2019年11月30日土曜日

花だより 一人で抱え込まない生徒指導 ハナカタバミ

  担任一人が抱え込まなくてもよい、校内支援体制づくり
                        公立小学校教頭 大久保 惣太郎
 継続的な支援が行える体制は、早期対応だけでなく、トラブルの未然防止につながっていきます。今後ますます校内の支援体制が不可欠になっていきます。
 どの子にも「1人の教師が10回」でなく「10人の教師が1回」声かけできるような校内支援体制づくりに心がけています。
 ≪これまでの経験だけでは、やっていけない時代≫
 夕方5時過ぎの職員室に、電話を手に口ごもる20代の若手A教諭がいました。電話を保留にして、「教頭先生、お時間いいですか?」とA教諭は私に問いかけてきました。
「担任している子どものトラブルについて保護者に連絡したのです、うちの子が話していることと、先生の話にズレがあるので、どうなっているのですかと言われ…。」と言います。
 私は、「なぜ、保護者に連絡を入れる前に相談してくれなかったのか」と思いながら、「わかりました。直接、保護者にお会いしてお話ししましょう。双方の都合を聞いて、家庭訪問するか、ご来校願うかを決めて、一度電話を切りましょう。」と言いました。そして、生徒指導主事を交えて、これまでの経緯と今後の指導方針を確認し、A教諭と生徒指導主事で一緒に家庭訪問に向かってもらいました。
 「なぜ、連絡する前に相談してくれなかったのか」と思ったのは、自分が同僚の声に耳を傾ける余裕が持てていないことに気づきました。小学校においても、生徒指導や保護者対応に関する事案が多様化していています。若手職員だけでなく、ベテラン職員にとっても、これまで経験したことが通じない場面に立ち会います。改めて課題に対して「うまくできた指導」だけでなく「うまくいかなかった指導」の双方から、お互いに学び合える機会が求められると考えます。

2019年11月29日金曜日

花だより 教員のやりがいは、管理教育からは生まれない イチョウ


 吉田松陰の言葉 “至誠にして動かざる者 未だ之れあらざるなり” 
~まごころを尽くして人の心を動かさないものは、今だかつてないのである~
 “山口の思い出に何か一つ”と思い、手に取ったのが『吉田松陰先生の言葉~メッセージペーパー』
~志を立てて以て万事の源と為す 交(まじわり)を択(えら)びて以て仁義の行(こう)を輔(たす)く 書を読みて以て聖賢(せいけん)の訓(おしえ)へを稽(かんが)ふ~
“あらゆる事の根本を為すのは、志を立てることである。仁義を貫くには、多くの人の支えが必要である、その為には、人との交わりが大切である。聖人の教えを参考にして今に生かすようにするには、書物を読むことである。” 吉田松陰は10歳のとき明倫館(長州藩の学校)で教鞭をとったそうです。

 教員のやりがいは、管理教育からは生まれない
 「報告・連絡・相談」にプラスして「確認」の徹底をあげる校長先生が多い。教員は、校長からの管理が強化されているが、それは、校長も教育委員からの管理が強まっていることに他ならない。管理が強まるということは、教員の自主性や創造性が削がれるということにつながる。
 教員こそクリエーティブな仕事はないと思っていたが、それは遠い昔の話である。まだ自分が新卒のころは、「学級王国」と言われ、個性的な教員が多くいて、独特の学級経営をしていた。それにより教員同士の切磋琢磨があった。当時は、それに対して管理職からとやかく言われなかったように思う。ところが、今は授業妍をすれば、「学習指導要領のどこにそんなこと書いてある?」、板書の仕方、ノートの取り方、学習のルールまで、こと細かく決められていて、それをしないと指導が入る。だから教師は、決められたことを決められた通りにやるようになる。マニュアル教師と呼ばれる所以だ。
 さらに日常的な時間外勤務と理不尽なことを言ってくる保護者対応が加わっている。精神疾患を患う教師が増えるはずだ。そんな先生が「キャリア教育」(?)チャンチャラおかしい!ルールを守らず、規則で押さえられる子どもたちは、反発して暴れることを教師は知っているはずである。
 教員の働き方改革では、仕事内容の精選を訴えているが、根本的な問題として、これまで文句も言わずにやってきたのは、教師としてのやりがいの上にサービス残業があったからだ。働き方改革の真の狙いは、モチベーションを上げることでなければならない。
 学習指導要領を読んでも、細かく具体的にこう指導しなさいとは書いていない。ところが学校に降りてくるとなぜか変わってくる。教育は、教師の自主性と創造性に負うところが大きい。だから4%の教育特別が付いたはずだ。
 教員から自主性と創造性を取ってしまうと教員を志す人はいなくなるだろう。労働時間の時短も大事だが、根本的なところを大事にしてほしい。

2019年11月28日木曜日

花だより こんな環境で子どもを育てたい キチジョウソウ


《心がほっとステーション》 こんな環境で子どもを育てたい 
「先生、私、結婚して子どもが生まれて、来年小学生になります。去年、〇〇に家を建てました。」
「どうして、そこに家を建てたの?もっと便利なところあったでしょ!」
「そこの地域を車でよく通っていたんです。そしたら、横断歩道を渡る小学生が、みんな運転手さんの方を見て頭を下げるんです。」
「たぶん、学校でそう教わっているんだと…。そんな学校でうちの子も学ばせたいと思って、家族で相談して、ここに決めたんです。」
「そこの学校の校長先生に話しておくよ。きっと喜ぶと思うよ。」
 学校には校区があって、保護者には基本的には学校選択の自由はありませんが、今は、学校も選ばれる時代になりました。公立の学校であってもPRが必要かもしれません。
 若松小学校は特認校でしたのでPRビデオを作り、市内の各幼稚園、保育所を回り、入学者を募ったことがありました。
 コミュニティスクールの考えが進み、開かれた学校づくりが求められています。学校の都合だけで学校経営をする時代ではなくなりました。全て迎合する必要はありませんが、保護者目線で学校経営を見直すことが求められています。

2019年11月27日水曜日

花だより 敏感で傷つきやすい子(HSC) アゼトウナ

「敏感で傷つきやすい子(HSC)」について知ろう
                    弘前医療福祉大学教授 小 玉 有 子
                       (月刊「学校教育相談」9月号)
 ~昨今は「鈍感力」が多くの人にとって強みになっています。しかし、「鈍感力」を磨きたくても自分の特性から逃れられず、どんどん自己肯定感が低下してしまう子がたくさんいます。~
 敏感にいろいろな情報をキャッチしてしまうために、些細なことにもビクビクして日々を過ごしている子がいます。教室ではいつも誰かに見られているようで緊張しているとか、グループ作業すると細かいことが気になって集中できないとか、さまざまな困難さに直面しています。さらに、「気にしすぎだよ」「大げさだよね」「面倒くさい人」等、友だちや教師からのネガティブな表現に、傷ついているのです。
 世の中には、繊細な敏感な感受性の高い人は、5人に1人くらいの割合で存在していると言われています。また、自閉傾向がある人たちにも感覚過敏がみられます。最近ではエンパス体質(自分のことのように、相手の気持ちが理解できる)という言葉もよく聞かれるようになりました。そこで、「敏感で傷つきやすい子(HSC)」について、基礎的な情報を整理してみました。
 HSPとHSC
 HSP(person)は、日本では「とても繊細な人」「敏感すぎる人」「ひといちばい敏感な人」等と訳されていて、子どもの場合はHSC(child)と呼ばれています。
 遺伝的な特性としての敏感さを持つと言うことで、これは生まれつき持つものであり、正常な特性です。病気ではありません。人口の15~20%の人にみられます。
 生物学的には、この特性は人間だけでなく、昆虫から霊長類に及び100以上の種にもみられるということがわかっています。そして、どの種についても、刺激に対して「より敏感に反応するもの」の比率はだいたい同じで、全体の15~20%だと言われています。HSP・HSCを障害とはっきり分けて考えていますが、自閉特性と区別するのが難しいケースや両方の特性を重視して持っている場合も考えられるので、十分な観察が必要です。
 4つの特性「DOES」
D:深く考える O:過剰に刺激を受けやすい E:共感力が高い S:些細な刺激を察知する
 自閉傾向に見られる感覚過敏
 ・触覚過敏 ・聴覚過敏 ・視覚過敏 ・臭覚過敏 ・味覚過敏 ・食感過敏
 HSP,HSCと区別するためには、発達障害の特性も十分理解しておいた方がいいでしょう。
 鈍感力と敏感力
 渡辺淳一氏が『鈍感力』というエッセイを書いて以来、「鈍感力」という言葉はすっかり市民権を得ました。「鈍感力」とは、些細なことを気にせずに、ポジティブに物事を考える力のことを指します。他人の視線や世間での自分の評判などをいちいち気にしすぎるのではなく、自分に自信をもって堂々と過ごすための能力です。昨今は「鈍感力」が多くの人にとって強みになっています。
 しかし、「鈍感力」を磨きたくても、自分の特性から逃れられず、どんどん自己肯定感が低下してしまう子もたくさんいるのです。「敏感(繊細)は、文化によって異なった評価を受ける。敏感であることに価値を置かない文化では、HSPは低い自尊心を持つ傾向にある」と言われています。
 しかし、例えば、ライオンに狙われているウサギを想像してみてください。ライオンの視線や気配、足音等に敏感に気づくことができる個体こそ、生き残る可能性が高いのです。
 生き残るウサギになろう
 HSCの子に「あなたの脳は、他の人より敏感で、いろいろな情報をキャッチしすぎるのかもしれない。でも、あなたの敏感力はあなたの強みでもある。気になる視線が安全かどうかを判断できるのもあなた自身です。」と話しました。同級生の視線を感じたら、顔をあげてその視線の元を確認し、○か×か、判断してみることを提案しました。「もし、あなたがHSCなら、あなたは生き残るウサギになれるよ」 その子は、はじめて笑顔を見せました。
 子どもたちが「敏感力」を強みにするために、そして自己肯定感を育むために、われわれ大人はどのように支援できるのでしょうか。どのような言葉かけをすべきなのか、教師も保護者も、今一度立ち止まって、考えてみる必要がありそうです。
                               (牧野要約)

