2025年10月31日金曜日

花だより 言葉遣いは心遣い ヨメナ ハロウィンカボチャ

 

 「てめえ~、このやろう、ぶっ殺すぞ!なめんなよ」
 「こんな会話が児童センターであって困っています。」とそこの先生から報告がありました。「そんな言葉づかいをしてはいけません。」と注意しながら、心の中では、「親はどんなしつけをしているのだ。」と思っています。
 「心にあるものから人は語る」「言葉遣いは心遣い」という格言があります。発せられる言葉は、その人の人柄を表します。言葉遣いで育ちが分かります。子どもの言葉遣いは、親のコピーだからです。まずは、親が正しい言葉遣いに努めなければなりませんが、情報化社会では、好ましくない様々な言葉が、子どもたちの周りに散乱しています。 
 だからこそ、親は子どもの間違った言葉づかいを矯正する必要があります。言葉の間違いを犯さない子どもは一人もいません。子どもは単語のさまざまな組み合わせ方を試します。その組み合わせが間違っているのに、誰もそれを指摘して直さないなら、子どもはそれが正しいと誤解して使い続けてしまいます。
 間違った言葉使いが、SNS上の誹謗中傷につながります。人を罵倒したり差別したりする不適切な表現が含まれていることがあるので要注意です。そんなとき、親は「そういう言葉を使ってはいけません。」と厳しく注意する責任があります。そうしなければ、子どもはそれを受け入れられると思い込んでしまうからです。言葉の使い方が不適切だと周囲から拒絶と批判を招き、自尊心を台無しにしてしまいます。まずは大人が範を示すことです。
             北見市若松「フラワーパラダイス」           

2025年10月30日木曜日

花だより 理科室にある多数の動物の剥製 キキョウ モミジ

 

 大阪市教育委員会は、7月から市内の学校や園で事業者からのイベント等のチラシを原則配布しないことに決めた。営利目的ではないことなど、市で定めた要件を満たしたものや子どもにとって有益なものは、これまで通り配布する。チラシの仕分けや問い合わせに教職員が時間をとられる実態があった他、保護者への重要なお知らせがチラシに紛れてしまう問題が起きたことによる対応だ。
 学校は地域や保護者から頼まれるとなかなか断れない。学校の踊り場の壁に訳の分からない100号の油絵があったり、理科室には動物のはく製がいくつもある。校長室には、ケースに入った日本人形があったりする。これらはみな地域の人が持ち込んだものだ。このままだと学校はリサイクルショップになってしまう。でも、それをメルカリで販売することはできないし、処分もできないと悩んでいる校長は多い。これから校長は勇気をもってお断りすることです。
~焼き芋~

 

2025年10月29日水曜日

花だより 『ほっちゃれ』or『赤いサイロ』 かぼちゃ リョウビュ

 

 【北見の老舗菓子処】
 講師のお土産は「大丸の『ほっちゃれ』がいい。」 『どらやき』もいいが日持ちがしない。さほど広くない店内には、お客でいっぱい。カウンターの後ろに品のいいおばあちゃんが立っている。見るからに大女将。他の店にはない凛とした雰囲気が漂っている。『ほっちゃれ』を頼むと若い店員が慣れた手つきで包装してくれた。最後に紐をかけたところで、大女将から「紐が曲がっているわよ!」とチェックが入る。1万円札を出すと新札の千円札が返ってきた。お菓子の味だけではない。お客への心遣いと従業員に対する厳しい指導に老舗の神髄を見た気がする。さすが北見の有名老舗である。
 北見駅前にある商店街は、郊外にできた大型店に客が流れ、以前のような賑わいはなく閑散としている。その中で、唯一朝早くから行列ができる店がある。それが北見の老舗菓子処の「大丸」である。名物の「どらやき」は午前中に売り切れてしまう。それと鮭の形をした饅頭の「ほっちゃれ」、お彼岸には「おはぎ」を求めて、開店1時間前から行列ができる。味もいい、店の雰囲気もいい。ただ残念なのは、駐車場がないので、店舗前の一方通行の道路が渋滞になることだ。
 すぐ近くにもう一軒、今人気の菓子店がある。カーリング女子ロコソラーレの「もぐもぐタイム」で有名になったチーズケーキ『赤いサイロ』を販売する「清月」である。一日500個限定なので、こちらも開店前から並ばないと求めることができない。
 「この近くに北見の有名なお菓子屋さんがあると聞いてきたのですか?」と本州から来た観光客に聞かれたことがあった。「『大丸』ですか?『清月』ですか?」
 北見は、玉ねぎと薄荷だけじゃない。帯広の『六花亭』や『柳月』のようになってほしい。

