2025年3月31日月曜日

花だより 祝:主幹教諭昇進 福寿草 ハルジオン

 


  
 新聞に教職員の異動が載った。年々、知っている先生が少なくなったし、字が小さく最近は、あまり真剣に見なくなった。ところが妻が「○○先生、主幹教諭になってる!」と南小時代に期限付きだった先生の名前を見つけた。
 なかなか採用試験に合格できないでいたが、その指導力を買って6年生担任に抜擢した先生だった。採用試験の合格発表のあった翌日、欠席の連絡が入った。電話をすると「すみません、子どもたちに『夢や目標に向かってがんばりなさい』と語りかけている自分がこんなあり様で、子どもたちの前に立つ資格などありません」涙声だった。
 毎日遅くまで教材準備や教材研究をする真面目で責任感の強い人だったので、受験勉強が十分にできなかった。そこで必勝合格のために教員採用アカデミーに入り勉強するため期限付きを辞め、翌年、晴れて教員になった。この人は、絶対にいい先生になると思っていた。あれからもう20年以上になる。
 すぐに電話をし昇進を祝った。「次は教頭を目指し、学校経営をやってみたい」と自信に満ち溢れていた。絶対いい管理職になると確信した。
 今の教員採用は、受ければ受かる時代になった。こんな先生が出てくるか心配だ。
 
 

2025年3月30日日曜日

花だより 別れの3月 送別会 ヒヤシンス 

 


 別れの3月 連日の送別会 花束を手にした教員が夜の街を歩く姿がありました。
 「よっぽどの縁があってのあなたと私」
 自分に与えられている縁は「たまたま」とか偶然ではなく、目に見えないすべてのモノがお整えの上に成り立っているのです。
 目の前にあるモノすべてがよっぽどの縁を感じられたとき、本当の幸せを戴けると私は信じます。
                                       大本山薬師寺執事長 大谷徹奬
 「会うは別れの始まり」
 教員にとって異動がつきものです。偶然ではない縁を大切にしたいものです。
  母校とは 必ずしも卒業した学校にあらず
      心交わした学校こそ 本当の母校である。
  生まれたところ 必ずしも 故郷にあらず
      心通じたところこそ 本当の故郷である
 教頭で最初に赴任した学校の校長室にあった言葉です。セピア色の色紙に雅号が「紅林」とありました。だれの言葉で、だれの書かわかりませんが、異動が宿命の教員に贈った言葉だろうと思います。
 新天地での活躍を期待すると共に、また、異動するとき、こう思ってくれたらなあ~。と願いを込めて、送別の言葉(挨拶)として毎回使っています。



 

2025年3月29日土曜日

花だより これが小学校の先生の一日 ムスカリ

 



小学校の先生の一日 

7:20≪出 勤≫ 
 職員室で荷物を整理して、すぐに教室へ行く。窓を開けて空気の入れ替えをする。授業で使うプリントを確認する。
7:40~ 早い子は登校してくる。あいさつを交わしつつ、前日にやり残した仕事を片付ける。
7:55~  不登校気味だった子どもと保護者が登校。保護者としばし話す。
8:15~8:30 ≪職員打ち合わせ(職朝)≫ 
 パソコンを開きメールチェック、行事、指導の確認*朝自習や読書の準備、連絡帳の確認
8:30~ 朝の会 出欠や日直の進行を見守りつつ、宿題のチェック
8:40~12:10 ≪午前中4コマの授業≫ 
 支援を要する子が情緒不安定になり、教室から飛び出す。支援員と対応を協議
 休み時間もなかなかトイレにも行けない。
 休み時間は、数の少ないICT機器など教材・教具の準備に費やす。
12:10~12:50≪給 食≫ 
 配膳係りがちゃんとできているか、やけどや嫌がらせはないかなど、目が離せない。アレルギーの子どものために献立をチェックする。自分の給食は、ゆっくり食べることはない、10分以内で済ませ、提出物に目を通す。「よくできました」のハンコを押すだけだと「先生、これだけですか?」と言われたので、一人ひとり丁寧にコメントを書く。
12:50~13:10≪掃 除≫ 
 担当場所を巡回して、まじめにやらない子も多いので目配りは欠かせない。
13:10~13:30(児童の昼休み) 
 ここでやっと一息つけそうだが、子どもから体育館で遊ぼうと誘われる。一緒に遊ぶのも担任の大事なところ
 職員室に戻り、配布物や連絡事項の確認する。5理科や習字の授業は、準備に時間がかかるから5時間目にすることが多い。
13:30~15:10≪授業(2コマ)≫
 低学年は、午後の授業は集中力が欠けるので、ここが教師の腕の見せどころである。
15:10~≪帰りの会≫ 通信など配布物を配り、連絡事項を伝える。
15:20~15:30 玄関で下校の見送り
15:45~16:30 
 一応休憩時間となっているが、評価事務、雑務処理で休んでいる先生はいない。曜日によっては会議(打合せ)がある。
16:30~19:00
 退勤時刻になってもだれも帰らない。授業の準備、分掌業務がはじまる。
19:00~ 帰ろうかなと思ったら、保護者から電話がかかってくることもある。
20:00 ≪退 勤≫ 残った仕事は、持ち帰る。
*この中で、働き方改革で言っている本来教員の仕事ではなく、他に任せるようなものがあるでしょうか?
 学校の先生は大変です。それ以上にこども園の先生の方が大変だと私は思います。

