2025年9月7日日曜日

花だより 寅さんが教えてくれること オシロイバナ タマネギ

 



 BSテレ東 土曜日18:30からの「男はつらいよ」シリーズを楽しみに見ています。
 何度も見た作品ですが、その都度、笑いと涙が誘われます。核家族化がはじまって30~40年が過ぎ、その中で育った子どもたちが親や祖父母になって、本格的な家族の断絶が起きています?
  寅さんの映画の時代は、「そうなんだ。こんな風に人と人が愛し合い、仲よくなるために面倒な努力をしながら社会が成り立っているのだ。」という思いが込められているように思います。けれども、今の若者たちとその思いを共有することができないと不安になります。
 何故か日本人は毎日ゆとりなく過ごしていて、人と人が深く関わり合う時間がない。それは学校の先生にもいえます。先生は学校で子どもたちと仲よくすることが仕事なはずなのに、今は、それができない状況にあります。子どもは先生をひとり占めしたいと願うものではないでしょうか?
 寅さんシリーズには、日本人が忘れかけている「人情」がテーマになっています。突飛な言動、鼻歌、様々な感情を見せる寅さん、ドジで間抜けな一面もありながら、どこか愛嬌があります。そして、その寅さんを温かく受け入れる家族の姿に、多くの人がホッと安らぎを感じます。こんな映画はもうできないでしょう。でも、何度も何度も再放送されるのは、日本人は「人情」を忘れていない証拠だと思います。
             日本一の収穫量 北見地方の玉ねぎ  
 

 

2025年9月6日土曜日

花だより 町内会と歩道の花壇 ツルボ トウキビ

 



  歩道の花壇
 通勤時、車を運転していると、歩道のきれいな花壇が続くと思ったら、急に草ぼうぼうの歩道に変わります。
 町内会によって、取り組みが違うようです。花の苗は、自治体が用意するのですが、若い住人が多い町内会は、忙しくて花壇を作るどころか、家周辺の清掃もできないというのです。
 確かに、朝早く、花壇の手入れをしたり、掃除をしているのはお年寄りです。きれいな街並みを見ると、そこの住人の民度の高さと感じるものです。
 しかし、それは昔の話で、人手不足で女性も年寄りも働きなさいと言われたら、マチも潤いを無くしてしまうのでしょうか?
 歩道に電柱や障害物があると冬の除雪に支障をきたします。邪魔な電柱は早く無くしても、街路樹や花壇がある街並みは残してほしいものです。ただし、その管理を行政任せにすると財政破たんを招くことになるので、住民が少し頑張らなければならないと思います。




 



2025年9月5日金曜日

花だより 「悪いのは相手」 ミニトマト ミョウガ

 

 「母の品格」 多湖 輝著 から
 ~「悪いのは相手」という考え方をしない~
 小さい子は、「ぼく(わたし)は悪くないもん」とよく言います。身をかばいたいという気持ちは小さい子どもでもあります。こんなとき子どもに同調して「はい、あなたは悪くないわよ。」と迎合するようなことは言っていけません。そんなときは、こんなふうに言ってみてはどうでしょうか。「本当に自分が悪くないかどうか、相手の気持ちになってもう一度よく考えたあとでもう一回話しを聞きます。」ここで大切なことは、子どもがどんな話をするかではなく、小さい頃から、立ち止まって考える時間を身に付けさせることです。
 品格のあるお母さんは、そう簡単に子どもに迎合したりしないものです。簡単に迎合すると子どもは自分のやることは何でも正しいと思い、単純に悪いのは相手だと思ってしまうのです。
 これは交渉のテクニックのように、相手にすべて責任を押しつけて、悪いのは相手と決めつけて交渉をはじめるやり方です。最後まで自分の落ち度を認めようとしない。こんなことを交渉テクニックだと思って続けていると、自己中心的な人間になってしまいます。そんな人がだんだん増えてきて世の中がぎすぎすしているような感じもします。子供のケンカやトラブルは、よほどのことがない限り100%相手が悪いということはありえません。立ち止まって考える時間をもてばわかるはずです。 
 当たり前のことですが、親が悪いのは相手と決めつけるような考え方や話し方をしないことです。子供には立ち止まって考える時間が持てるようにしつけていきましょう。「しつけ」とは仕向けることです。焦らずにゆっくりでいいのです。

2025年9月4日木曜日

花だより 子どもの学力低下 デジタル機器の影響は大きい ヒマワリ

   

 子どもの学力低下 デジタル機器の影響は大きい 
                    8月29日 読売新聞 社説から 牧野要約
 学力調査で、子どもの学力の大幅な低下が判明した。スマホやゲームに費やす時間の増加が一因とみられている。前回21年度に比べて全ての教科で平均スコアが10点以上低かった。日本の子どもの学力は高水準で安定していただけに、深刻な結果と言わざるを得ない。コロナ禍で十分な授業ができなかった影響を指摘する専門家は多い。しかし、それだけではあるまい。スマホやゲームに費やす時間が増えた影響も見過ごせない。
 調査では、平日にスマホを使用する平均時間は小6が1時間5分、中3が1時間56分だった。いずれも前回調査よりも20分程度伸びる一方、勉強時間は短くなった。コロナ禍の外出制限で、デジタル機器を長時間使うようになり、それが習慣になってしまった子どもも多いのではないか。
 調査では、スマホの使用時間が1時間以上になると、スコアが低下する傾向が見られた。親の使用時間が長いほど、子どもの長くなるという結果も出ている。スマホとどう向き合うか、各家庭での取り組みが必要である。家庭の蔵書量が少ないほど、成績が大きく低下している点も注目したい。家庭の蔵書が100冊以上と25冊以下のグループでは2倍近い学力の差があった。
 読売新聞は、教育現場でのデジタル機器の使用には厳しい見方をしている。しかし、これからは、使わないという選択肢はない。


