能や歌舞伎と違い狂言は、衣装や面もつけずに言葉と身振り手振りを中心に展開され、滑稽なやり取りで笑いを誘います。その稽古は「型」を覚えることから始まります。狂言師の家に生まれると本人の意思とは関係なく、3歳から稽古が始まるのです。個人の主体性など一切ない。今の幼児教育とは真逆なものです。と言っていました。
狂言の稽古は、先生の動きや言葉を真似ることから始まる。一つ一つの型(基礎・基本)を習得するまで、徹底的に真似ることが重要視されます。ですから、教える先生(親)も子どもと一緒に動いて手本を示すのです。
650年も続いたことが本物の証、受け継いでいく中で、徐々に洗練され、理にかなったものになっていったからだと思います。伝統とか本物はそういうもので、一時的に人気になって廃れていくものとは違います。今の教育が本物かどうかは、今は分からない?。
なぜ、全国大会の記念講演で、狂言師 野村萬斎氏を招聘したか、現在の保育者に「教育とは何か?」今一度考えてほしかったのではないかと思います。

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