2025年3月28日金曜日

花だより 教師は子どもの伴奏者 タチツボスミレ


《子どもの伴奏者になるための基本姿勢》
①姿勢・態度 ・向き合う ・ともに悩み、考える ・寄り添う
 それは決して、子どもの言うことを鵜呑みにして、子どもと同じ目線、子どもと同レベルではなく、大人として客観的に判断し、サポート(支援)すること
②最終的な決定権(拒否権)を保障する。
 決めたことについては途中で投げ出さす、最後まで自分で請け負っていく、そのためのサポートをする。
《伴走者としての心得》
①「認める」 
 ・応援者としてできることはそう多くないことを認める。
 ・解決するのではなく、解決に寄り添う。 
 ・凛として対応し、細かな出来事に振り回されない。
②「信じる」 
 ・本人の持っている力を信じる、回復を信じる。 
 ・目に見える形での成果をあまり 早急に求めない。
③「任せる」 
 ・ある程度は時間に任せる。ただし、何もしないで放任すると悪化の一途をたどる。
《伴走者として具体的にできること》
①困っている子の話を聞く。
 ただし、自分の負担にならない程度に、「わかってやれるのは、自分だけだ」とは思わないこと
②中立的な立場を守る。
③情報を共有する。 家庭・学校・医療機関などとの報告・連絡・相談の共有化を図る。




 

2025年3月27日木曜日

花だより 見る・みる 時・とき 使い分け カタクリ

 


  “悩ましい用字・用語” 
「子供」と「子ども」という表現が同じ文章にあったり、「例えば」と「たとえば」が混在している場合は、校正すれば統一することができます。しかし、よくある例として、「持つ」と「もつ」、「言う」と「いう」、「見る」と「みる」、「時」と「とき」が同じ文章の中にあると、文の流れや意味のよって使い分けしなければなりません。
 教頭になると、児童生徒全員の通知表の所見や通信の内容をチェックしなければならなく一苦労です。
 漢字の「持つ」は、手に持つことができる場合は漢字を使い、「夢をもつ」など、手に持てない場合は、ひらがなで表記する場合があります。具体的に目でモノを「見る」場合は、漢字を使い、その他の場合は「みる」とひらがな表記する。時間の場合は「時」、条件は「とき」で使い分けます。「言う」と「いう」の使い分けは、難しく悩むところですが、迷ったときは、ひらがな表記にするのがいいかもしれません。
 用字用語の統一は、新聞、雑誌、書籍などによって異なります。学校の場合は、文部科学省や北海道教育委員会の用字用語例が基になっています。例)「取り組み、取組み」(名詞扱い)で「取組」としています。こうした知識があって文章を読んだり、書いたりすると文章に深みが出ます。通知表の所見の添削・校正をして覚えました。

2025年3月26日水曜日

花だより お母さんの不思議な力 桜

 


 人間の教育は、誕生から始まり、母親のだっこやひざの上からはじまる
 親には「直接的な育児能力」(本能的に子どもを育てる力)があるといいます。お母さんは赤ちゃんが幸せな気持ちで興味が湧くように、明るく優しいリズムや調子を選んであやしたりします。これは知識で教えられるものではなく、幼い頃に愛された体験を基盤に親になると自然に湧いてくるものです。この直接的育児能力は、未開発国に豊かに見られ、発達した文明社会の母親は高等教育により、頭でっかちになるとだめになると警告しています。
 戦後のベビーブームに生まれた世代の人は、母親が洗濯機もなく、素手でせっせと家事と育児をこなしていたのを見て育ちました。子どもの病気も多く、真心と祈りだけがよりどころのその頃の母親は、おそらく直接的育児能力は豊かだったはずです。ところが、今の日本は世界最低の乳児死亡率と最高の平均寿命を誇りながら、子どもたちは、いじめ、不登校で苦しんでいます。仲間と遊びながら自然に鍛え合う発達環境が破壊されているのです。
 しかし、どんなひどい心の傷を負い絶望している子でも、お母さんが真心をこめてわが子を理解するようになると、水を得た魚のように蘇るのです。お母さんには、子どもの心を癒す不思議な力があります。どのお母さんもこの力を持っています。 
 

2025年3月25日火曜日

花だより 「しつけ」で所得が増える? 福寿草

 

 自制心が大事
 4才児を対象に、マシュマロを食べるのを我慢する自制心を測る追跡調査の結果、4歳のときに自制心が働いた子どもは、そうでない子どもと比べて大学適性試験のスコアが高くなる。さらに将来の賃金にも影響するというのです。
 幼少期の家庭環境をサポートし、十分な教育機会を与える政策は効果があるといわれています。我慢させ自制心を育てることは児童生徒の将来にまで影響するのです。
 全国の男女約1万6千人を対象にした別の調査では、「うそをついてはいけない。」などの基本的なしつけを受けた人は、所得が多くなると言う結果が出ています。
 新年度がはじまります。生徒指導の担当になって、気持ちを新たにやる気がみなぎっている先生も多いのではないでしょうか。生徒指導がもっと楽に、もっと楽しく、もっと真摯に取り組めるようにしたいものです。そのためには保護者にこうした情報を伝え、協力を仰ぐことです。「教育」=「共育」です。

2025年3月24日月曜日

花だより 集団生活で「耐える力」 フキノトウ

 

 
  集団生活で「耐える力」を身に着けるのがこども園です。親が働くので代わって保育するだけの施設ではありません。教育機関です。
 甘やかされ、わがままいっぱいに育った子どもは、何か思い通りにならないことがあると、たちまちパニック状態になります。しかし、世の中は一歩家の外に出ると、むしろ思い通りにならないのが当たり前です。
 誰しも学校、地域、職場と、世間の仕組みや周囲の人々と折り合いをつけながら人間的に成長していくものです。その基礎づくりをするのがこども園です。
 家庭は子どもを育み、守ると共に、社会に適応できるように準備する場でもあります。そして、そのために欠かせないのが、耐える力をつけてやることです。しかし、親が働かなければならない今、それをこども園が担っています。
 豊かな時代だからこそ、我慢することを覚えさせる必要があります。それが自分をコントロールする第一歩です。そのためには、子どもに言う前に、まず大人が慎む姿勢を示さなければなりません。毎日の生活に追われ、大事なことを忘れがちです。自分のことしか考えられなくなり、相手のことを推しはかる奥ゆかしさとか謙虚さが必要です。子どもを預ける=親の責任を放棄してはなりません。