2025年10月28日火曜日

花だより 「校長先生あのね、お兄ちゃんがおこられて泣いた。」 椎茸 ダンギク

 


 朝、「おはようございます。」と元気よくあいさつをしてくれる子もいれば、声をかけるとやっと小さな声で「おはようございます。」とこたえる子、中には、下を向いて黙って通り過ぎる子がいます。そういう子には、もう一度こちらから大きな声で「おはようございます。昨日は何をした?」と声をかけるようにしています。ところが下校時は、登校時より、表情も明るく、元気よく「校長先生、さようなら!」という子が多いように感じます。朝は、“ああ~、これから勉強が始まるのか!”と思いながら学校に来て、帰りは、“よし、これで家に帰れるぞ!”そんな気持ちが態度に出るのでしょうか? 本当は逆だと良いのですが…。
 あいさつといっしょに積極的に話しかけてくる子もいます。 
「校長先生あのね。きのう、うちにね、新しい冷蔵庫がきたんだよ。お兄ちゃんが、何回も開けたり、閉めたりして、お母さんに叱られたよ。」
「校長先生あのね。きのう、また、お兄ちゃんが悪いことをして、お母さんがおこったから、泣いたんだよ。」
「どんな悪いことをしたの?」
「それは言えない!」

2025年10月27日月曜日

花だより 記念講演(久保山茂樹先生)と焼き芋 柿 オヤマリンドウ

 

 
 「わくわく園開園10年周年記念講演会」 10月24日(金) 19:00~20:30
 「ビックな先生をお呼びして10周年記念講演会を開催したい。」先生方からの要望があって、講師に独立行政法人特別支援教育総合研究所、インクルーシブ教育システム推進センター上席総括研究員(兼)センター長 久保山茂樹氏をお招きして開催しました。 約80名の参加ありました。一息では言えないくらい長い肩書を見て、難しい話を1時間半も聞くのかと敬遠した保護者もいたかもしれません。
 女満別空港までお迎えに行きました。「鉄道をこよなく愛する方(鉄ちゃん)」なので、海に一番近い駅、網走の北浜駅に向かいました。生憎の雨で、知床の山々を眺めることはできませんでしたが、「鉄道マニあこがれの駅に、一度来たいと思っていたので感激です。」と喜んでいただきました。
 それから訓子府に向かう車の中で、今の幼児教育の現状、国の動向など、堅い話だけでなく、講演での失敗談やご家族のこと、全国を駆け巡った若いころの話をたっぷり伺いました。事前に久保山先生から「ラフな格好で話すことをお許しください。」とありましたので、私も含め、協賛の連Pの会長さんをはじめ育友会の役員の皆さんもラフなスタイルで聞きました。先生のお人柄あふれる話術でとても和やかな雰囲気の講演会になりました。
 先生は20年後の社会を「『チッ!』と言わない社会にしたい。少数派を大切にする、共生社会になることを望みたい。」とおっしゃいました。残念ながら聞き漏らした方、どんな講演だったか、参加した人に聞いてみてください。資料を添付しておきます。
 講演後、先生を囲んで懇親会をしました。居酒屋「あかちょうさん」さんに無理を言って、11時まで店を開けてもらいました。
 「やきいも」最高! 10月24日(金) 野菜倶楽部さん、地域おこし協力隊の皆さんにお手伝いいただき園庭で焼きいもをしました。今年は、太くて大きなサツマイモがたくさんとれました。後は、おいしく焼くことができるか心配でしたが、1時間足らずで、甘くてホクホクの焼き芋に焼き上がりました。それを確認してから、体中燻された臭いのまま女満別空港に向かいました。
 久保山先生にも食べてもらいました。「北海道のサツマイモを初めて食べます。こりゃ、うまい!」と驚いていました。  「園だより」から


