どもたちが減らないという現状がある。文科省の2018年度の調査では、小中学校で不登校となっている子どもの数は14万人を超え、年々増加している。
こういった子どもたちを支えるため、不登校の子どもたちが学ぶ民間のフリースクールや、教育委員会が運営する「適応指導教室」などが各地に設置されてきた。また、自宅で学習する「ホームスクーリング」を選択するケースもあり、「学校以外」で学ぶ子どもたちを支援するために法律が整備されたのだ。
法律の成立を受け、新しい学習指導要領には初めて「不登校児童への配慮」が盛り込まれ、小学校の学習指導要領の解説には以下のように記述された。
「不登校児童については、(中略)登校という結果のみを目標にするのではなく、児童や保護者の意思を十分に尊重しつつ、児童が自らの進路を主体的に捉えて、社会的に自立することを目指す必要がある」
「不登校を未然防止」という言い方は…、課題を指摘する人もいる。
法律ができ、「不登校は問題行動ではない」という裏づけができた一方、3月末の会議では、こんな意見も聞かれた。
「法律ができたが、現実は周知が行き届いてない。現場の先生や教育委員会があまりご存じなく、そこに課題がある。旧態依然だなと思うこともある」「たとえば、不登校の未然防止という言葉が、いまだに使われている。悪い意味では使っていないと思うが、やっぱり不登校は問題行動なので未然防止ととられる可能性もある。この言葉は検討していただけたらと思う」
不登校の子どもを持つ保護者に取材すると、会議で話題になったように「現場の先生が、法律ができたことを知らない」「そのため、対応が学校ごとに異なったり、人によって違ったりということもある」という意見が複数聞かれた。ある保護者は、「この4月に校長先生が替わったことで、これまでは学校に行かないことを受け入れてくれていたのに、やや難色を示されるようになった」と話す。「先生にとっては、自分たちのやっていることを否定されたように思うのかもしれない。感情論だけではなく組織や仕組みとしての対応が必要ではないか」と打ち明ける。
また、会議ではフリースクールや、家庭で学習している子どもたちへの経済的支援を求める声もあった。文科省の調査によれば、フリースクールの会費(授業料)は、平均して月3万3千円。自宅の近くにあることは少なく、交通費もかかるケースが多い。また、家庭学習も、教材などを自分で購入している場合もある。小中学校は義務教育なので、「不登校の子どもも教育無償化の対象に含めるべきではないか」という意見があるのだ。
こういった現状について、文科省の坪田知広・児童生徒課長に話を聞いた。
Q法律が施行されて1年の受け止めは?
現場にとっての不登校の捉え方にかなり変化が見られていると思う。子どもに何か原因があるという考え方よりは、周囲の環境をどう調整していこうかということにシフトしつつある様子が見られる。まだ十分ではない面もあるが、法律ができた意義、できたからこその対応というのが少しずつ出てきた1年だった。学習指導要領には初めて配慮事項が入った。先生は学習指導要領を読み込むので、間違いなく前進していると思う。
Q浸透していないという意見もある。例えば学校や先生ごとに対応が違うといったこともあるようだが?
具体的な動きがみられるのはこの(平成)30年度からかもしれない。不登校に限らず、いじめなども組織で対応することが必要だ。校長、教委、教員、スクールカウンセラーなどがタッグを組んで、意識を統一して、対応のまちまちも起こらないようにしないといけない。先生の経験だけではなく、組織で最善の対応をしていく。
不登校といっても要因は様々だ。例えば、いじめや教員の指導などが原因の場合もあれば、集団での生活が苦手というケースもある。これまではその見立てを、先生だけでやっていたが、スクールカウンセラーなどの専門職が入ったことにより、正確に見立てられるようになってきた。今後は少なくとも、教育委員会が学校を束ねている県内、市内といった範囲では、学校・先生ごとに対応が違うという状況をなくしていかないといけない。
Q経済的な支援が必要だという声もあるが?
今は、フリースクールへ通う交通費の一部と、課外実習費の一部などを支援しているが、年収制限があり、それほど活用されていない。フリースクールや家庭での学習に経済的支援をすることは、限られた予算の中、公教育があるのにという形になる。家の近くの学校に、生き生きと通えるのが本当は一番いい。フリースクールは普通は家の近くにないので、通学にも時間がかかり、コストもかかる。家の近くの学校が、行けるような形に変化していくことを応援するほうがよいのではないか。
例えば、一斉に教える授業から、個人のニーズに沿った教え方にというのも、学校がやろうと思えば可能。今の学校をノーストレスで通いやすい形にしたいのは、保護者も私たちも同じだ。最初から、学校はダメと決め付けるのではなく、どういう学校だったら行けるのか、学校と保護者がしっかり話し合って実現していくのが一番理想的だと思う。行けないと思ったらまずは学校に相談してもらいたい。 (取材・文/高山千香)
フリースクールを運営するNPO法人「東京シューレ」
理事長 奥 野 圭 子
長期休業明けの自殺が後を絶たないのは、「学校は苦しくても行かなければならない」という固定観念に縛られるからだ。フリースクールなど学校以外の学びの重要性を認めた「教育機会確保法」の成立から間もなく3年だが、その中身が理解されているとは言い難い。基本方針で「登校のみを目標にするのではない」と示され、休養の必要性も明記されている。「不登校だと、大人になったときに社会の中でやっていけるのか」と心配する声もあるが、フリースクールの多くの卒業生は進学し、自分の好きなことに取り組んでいる。保護者は、その子にしかない価値を認めてあげ、生きる楽しさを子どもが感じられるように寄り添ってほしい。
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