2025年9月3日水曜日

花だより 質の高いものを見て学ぶ ゼラニウム

 

  質の高いものを見て学ぶ
 研究大会のレセプションで隣席だった北大教育学部の教授(赴任して2年目)に、酔いが回ったころ「北海道の学力が低い原因は何だとお考えですか?率直な意見をお聞かせください。」と問うた。すると「いい授業、質の高いものを見る機会が少ないですね。」と言われたのです。ショッキングな内容でしたが、中央から来た教育の専門家には、北海道の教育の現状、教員のレベルは、こう映ったのです。
 全国連合小学校長会研究大会 秋田県校長会(学力全国上位県)の提言で授業風景の映像が流れました。周りにいた北海道の校長から「ほぉ~?」と驚きの声が上がりました。きちんと伸びた挙手、発表のときの姿勢や声の大きさ、音読の姿勢と本の持ち方、ノートの字の丁寧さ、指導が行き届いていることが見て取れました。ところが秋田県の校長からは、「驚いたのはそこですか?当たり前のことなのに…。」と逆に驚かれたのです。
 “ところ変われば”です。歴史や風土から、その土地の味噌、醤油、地酒が生まれます。当然、教育観も異なります。比較することで北海道やオホーツクの課題が見えてくるのです。教員は、その職責を遂行するために絶えず研修に努めなければなりません。若いうちに研究と修養・本物を見る、見聞を広めることです。

               わくわく園10周年記念花壇「10ネン」

2025年9月2日火曜日

花だより 子どもの元気のモト ゆうがお 夏水仙

 

   子どもの元気のモト
 雨が降ってもなぜか子どもは喜ぶ。水たまりがあるとわざわざ入って、びちゃびちゃにする。傘は雨よけでなく、遊び道具だ。何かないかと、決められた通学路からわざと外れて歩く。元気な子は、みんなそうだが、最近の子は、みんなお利口さんになった
 かつて、子どもを元気にする仕掛けがあったのは、学校ではなく、といって家庭でもなく、学校への行き帰りの道や放課後の地域など、大人の目の届かない場所だった。しかし、今は大人の監視下にある放課後児童クラブに通う。そして、夜は「子ども食堂」がある。
 さらにGPSを使って子どもが学校帰りに、今どこにいるかの位置情報を親に知らせる機器をランドセルにぶら下げているという。それでは、うかうかと道草も寄り道もできない。しかし、犯罪に巻き込まれる恐れのある都会では、仕方のないことなのだろう。
 子どもの体の中には、本来「元気」のモトがあって、その「元気」を磨く場所が、大人の目から解き放たれた自由な空間、道や空き地、広場や建物の陰だったという気がする。
 子どもの安全が守られる場は唯一学校だけになってしまったのかもしれない。しかし、学校という狭い空間の中で、子どもの「元気」をどう育てるのか。そのカギを握っているのは先生であり、その先生の経営する学級だ。元気は伝染するもので、生き生きと元気いっぱいの人のそばにいると、何となくその人の「元気のモト」のようなもので、こちらの身体や心に移ってくる。ところが、最近の先生は授業以外の雑用に追われ、子どもとかかわる時間がない。先生が元気印でいられるような学校にするためにも、働き方改革に期待したい。

2025年9月1日月曜日

花だより 「考えさせる」だけではダメ! オオハンゴウソウ とうきび

 


  「教えること」から逃げてはいけない
「詰め込み、教え込みの反動で、教えずに考えさせる授業が広まりました。大事なことは教えるのが当たり前なのに、教えることがタブーになった」「授業の主役は子どもだが、シナリオライターや監督まで子どもにさせてしまった。」 全国学力・学習状況調査の成績が芳しくない理由はここにあるように思います。
《教えること》をおろそかにして「問題解決型」と呼ばれる授業に熱心に取り組み、結果的に基礎的な学力まで低下させたのではないだろうか。《考えさせる》というと、発展的内容での授業を思い浮かべる人が多いが、重要なのは理解を通じて基礎を習得させる際に考えさせることです。
 台形を正しく理解していない。「向かい合う一組の辺が平行なのが台形」と知ってはいても、向きが変わったり、形が変わったりすると分からない。今回の学テで明らかになりました。 『平行四辺形の面積の公式を学習する授業』では、「公式発見で終わる授業が多いが、分かったつもりで、底辺や高さの意味を分かっていない子や、公式の使い方を理解していない子が多い。」 数年前の全国学テで出題され、正答率が全国的に低く、北海道ではさらに低かった部分です。これは何年たっても改善されていません。
「授業では、教科書を読めば分かることに時間を費やすのではなく、書かれていないこと、つかみにくい部分こそやるべきです。その日の授業で何を学んだかという理解の確認も大事です。どう間違いやすいかまで教えることが大切です。そのためには教わる側にも、教科書を読んでおく予習が必要です。それをさらに深めるのが授業です。これまでもずっと言われていたことで当たり前のことです。当たり前のことが当たり前にできていないから、点数が伸びないのではないかと思います。