2025年10月26日日曜日

花だより 新しい「良夫賢父」 ナナカマド アキノキリンソウ

 

「良夫賢父」
   板東眞理子(昭和女子大学学長)「母の品格」より
 現代の「良妻賢母」に必要とされるものは、裁縫、調理、掃除などの家事能力ではなく、家計を管理し、子どもを教育し、そして何より良きパートナーとして夫を理解し支える能力が必要です。将来が見えない社会でどういう子どもを育てるか、洞察力と子どもが社会人として職業人として生きていく力を与える人間性が求められています。
 一方儒教的な社会では男性に対しては良い夫であれとか、良い父親であれという特性は強調されませんでした。むしろ忠義とか友人との信義(付き合い)が優先され、妻子の愛に引かれて進退を誤らないように、女性の色香に迷わないようにと教育されていたのです。家族に対する愛情のうちでは親に対する孝だけが推奨されたのです。もともと儒教は国を治める官僚や組織の倫理が中心だからか、妻への貞節、信義は軽んじられ、子孫繁栄のために妾(めかけ)を持つことも正当化し、良妻は夫の浮気や妾に嫉妬しないことを期待されたのです。
 儒教だけが悪いのではありません。仏教も男女の愛や子どもへの愛は煩悩として退けたのです。こうした煩悩から解脱して悟りの境地に達するよう修行することが理想とされました。しかし、本来日本人は、万葉、平安時代の恋歌や物語に見るとおり、ものの哀れや男女の恋愛を尊重していたのです。それを描くのが中国文学と異なる日本文学の特徴です。
 ところが、それが外来の儒教や仏教が重んじられるようになってしまったのです。ここでもう一度日本男性に、本来のものの哀れを解し、妻や子への愛にあふれる生き方や価値観を取り戻してほしいと思うのです。  
 徐々にそうなりつつありますが、介護休暇を請求した男性職員が、上司から「介護は女性がするものだろう?」と言われたそうです。こども園の送迎にお父さんの姿が多く目立ちようになってきましたが、まだ、このような考えが残っていうのは残念です。

                                                     今年は、サンマが安く食べられる!

2025年10月25日土曜日

花だより 「先生は多忙」と言うが、何がどのように忙しいのか? モミジ ヒヨドリバナ

 


 「先生は多忙」と言うが、何がどのように忙しいのか?
 「学習指導要領のとおりに教えていればいいんでしょ!」「複数のクラスで教えるときは、同じことを繰り返せばよい。」「先生は、赤本を見ながら授業している。」「長期の夏休みがあるでしょ!」と言った言葉が続き、教員の多忙さは、なかなか世間に理解されていません。
 教員はいつでもスイッチ・オン
 北海道教育委員会に勤務する指導主事の多くは、教育行政に関わる事務量の多さと多様な忖度に頭を痛めています。「学校に戻りたい。」という声をよく聞きます。しかし、事務量の多さに辟易している彼らも「退勤後や土日は業務から解放される。しかし、学校はそうはいかないので、その点はよい。」などと続けます。この「そうはいかない」という点が重要なポイントです。
 教員には身体を休める時間はあっても、脳は児童生徒のことで休日であろうと夜間であろうと常に働いています。人間関係を生業とする職業であるだけに善くも悪くも学校のことで脳を独占し続け、ストレスとなります。脳が常時フル稼働で、私人でいる時間が少なく、それが極度の多忙感となっているのです。各学校では、業務に優先順位をつけ、教員のゆとりを確保するスイッチ・オフの時間をつくることが大事です。
 教員の不祥事が続き、学校への信頼が失墜しています。そんな先生は極々一部です。多くの教員は、子どものことを一番に考えています。
 
                  

2025年10月24日金曜日

花だより 好きなことを好きなように学ばせていいのか? フジバカマ ホトトギス

 