2019年11月26日火曜日

花だより 暴力はなぜ母親に向かうのか? サフラン

小中学生の問題行動の中で、集団的な暴力はすっかり影をひそめ、家庭内暴力、特に母親に対する暴力が増えています。
  暴力はなぜ母親に向かうのか?
 警視庁が出している「少年の家庭内暴力は誰に向けられているのか」という統計で、家庭内暴力の約6割が母親に向けられているそうです。一方、父親に暴力を振るうのは全体の約1割程度ですが、最近では少し比率が上がってきています。
ちなみにこの統計は、19歳以下を対象としたものですが、それ以上の年齢層であっても、やはり多くの家庭で母親が暴力のターゲットにされていることがほとんどです。
1 なぜ母親がターゲットになるのか?
(1)母親の方が子どもと向き合っている時間が単純に長い
 子どもの中で感情のマグマが溜まっていき、ある日突然何かのきっかけで爆発する時、目の前にいる母親に対して矛先が向かうからです。
(2)母親への「依存と甘え」
 子どもの人生が母親の生きがいになっているという母子カプセル化ケースなどでは、特にこの「依存と甘え」が表出します。子どもにとって自分を生み育ててくれた母親というものは、いつまで経っても「依存と甘え」の対象になりやすいのですが、この母親へ向かう「依存と甘え」にメスを入れる役割は父親にあります。
 ところが、父親が家庭に無関心であったり、母親へのDVを繰り返している場合には、自然と母子関係が強くなりすぎてしまう傾向にあります。
そうなると母親への執着が生まれ、べったりと寄り添うあまり離れられなくなってしまうのです。時には弱音を吐いたり、愚痴を吐いたりする母親に対して、代理人としてその対象を攻撃したり、復讐したりして母親への強い味方意識を持ってしまいます。
(3)現実と空想世界の区別がつかなくなり、パーソナリティ障害の症状へ向かう
子どもが心の混乱状態の中で、もし母親が少しでも子どもから離れたり、逃げ出したりしようものなら、執拗に追いかけては探し出し、暴力を振るってしまうことも少なくありません。年齢なども一切関係なく、40歳前後の成人であっても、60~70歳の母親に対して追いかけまわし、暴力を振るっているケースも実際に存在します。
2 罪悪感と暴力
 しかし、根底では子どもは母親想いであり、母親のことを愛しています。ですから暴力を振るってしまった後で、必ずと言っていいほど母親に対して「申し訳ないことをしてしまった・・・」と深く反省の念も抱いています。
「こんな暴力ばかり振るっているダメな自分を絶対に見捨てずにいてくれるのか?」という不安の中、暴力を続けることで母親を試し続けていくのです。どんなに殴っても母親は逃げないし、倒れないという幻想を心から思い続けて、より一層暴力はエスカレートしていってしまいます。
 彼らは、「母親だけは絶対に離したくない存在」として全精力をかけて、その愛というものを確かめたいと切望しているのです。
 こういった考えを抱くようなレベルになってしまうと、本格的にパーソナリティ障害の域に達してしまいます。

2019年11月25日月曜日

花だより 教師の話しすぎはよくない。モミジ


教師の話しすぎはよくない。子どもの思考の妨げになる。(校内研修の反省)
 全国学力調査で長文読解力、記述式問題の正答率が極めて低い。(特にB問題、国語、算数ともに)考える力、思考力、判断力、表現力が弱いという結果が出ています。これは学力調査が始まって以来、変わりません。B問題の学力UPは、これからの課題です。
 そのためには授業を見直さなければなりません。国語の時間にどれだけ本を読み、どれだけ考え、発表する時間が補償されているかということです。先生が1時間のほとんどを話し、子どもの発表を先生が補足して、まとめて、板書して、それを聞いて書き写し、「わかりましたか?」これでは力が付きません。課題解決(的な)学習にはなりません。
 5年生の授業研(国語「まんがの方法」)は、説明文の読み取りの発展から、自分でマンガを選び、表現方法の工夫を探し、それを交流・発表する活動です。これはB問題の読解、記述式につながるものです。こうした授業の工夫・改善が学力向上につながることを期待します。
 校内研の授業反省では、仮説に結びつけて、自ら課題意識を持ち、意欲的に活動することができたか。自分の考えをまとめて、かつ発表することができたか、そこに焦点を当てるべきです。どの研究でも仮説や研究内容は立派ですが、その取組の結果、子どもたちはどう変わったか?その検証が曖昧です。「教育は、すぐに結果は出ない。」そんな逃げはもう許されません。

2019年11月24日日曜日

花だより 日本の職人さんから学ぶこと ヒガンバナ

“日本っていいな!” 
 TVH「和風総本家」:毎週欠かせず見る番組です。日本の伝統文化や職人、世界に進出している日本の技術を紹介している番組が増えてきました。風土や歴史から生まれた日本独特の文化を外国人が高く評価し、興味を持っています。グローバル社会ではありますが、日本の文化をもっと知るべきです。
 日本の職人さんから学ぶこと
 昨今、盗作疑惑というモノが騒がれています。インターネットの普及により情報がグローバル化し、一般人でも画像検索をかければ世界中の類似のモノに容易にたどりつくことができるようになりました。そして、それに対して個人がSNSを利用して「パクリだ」と発信し広がっていくことがあります。著作権は守られるべき権利で盗作を肯定するつもりはありませんが、ちょっと待ってもらいたい。
 優れた作品というモノが、ある日突然何もないところから現れるのでしょうか。過去の影響を受けていない作品というモノはないと考えます。学問もそうですが先行研究があるから次につながっていくわけで、すべてをリセットしてゼロから生み出すというのは途方もない労力を要するものです。芸術にしても過去の優れた作品、技術があるからこそ新しいことにつなげていける。そうでなければ「文化」は断片的になってしまい、成長していかない。文化は過去に学び、次につなげることで確立していき、やがてそれは伝統と呼ばれるようになっていくのです。
 「学ぶ」ということについて 近年教育現場では「自ら学ぶ力を育てる」ということが話題になっています。自ら学ぶとはどういうことなのかでしょうか。
①人から教わる 之は人から直接教えを乞うということです。学校の授業など、最も一般的な方法です。しかし、教える側の主観が強すぎたり、一方的になりがちで自ら学ぶという姿勢は少なくなる可能性があります。
②人から盗む これは職人など実技が伴う業界でよく言われることです。芸術などの分野では言葉で伝えられることは限られているため、手取り足取り教えてくれるのは希であり、師匠や先生を見て勝手に学んでいくモノです。
③書物から学ぶ 技術書など文字化されたものを読むことで実際に本人を前にしていなくても学ぶことができる。ただ文字で表されだけただけは伝わりにくいことも多いのです。
④モノから学ぶ これは文字や言葉でなく実際に存在するモノを通して、学ぶということです。結果は目の前にあっても、高低は分からないので推測していくことになります。
⑤経験から学ぶ これはおそらく一番身に付く学習方法かもしれません。自分自身の経験を基に学習していく。特に失敗による学習が重要です。失敗した原因を探りそれを改善し次につなげるのです。
 それぞれ長所短所がありますが、少なくとも学ぶという行為は自ら興味を持ち、研鑽を深めていかなければ身に付かないものです。日本の職人さんは、②・④・⑤から学んでいます。
 つまり①の人から教わる授業は、あまり効果がないということです。授業改善のヒントはこんなところにもあります。今盛んに言われているアクティブ・ラーニングは、こうした考えに基づいています。

2019年11月23日土曜日

花だより 清々しさって何ですか? リンドウ


 ~日本のお母さん方へ~ 「清々しさって何ですか?」
 「品格」とは、気取った話し方やすました態度のことをいうのではなくて、稟とした清々(すがすが)しい心のもちようなのだということです。「品格」のない若いお母さんたちをあちこちで見かけるようになりました。スーパーマーケットで売られているぶどうを一粒とって、そのまま口に入れた子どもがいました。その様子を見ていたお母さんがこう言ったそうです。「あっ、ダメ。洗っていないから汚いでしょ!」
そばにいた店員が見かねて「そんなことされたら困ります。」と注意をすると「食べられて困るなら、きちんとラップして売って下さい。」と食ってかかったといいます。
なんとも殺伐とした光景ですが、最近こんなお母さんがわりとたくさんいるようです。
「自分の子どもは悪くない。悪いのは周りの人たち」という理屈にならない理屈をふりまわして、子どもをかばっているお母さんたちです。
 「ぼく(わたし)悪くないもん」という未熟な精神状態のまま大人になってしまった人たちが、はたしてこの国を支えていけるかと考えると、気持ちが悪くなります。マナーを身に付けない、そして、ルールを守れない子ども、わがまま放題で自由をはき違えた子どもが再生産されていくことになります。
 「品格」のある人間とは、しっかりとしたマナーを身に付け、きちんとルールを守れる人をいいます。人に対する優しい気持ちや世の中のルールを教えられるのは家庭しかありません。それを子どもに身に付けさせるのが「しつけ」なのです。学校は、家庭でしっかりしたしつけがなされていることを前提にして運営されているのです。やっていいことと悪いことの区別を教えられるのは何をおいても家庭なのだということを是非わかっていただきたい。(多 湖 輝 著の「母の品格」より)
 中国人観光客の爆買いとかマナーの悪さが言われていますが、ハローウィンの日、渋谷の交差点でバカ騒ぎをしている様子が各局のニュースで取り上げられました。日本人の「品格」は、大丈夫でしょうか?

