2017年1月21日土曜日

花だより ストック 生活科の重要性(2)

~平成12年の作品~

【平成20年度 斜里町立朝日小学校 校長室便り(進化)より】
 《「生活科」がなぜ重要なのか》 ~オホーツク管内生活・総合研究会会長として~
「はい回る経験主義」批判
 生活科が誕生するとき「経験主義」復活?という学力低下論争がわき起こった。最近また「学力低下」論なるものが、マスコミ界をにぎわせている。歴史的にみれば、この手のにぎわいは、本質的な議論を経ることなく、その議論の高まり自体が一種の歴史的事実としてかすんでいくということを繰り返している。
 ~人として大切なことは、大学という最高学府ではなく、幼稚園の砂場の中で学んだ~
 《自然や社会体験から人は学ぶ》
 戦後、新教育がうたわれ、アメリカ流の進歩主義教育運動が盛んになったときも、体験を重視したカリキュラムに対して「はい回る経験主義」という批判が浴びせられ、「学力低下」をもたらした原因だと攻撃された。近代以降、新教育運動としてたびたびみられたカリキュラム改革(コアカリキュラム)は、そのたびに「学力低下」論によって批判され、下火になっていった。
 高等学校教育(カリキュラム)は、大学のためにある。(大学受験のための勉強)、中学校のカリキュラムは、高等学校受験のためにある。小学校では、中学校に入っても困らないようにと教えている。これが現在の各教科での知識の系統的学習を重視した教育である。
 しかし、生活科・総合的な学習の時間の登場で再び生活単元が重視されるようになった。現在は、知識・技術の観点から構成される学習内容のまとまりを現す教材単元と、学習者が生活の中から興味・関心に応じて自ら課題を設定・追求・解決していく生活単元(または経験単元)の2つに大きく分類されている。
 第2次大戦後の「新教育の時代」に盛んに取り組まれた生活単元学習が、「はい回る経験主義」との批判を受けて以来、各教科での知識の系統的学習の重視へと転化した。一方で、今日のゆとり教育をうたった教育改革では、総合的な学習の時間の創設などにより生活単元学習が重視されてきている。一度は消えかけた経験主義が、生活・総合と形を変えて復活したのだが、それもこのところの学力低下論争の再燃で、生活科・総合も風前の灯火である。やはり歴史は繰り返すのか。それとも教育界は進歩がないのか?


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