  「開示悟入」の教育   梶田 叡一氏(兵庫教育大学名誉教授)
 子どもが自分から能動的に、主体的に学んでいく教育が、今、改めて求められているのである。しかしながら、子どもの自主性を尊重し過ぎて「好きなことを好きなように学ばせよう」という実質的な指導放棄になってしまったのでは教育にならない。「子どもはそもそも学びたがっている主体的能動的な存在である」などと言う教育学者がいるが、敢えて言えば、それは幻想でしかない。子どもを信頼して任せておく、ということで教育がやれるなら、学校も教師もそもそも不必要なのである。もちろん、これとは逆に、何でもかんでも教えてやればいい、きちんと指示して活動させればいい、ということでは、子どもが受動的になり、依存的になってしまう。これもまた困ったことである。
 学校教育を通じて、生涯にわたって常に自分自身を伸ばしていこうとする自己教育の姿勢を育てていかなければならない。指導が強すぎても、指導しないまま放任になっても、自己教育に繋がる教育にはならないのである。
 学習者の能動性、主体性を大事にした教育は、「開示悟入」(法華経の教え)を常に念頭に置いて取り組むべきではないだろうか。
「開」は「開く」である。発問や課題提示で子どもの心を開く、課題の世界を開く。ここから教育が始まるわけである。主体的学習の基盤づくりはまさにこれである。
「示」は「示す」。教えることを指示することである。大事な事柄については教師が、どう考えたらよいか、どのようにしたら理解できるか、どのような点に留意して活動すればよいのか、きちんと示さなくてはならない。
「悟」は「悟らしむる」。自分で納得がいくところまでもっていくということである。自己解決力の場を設けるとか、自分の経験や実感と照らし合わせて考えてみる場を設けることも「悟らしむる」ために大事である。課題解決型学習や自主協同学習にも、こうした基盤が不可欠である。
「入」は「入らしむる」。学んだことを自分の生活の中で使えるようになるところまでもっていくことである。本当に自分の身についた「生きて働く力」にするため、家庭や地域での活動と学校での活動との結合など様々な工夫が必要である。
 「開示悟入」の中には、子ども主導の学びの部分もあれば、教師主導の学びの部分もある。大事なのは「開」によって学習者一人一人に学習意欲や課題意識が生まれ、それが子ども主導の場面でも、教師主導の場面でも、一貫して主体的な学習を貫くものになっていくことである。「開示悟入」という先人の教訓を今こそ思い起こしたいものである。

2025年10月23日木曜日

花だより スマホ教授法=自転車教授法 シオン ユウゼンギク

 

  学校はスマホにどう対応すべきか
                       兵庫県立大学准教授 竹内 和雄
 ~スマホ問題は文化づくり~
 子どもが自転車に乗れるようになるときは、「三輪車→補助輪→保護者の特訓」が一連の流れです。誰が決めたわけではありませんが、日本全国で保護者が子どもの自転車の荷台を持ちながらの特訓が繰り広げられています。私も父親に特訓されたので、自分も子どもには同じようにしました。
 つまり私たちの社会は「自転車教授法」を共有しているのです。スマホはまだ登場したばかりなので「スマホ教授法」が確立されていません。だからいろいろな問題が起こるのです。私たちは今、新しい文化づくりをしている最中で、大きな試行錯誤の段階です。文化づくりのために学校ができることを考えなければなりません。スマホ問題は、道徳の授業の最適なテーマです。