2025年3月23日日曜日

花だより 紙の教科書がなくなってデジタルだけになれば授業は成立しない チューリップ

 


 「紙の教科書がなくなってデジタルだけになれば授業は成立しない」
 特にベテラン教師はそう思うだろう。一人一台の端末を用意したのだから使うようにと教育委員会からせっつかれる。ところが授業で学習端末を使おうとすると、「家に忘れてきました」「電池切れです」とクラスの四分の一が手を挙がって授業にならないというのが学校現場の現状らしい。
 紙の教科書が我が国の教育に大きな役割を果たしてきたことは疑いはない。目の前からなくなる状況には、不安を覚える教師は多い。「教科書は紙が基本だ」絶対なくすべきではないと主張する教育関係者は多い。
 ところが、コロナ禍で一変した。GIGAスクール構想が加速し多額の予算を費やし端末が行き渡ったことで外堀が埋まり「紙が基本」という文字が消え、中教審がデジタル教科書化を提起するに至った。しかし、デジタル教科書は、まだ科学的根拠に基づいていない、見切り発車を危惧する意見が多い。
 孫が予備校通いをするようになると「タブレットを用意してください」と言われた。個別学習への対応と担当教師とのやり取りにタブレットは欠かせないと言われた。
 紙かデジタルか二択の選択ではない、どう使うかという議論が必要ではないかと思う。


2025年3月22日土曜日

花だより 評価するとは自分を評価すること フキノトウ(2)

 


 「玩物喪志(がんぶつそうし)」???
①無用なものをもてあそぶことで、本心を失うこと。② 学問上細かな部分に力を注いで、真に習得すべき大切なものを見失うこと。
 支援員さんの採用面接で履歴書の短所欄に書かれてあったものです。恥ずかしながら、何と読むのか?どういう意味なのか?わかりませんでした。
 学校に戻り調べてみました。このことを教頭先生に話すと「校長先生、逆に支援員さんに試されたんじゃないんですか?」と言われました。なるほど人を評価するということは、自分が評価されていることなのか?採用試験(面接)は、その人の生活にかかわることです。その責任の重大さを感じた次第です。私自身、大変勉強になりました。
 年度末の評価時期になりました。子どもを評価するということは、この一年間の教師としての自分を評価することです。
 「校長先生、わたしの通知表見て!」と校長室にやってきました。「算数の一か所だけ[B]だね。惜しかったね。」と言うと、「みんなも[B]だよ」と言いました。これは、教えた側の問題です。

2025年3月21日金曜日

花だより 良い校長とは? ソメイヨシノ

 

 《斯かる校長は良い校長なり》
1 研究心に富む者
2 人格の修養に励み、確固たる信念を有する者
3 公平無私にして性淡白なる者
4 寛弘にして、よく人の意見を容れ、又よく自己の意見を発表すべし者
5 部下職員に対して親切にして且つ其の昇進を計ることを決する者
6 部下職員の美点特徴は之を賞揚発揮せしめ、其の欠点に対しては自ら責任を負う者
7 一定の識見を有し、常識に富むを要する者
 *前回の「斯かる校長は感心せず」の反対
 校長五訓(大正5年に示された 校長像)
1 明晰なる判断  2 豊富な学力  3 燃ゆるが如き同情
4 信頼すべき統率の才  5 確固たる不動の胆力

 「良い校長とは?」 AIが答えてくれました。
 学校組織のリーダーとして、教職員の成長を促し、学校教育目標の達成を図る人物です。
 【良い校長の資質】は、的確な判断力、決断力、交渉力と出てきました。さらに【良い校長の役割】も詳しく出てきます。
 これからの校長に求められるのは、AIを上手に使いこなすことかもしれません。
  

2025年3月20日木曜日

花だより 大正時代の校長心得 レンギョウ

 

 ~校 長 心 得
 《斯かる校長は感心せず》
1 研究心乏しく頑迷固陋(がんめいころう)なる者
  かたくなで正しい判断、見聞が狭く、古いことに固出する(前年度踏襲主義)
2 自分天狗にして修養を怠る者 高慢になったり、自慢したり、うぬぼれたりする者
3 部下職員の意見を聞かず、自分独りで仕事をなさんとする独りよがりの者 
官僚的態度をなす者 伝統的なしきたり重んじる。過去の事例を常に参照して、新しいことにチャレンジしない。
愛憎偏頗(へんぱ)の者  えこひいき(依怙贔屓) 好き嫌いが激しく、偏って不公平でえこひいきする
阿附諂諛なる者(あふてんゆ) へつらい したがうこと お世辞を言って、人の気に入るようにふるまう

アメリカの望ましい管理職像(アメリカ キャンベラプログラム)
 ~ 個人的資質~
(1)身体の健康 外見、顔つき
(2)精神の健康 プレッシャーの下での反応 批判に対する敏感性 ストレスの下での判断
(3)声 質(説得力)
(4)道徳観念
(5)勤勉さと熱心さ
(6)ユーモアのセンス 敗北を愛想よく認める能力 他人の感情を認めること
(7)判断と常識
(8)公正さ 口論を仲裁する能力
  アメリカでは、校長の個人的資質として、①身体の健康、外見、顔つき ②精神の健康(プレッシャーの下での反応、批判に対する敏感性、ストレスの下での判断) ③声質(説得力) ④道徳観念 ⑤勤勉さと熱心さ ⑥ユーモアのセンス(敗北を愛想よく認める能力、他人の感情を認めること) ⑦判断と常識 ⑧公正さ(口論を仲裁する能力)となっています。
 今は、アメリカ的な管理職が求められるようになってきたのかもしれません。


