信教・学問・思想・言論・表現・集会・結社・職業選択・居住・移転の自由など、憲法で基本的人権として保障されています。しかし、「自由」には欠点があります。例えば「よいと思うことは一生懸命やりましょう。」とか「悪いことをしてはいけません。」ということを子どもにしつけようとするときに、自由はほとんど役に立ちません。場合によってはそれが妨害するからです。「自由」=「責任」、責任を持たない人が増えています。
「よいと思うことは個人によって違うのだから、一律に決めつけることはできません。それぞれがよいと思うことを自由にやればいいじゃないですか?」これでは子どものしつけになりません。「人に迷惑さえかけなければ個人の自由なんじゃないですか?」こう言われたら、人に迷惑をかけるということはどういうことかということから説明しなければなりません。こんな考え方が広まってきて「勧善懲悪」(かんぜんちょうあく)という言葉が死語になりかけています。善いことを勧めて悪を懲らしめるという意味です。昔なら「かけ値なし」にそれは良いことだという土壌がありました。だから昔の映画やマンガは、全て勧善懲悪のストーリーでした。
家庭で子どもに教える基本は、「よりよく生きなさい」ということです。しつけるとは「仕向ける」ことです。自分の好きなように自由に生きていきなさい。」などと無責任なことは言わないことです。 多胡 彰氏の「母の品格」から
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