2025年10月22日水曜日

花だより SNSに勝手にUP! はなテント コスモス

              花の季節もそろそろ終わりです。

 教員の盗撮事件により、学校では個人スマホが使用禁止になっています。教員だけでなく、
幼稚園では、LINEに個人情報を載せて流してしまう保護者がいます。トラブルのもとを作る親は、SNSを行っていて、同じクラスの子をたまたま見かけて勝手に撮影して流したり、他の園児の写真も一緒に写っている行事の写真等も載せてしまったりして、他の親からクレームが来ることがしばしばあります。LINEは同時に複数の保護者に情報が一斉に流れてしまいます。さらに一度流れると消すことができないため、どうすることもできないと困っています。
 問題の親は、常に情報をアウトプットしないではいられないような一種の自己顕示性の強い方です。SNSも親たちは、互いにチェックしていて、それをきっかけに悪口大会になっています。また、入園の際に「SNSに幼稚園で知り得た情報や他人の情報を無断で掲載したりいたしません。」という誓約書に保護者が署名しているケースもあります。しかし、「だからといって即退園なんて言ったら大事になりますので、すぐにそのようなお話をするつもりはありません。」と対応に苦慮しています。幼稚園から見えない保護者同士のトラブルに関しては、幼稚園が関与することはできません。社会人としてのモラルを期待し、保護者同士の関係のもつれが、子どもの世界に広がることのないようお願いすることが幼稚園としてのせめてもの対応です。
 幼稚園では、子どもたちが和やかな人間関係を築くため、絵本や教材などを用いて、じっくり考え、自分の言葉で表し、お互いに考えを分かち合い、話し合う取り組みをしています。機械に頼ることなく、本来の人間同士が育んできた温かい関係を大切にすることを忘れないようにしなければと思っています。  育英幼稚園長 河村真理子



2025年10月19日日曜日

花だより 村山富市元首相死去に思う オヤマリンドウ オオケダテ

 


 白く長い眉毛がトレードマークで国民から親しまれた村山富市元首相が亡くなられました。94年、自民、社会、さぎがけの連立政権が誕生し、まさか社会党委員長が首相になるとは思いませんでした。労働運動からの叩き上げの社会党員だった村山氏の首相誕生は、一番ふさわしくない人がなったと言われましたが、同時に自民党の懐の広さだとも言われました。首相就任後は「自衛隊は合憲」「日米安全保障条約堅持」の見解を打ち出すなど、社会党の基本政策を大胆に転換し、「55年体制」を乗り越え、長年の懸案事項に取り組み転換期に足跡を残した功績は大きいものがあります。
 学校現場にも大きな影響を与えました。当時、卒業式の国旗掲揚、国歌斉唱は、日教組の反対運動により、校長は苦慮していましたが、社会党の方針転換により、「日の君」問題が解決するきっかけとなりました。
 1994年6月29日、首相に指名された後、自民党の控室で「(自民党の)政情を憂う切々たる心情に心を打たれた。お互いに真心は通じるものだ」と語ったといいます。今の政界も同じような状況にあります。他党との立場の違いに苦慮しつつも妥協点を見出した村山氏の政治姿勢は、現在の教訓です。
 大分の漁師の家の11人きょうだいの6男に生まれ、貧しい家を助けるため幼いころから漁に出たそうです。座右の銘は「大衆から学ぶ」額に汗して働く国民の目線で政治を考えることを原点としました。人柄で信頼され、国を率いた首相はそうはいない。
                    (2025年10月18日 読売新聞より)


2025年10月18日土曜日

花だより 「食・ショック!」 クルミ モミジ

     「食育」がどうして学校で必要なのか?
 本来は家庭ですることだと思っていましたが、現状は大変なことになっています。
 カップラーメンとレンジでチンするご飯の夕食。煮炊きしない家庭、好物をバラバラに食べる家庭など、家庭の変化が食生活を変えています。現代の食卓の問題として、「和食の柱、『米と汁』の存在感が薄れ、おかずばかり目立つ」
 「一汁三菜」は、ご飯とみそ汁、おかずと香の物で成り立っていた庶民の食は、高度成長を経て急速に崩れていきました。銘々皿が大皿盛りになり、学校給食の影響でパンに焼き魚と牛乳が並ぶようになりました。清涼飲料水のペットボトルが汁わんに取って代わりました。栄養のバランスのとれた「和食」の伝統が消えつつあります。
 札幌「大丸」のレストラン街で昼食をとることにしました。「海鮮丼がいいかな?」すると3,800円でした。妻は「やめておこう!」と言いました。ぐるっと一回りして、「ランチビッフェ、「ライト」(シニア:65歳以上1,680円)」が目に留まりました。妻が「これがいいんじゃない!」、「ライト」の上に、「スタンダート」と「プレミアム」がありました。妻が「何が違うのですか?」と聞くと、「飲み物が付いたり、ローストビーフやお寿司などは、ライトにはついていませんが、ライトでよろしいですか?」と言われました。「ええ~、ライトのシニアでお願いします。」
 十分満足する内容でした。店内を見渡すと平日の昼時なので、シニア層が多くいました。「考えることは一緒なのね。」と妻が言いました。隣席に女子高生の4人組が座りました。皿には、ローストビーフとお寿司とデザートのケーキが山盛りに乗っていました。