2025年3月19日水曜日

花だより 日に丸・君が代と国旗・国歌 編み笠ユリ

 

 
 現職時代、卒業式が近づくと職員団体との「日の丸・君が代」で憂鬱でした。今思うと不毛の論争でしたが、いい勉強をさせてもらいました。
 国家という概念は曖昧で解りづらいものです。国旗は、その国家を象徴するシンボルとして、またその国家の尊厳を表す証として、広く尊崇されるものです。国際社会においては、他国と交流し、友好を深め、平和を築いていくためには、相互の文化や伝統を尊重することはもちろんのこと、国家や国民の象徴である国旗や国歌に対し、敬意を表すことは当然に責務なのです。
 こども園の卒園式に国旗と町旗を掲揚することを提案すると、快く賛成してくれました。そして、準備をしていると「園長先生、私たちでやりますから…」と言ってくれました。学校現場の常識が社会の非常識と言われる一つです。
 こども園の卒園式では、学校ではなくなった修礼があります。子どもたちに、誰に、何のために礼をするか、子どもたちにわかりやすく話しました。
 卒園式の式次第は、小中学校、高校の卒業式とほとんど同じです。イベントではありません、儀式です。2週間前から毎日毎日練習します。大事な経験だと思います。決して、うちの園は「右より」ではありません。
 

2025年3月18日火曜日

花だより 「みんな なかよし」ほど難しいことはない スミレ

 

「みんな なかよし」 これほど難しいことはありません。
 集団生活をするということは我慢することです。我慢はストレスになります。
“いじめのある学級”と“まったくいじめのない学級”の子どものストレスは、“いじめのない学級”の方が強いと言われています。子どものストレス発散は、わがままな行動や自己中心的な行動として現れるのが特徴です。いじめているという意識がないままに、ある一定の子どもに攻撃的になったり、また、必要以上に親に甘えたりするのです。“いじめのない学級”には、先生や親の言うことをよく聞く、お利口さんが多いのです。
 お利口さんほどストレスが多い 子どもは成長するとお母さんにべったりくっついて甘えることもできない。友だちのいやがることをしてはいけない。先生の言うことは、きちんと聞かなければならない。親の期待に応えなければならない。いつも良い子でなければならない。と思えば思うほど子どもにストレスは、たまってきます。本来子どもは、休み時間汗びっしょりになって遊んだり、家に帰っても暗くなるまで外で遊んで、兄弟げんかをしたりしてストレスを発散するものなのです。学校という集団生活することで我慢強くなっていきます。

2025年3月17日月曜日

花だより 田中角栄元首相が大事にしていた言葉 シダレザクラ

 

「以和為貴」(和を以て貴しと為す) 
 田中角栄元首相がよく揮毫していた聖徳太子が制定した十七条憲法の第1条 
 ~時代の証言者 読売新聞から~
 歴代最長の5年2か月、自民党幹事長を務めた二階敏弘氏、政権与党中枢をよく知る「最後の党人脈」が、昭和から平成、令和の政治を語る。
 二階氏は、田中角栄元首相を政治の師だと思っている。「政治は一人の力ではできない」と教えてくれた。どんなに優れた人でも一人の力には限界がある。大勢の人の協力がなければ、政治は動かせない。「以和為貴」という言葉には政治の基本が示されている。
 「争いを起こさず、和を大切にする」~物事を進める際に、お互いの心が和らいで(仲良く)協力することが大切であることを意味する言葉です。
 「戦争がやみ、世界は一つになれるように」と願う言葉でもあります。二階氏だけでなく、石破 茂現首相も田中角栄氏を政治の師と言っています。田中角栄氏は昭和の偉大な政治家でした。田中氏は、気遣い、心配りのある政治家でした。「家族のために使いなさい」と10万円くらいポンと出したのでしょう。それを真似て今やると問題になります。

2025年3月16日日曜日

花だより 「蛍の光」を知らない クロッカス

 

~・~・春3月 別れ、旅立ち~・~・
 春のそよ風が どこからか吹き 通いなれた道 彩りを着替える 
 喜びも悲しみも 過ぎ去った季節 新しい道 歩き始める 
 大切な瞬間を いつまでも忘れぬように 晴れの日も 雨の日も 
 明日は来る 微笑みながら 一歩踏み出す 
 あきらめてしまうより このページ開いてみよう

 これはAKB48の曲ですが、これももう古いと言われました。
 別れの歌、旅立ちの歌といえば、山口百恵さんの「いい日旅立ち」が定番だと思っていましたが、今の子は、百恵さんは知らないと言います。ということは、武田鉄矢さん(海援隊)の「贈る言葉」は、もっと知らないと思ったら、GReeeeNの曲でしょ?と言われました。
 私たちの時代は、卒業式の歌といえば「仰げば尊し」と「蛍の光」と決まっていました。デパートの閉店時刻を知らせる曲でした。ところが今の子は、~蛍の光 窓の雪 ふみよむ月日 重ねつつ いつしか年も すぎの戸を あけてぞ 今朝は 別れ行く~ この歌詞の意味を全く理解できません。
 式歌は卒業式で涙を誘うクライマックスです。そのため何度も練習します。カラオケマシンの採点で高得点を取るのと同じく音程を外さないように抑揚をつけるように指導します。
 ところがこども園の式歌は違います。最初から最後までフォルテです。音程も外れっぱなしです。カラオケマシンでは50点くらいでしょう。それでも涙を誘うのです。
 