2019年11月22日金曜日

花だより さまよう教育行政 ピラカンサ



さまよう教育行政
             教育ジャーナリスト文化学園大学名誉教授 野 原  明
                      (「教育展望11月号 要約:牧野) 
 この数年、文部科学省の施策がさまよい続けている。
■高大接続システム(大学入試)改革の実施
 文部科学省は、政府の教育再生実行会議の提言と中央教育審議会の答申に基づいて、大学入試センター試験に代え、2020年度から「大学入学共通テスト」を実施することを決めた。
*単なる知識の量だけでなく、思考力・判断力を見る記述式の問題を出す
*英語の「読む・聞く・話す・書く」の4技能を測るためのテストを民間業者に委託する。
 ▼記述式の出題・・・採点の公正・公平性の確保などの問題
 ▼英語の民間試験・・・全国高校長協会が反対を表明し、民間業者は、責任を持った対応が難しいことから、文科省は延期を表明
■学習指導要領の改訂
 今回は、教育内容を改訂してきたこれまでと異なり、教育の方法についても改める方向を示している。
「主体的・対話的で深い学び」「社会に開かれた教育課程」「教科等横断的な教育課程の編成」「カリキュラム・マネジメント」がそれである。
特に「教科等横断的な教育課程」の編成は、いわゆる「生活・体験主義」の教育課程の実現を図るもので、これまでも論争が繰り広げられ、「這い回る経験主義」と酷評され、排除されてきた経緯がある。
 これを進めようとするならば、現在の教員に対する指導・研修が必要だが、その方策は不明のままである。
■小学校の外国語活動の重視について
 授業時数の確保は全て学校に委ねられ、現場は、どこから捻出するか悩んでいる。
 「学校の働き方改革」で学校内業務時間の上限を示しているのと新たな指導要領が求める業務の拡大とは明らかに矛盾している。学校に丸投げしている行政の無策が目立つ。
■教育行政の混迷
 自民党教育再生実行本部の提言に始まり、政府の教育再生実行会議を経て進められる官邸主導・現場軽視のやり方に原因があると考えざるをえない。
 日本私立大学連盟の鎌田会長は、「最近の文科行政はきちっとしたビジョンがないまま(官邸主導の有識者会議などから)責められればそれに応え、パッチワークみたいだ」と批判している。指摘されるような主体性のない行政の責任は重い。   


2019年11月21日木曜日

花だより 世界無形文化遺産「和食」 リュウノウギク


 世界無形文化遺産「和食」 
 その土地の美味しいモノを食べるのも旅の楽しみの一つです。財布のひもも緩みがちになり、ちょっと背伸びしたお店に入ってしまいます。そして、年をとると和食中心の選択になりがちです。東京や京都、そして今年は、山口を訪れました。北海道(オホーツク)とは違った店の佇まいがあります。風情のある中庭、いかにも高級そうな置物や掛け軸、そして器に洗練された盛りつけの料理とおもてなしに豊かな気持ちになります。なるほど世界遺産です。
 料理人として伝えたいこと       
           土山 憲幸氏 (元赤坂プリンスホテル総料理長) 
 おもてなし 料理の力は30%で、あとは雰囲気や環境、そして「おもてなし」が大きな役割を占めます。料理人は、季節にあった新鮮な食材を、その持ち味を生かすように調理し、盛り付け、取り合わせ、器との調和など見た目の美しさも考え、温かいものは温かく、冷たいものは冷たくお出しし、最高のおもてなしをするように心がけます。人に対する暖かな気遣いが「おもてなし」の基本です。
 日本人の平均的な口の大きさは約3センチだと言われています。ですから料理をつくるときには、約3センチに切ってお出しします。刺身、お新香、煮物でも基本は3センチです。それ以上のものは箸で崩せる硬さにします。例えば、がんもどきは耳たぶくらいの硬さ、焼き魚も切り身して箸で崩せる硬さに焼き上げてお出しします。
 五味(酸・苦・甘・辛・塩)昔は、冬は保存食の味噌漬けや醤油漬けなどを食べていました。塩分を摂りすぎると腎臓に負担がかかりますから、春先に酸っぱいものやえぐみのある山菜などを食べて冬に身体に溜まった毒素を出します。日本は「苦み」を重視する傾向があり、これは他の国の料理と違うところです。
 季節に合った旬のものを食べることや五味をバランスよく食べることが身体のためにもいいのです。五味が全て入っている食物が「味噌」です。味噌汁の中に五色の食材を入れたのが御御御付け(おみおつけ)です。「御」という文字が3つも付いた、たいへん身体に良い食物です。
 料理はバランスをとることが大切です。まるい器には四角く盛り、四角い器には丸く盛ります。そうするとバランスがとれて心が落ち着き、きれいだな、美味しそうだなとなります。
 夏は薄い器やガラスの器を使って涼しそうに盛り、冬は厚ぼったい皿になだらかに盛ってあげると温かく見えます。これが盛りつけの基本です。 
 「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。これは料理だけでなく、食べ物に関わる生活様式や自然の中に生かされていることを感謝しながら生活する日本人の食文化も含まれます。
 料理で一番大事なのは「自然」だと思います。自然が保たれていないと美味しい野菜や魚、肉は育ちません。人間は全てのものに感謝と思いやりの気持ちを持ち、もっと謙虚に生きなければならないと思います。「いただきます」「ごちそうさま」と、食前、食後に手を合わせる習慣も大事にしていきたいと思っています。
 5年国語の教科書「まんがの方法」の中に“まんがは理屈ぬきにおもしろい”でも、よく調べてみると独特の表現手法や作者の工夫が見られる。それを理解するとさらにまんがを楽しく読むことができる。美味しい料理は、理屈抜きに美味しいと思っていましたが、そこには伝統・文化から生まれた洗練された「おもてなし」のこころがあったのです。

2019年11月20日水曜日

花だより 「生きる力」と3つの「さ」を大切に イワレンゲ

 生きる力」と3つの「さ」を大切に『さわやかに・さりげなく・さいごまで』
 土曜日、学校に来ると駐車場に高級車が停まっていました。土曜警備(土曜休日の午前中勤務)の五十嵐さんの車です。退職後、魚釣りや菜園づくりなど勝手気ままな、悠々自適な生活をしていましたが、シルバー人材センターから、「学校警備の仕事をしてみませんか?」と誘われ、子どもたちのために何かお役に立ててればと思って引き受けたそうです。
 中庭の草取りをしていると、「校長さんが、休みなのに出てきて草取りをするんですか?私がやっておきますから…。」職員室前の観葉植物の水やりをしていると、「校長さん、この“金の鳴る木”は、剪定しないとダメだね。任せてもらえるのならやっておきますよ!」と言ってくれました。
 秋になると中庭は、桜、カエデ、イチョウの落ち葉でいっぱいになりますが、土曜日毎に五十嵐さんがきれいに掃除をしてくれます。
 高く伸びたサボテンが、冬を越して元気がなくなり、茶色になって枯れてきたので、切って捨てようか?と思っていたら、「校長さん、いやいやまだ大丈夫だ!」と言って、家から立派鉢を持ってきて、支柱を立て、肥料を足して甦らしてくれました。
 校長室に天井まで届きそうな青年の木(ユッカ)がありました。大きくなりすぎてバランスが悪く、すぐ倒れそうになるので、夏休みに入ってすぐ切りました。「校長さん、植物には『生きる力』が!世話をちゃんとしたら、新しい芽が出てくるかもしれない。」と言われて、ハウスの中に入れて、水をやっていましたが、一向に新芽は出てきません。それでも辛抱強く水やりを続けていました。すると9月の末になって、新芽が出てきました。10月に入り、気温が下がってくると、ハウスから校舎の中(日当たりの良い、暖かい場所)に移しました。それから芽がぐんぐん伸び出しました。植物の『生きる力』は大したものです。感動しました。
 全校朝会でこの話をしました。「みんなが大きく成長するのは、何が大切ですか?」と問うと「栄養のあるモノを食べることです。」と答えた子がいました。その通りです。そして、植物と違って人が大きく成長するために必要なのは、ご飯を食べるだけでなく、学校で勉強することです。
 五十嵐さんは、学校が休みの土曜日の勤務です。ほとんどの人は五十嵐さんのことを知りません。ボランティアで大切なことは、人の為に尽くす、報酬を求めない、継続して行う、(さわやかに、さりげなく、さいごまで)と言います。五十嵐さんを見ていると、この通りの人だなあ!と思います。皆さんの知らないところで、北小を支えてくれている人がいます。

