2020年1月31日金曜日

花だより 子どもが教師に求める「けじめ」 猫柳

 子どもが教師に求める「けじめ」
                  全国教育文化研究所 重 水 健 介
《授業の終了時間のけじめ》
 何時に登校してもよい。好きな時間に食事をしてもよい。授業に遅れてきても、途中で退席してもよい…。こうなると学校は機能しなくなるので、教師は、生徒に厳しく時間厳守を指導します。
 一方、教師の時間厳守はどうなっているでしょうか?
 子どもからの不平不満の一番は、終了時刻が過ぎても授業が終わらないことです。自由に過ごせるわずかな休み時間を奪われるからです。
《職員室での飲食に「けじめ」を!》
 学校で子どもたちは、勝手にお菓子を食べたり、ジュースを飲んだりすることはできません。
遠足で子どもたちが浮かれるのは、学校生活の中で自由におやつを食べられるという非日常体験ができるからです。
 ところで教師は?食委員室でお菓子を食べたり、コーヒーを飲んだりしている学校も多いはずです。飲食をすべて禁止すべきだとは言いませんが、休み時間や放課後など、子どもたちが職員室を出入りする時間帯だけでも控えるよう、職員間で決めるべきではないでしょうか。
《言葉遣いに「けじめ」!》
 子どもが教師に「ため口」をきき、ぞんざいな言葉で話しかけてきたら、教師は言い直させるはずです。しかし、逆に、子どもに対する教師の言葉遣いが問われるケースは稀です。
「来い!」「急げ!」「この野郎」「バカ」…など、聞くに堪えない言葉遣いをする教師を見たことがあります。こうした教師は例外でしょうが、子どもや保護者は「丁寧な優しい言葉で話してほしい」と言葉遣いの「けじめ」を求めるものです。
《机上の整理・整頓に「けじめ」を!》
 「机の中やロッカーを整理・整頓しろ!と先生は注意するが、職員室の自分の机は書類や本が散らかっている」と子どもの声を聞いたことがあります。整理・整頓の「けじめ」が求められています。
《教師の服装にも「けじめ」を!》
 「ズボンを下げて『腰パン』にしたり、靴のかかとを踏みつけたりすると注意される。Tシャツ短パンで授業する先生もいるのに」子どもからこうした「服装のけじめを求める」意見を聞いたこともあります。
 こうして列挙すると、子どもが教師に求める「けじめ」は、「自分たちに求めるけじめを、先生たちも守ってほしい」という素朴な要求のように見えます。
 子どもの声を素直に聞いて、自分の言動を振り返り、良くない点は改める。こんな教師の姿勢こそ、生徒指導の第一歩だと思います。

2020年1月30日木曜日

花だより 体に合ったものを選ぶ ハナアナナス

体に合ったものを選ぶ
 子どもの頃(小学校3年か4年頃)、友だちが自転車を買ってもらったのがうらやましくて、親に「ぼくもほしい」と言うと「乗れるようになったら買ってやる」と言われました。ところが家にあったのは、大人用のそれもごっつい自転車で、どんなことをしてもつま先すら地面につきません。転んでばかりで膝や肘をすりむき血だらけになって練習したことを覚えています。当時自転車は高価なものでしたが、見かねた父は、「よしみつ!いいか。さびがつかないようにいつもきれいに磨くんだぞ!」それを条件に子供用の自転車を買ってくれました。
  時は過ぎ、娘の時代になると5歳の時、ミッキーマウスの補助輪付きの自転車が、孫可愛さから祖母からプレゼントされました。娘は、1週間ほどで補助輪を外して乗れるようになりました。
  スキーもスケート靴も何でもそうですが、道具は自分の体に合ったものが上達には一番です。それに安全でもあります。“大は小を兼ねる”と言いますが、特に自転車はそうはいきません。体の発達に合わせてサドルやハンドルは上げることはできても下げることはできないからです。“小は大を兼ねる”です。すぐ大きくなるので、その都度新品を買うのは、もったいないと思う人は、今はレンタルもあるし、メルカリもあります。 
 今は量販店に行くと安価な自転車がありますが、駅前には放置自転車が沢山あります。まだ使える中古の自転車が北朝鮮や中国に運ばれているそうです。豊かで便利になった反面、手入れをして大切に乗る習慣は薄れてきているように思います。自転車を買ってもらったとき、父から真っ先に手入れの仕方を教わりました。シーズンが終わって物置にしまうときくらいは、子どもにきちんと手入れをさせてからしまうようにさせましょう。