 

2025年3月15日土曜日

花だより 一度だけ「学校だより」を書くのをやめようと思った クサボケ ハルリンドウ

 

 ~学校だより~
 学校、家庭、地域の連携と言いながら、なかなか分かってもらえない。理不尽な要求をしてくる親が増えました。先生方が一番苦労しているのは、保護者対応です。そこで学校だよりに、「子育てアドバイス(心がホットステーション)」コーナーを設けて、分かりやすく家庭教育の啓発をしてきたつもりでしたが、一度だけ書くのを躊躇ったことがありました。
 問題行動のある子の親を召喚したときのことです。校長室に入るなり、担任批判、我が子の弁護、友だち批判が飛び出しました。冷静に聞いて対応したつもりでしたが、私の言葉にトゲがあったのでしょうか、その後、「校長からひどいことを言われた。」と教育委員会へ電話を入れたのです。教育委員会から指導が入りました。校長としての言動を反省して、お詫びの手紙を書きましたが、これまで学校だよりで書き続けてきたことは何だったのだろう?思いは通じていないのだと落胆しました。
 そんなとき思い出したのが、斜里朝日小学校でのことです。4月のことでした。校長室の窓を叩く女子中学生がいました。3月に卒業した子でした。
「校長先生、『学校だより』ください。うちのばあちゃんが、『校長先生の通信が読めなくなって寂しい。』て言うから、『私が校長先生のところに行ってもらってきてあげる。』て言ってあげたんだけどいいよね。」うれしかったですね。これが本当の心がホットステーションでした。

2025年3月14日金曜日

花だより 文学賞作家を目指す? コブシ

 

 日本で最も栄誉ある文学賞といえば「直木賞」と「芥川賞」です。世間の注目が集まり、受賞作に選ばれると書店で平積みされ、多くの文芸ファンに読まれベストセラーになります。1000から2000倍くらいの倍率の新人賞を受賞して作家になった人の20~30人くらいが芥川賞の対象になり得る、そこから5人くらいが候補に挙げられて、最終的に1人が選ばれるわけですから、プロ野球のドラフト1位指名を受けるより難しいかもしれません。しかし「文を書くのが好きだ」という人はどれだけいるでしょうか? 自分の周りにはいません。「筆無精は、一生の損」という諺(ことわざ)があるように、私もこの歳になって、そのことを痛感しています。
 年度末になると卒業文集や学校文集を作成します。作文嫌いの子には辛い時期です。子どもを作文ぎらいにしてしまうのは大人です。子どもは、自分の書いた作文を見せるのをいやがります。「へたくそ」と、骨を折って、せっかく書いた作文にケチをつけられたら、だれだって作文嫌いになります。子どもは、自分の作文の「愛読者」を発見すると作文好きになります。その「愛読者」は最低三人です。お父さん、お母さん、そして、先生と。もう一人、それは作者本人です。自分の作文をもっとも愛読するのは、作者自身だからです。ただし、褒めてやらなければ、自分の作品を大事にしません。作文好きにさせるのは、先生よりも寛大なお父さんとお母さんです。まずは読んで褒めてください。一行でもいいです。「ここよく書けたね」と、その褒め方一つで子どもの作文嫌いがなおります。もしかすると芥川賞か直木賞作家になるかもしれません。   

2025年3月13日木曜日

花だより 校長は孤独なんだ! 水仙

 

 校長は孤独なんだ!
  尊敬する校長の一人に佐藤典男先生がいます。
 「職員室の担任は教頭さんだから、すべて任せるから、頼んだぞ!」と言われました。
 豪快な校長先生だと思っていましたが、二人で呑んだとき、「校長は、寂しいもんなんだ。教頭さんが先生方と楽しく談笑していてもその輪の中に入れないんだ!」と意外なことを言われました。「教頭さん、赤入れてくれ!」と必ずあいさつ分などの下書きを持ってきました。その真意は「校長は何を考えているのか?理解しておけ!」と言われていると思いました。校長先生が不在の時、他管の校長先生から電話がありました。不在を伝えると「あんたが、牧野教頭かい?いい校長に仕えたなあ。」と言われました。
 典男校長先生が退職を迎えたとき、「これで緊張感から解放される」とつぶやきました。運動会の2週間前から天気が気になる。組合との交渉もどうするか、全校朝会の挨拶内容も1週間前から考える。校内人事は一番頭を悩ます。そんなことから解放され、やれやれと思うのと、未練が少しある。
 私も退職する3月に同じことを思いました。今年、退職する校長先生、本当にお疲れさまでした。


2025年3月12日水曜日

花だより 学校の観葉植物とディズニーランド 辛夷(こぶし)

 


 病院のロビーには、観葉植物が並べられています。よい老人ホームの見分け方の一つに植物があることが条件だそうです。モデルハウスにも必ず観葉植物が置かれています。植物には人の心を癒す働きがあるといいといわれていますが、学校はどうでしょうか?
 ある学校に赴任したとき、日当たりのいい廊下に観葉植物が並んでいました。ところが瀕死の重傷状態でした。中庭には桜、イチョウ、カエデの木が植えられていましたが、雑草が生え放題でした。廊下には少年団の賞状が並べられてありましたが、ばらばらでほこりがかぶっていました。賞ケースには、優勝カップやトロフィー、盾がぎっしり詰め込まれていました。そこで新人の用務員さんと、4月は、観葉植物の土を取り替えたり、賞状額などを整理したり、展示コーナーや掲示板の増設、合わせて教材室の整理もやりました。
 校舎内はブロックむき出しの壁が多く、掲示板が少ない状態でした。そこで廃棄するパネルを再利用して掲示板を増設しました。何かしようとすると予算と人の壁があります。しかし、事務職員、用務員さん、事務補さんの協力のお陰で、草ボウボウ状態だった中庭が見違えるほどきれいになりました。カップやトロフィーがぎゅうぎゅうに押し込められていた賞ケースの展示棚は、すっきりと整理されました。体育館入口の壁には、サッカー、野球、バレー少年団の賞状やパネルがきれいに並べられました。雑然とした図書コーナーも子どもたちが集う場所になりました。
 夢の国ディズニーランドは、ゲストを迎えるためにゴミ一つ落ちていません。学校もそうありたいと思います。