2019年11月19日火曜日

花だより 働く意味(障がい者の就労) ムラサキシキブ


 働く意味 ≪日本理化学工業≫ 就学継続支援事業
 日本理化学工業は全従業員84人中62人が知的障がい者(内26人が重度の障がい者)が働いている、学校で使うチョーク製造を主とした会社です。(平成31年2月現在)
 会社設立は昭和12年ですが、知的障がい者の雇用は昭和35年2人を雇用したのがスタートでした。このような障がい者多数雇用を目指したのは、禅寺のお坊さんから「人間の究極の幸せは、1つは愛されること、2つ目はほめられること、3つ目は人の役に立つこと、4つ目は人に必要とされることの4つです。福祉施設で大事に面倒をみてもらうことが幸せではなく、働いて役に立つ会社こそが人間を幸せにするのです」と教わったからでした。
障がい者たちの頑張りのお陰で国内チョーク業界にあってシェア70%を超えるトップメーカーなっており、重度の障がい者達でも企業の貴重な労働力となることを実証したのです。
 この間会社は、知的障がい者から一般社会では得られない多くの気づき、それも人間としての生き方、社会・国のあり方まで多くの示唆をもらいました。この気づきは多くの方に伝えることが日本理化学のもう一つの使命と考えています。
 日本理化学の障がい者の採用基準は重度障がい者の雇用という事もあり、①自分の身辺処理は1人でできる ②簡単でも返事ができる ③.一生懸命仕事する ④周りの人に迷惑かけない の4つであり、従って時間をかけて教え指導するのではなく、それぞれの今もっている理解力に合わせて作業ができるよう環境を整える事に重点をおいています。
 今ある理解力で(例えば材料の計量は、文字を読み、数字を合わせるのではなく、色の容器同色のおもりで作業する。時間の作業は砂時計をみて作業するなど)仕事ができるようにしてあげると、禅僧のいわれた通り、役に立っている幸せを感じ集中して一生懸命仕事する人たちであることを知りました。
 訪れた見学者から貴重な気づき
 小学校の5年生が見学したあとの御礼の手紙に「神様はどんな人にも世の中で役に立つ才能を与えて下さっているのですね」とあり、神様は人間を人の役に立つことを幸せに思う人間に作って下さり、周りの大人が役立つようにしてあげれば一生懸命やってそれが才能にもなるのだと企業の役割の大事さを教えられました。
日本理化学の知的障がい者は、国民みんなが幸せになるよりよい国づくり提言まで気づかせてくれたのです。この気づきを多くの方々に伝え、また多くの方々の賛同を得て、共生社会を実現することを日本理化学の使命と考えております。
 皆々様のご支援を切に念じて止みません。
NHKでこの会社を取り上げた番組を見ました。こうした障がい者の就労を支援する事業(就労継続支援事業)があります。
 就労継続支援事業~通常の事業所に雇用されることが困難な障害者につき,就労の機会を提供するとともに,生産活動その他の活動の機会の提供を通じて,その知識及び能力の向上のために必要な訓練を行う事業の事を言います。雇用契約を結び利用する「A型」と、雇用契約を結ばないで利用する「B型」の2種類があります。
そのA型就労施設は、北見にもいくつかあります。
 日曜日、妻が「今日のお昼は外食にする?どこかいいところ知っている。」と言うので、「前々から一度行ってみたいところがあるんだ。」と仕事で知った人が働いているお店に向かいました。
 妻は、「あの人がそうなの?笑顔で接客しているし、他の従業員に指示して、店長さんみたいでしょ!」と驚いていました。
 お店は、ビュッフェスタイルのセルフサービス、働く側に配慮されていました。メニューも限られていますが、リーズナブルの価格で、休日ということもあってか賑わっていました。
 若者の中には、働く意味が見い出せない。定職を持てない「ニート」が増えているといいます。人手不足でコンビニの深夜営業ができなくなり、AIを活用して店舗の無人化を進める時代になりました。働き方が大きく変わろうとしていますが、障がい者の働く姿から、本来の働く意味を考えさせられました。

2019年11月18日月曜日

花だより 習熟度別指導 ウメバチソウ

 《習熟度別指導》
 手取り足取り(細かいところにまで行き届いた世話をするさま。何から何まで丁寧に教えるさま)
 昔の職人さんは、弟子入りをして、「見て覚えろ!技を盗め!」と言われたものです。学校では集団の中での学習効果を期待されます。それは、それで効果はありますが、技術(スキル)を身に付ける最も効果的な方法は、個人レッスンです。現在活躍している野球選手やゴルファー、卓球の選手などのスポーツ選手は、子どもの頃から、親の手取り足取りの個人指導によって、一流になった選手がいます。
 習字の指導では、運筆、筆の入り、止め、はらいなど、口で説明してもなかなかその通りには書けないものです。力の入れ方、筆を運ぶスピードは、手を取って一緒に書くことで感覚的に身に付くものです。ところが、授業中に全員にそれをするのは無理です。
 北小では、1つのクラスに複数の先生が入って指導しています。(授業改善推進チーム事業、指導工夫改善加配、退職教員活用事業時間講師、北見市学力向上支援講師など)また、つまずきに応じて少人数に分けて指導(習熟度別)したり、場合によっては“個別指導”もしています。10年ほど前までは、クラスを分けて指導するのは、「差別教育だ!」という人がいましたが、今ではそのようなことをいう人はいません。分からないことをそのままにしておく方が問題です。その子に合った指導方法で、全員に確かな学力を身に付けさせます。

2019年11月17日日曜日

花だより 書写実技研資料 イソギク


 書写実技研資料
           オホーツク管内書写書道教育研究会 元会長 牧 野 喜 充
小学校の授業で先生方が一番やりたくないのが書写(特に3・4年生)の時間です。「校長先生、毛筆だけ持ってもらえませんか?」と頼まれることがよくあります。先生方自身が毛筆の経験があまりないことと準備と片付けが大変だからです。1時間に半紙3~4枚書くのがやっとです。それで上達するとは到底思えません。パソコン・スマホの時代になって手書き文化はすっかり姿を消していますが、学習指導要領から無くなることはありません。日本の文化を守る意識は、まだ強いようです。
西郷隆盛、勝海舟など昔の偉人には達筆な人が多くいました。一筆書いて宿代の代わりにしていたとかで各地に書が残っていて、よく「鑑定団」に出てきます。しかし、現在の知識人と言われるテレビによく出るコメンテーターの手書きのフリップを見ると「これじゃあ、お金は取れないな?」と思います。
若い先生の板書も気になります。「誰だ!黒板に勝手に書いたのは?」と子どもたちに聞くと「先生です。」と???やっぱり書写は必要なのかもしれません。
以下、小学校の校内研修に招かれたときの資料です。
まず先に言っておきます。「字の上手下手と知能とは、無関係!だそうです。」
【書写指導のねらい】
筆順に従って正しく、整えて、読みやすく、目的や必要に応じて、調和よく、速く書く能力を育成する。(学習指導要領)
「書写」「習字」「書道」同じようで意味が違う? 
1 準 備 (できるだけ休み時間のうちにやっておく)
① 余計なものは全てしまう。墨を飛ばしていけないものを片付ける。
*墨液の入れ物は、机の上には置かない。使ったらすぐしまう。
② 白のフリフリ服は厳禁(書写(毛筆)の時間は、通信で必ず知らせる。)
③ 机は前向き、隣と離す(前後左右を広くとる)
④ 水黒板と水黒板専用筆 筆は、一度も墨を含ませていないものを必ず使う。
⑤ 水黒板の代用の実物投影機(プロジェクター)今はこれが便利。
⑥ バケツ(水)数個
⑦ お手本(B4版) 名前のお手本も用意する。
⑧ 新聞紙(机の上に一枚、机の左下に一枚)*バケツの底に敷く
⑨ 半紙を配る。(一人4枚から5枚、一枚は、名前を書くとき用にとっておく)
⑩ 筆ほぐし(墨を馴染ませる) 
2 道 具 書道用品のことを「文房具」という
① 筆~「弘法筆を選ぶ」ある程度高価な筆を使うとうまく書ける。
・種類~鼬(いたち)、羊毛、狸、馬、その他(赤ちゃんの髪の毛)
*千円以上の筆がいい。(高い筆だから、大事に扱うように子どもに言う)
  ・100均の筆は使わない方がよい。 
② 硯~今は石ではなくプラスチックでリバーシブルが主流、裏は書き初め用 墨液を使うのでこれで十分
・墨の量は少なめに入れる。使い切るようにする。残った墨を片付ける時に、よく悲劇が起きる。
③ と墨液・墨汁~墨のすり方は、最初に教えるだけで墨液を使う。
 ・お母さん大好き、洗濯で落ちる墨(100均の墨)は、時間が経つと消える。
 ・作品展示用(作品募集)には使えない。
 *墨液と墨汁の違いは?商品名の違い。開明は「墨汁」、呉竹は「墨液」
 ④半紙~全紙(和紙)を半分にしたもの 
  半紙は243mm×333mmB4用紙257mm×364mとほぼ同じ大きさ 
 ・書き初めで使うのは、条幅(じょうふく)という。
 ⑤文鎮~セパレーツが主流 両端に斜めに置く
 ⑥下敷き~しわしわ、よれよれなら、使わない方がいいが、今の下敷きは、しわになら
ないように工夫されている。最新の習字セットを購入するのが良い。
 ⑦習字セットについているスポイトは、水を硯に入れるもので残った墨を吸い取るもの
ではない。
3 準 備
(1) 半紙は体に正対しておく。
  *書道、柔道、剣道、華道、茶道など、道が付くのは、すべて礼儀や姿勢を重んじる。
  *書写は、わいわいガヤガヤやるものではない。
(2) 硯は右に、硯の陸の部分は手前に置く。(書は、左利き用にはなっていない)
  習字道具以外のものは机の上には置いていないかチェックする。
(3) 筆が固まっていないかチェックする。(ほぐして、墨となじませる)
(4) 下敷きはしわくちゃになっていないかチェックする。
4 呼吸とリズムと空間バランス
(1) 書は、白と黒、濃い・薄い、速い・遅い、対照の芸術
(2) 等間隔と空白を包み込む(美的感覚が求められる)
(3) 息を止めて書くと曲がらない
(4) 現代人の文字事情
① 字の形は、それぞれ違う。活字ように全て□ではない。美的感覚が求められる。
② 今は横書きが主流になり、右払いが中途半端で「とめ」になっている。縦書きの中心線をそろえる感覚がない。
③ 丸文字、ゴシック体などのフォントに慣れ、正しい筆記体の文字が書けない。
  *上達のコツは、上手な字を多く見ること
5 筆遣いと評価
(1)左利きの子への指導
・左利きの子にも右で書かせてみて、どうしても無理なら左にする。
・毛筆で大きな字は右、硬筆は左、どちらでも書けるとかっこいい!
・書写の評価は、毛筆の作品だけで決まるわけではない。
(2)筆の入り、おれ、とめ、はらいは、口で説明しても子どもには分からない。
   手を取って一緒に書いて感覚で覚えるしかない?
*評価は、赤を入れる。コメント書く。「とても力強い字」「筆の入り、とめがとても
ていねいに書けました」など
 *できるだけ速く掲示(展示)する。
(3)作品展の審査(管内小中学校書道展の場合)
・学年で課題(3年「ビル」4年「左右」5年「成長」6年「友情」)が決まっている 
ので、そんなに差が生まれない。最後の決め手は「名前」、名前が丁寧で上手だと
「入選」間違いなし。その子の力量(センス)が出る。
・どんなに上手でも半紙が汚れていると審査対象外になる。
・小学生の場合は、濃く、太く、大きい字が高評価になる。
・作品展の入選は、筆と半紙と墨で決まる。上質なものは、見た目が全く違う。
6 反故(「ほご」~書に由来する言葉 書き損なったりして不要になった紙のこと)
(1) 新聞紙を半分に切って綴じた間に、書いた作品(清書)をはさんでいく。
(2) 反故(清書以外の半紙)は、筆の後始末の時に利用する。(硯の残り墨を吸い取る)
7 道具の後始末(これが一番厄介、先生方がそれぞれいろいろ工夫している)
 *後始末の前に、清書した作品を提出する。(ある程度乾かしてから、新聞紙にはさめる)
(1) 筆の後始末が最重要ポイント(反故でよく墨をきる。穂先を傷めない。お湯で洗わない。)
(2) 筆の穂先を整える。(キャップはしない。最初に付いているキャップは、使い始めたとき捨てる。)
(3) 反故(四つ折りにして)で硯の墨をふき取る。
(4) ふき取った反故は、用意しておいたごみ袋に捨てる。(段ボールの箱、教室の前と後ろに置く)
(5) 片付けが終わった後、手をチェックする。
*字の上手に書ける子は、手が汚れていない。(余計なことをしていないから)
(7)墨をこぼしたときの始末の方法
*薄めた洗剤とトイレットペーパーでふき取る。新聞紙で拭くと広がるだけ
(8)できれば教室以外で図工室など、流し台のある教室がよい。 