2020年1月29日水曜日

花だより 車は免許を取ってから、スマホは? えんどう豆

車は免許を取ってから、スマホは?
 自動車は、AI機能を搭載した自動車が公道を走る時代になり、自動車はさらに便利になりました。とは言っても交通法規遵守、マナーに至るまで、運転免許を取得して、自動車を乗りこなせる人が運転しています。
 スマホも便利です。しかし、スマホに免許制はありません。たとえが乱暴ですが、スマホを持っている人がゲーム依存やらSNSの弊害に陥っているのは、免許を持たずにいきなり公道を車で走っているようなものです。
 自動車に乗る前に、自転車に乗っていた時代があったと思います。幼少時、自転車の乗り方を親から教わっていたころ、何回も転んで膝小僧を擦りむいた経験があったでしょう。便利ですが、使いこなせるようになるには「ある種の痛み」も経験することが大切です。自動車に至っては、人名や財産までも奪ってしまう危険性を孕んでいることを自覚した上での運転です。
 「スマホを持つ・持たない」という論点は成立しない世の中になりつつあるというのが現状です。そうであるならば、スマホを持つ資格があるように子どもたちを育てていく必要があるという結論に達します。「スマホを持っているけれど日常生活でコントロールできる」子になるよう、幼いころから時間の使い方を学ばせることが大事です。そして、視野が広がってきたころ、ルールやマナーを逸脱すると責任が問われることなど、スマホの弊害を段階的に学ばせるのです。
 小学生から高校生に至る子どもたちが、いかにしてスマホを持ったか、それは、親が買って与ええているからです。購入代金を支払うことから各キャリアとネット契約を結ぶことなど、社会的な契約を交わしているということを教えてほしいと思います。

2020年1月28日火曜日

花だより お帰り寅さん 蜜柑


 お帰り寅さん
 テレビのバラエティ番組に、山田洋次監督と倍賞千恵子、前田 吟が揃って出演していた。映画の番宣らしい。そこで“男はつらいよ”シリーズ開始から50周年、50作目の集大成として「男はつらいよ お帰り寅さん」が上映されることを知った。
 ちょうど我々の世代の映画なのだが、残念ながら劇場で観たのは2~3本だけで、あとはテレビで何度も何度も観たものだ。
 最近は、映画を見るのは年に一度か二度、しかし、これは観なければと思い、休日の朝、スマホでイオンシネマHPを確認すると、午前9時30分からの一日一度の上演のみであることを確認、朝食もとらずに慌てて出かけた。
 タッチパネル式のチケット売り場の前は、すでに老若男女の列がつながっていた。その中でお年寄り夫婦が、機械での購入をあきらめ受付のお姉さんを相手にチケットを購入していた。案の定、寅さんの客だった。
 場内が暗転になり、「男はつらいよ」の題字がスクリーンいっぱいに現れ、お馴染みのテーマ音楽が響いた。「これだよ。これ!」一瞬場内にドヨメキが起きた。いくら大画面のテレビでもこの迫力は味わえない。
 何とお馴染みのオープニングで桑田佳祐が寅さんの衣装で主題歌を歌っているのには、若干違和感があった。
 今回の物語の進行役は、今は小説家になったさくらの息子満男(吉岡秀隆)と初恋相手の泉(後藤久美子)である。倍賞千恵子、前田 吟、寅さんの永遠の恋人リリー役の浅丘ルリ子など、なじみの俳優も顔をそろえた。回想シーンの中で寅さん(渥美 清)はもちろんだが、歴代のマドンナも全員登場するなど、笑いと涙につつまれ、前席に座っていた老夫婦の手が何度も目に当てられていた。
 スマホで改めて、“お帰り寅さん”を検索すると、視聴者の評価が載っていた。「久しぶりに笑って、泣いた。感動の名作が戻ってきて、うれしい!」と星4つから5つの高評価もあれば、「桑田佳祐のオープニングを唄うシーンはいらない。」「後久美の台本棒読みの演技はいただけない。」などの酷評もあった。
 「桑田佳祐は、きっと寅さんの大ファンだったのだろう?」「後久美もよく出演してくれたなあ?歳をとっても相変わらずきれいだなあ~。」私は、そんなことを思いながら観ていた。同じ映画を観ても感じ方はそれぞれだ。
 山田洋次監督は、こう語っている。『男はつらいよ』は、日本が高度成長期の時代背景の中で、野放図な発想の軽やかさ、はた迷惑を顧みない自由奔放な行動を渥美清さんが演じて、作者のぼくが当惑するような人気作品になった。そして今、先行き不透明で重く停滞した気分のこの国に生きるぼくたちは、もう一度寅さんに会いたい。
 寅さんの台詞にあるように「生まれてきてよかったと思うことがそのうちあるさ」と切実に願って第50作を製作することを決意した。
 私は映画館で、寅さんやさくら、歴代マドンナ、おいちゃん、おばちゃんに、また会えたことだけでうれしい。劇中では、寅さんの生死について触れられていない。再度、寅さんに会えるのだろうか?

