命を下すとは
校長がこうしたいと思うことを職員に命じて、その命のままに自在に職員が動くということは、事を運ぶうえにおいて、きわめて大事なことではあるけれど、命になれて、いつのまにか命がなければ職員が動かないということになっては、これは大変である。こんな硬直した学校では、進歩も発展も生まれない。ただし、そんな学校はないと思うが…・
たとえ命令がなくても、以心伝心、校長の意を汲んで、それぞれの職員が適時適確にすすんで事を運んでゆく。こういう柔軟な姿のなかにこそ、かぎりない発展性が生まれてくる。
そのためには、命を下す前に、まず職員の言うことに耳を傾けることである。まず聞くことである。聞いた上で問うことである。そして、そこに校長の思いと異なるところがあれば、その気づかない点を気づかせ、思いに至らない点の理非を説く。そうした納得の上に立って、断固、命を下さねばならない。命を受ける人が納得するということは、その人の知恵がそれだけ高まったということである。わけのわからないままに命に従わせていたのでは硬直する。命を下すということは、そんな容易なことではない。と肝に銘じることだ。
(経営の神様:松下幸之助訓から)
0 件のコメント:
コメントを投稿