2019年11月16日土曜日

花だより 少年鑑別所の役割と最近の非行少年 ミセバヤ


~令和元年度 北見方面少年補導員等地域カンファレンス~
                                (牧野要約)
 少年非行は減少しているが、非行内容の変化が心配
【講演】 「少年鑑別所の役割と最近の非行少年」
           札幌少年鑑別所釧路少年鑑別支所 所長 田畑 賢太 
■「鑑別」の目的
 「その少年がなぜ非行をしたのか、原因や問題点を明確にする」ということと、その上で「どのような働きかけをすれば、再非行を防げるか、少年自身の処遇の方針や実際の指導の内容を決めていく」ことです。
 最終的に処分を決めるのは裁判官ですが、この子をどのように指導してほしいかは鑑別所の心理技官がいろいろ検査して、鑑別結果通知書を作成して裁判所に提出します。
■鑑別の流れ
 鑑別所は、そんなに長くいる場所ではありません。少年院は1年くらい中で生活していきますが、鑑別所はせいぜい1ヶ月くらいしかいることができません。1ヶ月の間に鑑別を行い、審判を受けて、少年院に行くのか保護観察になるのか、場合によっては、刑務所に行くか児童相談所に行くのか、いろいろな処分が決まります。 
  「面接」+「心理検査」+「行動観察」→「鑑別結果通知書」
*再非行防止をする上では、まず「鑑別」をして、原因や問題点をつかむことが大切という考えで国の制度として非行少年対策があります。
 その子どもによって必要な働きかけが違うので、まず、そこを見定めることが大切です。少年と関わる中で指導して、その指導が効く子なら問題はないですが、何で効かないのか分からない子には、何が原因で非行をしているのかを考える視点が重要です。
■最近の非行少年
 非行少年の数は年々減っています。少子化のペースをはるかに超えて減っているので、少子化だけではおそらくないと考えます。最近は、鑑別所や少年院の定員を割っています。
 質的にはどう変わったのか。暴走族がいなくなりました。私が就職した頃(平成15年頃)には、まだ暴走族が多く、総長が鑑別所に入ってくると、その子分たちが何十台とやってきて、警察24時の子ども版みたいなことがありました。
■集団から単独へ
 以前は少年院に入った子どもは、不良集団と関係しているのが多かったのですが、最近は減少しています。
 もう一つの傾向として、少年犯罪が集団ではなく、単独犯が多くなっています。昔は傷害事件が多く、暴走族の抗争等といった集団暴行でしたが、今はそういう事件はほとんど見なくなりました。同じ傷害でも代わりに増えているのは、母親に対する家庭内暴力や交際相手へのDV、そういう単独犯の事件が増えています。
■非行内容の変化
 非行の内容自体も変化しています。窃盗が多いのはどの時代も変わりませんが、大きく減っているのは道交法違反です。暴走族がいなくなったので当然の結果です。もう一つ減っているのは覚醒剤です。特に女子です。やくざとか不良の先輩とかに誘われて、だんだんと薬にはまっていくパターンが女子には多かったのですが、最近はずいぶん見なくなりました。その明確な理由はわかりませんが、おそらく不良集団がなくなったことが関係していると思われます。
 逆に増えているのが詐欺です。いわゆる特殊詐欺(オレオレ詐欺)の受け子です。その特徴として、下っ端の下っ端で何も知らない子たちが多いです。使い捨ての駒みたいなもので、特殊詐欺は増えていますが、不良集団と関わりが深い少年はあまりいません。
■単独の性非行の増加
 じわじわ増えているのが男子の性非行です。共犯ありと共犯なしの性非行を比較すると、共犯ありが大きく減っていて、共犯なしの性非行だけが増えています。昔は暴走族の中での集団強姦やイベントサークルの中での準強姦みたいなことが多かったのですが、最近はすっかり見なくなって、代わりに一人で露出するとか、下着を盗むとか、単純に好きに抱きつくとかそんな単独の性非行が増えている印象があります。
■非社会的な子どもの増加
 少年院に入ってくる子どもたちのうち何らかの精神障害(発達障害)をもっている子どもの割合が増えています。発達障害については、新しく法律ができて認知度が高まり、割合として見えるようになったのだと思いますが、実感としても対人関係を持てない子どもがすごく増えているように感じます。
 そのような子どもの特徴は不良交友どころか、交友関係もなければ家族との関係もない、引きこもりじゃないけれど誰とも関われていないことが多いです。
これまで少年鑑別所に入ってきて大変なのは、反抗的な子どもでした。今は指導してもいまいち言葉が通じないというか、そもそも対人関係が持てないので対応に困る子どもが増えてきました。鑑別所に入ってくる少年だけでなく、社会全般に人とうまく関われない非社会的な子どもが増えてきている印象です。
■反社会性から非社会性へ
 まとめると近年の非行少年は、大幅に減っていますが、抱えている問題性は、反社会性ではなく非社会性になっていることです。
 少年鑑別所が相手にしている非行少年は、昔は奇抜な髪型をしていたり、歩き方からして違ったりして、一見して不良と分かるような子どもが多かったのですが、そのような子どもはどんどん減ってきています。
 代わりに増えているのが「生きにくい子ども」です。そして、周りから見て「対応が難しい子」です。これだと非行少年かどうかわからなくなってきます。難しいのは家庭内暴力とか逮捕まで至らない問題が増えているということです。尋ねても、動機とか問題がよくわからない子どもが多いのです。昔は「なんで殴ったんだ」と聞くと「あいつがけんかを売ってきたからだよ」と、まあわかりやすいところがありました。でも今は、「よくわからないけど頭が急に真っ白になって…」みたいに、聞いても動機がよくわからず、どうしたらいいかわかりにくいという子どもが増えているのです。
■まとめ
 現在、非行少年の数自体はすごく減っています。だからと言って世の中がバラ色になったわけではありません。おそらく虐待とか、何らかの障がいを抱えて生きにくさを感じていて困っている子どもは減っていないと思います。問題の出し方が非行ではなく、違う形で、非行まで至らないような家庭内暴力とか、ちょっとした性的行動とか、引きこもりとか、いろいろな方法で出ているのだろうと思います。
 今までは待っていたら問題を抱えている子どもたちが来るというのが少年鑑別所でしたが、最近は待っているだけでは本当に困っている子どもたちは来ないという思いがあります。釧路の鑑別所でも旭川の鑑別所でも構いませんので、困ったケースがあれば相談いただければと思います。
 