 

2025年3月11日火曜日

花だより 用務員さんは元大工の棟梁 ムラサキハナナ

 

「あ」としまつで物を大切に ~段取り八分~  
 本校の用務員さんは元大工の棟梁です。ですから道具をとても大事にます。加えて感心するのは、作業の後始末がきれいなことです。作業場は、いつも使いやすいようにきちんと整理整頓されています。用務員さんはよく「仕事の八割は段取り、段取りの善し悪しで仕事が決まる」と言います。段取りもさることながら、後始末が完璧です。まさに職人のなせる技です。
 子どもたちの習字の上手い下手は、作品を見なくても書き終わった後の手を見たらわかります。上手な字を書く子は、手が汚れていないのです。つまり余計な動き、無駄なことをしていないのです。
 「清美」の徹底
(1)校舎内外を常に整え、清潔で美しい学校環境の維持に努める。 
 ①校舎内外を花で埋めつくす。
 ②教室や廊下の床をピカピカにみがく
 ③教室の隅々、机の上、机の中は常時清潔にしておく。
 ④トイレはいつも清潔にしておく。
 ⑤掃除用具は、いつもあるべきところにきちんと置かれている。
 ⑥常に校舎、校地の清美に心くばりができ、整備された状態を維持するように努める。
  これは美幌小学校の30年前の学校経営計画(校長の経営方針)の一部です。今の学校教育に必要なことです。

2025年3月10日月曜日

花だより 中学校の制服がブレザーに変わる キランソウ デイジー

 

     
 中学校の制服がブレザーに変わる
 中学校に行くと校長室に新しいブレザー制服が飾ってありました。
 最近、ジェンダーレスの風潮から中学・高校で男子の詰襟型の学生服から女子制服に合わせるブレザー化が進んでいます。わが町の中学校も来年からそうなるようです。女子の中には[「ズボンがいい」という子もいて、セーラーよりもブレザーの方が合うというのです。費用は1着5万円くらいです。
 北海道の女子生徒の服装
 「厳冬期でも素足の子が多い、厚手のタイツを履くように言っているのですが、なかなか言うことを聞きません。女性は下半身を冷やしてはいけません。体調不良を訴える女子生徒が急増しているのは冷えが原因です。親からもよく言ってください。おしゃれより健康です。足は冷やすと皮下脂肪が増えて太くなることをきちんと教えてあげるべきです。」こう話すのは養護教諭です。
 ブレザーにしたからといって、この問題は解消しないでしょう。それより、今の中学生(当管内)は、ほとんどがジャージ登校です。制服を着る機会が少ないことから、お下がりで済ます子も多いとか? 「いっそのこと制服なしの私服OKにすればいい!」という意見もありますが、中学、高校生は冠婚葬祭など、制服で済ませられるので経済的という考えもあります。「まあ、男子にはそれほど大した問題ではないのでは?」と言うと、校長先生は、「それが今の男子は、こだわりが結構強いんです」と言っていました。

2025年3月9日日曜日

花だより 元内閣官房長官『後藤田正晴』が残した言葉 福寿草

 

 今の国会は、少数与党で、野党からの要求に右往左往しています。今こそ、政局を読み切る政治家の存在が必要な時ではないかと思います。
 田中角栄が惚れ込み、中曽根康弘が頼った「カミソリ後藤田」と呼ばれた最高の補佐官後藤田正晴元内閣官房長官が残した言葉があります。
  『後藤田訓』
1 省益を忘れ 国益を思え
2 悪い本当の事実を報告せよ
3 勇気を以て意見具申せよ
4 自分の仕事ではないと言う勿れ
5 決定が下ったら従い 命令を実行せよ
 今、このことが改めて必要なのではないでしょうか?
 これは政治だけではなく、学校に当てはめてみることです。
1 子どものことを第一に考える
2 これを言うと誰かが傷つくとか躊躇しないで、事実だけ報告する
3 自分の仕事(校務分掌・学級)のことではないと言い逃れをしない
4 議論は十分するが、決定したら一丸となって実行する

2025年3月8日土曜日

花だより 学校改革と保護者さんからのお便り 雪解け 紅梅

 
 保護者さんからのお便り
 ~「学校便り臨時号」を読ませていただきました。アンケートを集計するだけでも大変な作業なのに結果を分かりやすく、報告して下さりありがとうございました。わが子だけでなく、学校全体の子どもたちの様子が分かりました。自由記述に関する回答も学校の考えもとても詳しく書かれていてよくわかりました。学校の教育目標を達成するために、私が子どもにできることは何かを考える良いきっかけになりました。親も親になる勉強が必要なのですね。
 これまでは、学校でやることは学校だけで決めてやると思っていました。ところが学校教育は、学校の先生だけでできるものではないということを知りました。
 学校と保護者が協力しなければ教育効果が上がらない。「教育」は「共育」だということもわかりました。保護者は、これまで学校に要求することばかりでしたが、何かを削らないと新しいことができません。子どもたちのために、先生たちが働きやすい環境になるようになることを願っています。~
 こうしたご意見は大変ありがたく、大変心強いです。このままでは、子どもを取り巻く情勢や環境が大きく変化する中で、新しい課題に対応することが困難になります。あれもこれも(例:ICT活用、部活の地域移行、オンライン授業、心の教育、外国語活動、食育、環境教育、情報教育、情報モラル教育、キャリア教育、いじめや不登校対応など)次から次へと新しい課題に取り組まなければならないのが学校です。何かを削らないと時数を生みだすことはできません。また、先生方は、放課後に個別指導をしたり、授業や行事の準備をしたりしています。変えるということは、先生方の負担がまた増えることになります。子どもたちと学校の将来を考えて、大きくシフトを変える(教育課程を見直す)決断をしました。ご理解いただき、協力下さいますようお願いします。