2025年10月17日金曜日

花だより 「正坐」は日本の文化 ハマギク 秋の斜里岳

 



 小さな学校の校長になると地域の老人クラブの役員になります。週末は、老人クラブのある集会所に顔を出します。するとおばあちゃんが、正坐で迎えてくれます。他のお年寄りは、「校長先生、すみませんね。膝が悪くて椅子に座ったままで失礼します。」と言います。クラブには、学校で使っていた子供用の古い椅子がありました。テーブルでお茶を飲んだり、何かつまんだりするには、普通のパイプ椅子ではちょっと高く、子供用の椅子が丁度良いようです。“正坐は、体に悪い”と思っていました。確かにお年寄りにはそうかもしれませんが、一概にそうは言えないようです。
 「正坐のすすめ」 最近、正坐ができない若者が多い。また、正坐をする機会も少なったことも確かです。お葬式も今は椅子です。お坊さんが説法を背筋を伸ばし、正坐して聞いている金髪の若い女性を見ました。その傍らでジーンズ姿の若い女性が両膝を伸ばして聞いていました。
 正坐は日本特有の座り方です。特に正坐は、茶道などの習い事、柔道などの武道、日本舞踊などの芸道や礼儀作法も含めて、日本の伝統文化と言われるものはどれも正坐抜きには考えられません。
 敗戦後、アメリカ文化が怒濤のように押し寄せ、衣・食・住や生活習慣にいたるまで欧米化された。日本人でありながら、日本の文化や習慣を知ろうとせずに欧米の生活習慣が良いという風潮がありました。日本本来の良さを認めず、欧米のものを批判することなく受け入れる習性が顕著にみられました。そのために消えようとしている大事な生活習慣の一つに「正坐」があります。 
 「正坐」は、膝に悪い、がに股になる、下肢が短くなるなどと最先端の知識のように振りまく無責任な多数の指導者がいました。それには根拠のないことが多く、逆に膝だけでなく、姿勢、呼吸、それに身体的にも、精神的にも有益な面が多くあり、また作法にも大切であることが忘れられています。
 私たちの年代は、幼児の頃から正坐を礼儀として教えられ、親に叱られる時には、正坐をさせられ、心が引き締まる思いをしました。生活習慣の中で「正坐」の大切さを見直し、日本の正座文化との関わりを、次の世代へと伝えていきたい。
 これは、膝の専門家の意見です。
 剣道では「正坐、黙想、礼」と稽古の始まりと終わりに号令がかかります。寒稽古での板間の正坐は厳しいものがあります。足のしびれが進むと無感覚になります。私も剣道をやっていましたが、いやでいやでたりませんでした。それでも“行儀を良くするために剣道を習わせたい。”という親が結構います。 


2025年10月16日木曜日

花だより 子どものスマホ使用を規制して本当によいのか? ショウメイギク 松茸

 


 スマホの弊害がクローズアップされ、子どものスマホ使用を規制する動きがあります。
 これまで子どもが夢中になったものは、すべて「規制すべき」と言われてきました。私たちの時代はテレビでした。それからテレビゲーム、そして、子どもたちに大人気だった「ドリフターズの全員集合」も見せないように低俗番組に指定しました。
 しかし、子どものスマホ規制に反論する意見もいます。「情報収集や緊急連絡の機会を奪う」、「親子の信頼関係が悪化する」、「過度な制限は逆効果になる」などが挙げています。また、自主性や社会性を育む機会が失われるという意見もあります。効果的なルール作りには、ペアレンタルコントロール(親が子どものスマホの使用を管理する)などのツールを補助的に使い、子どもとのコミュニケーションを土台にすることが重要だといいます。
 ≪反論の根拠≫
〇スマホは重要な情報収集源であり、連絡手段である。「緊急時の連絡手段」としてスマホを必要と考える保護者が多い。 
〇一方的な制限は子どもの反発を招き、隠れて使う、嘘をつくなどの問題につながる。
〇ペアレンタルコントロールを厳しくしすぎると、逆に依存度が高まる。
〇厳しく制限すると、かえって「使いたい」という欲求が高まり、隠れて使ってしまうことがある。
〇過度な制限は、集中力の低下や勉強への意欲減退につながる可能性がある。
〇制約が多すぎると、自分で判断してスマホと向き合う機会が失われ、自主性が低下する。
〇困る経験が不足し、社会に出てから苦労する可能性が懸念される。
〇親の都合や見方だけでルールを押し付けると、子どもは不満を感じやすくなる。
 反対に規制する意見は、これ以上の弊害を列挙しています。
 ところで子どもに規制して、大人はどうなのでしょうか?
 AIを含めた進歩のスピードは目を見張るものがあります。「使っちゃダメ!」で解決するのでしょうか?