2019年11月15日金曜日

花だより 教員にできないことは何かを知る ミゾソバ


  教育相談はチームで対応
 学校に持ち込まれる社会の様々な課題が多様化・複雑化し、教育相談(生徒指導など)これまで以上にチームとして向き合い、解決の方法を練っていかなければならなくなりました。
 ≪教員にできないことは何かを知る≫
 自分の学級にいる子どもの不安や悩み、課題を解決するために、力になりたいと思わない教員はいません。担任は常に子どもや保護者の訴えに対して真摯に耳を傾け、対応しようと奮闘します。しかし、担任とはそういうものだからこそ、感情的にも共鳴しやすく、うろたえたり、怒りをかかえたり、不安になったりするものです。
 また、最悪の事態は考えたくないとの思いから、問題の本質に目を向けられず、担任が一人で抱え込んだまま、早期の対応ができずにこじらせてしまうこともあります。
 教育相談がチーム対応である必要は、客観的に課題を見つめ、分析して対応策を考えねばならないような一人の教員で解決できない課題が増えているからです。
 特に家庭の問題が大きく関係している虐待やネグレクト、医療につなげる必要のあるもの、反社会的行動、校内だけに収まらないものなどを学級の出来事と同じように担任だけで解決することはできないのだと認識して、早い段階で他者へ相談するという冷静な選択が必要です。
 担任は、直接子どもに対応しつつ、保護者への連絡や協力の要請の程度やタイミングを図ったり、他の教員と情報共有をすることで子どもを支える人を増やしたりという、コーディネーター的なこともしています。しかし、教員は、自分がしなければならないこと・できること・できないこと・してはいけないことを知っている必要があります。チームで対応にあたることで、担任の経験にかかわらず、対応の仕方や解決の方向、協力を求めるべき人材(関係機関)へ結びつけることができます。
 現在、スクールカウンセラー(SC)やスクールソーシャルワーカー(SSW)の配置により、教育相談所、子ども支援課(北見市)、児童相談所、医療機関などの協力を得るケースについて、校内で相談して進めやすくなりました。教員が全てを抱え込まないことが、適切な支援にスムーズに結びつけることにつながります。
 新しい学習指導要領では、総則に「ガイダンス」と「カウンセリング」が明記されました。生徒指導と教育相談の総合、学習指導と生徒指導の総合が求められています。また、「働き方改革」の考え方からも一人で抱え込まないことです。

2019年11月14日木曜日

花だより 自分で後始末をさせる ダルマギク


  ~自分で後始末をさせる~
 コップやボタン、おもちゃなど、形ある物はみな壊れます。そんなとき、多くの親は子どもの不注意さに腹を立て、自分でサッと後始末をするものです。
 しかし、自分でできる範囲内で後始末させましょう。たとえば、飲み物がこぼれたら雑巾で床を拭かせ、コップが割れたら床の掃除をさせるといったことです。
 さらに、子どもに物を修理する技術を教えましょう。かなづちの使い方、のりづけの仕方に始まり、子どもが大きくなるにつれてボタンの縫い付け方やすそのまつり方、電球の替え方などを教えるのです。
 技術によっては、幼い子にはまだ無理なものもあります。子どもの不器用さ、手先の動かし方、判断力などを考慮に入れながら教えることが重要です。
 修理の方法を学んだ子どもは、ものが壊れてもたいていの物は直せるということを学びます。そして、子どもが成長するにつれて、この教訓が人間関係にもあてはまることを学びます。
 子どもに修理して再び使う機会を与えましょう。子どもは物がつくられる工程を理解し、それが役立っていることに感謝の念を持つようになります。

2019年11月13日水曜日

花だより 64歳にして家事を手伝う ヤクシソウ ヒマラヤスギ

  64歳にして家事を手伝う
 退職してから収入が減り、妻がときどき働きに出かけるようになった。合わせて食洗機が故障してから、買い替えるお金もなく、食器洗いを手伝うようになり、この歳になって、洗濯物をたたみ、アイロン掛けもするし、ボタン付けも自分でやるようになった。
 妻から、「私より、上手にできるんでしょ!」と褒められたが、そんなの当たり前?と心の中で思った。もっと家事を手伝ってほしいと思っているらしい?
 昨年母が亡くなり、子どものころ、母から言われたことを思い出した。
 母は、自分は学がないから、勉強は教えられないけれど、洋裁のことなら教えられると言って、ミシンの使い方から、ボタン付け、アイロンの掛け方を教わった。それは何も特別なことではないと思っていた。祖父からは、のこぎりやカナヅチの使い方、カンナのかけ方を教わった。祖母からは、りんごやじゃがいもの皮の抜き方など、包丁の使い方を教わった記憶がある。そのおかげもあってか家庭科の成績はいつも「5」だった。
 今の時代、不登校の子が、学校に行かず、家で何をしているのか?
ゲームとユーチューブである。お腹がすいたら、常備されているカップ麺をすするか近くのコンビニに行けば用は足りる。お金が無くてもスマホさえあればキャッシュレス決済で済む時代である。
 時代は変化して、自分の子どものころのことを押し付けようとは全く思わない。しかし、時代は変わっても家庭(親)の役目(しつけ・家庭教育)は、あるはずである。
 父からは、絵の描き方、野球、将棋、囲碁、麻雀、ビリヤードを教わったが、それは自分の趣味の押しつけだった?役に立ったのは、テントの立て方とヒッチハイクし方?だった。
 親が教えてやることは山ほどあります。

2019年11月12日火曜日

花だより 教育AIで個別指導 ミズヒキ


  教育AIで個別指導 ~文科省小中高で実証実験~
 文科省は、人工知能(AI)などの最先端技術を教育に生かす「*Edtech(エドテック)」の実証実験に乗り出す。子どもたちがどんな問題でつまずくかといったデータをAIで解析し、一人一人に合った指導法につなげる狙いがある。
 *Edtech(エドテック)「Education(教育)」と「Technology(技術)」を組み合わせた造語。最先端の科学技術を教育現場に活用する教育手法をさす。米国などが先行して力を入れている。
 全国の小中高校でそれぞれ複数校のモデル校を指定し、4年間かけて実験を行う。
 実験では、パソコンやタブレットなどの情報端末を使い、子どもたちの解答やテスト結果などの情報を集めてビックデータ化する。これらをAIで解析し、個々人の得意や不得意、分からなくなったところや分からない理由などを割り出し、それぞれにふさわしい指導法を探るもので、解析結果は教員による授業や個別指導に生かすという。
 また「いじめ早期発見」「ベテラン教員の指導力分析」「教職員の保護者の負担軽減」についても、エドテックが活用できるかどうかを探る。生徒の行動分析などを通じて問題行動の予兆を見つけることや、ベテラン教員の指導方法をマニュアル化することなどを成果として見込んでいる。
 これが進むとベテラン教員が若手教員に経験値から指導することが少なくなり、AIを活用する若手教員の方が重宝されそうである。将棋名人がAIに負けたように、教師がAIに指導法を学ぶ時代が来そうである。
 しかし、それでも時代はAIである。子どもたちの成長に少しでも役立つのであれば積極的に活用するべきである。

斜里の製糖工場

2019年11月11日月曜日

花だより “自分の好きなように自由に生きていきなさい”は無責任 ガマ ビート


 自分の好きなように自由に生きていきなさい”は無責任
 「自由」は確かに素晴らしいのですが、欠点があります。例えば「よいと思うことは一生懸命やりましょう。」とか「悪いことをしてはいけません。」ということを子どもにしつけようとするときに、自由はほとんど役に立ちません。場合によってはそれが妨害することさえあります。
「よいと思うことは個人によって違うのだから、一律に決めつけることはできません。それぞれがよいと思うことを自由にやればいいじゃないですか?」これでは子どものしつけになりません。何かシラケた気持ちになってしまいます。「人に迷惑さえかけなければ個人の自由なんじゃないですか?」こう言われたら、人に迷惑をかけるということはどういうことかということから説明しなければなりません。こんな考え方が広まってきて「勧善懲悪」(かんぜんちょうあく)という言葉が死語になりかけています。善いことを勧めて悪を懲らしめるという意味です。昔ならかけ値なしにそれはいいことだという土壌がありました。だから昔の映画やマンガは、全て勧善懲悪のストーリーでした。
 家庭で子どもに教える基本は、「よりよく生きなさい」ということです。しつけるとは「仕向ける」ことです。自分の好きなように自由に生きていきなさい。」などと無責任なことは言わないことです。子どものしつけに「自由」はいりません。


2019年11月10日日曜日

花だより 参観日は、できる限り行く ミヤマボウキ シメジ


 参観日は、できる限り行く
 その機会を利用して先生と話し、学校での様子をうかがうことはとても大切なことです。主な理由は3つあります。
 まず、年に2~3回くらいしかない機会を逃すことは、特別な事情がない限り避けなければなりません。前もってわかっているのですから、それに合わせて予定を組んでおくことです。
 次に、子どもが家の外にいる時間の大半を過ごしている場所を共有することができます。子どもがいつもどんな環境で学んでいるかを知っておくことは親の努めです。
 さらに、授業参観は、子どもが家庭以外の場所で自分が活動している姿を親に見せる絶好の機会です。子どもとしては、自分の日頃の学習の成果を親に見てもらいたいという思いがあります。子どもが活躍している姿を親に見て貰って自分を認めてほしいのです。
 保護者面談(学級懇談会)に残る
 学校と先生と話すことで、子どもに関する重要な事実を知り、もしも問題があれば早期にその芽を摘み取るだけでなく、子どもの学校生活と知的成長に興味を抱いていることを本人に知らせることができます。要するに、子どもに対し、「一生懸命学習に励んで立派な成長をおさめてほしい」というメッセージを伝えることができます。
 一般に、親が学校に関心を示すと、子どもは学習意欲を伸ばします。たいていの場合は、親が学校に意識を向けると、子どもは勉学に励んで、よい成績をおさめようと努力するものです。
       