2025年3月7日金曜日

花だより 和食文化(無形文化遺産) パンジー

 

 「和食」はどうして無形文化遺産になったのか?
 四季折々の海の幸、山の幸に恵まれている日本では、自然の味を生かした料理を作り、大切に食べてきました。食材を無駄にしない調理や保存に工夫し、四季を味わうための料理の器、盛り付け、部屋の飾りにも気を配るようになりました。そして、海外の食材や調理法も上手に取り入れて、日本独特の食文化をはぐくんできました。
  料理人として伝えたいこと 土山 憲幸氏 (元赤坂プリンスホテル総料理長) 
 おもてなし 料理の力は30%で、あとは雰囲気や環境、そして「おもてなし」が大きな役割を占めます。料理人は、季節にあった新鮮な食材を、その持ち味を生かすように調理し、盛り付け、取り合わせ、器との調和など見た目の美しさも考え、温かいものは温かく、冷たいものは冷たくお出しし、最高のおもてなしをするように心がけます。人に対する暖かな気遣いが「おもてなし」の基本です。
 日本人の平均的な口の大きさは約3センチだと言われています。ですから料理をつくるときには、約3センチに切ってお出しします。刺身、お新香、煮物でも基本は3センチです。それ以上のものは箸で崩せる硬さにします。例えば、がんもどきは耳たぶくらいの硬さ、焼き魚も切り身にして箸で崩せる硬さに焼き上げてお出しします。
 これが日本人の繊細さとおもてなしです。和食文化は、インバウンド客向けのことではなく、日本人として理解し、受け継いでいかなければなりません。

2025年3月6日木曜日

花だより 教頭先生は本当に大変だ! ユキヤナギ 白梅

 



 教頭先生は本当に大変だ!
 4月から校長になる教頭がいる。なかなか試験に合格しなかったが、とてもいい先生で、きっと素晴らしい学校経営をすると期待している。
 教員の働き方改革が進んでいるが、一番に考えてやらなければならないのは、教頭先生だ。教頭は激務である。毎日12時間勤務は当たり前で、土日も学校に出ることが多い。成りてがいないのも納得だが、誰かがやらないと学校は成り立たない。
 中には「誰もが通る道だ。教頭時代は、学校を回しているという自負があって、やりがいを感じたものだ。」と「やりがい」を強調する校長もいるが、「やりがい」だけで教頭にはならない。事務軽減化のためのIT導入だったが、安易さがさらに雑務を増やしているし、理不尽な保護者対応に悩んでいる教頭先生も少なくない。加えて、自分のメンタルヘルスが大事なのに職員室では、教員のメンタルヘルスに目配りと気配りをし、校長を支えなければならない。過労死寸前である。
 教頭になったとき、「じっと我慢するのが教頭(男)の修行だ!」と先輩から言われた。そんなこと今の教頭先生に言うのは酷だ。校長は、まず教頭先生を労り、大事にしなければならない。

2025年3月5日水曜日

花だより 「これでいいのだ」の本当の意味 ムラサキケマン

 

 
 自分を責めて 誰かを責めて 何かを責めて そして やっぱり自分を責めて
 だけど 確かめてみる価値はある 
 “これでいいのだ” という言葉の力を信じてみる価値はある
 あなたが もうこれ以上どうにもならないと感じているのなら 
 余計に胸を張る必要はないし、立派になんて 別にならなくたっていい
 あなたは あなたのままでいいのだ
 あなた自身がそう思えば 世界は案外 笑いかけてくれる
 人生は うまくいかないことと つらいことと つまらないことと 
 その間に ゆかいなこと楽しいことがはさまってできているから
 どうか あなたの人生を大切にしてください。

  これは、漫画家赤塚不二夫さんの言葉です。
 “これでいいのだ”は、バカボンのパパが、漫画の中で幾度も繰り返してきた言葉です。
 現実はままならない、うまくいかないことばかり、毎日ほとんどは「これでよくないのだ」の連続なのです。「天才バカボン」は、単なるギャグ漫画ではなく、こうした思想が奥にあるから、今の時代にも受け継がれています。(出川哲郎と小池栄子、芦田愛菜さんのワイモバイルのCM)
 赤塚不二夫さんは、網走潮見小学校にゆかりのある人です。天才バカボンの登場実物4人の直筆画が学校に残っています。この言葉を卒業式の式辞に使いました。

2025年3月4日火曜日

花だより 道内の教員採用選考検査 受験者数最低 キブシ

 


