2023年5月17日水曜日

花だより 言葉の力を感じるとき シラン

 

 
 言葉が社会にあふれています。しかし、実のところ「言の葉」は日々、減り続けているのではないでしょうか。言葉の役割は、二つあります。ひとつは、何かの必要にせまられて発する言葉、もうひとつは、何かに感動した場合などに発する、自分の気持ちや思いを表現する場合の言葉です。
 多くの場合は前者で、メディアから流される膨大な広告情報です。テレビを見ても、新聞を開いても、目を引くロゴデザインやレイアウトで、そこで語られていることは、「ステキですよ」「安いですよ」という言葉ばかりです。メールボックスを開くと、そこに並んでいるのは、指示や連絡ばかりで「何々をしてください」「ご多用のところ恐縮ですが…」といった類の言葉のオンパレードです。
 その一方で、自分の気持ちを表す、心の中から出た言葉に出会うことは、滅多にありません。今はSNS(ソーシャルネットワークサービス)の世界がそうかもしれません。しかし、それらの言葉のほとんどが、自己満足的なつぶやきに過ぎないものだったり、互いの日常生活を写真付きで自慢し合う場になっています。
 ある書家によれば、「字とはもともと人の心が万物に感動してつくり出されたもの」だと言っています。この言の葉協会の名前の由来となっている、古今和歌集の仮名序にある「大和うたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける」が伝えるように、和歌とは人との心を種として、さまざまな言葉の葉が繁ったものなのです。
 言葉の洪水に押し流されて「言の葉」の精神を失うことは、おそらく、私たちの生きる力そのものを失うことになるに違いありません。ここに収録された「言の葉」の数々が、読者の心を揺さぶり、明日の生きる力の糧となることを願ってやみません。
   一般社団法人 言の葉協会 第5回言の葉大賞「言葉の力を感じるとき」のまえがきから
  

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