  

2019年11月8日金曜日

花だより NHK連続テレビ小説「マッサン」 ダイモンジソウ

NHK連続テレビ小説「マッサン」
 北海道余市のニッカウヰスキー創業者の話だというので興味があり土曜日の総集編(1週間のまとめ)を見ていました。
“夢に生きたマッサン 夢を支えたリタの愛” 「日本で本物のウヰスキーをつくりたい」果てしない夢に生涯を捧げたニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝。そして、彼の傍らにはいつも妻のリタ(スコットランド女性)がいました。
 スコットランド留学中に竹鶴とリタは出逢いました。リタは、竹鶴の真摯な情熱にひかれ、彼と共に国産ウィスキーづくりの夢を追うことを選び日本へやってきます。妥協することなく夢を追い続けたマッサンと共に生きたリタでしたが、多くの困難が待っていました。(劇中では、竹鶴政孝は亀山政春、リタはエリーとなっています。)
 連続テレビ小説初の外国人ヒロイン(シャーロット・ケイト・フォックス)ということですが、実に素晴らしい。夢に生きることと大きな愛情があれば、どんな困難も乗り切ることができる。勇気を与えてくれる番組です。「あまちゃん」も見ていなかったのに、「マッサン」にすっかりはまってしまい、今はふろ上がりのビールから、ハイボールに変わりました。
 連続ドラマの影響は大きく、店頭のニッカウヰスキー「竹鶴」が品薄状態になり、またウヰスキーブームが到来しそうです。

2019年11月7日木曜日

花だより 進化し続けるAIと子どもの成長 シラタマホシクサ 

  進化し続けるAIと子どもの成長
                    奈良女子大学特任教授 麻生 武
≪2030年以降の社会 企業の淘汰と職業の淘汰≫
大きな社会変化はすで起きています。グーグル、アップル、アマゾン、フェイスブック、中国のファーウェイ、アリババといったテクノロジー業界の巨大企業が、準地球規模とも言えるようなビックデータを集め、恐るべき資金集積力を活用し、コンピュータサイエンス・テクノロジーに巨額の資金をつぎ込み、これまで想像もつかないようなネットワーク化された社会を構築しようとしています。
 2030年代あるいは2040年頃に汎用AIが出現すると言われています。完全な汎用ではなくても、特定領域においてかなり柔軟性をもつAIであれば、人間的労働の多くはAIによって代替されてしまうでしょう。その兆候はすでに始まっています。2030年以降には、その規模が半端なものではなくなります。ドローンや自動運転が普及すれば、小売業だけではなく運送業にもほとんど人はいらなくなります。
「ロボットは東大に入れるか」のプロジェクト終了の2016年において「東ロボくん」はすでにMARCH(明治、青山学院、立教、中央、法制大学の頭文字)合格の水準(SS53~65)に達していたことを、プロジェクトリーダーの新井氏は危機感をもって指摘している。
 「東ロボくん」は読解が苦手です。ところが、読解力において「東ロボくん」に優っているとは言い難い、教科書を読めない子どもが大勢いることから、今のままでは、この子たちが成長したときにAIに職を奪われてしまう危機感をつのらせています。弁護士、税理士、医師などの一部の仕事もAIで代替可能なことは、今日でもすでに指摘されています。技術進歩が経済成長と雇用の減少を生み出すのは普遍則です。汎用AIが出現する2030年以降、「需要不足による失業」が増加し、AIに代替えできない仕事を持つ者が労働可能人口の約1割になり、残り9割は仕事がなくなってしまう事態になってしまいます。それを21世紀における新たな「役立たず階級」の出現として危惧している歴史学者もいます。また、新井氏は、AI社会では、企業が淘汰されていく危険も大きいと指摘しています。とは言え、あまり悲観的になる必要もないかもしれません。私たちには、子どもたちという希望のカードが残されているからです。未来は、私たちと子どもたちによって、まだ、変えていけるからです。

2019年11月6日水曜日

花だより 子どもはなぜ「スマホ・ネット」にはまるのか ノコンギク サツマイモ

   子どもはなぜ「スマホ・ネット」にはまるのか
 スマホ・ネットにはまり、昼夜逆転など生活が乱れてから、急にスマホを取り上げるとキレて保護者に暴力を振るった。というケースがよくあります。なぜ子どもは、スマホやネットにはまるのか? 
 《目立つ「スマホ依存」問題》
 小学生の場合はYouTubeがやめられないという問題が目立ち、中学生以上の場合はSNSやゲーム依存になっている例が目立ちます。女子生徒の場合はSNS、男子生徒の場合は、ゲーム問題が多い傾向にあります。
 YouTubeは「おすすめ動画」が次々と表示される仕組みになっていて、そもそも見続けさせるようにできています。動画を長時間見続けることで、学習などの他のことができなくなったり、視力の低下や昼夜逆転するなどの危険性が指摘されています。
 スマホゲームは、何かからの逃避行動ではまる子どもも少なくありません。スマホゲームはやればやるほど強くなり、それが実生活より手軽に実現可能だからです。そこでさらに強くなるサービスに課金してしまったり、のめり込んで昼夜逆転して不登校になったりする子どもが出てくるわけです。子どもだけではありません。夢中になり、のめり込んでいる大人も多くいます。ヒットするゲームは、そのように作られているのですから、子どもがはまるのは当然のことです。
 SNSのなかでも、LINEの依存状態となる生徒は多数います。LINEはアプリを起動していなくても、「プッシュ通知」機能で友だちからの連絡の知らせが来るうえ、「既読」機能によってメッセージを読んだことを相手に伝わってしまいます。返事をしないと仲間から嫌われてしまうかもしれないと恐れる子どもは多いはずです。またそれゆえに、やめどきが分からず、延々と続けてしまい、睡眠時間や学習時間が削られてしまいます。
 たとえ禁止しても、YouTubeやLINEなどのSNSは、ゲーム機や学習用タブレットでも設定次第で利用できます。隠れて使ってトラブルに遭った場合、保護者や教員などにも問題を隠して、被害が大きくなることがあります。スマホ・ネットを利用することを前提に、適切な指導を行うべきです。
 《ルール作り・大人こそルールを守る》
 利用時間の長さ、夜何時まで利用するかという問題は、保護者に家庭でルールを決めるように指導したうえで、学校でも子どもたち自身が話し合って決めるのがお勧めです。とくにSNSは、友だち同士で長時間利用につながっていることが多いので、一人だけではなかなかやめられません。たとえば、LINEの場合、子どもたち自身が長時間利用に疲弊していることが少なくありません。子どもたち自身で長時間利用や深夜までの利用の問題に気づき、「夜は9時までにしよう」などのルールが決められれば、多くの子どもの睡眠時間や学習時間が守られるでしょう。大事なことは、大人が率先してルールを守ることです。
 本日観光客が、驚いたことの一つに「日本人は、常にスマホをいじっている?」
 大人がそうなのだから、子どもがそうなるのは当たり前、ルールを持たない大人が、子どもをルールで縛ることは難しい?何でもそうだが、痛い思いをしなければ反省しない。


2019年11月5日火曜日

花だより 函館ラ・サール マリーゴールド


~今の時代が求める真のエリートを育成 函館ラ・サールは全国屈指の進学校~
 有名私立高校を紹介した教育雑誌に掲載
 ラ・サールの印象で真っ先に取り上げたのが意外にも、“校舎内は廊下の隅々まで清掃が行き届く” 男子校らしからぬと言っては失礼かもしれないが、校舎内は廊下の隅々まで清掃が行き届いている。清掃は人の心まで清めると言われるが、人間力と人間関係力を高める寮教育の成果の一端が、生徒たちによる清掃にも現れていると感じる。
 “大部屋寮生活で人間力と人間関係が成長” 
 寮の生活形態に最大の特徴があります。中学1年生で84人部屋、高校1年生で30人部屋です。この大部屋の寮生活で学ぶことは極めて大きいと思います。この大部屋寮生活を通して、今の子どもが一番欠けていると言われる自立心と協調性が培われていくのです。現実問題として、大部屋寮生活は、生徒同士の喧嘩も絶えず、教職員の対応も大変だそうです。しかし、生徒がその一つ一つの悩みと苦しみを乗り越えることによって得るものは人生経験上、極めて大きいのです。寮生活の教育的効果は、お互いに信頼関係を構築し、尊重し合うこと、それが実社会で現れてくるはずです。
 セールスポイントが“難関国公立大学に多数現役合格者”なのかなと思っていましたので、真っ先にこのことが書かれていることに驚きました。有名進学校でも、掃除とか人間関係を大切にした教育が行われているのです。
 長い教員生活の中で、“礼儀正しく、あいさつがきちんとできて、掃除もていねいにする。それなのに勉強はできない。”という子を見たことがありません。私が考える学力向上策は、落ち着いた学習環境の中で、基本的な生活習慣をきちんと身に付けることです。それが“3つの「あ」を大切に”です。これができれば学力は自然と身につくと考えます。