2020年1月27日月曜日

花だより 心打つ手紙 ミスミソウ

   ~ 心 打 つ 手 紙 ~ (平成20年)
「南部先生(大学の指導教官)が還暦を迎えるので、当時の研究室生でお祝いをしたい。」と大学の後輩から案内が届きました。場所は、支笏湖畔、久しぶりの先生や仲間との再会を楽しみにしていましたが、こちらの会議と重なり、残念ながら参加することができませんでした。
 研究室は日本史で、南部 昇先生は古代史が専門でした。当時先生は28歳、“北大から短期間限定で派遣されてきた駆け出しの生意気な先生”というイメージで我々学生は見ていました。しかし、指導は厳しく、赴任早々、日本書紀や岩波新書などの購読会が週に2度有り、その都度レポートの提出を課せられました。おかげで、大学生活が人生の中で一番机の前に座っている時間が長かったかもしれません。
  “先生に出席できなくて残念です”と手紙を出しましたら、お返事をいただきました。その中に、
“今、校長(教育者)は大変だ。上にも下にも、横にも斜めにも気を遣わなければならない。上だけに気を遣う人は楽だが、牧野はそうゆうタイプじゃないから…”とありました。
  ちょうど様々な課題を抱え悩んでいるときでしたので、この言葉に勇気づけられましたし、反面、下や斜めにもきちんと気を配っていただろうかと反省もしました。いくつになっても先生は先生。教え子のことをよく観ているものだ。と感心させられました。
「會古通今」桑原翆邦先生の書が校長室に掛けてあります。なるほど校長室に掛けてある意味がやっと分かりました。
  文章を書くのは、だれだって好きじゃない。「筆無精は、一生の損」ということわざがあるように、私もこの歳になって、そのことを痛感しています。上手な文章を書きたいと思っていましたが、読み手の心を打つ文章が大切だと言うことを改めて学びました。
*

2020年1月26日日曜日

花だより 高校の入学説明会 何だ小学校と同じ? フウキギク


 高校の入学説明会 何だ小学校と同じ?
「入学に当たって保護者の皆さんにお願いします。お子さんには、基本的な生活習慣をきちんと身につけさせて下さい。自分のことは自分ですること、早寝早起きなど生活のリズムを崩さないようにしてください。スマホのルールをきちんと家庭で決めてください。それから、親子の会話を大切にして下さい。家庭での勉強は、最低でも学年×10分・・・」
「小学校に入学するとき同じことを言われたような気がする?」と疑問に思ったそうですが、小学生だろうと中学生だろうと基本的なこと(大事なこと)は同じだと納得したそうですが…?

2020年1月25日土曜日

花だより 「息子」という字 エリカ

しあわせ七変化
  自分が変われば 相手が変わる 相手が変われば 心が変わる
  心が変われば 言葉が変わる  言葉が変われば 態度が変わる
  態度が変われば 習慣が変わる 習慣が変われば 運が変わる
  運が変われば 人生が変わる 今 幸せな人は そのまんまでいいのです


 「息子」という字は、自らの心の子と書く
 親として 
 子どもにかけた期待を裏切られるほど 情けなく切ないことはない
 「このできそこないめ!」と子どもを怒鳴る 
 できそこないではなく 「育てそこなった」のだ
   息子という字は「自らの心の子」と書く
   なってもらいたいように 自らおこなってみたらどうだろう
   してもらいたくないことは  自らつつしむこと
   子どもは 親の通った道を 歩むもの