 道内の教員試験受験最低 25年度採用 小学校の不足深刻
 大きく舵を切ろうとするとき、それを支えるのは現場の教師です。教師の「教師力」が問われます。結局のところ、文科省と道教委ではなく、義務教育の在り方を支えているのは教師であり、「教師こそ原動力」なのです。しかし、現実には「何でも学校主義」は、教師の肩に全てかかり、その職務の範囲、量、責任の重さ等に青色吐息という状況です。確かに、新しい時代の義務教育の未来を背負っていくには、その質の向上は不可欠であり、教師自身が努力しなければならないことです。また他方で、この教師の現状、暗雲をどう取り払うかにもう一つの大きな課題があります。その課題解決のためには、英断を下さなければならないときがきました。
 「教育は人なり」と言われるように、どんなに時代は変わっても、教師の人間性が子どもに強い影響力を与え、教育効果に大きくかかわることは、誰もが認めるところです。従って、私たちの責任とは、教育に携わる者として教職の重要性を十分認識しながらも、学校教育をシンプルにし、余計なことを省くことです。
 教師を志す若者が減ったのは、学校に魅力がないからです。教師になりたいと思うのは、担任の先生に憧れるからです。労働条件だけではありません。いきいきと働く教師を増やすことです。

2025年3月3日月曜日

花だより お寺さんのありがたいお説教 桃の花

 


 先週、葬儀があった。お寺さんのおばあさんの亡くなったので、多くの人が集まった。
町の数々の役職を務めていた人格者だった。ある人は「行くと必ず、『お茶でも飲んでいって』と声をかけてくれて、住職と話すより、○○さんと話す方が楽しかった。」と言っていた。
  心遣いが種まき 耳は聞いて喜ぶ  目は見て喜ぶ  口は人をほめて喜ばせ
  手足は 働きによって 傍々を楽にさせて 喜ばす
  喜びの種は 喜びの実となって 我が身に返ってくる
  自分が消極的であれば 逆境を招く 
  自分が明るく積極的であれば 順境は向こうからやってくる
   *どうもこんな人だったようだ。
 また、本堂の壁には、ありがたい言葉が書いてあった。
 「施して 報いを 願わず 受けて 恩を 忘れず」
 「何かをしてあげても見返りを求めてはならない ただし、施しを受けた側は、その恩を忘れてはならない」という意味だろう。
 お通やのお寺さんのお説教は、「故人を偲び、個人から受けた恩を思い出し、自らの生き方を反省しなさい」と言っていたように思う。若いときは、長い説教は、足がしびれて動かなくなるから、早く終われ!と思いながら聞いていたが、最近は、そのありがたさが分かるようになってきた。後期高齢者が近づき、人生の終わりが見えてきた証拠だろうか?

  

2025年3月2日日曜日

花だより 地方の高校の卒業式 タチツボスミレ

 

 わが町にある高校とこども園は様々な交流があるので、3月1日、卒業式に参列してきました。とても立派な卒業式でした。
 数年前、入学生が20人を切り存続の危機に陥りました。道立高校ですが、存続させるために町はスクールバスや給食など手厚い援助を行っています。さらに教育長と校長は隣の市の中学校に出向きPR活動を行うなど、入学生確保に奔走しました。その甲斐あって、ここ3年間は、30人を超える生徒が集まるようになりました。
 校長先生は言います。「うちには、さまざまな事情を抱えて入学してきた生徒たちばかり、確かに学力は低い。中には中学時代不登校だった生徒もいる。ところが今年の卒業生は、皆勤賞と精勤賞合わせて9人もいる。国立大学に進学が決まった生徒もいる。進学、就職率は100%です。」と胸を張る。
 送辞を読んだ2年生の子は、「小学校の時の校長先生でしょ?」と声をかけてくれた子でした。この子も複雑な家庭事情を抱えている子でしたが、今は生徒会で活躍しています。とても立派な内容で堂々とした態度に感動しました。その子に「この高校どう?」と聞くと「めっちゃ、楽しいよ!」と答えました。
 地元の中学校からは、毎年片手くらいの人数しか進学しません。それなのに多額の援助をしてまで高校を存続するのか?という意見もあるようですが、それよりも地元の高校を残してほしいというのが住民の願いのようです。
 少子化により、どこの高校も定員割れの状況です。わが町の高校に生徒が多く集まるようになると、それだけよその町の高校が減って廃校になる可能性があります。
 高校無償化が決まりそうです。今でも地元の高校に進めば、ほとんどお金はかかりません。それでも、子どもが「○○高校に行きたい」と言えば、親は行かせるのです。
 無償化になって、倍率のない高校を選べば、勉強しなくても入れます。ますます格差が広がります。昭和の時代、「せめて子どもには、高等教育を受けさせてやりたい」と、せっせと働いた親が多かったように思います。

2025年3月1日土曜日

花だより “ちやほやされると俳優の芸は落ちる” 冬ミカン 冬の知床

 

 “ちやほやされると俳優の芸は落ちる” 
 劇作家の菊田一夫に戒めの小唄があります。「役者殺すにゃ刃物は要らぬ、ものの三度もほめりゃいい」(有頂天になって努力を怠る)
 それでは、ちやほやされた人は自衛のために何をすればいいか。芸能と別の世界では、ある天才が対処法を語っています。物理学者のアインシュタインは、「称讃による堕落から逃れる方法はただ一つ。仕事を続けることである。地道に仕事をせよ。」「ノーベル賞は、私にとって過去になった。純金製のメダルは大切に保管し、もう見ることはないと思う。」
また、山中教授は「これからは一科学者としてすべきことを粛々とやりたい。」と語っています。
 “実るほど頭が下がる稲穂かな”という言葉があります。偉くなると勘違いする人がいますが、本当に偉い人は、自分を戒めることを知っています。
 「ほめて育てる」とよく言います。褒める側はそれでいいでしょうが、ほめられた側は、どう思うかが大事です。ちやほやされ続けて育った子は、どうななってしまうか心配です。
  褒められることで、守りに入ってしまい、チャレンジに対して消極的になってしまい、自発的な感覚が損なわれることもあります。ただ褒めればいいというものではありません。「次も頑張ろう」と思わせることが大事です。