寛容さから広がる ウェルビーイング
中央教育審議会 委員 内田由紀子
子どもの遊んでいる声が気に障る人が増えているという。子どもの数が減り、外で遊ぶ子どもたちを見かけることも少なくなった。結果として、「子どもの声」に対する免疫が無くなりつつあるのかもしれない。また、子どもを適切に注意する責任を、周囲にいる親や保育者がとるべきだ、という考えが強くなっているようにも思う。
そもそも人は集団で子育てや価値の伝達を行ってきた。特に幼児教育の場においては、親以外の大人との触れ合いや、そこで授けられる生活習慣の経験も貴重なものになる。また、一緒に幼児期を過ごした仲間は、きょうだいのような親しいつながりをもたらしてくれる。子どものつながりを通して、親の側も仕事や家庭以外での人間関係を持つことができる。幼児教育におけるつながりの場の形成と提供は、多様で寛容な社会を支える柱となっていくと考えられる。
学習も教育も、常に一方的な「与え手」と「受け手」がいるものではない。互いに「学び合う」ことに、生涯学習の本質があると思う。大人の側も子どもの発想に気付かされたり、教えられたりすることがある。互いの役割を柔軟に交替させることは、相手の立場を理解し、多様性を認める一助ともなるだろう。
「他人に迷惑をかけない」という日本的な自律心も大切かもしれないが、将来は伸び伸びと自分の意見を言い、他者の意見をきちんと聞ける、そういう人たちが活躍する社会であった欲しいと願う。こうしたことからウェルビーイングを目指すことができるのではないだろうか。「幼児教育じほう」2022年6月号 全国大会で配布された見本品の巻頭言から
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