2019年11月4日月曜日

花だより この時期の校長の仕事 イヌダテ 菊


  研究会参加はロビー外交の場(人事情報収集の場) 
 この時期は、各学校の公開研究会、研究団体の全道大会、管内大会など多く開催されます。
 先月は、校長会の全道大会で旭川に、特別支援の管内大会で遠軽小へ、生活・総合の管内大会で網走潮見小、網走白鳥台小の公開研があって行ってきました。今月は、10月18・19日と生活・総合の全道大会で札幌へ、来月には、美山小、光西中、網走東小の研究会に参加予定です。旅費が全く出ないのがちょっと痛いのですが、校長がこの時期の研究会に参加するのは、校長が集まる場所でもあり、半分は人事情報収集が目的です。
 どこにどんな先生がいるか。参加者チェック、授業者の力量チェック、分科会での発言者チェックなど、校長としては重要な仕事です。
 “校長は普段は校長室で居眠りをしていてもいいが、人事だけは頑張って欲しい!”
 こんなことを言う人がいました。しかし、残念ながら校長に人事権はありません。特にここ数年は、具申すら満足にできない状況です。ですからあまり期待をかけられると辛いものがあります。
 “来る人より、出る人を大切にする” “異動希望者には、最善を尽くしなさい。”
 これはある先輩校長から言われた言葉です。長年にわたり、その学校のために尽くした先生の労苦に報いるためにも異動希望がかなうようにしてあげるのが校長の役目だというのです。皆さんの希望がかなうように頭を下げて回ろうと思います。
 遠軽の特別支援教育研究大会の講演は、「障がい者の“働く”を考える~雇用主の立場から~」(障がい者雇用の観点から、子どもが楽しく働くために)綜合テクノ株式会社社長 島野祐也氏の講演でした。一緒に参加した大川先生が、「講演で感動して泣いたのは初めてです。」と、とても感動していました。学校を空けて研究会に参加するのは負担になりますが、一年に最低一度か二度は、研究会に参加して勉強することは大切なことです。

2019年11月3日日曜日

花だより 夕日に向かって走れません 菊


 夕日に向かって走れません
 横一列に並んだ生徒は、教師が熱をもって飛ばした激励を体全体で受け止め、ある者は涙を流し、夕日に向かって全力疾走する姿。これぞ青春という一昔前の学園ドラマを象徴するようなワンシーンを見て育った私は、当時から自分の中に違和感がありました。
 そして、自分が生徒として、まさに熱血先生と言われる担任と出会ったとき、反抗はできなかったけれど、静かに抵抗していた自分がいました。傍らから見たら、斜に構えた曲者に映っていたことでしょう。教師という仕事をしたいと思ったときに、きっと私のような子もいるはずではないか、ならば、そのような子の理解者でありたいと思ったことがありました。
 「がんばります」使用禁止
 「明るく元気で楽しい学校」に異論を唱える人はいないと思います。しかし時に、学校がそれを押し付けてしまう構造にあると感じます。ポジティブでなければならないという雰囲気が蔓延している学校になっていないでしょうか。
「がんばりなさい」や「もっとがんばれるでしょう」と伝え、子どもたちからも「がんばります」という言葉を聞かない日はないほどです。また、さほどがんばらないのに「がんばります」と言えば、意思表示や決意表明がすんでしまう便利な言葉として使われているときがあります。
 そこで、作文やスピーチでは、子どもたちに「がんばります」を使わないこと、がんばることを伝えたいなら、別の表現をするように話をしています。すると「明日は、もう少し大きな声で言ってみます」と、具体的な行動を言語化ができるようになる子や「ここまではできるようになりました」と、振り返って自ら成長に気づくことができる子、そして、「よく取り組んだから、余韻に浸りたい」と労わる子もいます。
 ネガティブなときもポジティブなときも、またどちらでもないときも、人間の行動と感情の奥には、「他者に共感されたい」という欲求があると思います。ネガティブもポジティブも、まずは自分の感情に気づき、受け止めること、そして、共感的理解を示すことです。そのような子どもたちとのエピソードを紹介します。
 「話したくありません」→「今は言いたくないけれど、後で聞いて欲しい」
 「どうしたの?」と聞くと、「話したくありません」と答えることがいます。「なぜ?」や「話してごらん」と、無理に聞こうとせず、その場では、「話したくなったら伝えてね」と一言で離れるようにしています。
 見守りながら、話せそうになったら、再度聞いてみることもありますし、「実はあのとき、話そうとしていることが自分でもよくわからなかったんです」と整理がつかない気持ちを、自分から話してくれたことがあります。
 教師側の言葉でも、例えば「やる気がないなら、出て行け」と威勢よく言ったものの、本当に出て行ったら困ります。伝えたいのは、「やる気を行動で見せてほしい」ということです。ならば、子どもがやる気を発揮できるような言葉で紡いでいきたいものです。
 子どもの発するネガティブな言葉を単なるわがままなのか、つぶさな思いなのかを見極め、どのような言葉で伝えていくのかが、教師に問われていると思います。
        東京都府中市立第六小学校教諭 八長 康晴(月刊「学校教育相談」11月号)

2019年11月2日土曜日

花だより 24時間教員休業のススメ トリカブト 白菊 マルバノキ


 働き方改革=自己改革
教師は、真面目で責任感、使命感の強い、だから、自分の家族を顧みず部活動に全精力を費やす先生がいる。また、問題行動を起こした生徒を、夜遅くまで街中を走り回り探す先生もいる。これまでは、そうした先生が保護者から信頼と尊敬を得ていた。そうした先生に憧れて教師の道を選んだ人も多い。しかし、教師が皆、そうしたことができるわけではなく。そんなことをしていたら体が持たない。
 先生が教室に入ってくるときのドアの開け方で、その日の先生の気分がいいかどうか分かると言った生徒がいた。多忙な上、理不尽な保護者対応でイライラがつのるのも分かるが、言うまでもなく、心の安定がよい教育につながる。働き方改革でさまざまな制度が変わると思いますが、最も大事なのは自己改革である。
  24時間教員休業のススメ
 近畿中央病院メンタルヘルスケアセンター副センター長主任臨床心理士・公認心理士 
                   井 上 麻 紀(教職員の職域病院勤務) 
一人でも多くの先生方が、幸せと感じる人生を歩くお手伝いをしたい
 具体的にどうやって「24時間教員」をやめるのか、そのヒントをお伝えします。だまされたつもりで、今日から試してください。
 ≪休みの日をつくる≫
 土曜日・日曜日のうちの一日は、仕事から離れる日を持ちましょう。この日は仕事をしない勇気を持つことも時には必要です。学校という同じ人間関係の中だけにいると、同じ役割を担うため、視野が狭くなり、思いつめやすくなります。
 休みの日は、全く違ったことをしてみましょう。何をするか迷ったら、仲のよい、あるいは仲のよかった友だちに連絡してみましょう。子育て中や介護中の方は、一日、家半日だけでも、親・配偶者、公的サービス機関に任せて、ゆっくりする時間を持ちましょう。
 ≪帰宅したら「ただの人」に戻る≫
 仕事を持ち帰らないと回らない場合もありますが、いったん帰宅したら、例えば「ただの娘」「ただの息子」「ただの母」「ただの父」に戻る、というイメージでいましょう。家庭によって娘・息子・母・父に期待されるイメージは違いますが、とりあえず「今日の教員はおしまいです」という感覚は、意外と役に立ちます。
 緊急時以外は、仕事の連絡を受けても「ただの人」に戻った状態で気持ち的にはほどほどに対応するのがメンタルヘルスを保つ秘訣です。
 ≪自分に戻れる時間・空間・人を確保する≫
 自分が弱音を吐けて、心地よいと感じる人間関係を求めましょう。身近にいない人は、「お話をうかがう専門家(心理士・SC)」のメンタル相談にお越しになるか、あるいは気軽に電話相談を利用するのもおすすめです。

2019年11月1日金曜日

花だより 料理の基本技術を教える サクラダテ サンマ

~料理の基本技術を教える~ 
 子どもの生涯にわたって役立つ能力が一つあるとすれば何でしょうか?ゲームで完全制覇する能力でも、素敵な服を着こなす能力でもありません。それは自分の食事をつくる能力です。
 料理の基本的なことを知っていると自信がつき、それは子どもの自立を促すことになります。
 子どもに教えておきたい基本技術
  ○缶切りを使って缶詰を開ける。 
  ○レトルトパックを暖める。 
  ○冷凍野菜を解凍して調理する。 
  ○調理済みの食品を電子レンジにかける。
  ○レシピの読み方を覚える。 
  ○ジューサー、ミキサー、トースターの使い方を覚える。     
  ○野菜や果物、肉、魚の鮮度を調べる。
  ○果物や野菜の皮のむき方を覚える。 
  ○お皿を並べ、食卓の準備をする。
 以上の項目は、どれもいたって簡単ですから、親が見本を示せば、子どもはすぐに学ぶことができます。子どもが小麦粉を床にこぼしたり、卵料理を失敗したりしても、目くじらを立てる必要はありません。何度でもやらせてみて学ばせればいいのです。
 慣れてきたら、得意料理が作れるように励ましましょう。さらに、洗濯やアイロンかけ、掃除の仕方などは、家庭生活の基本です。こうしたことを教えるのが家庭教育です。
 ~雪の便りを聞く時節になりました。この時期になると自転車をきちんと整備してしまっておくようにと親から言われたことを思い出します。当時、自転車は高価でした。父から油をさす箇所などを教わりながら、ピカピカに磨いて物置の奥にしまったものです。他にも車のタイヤ交換や庭木の冬囲いなど手伝わされました。こんな経験をさせるのも大切なことかもしれません。~