2025年10月15日水曜日

花だより 「大阪をなめたらアカン!」 サルビア ミャクミャクくん

 

 
    懇意になった大阪の幼稚園の園長先生がいます。
 7月の全国園長会でお会いしたときに、万博の公式キャラクター「ミャクミャクくん」のグッズをいただきました。「閉幕まで5回は行きます。始まるときは、いろいろ言われたけど、先生、一度来てみて、ほんまに、すばらしいから~」と熱く語っていました。
 その関西万博が10月13日に閉幕しました。来場者2500万人超、運営収支は、230~280億円の黒字になる見込みだそうです。開幕前は、「赤字必須、万博はもう時代に合わない。」と酷評した有識者の皆さんは、今、何を思っていることでしょう。
 大阪人を甘く見てはいけない! 大阪人は、東京に対するライバル意識が強い!
 関東のマスコミは、万博会場でトラブルが起きると大々的に報じましたが、そんなものは軽く吹き飛ばしました。
 東京は冷静で礼儀正しい印象がある一方で、大阪は商業的でおおらかな雰囲気がある。フレンドリーな人が多く、街が活気にみなぎっている。
 「関西万博は失敗する!」と言われ、大阪人の反骨精神に火がついた。万博のプロデューサーの宮田裕章氏は「大阪の人たちの力を本当に感じた。大阪は、『なんでも面白がってやろう』という力が強い。」と言うと横山市長は「一番の財産は人、それが世界の皆さんに認めてていただいたレガシーじゃないかと思う。」と応じました。
 「大阪をなめたらアカン!」まだまだ日本も捨てたもんじゃない!大阪に見習えです。





2025年10月14日火曜日

花だより 買い物は、子どもにマナーを教える実践教室 おもちゃカボチャ ショウカイドウ

 

~買い物は、子どもにマナーを教える実践教室~ 
 お母さんがどんな商品をどんなふうに買っているのかを子どもに見せるのは、マナー教育だけでなく、社会勉強になります。毎日の食材を買いそろえるスーパーマーケットなどでの買い物が子どもにマナーを教える絶好の機会です。一緒に買い物に行くのではなく、一緒に買い物をするのです。これは自分が今、何の目的でスーパーマーケットに来ているのか、子どもにもよく分からせるためです。そうすれば、お母さんの目の届かないところで勝手に商品をいじったり、走り回ったりすることはできなくなります。これが大切なことなのです。
 親は親、子どもは子どもでバラバラになって買い物をして、それぞれが買った物をカートに入れていく親子がいます。これでは子どもは自分の好きなお菓子などを自由にかごに入れてしまいます。レジのところで「このお菓子は買わないから返してきなさい。」と子どもと言い争いをしているお母さんもいます。これではマナーを教えることにはなりません。
 子どもはお母さんの目の届くところにいさせて、初めてマナーが教えられます。もし商品を雑に扱ったら、厳しく注意しなければなりません。商品はレジでお金を払ってはじめて自分の物になります。それまでは丁寧に大切に扱うという姿を子どもに見せなければなりません。これが生きたマナー教育です。 


2025年10月13日月曜日

花だより イノシシをブタにしていいのか? ダリア ジャガイモ

 

 生きる力の優等生は“イノシシ”
 山に食べ物がなくなり、クマやイノシシなどが人里まで下りてきて、畑を荒らしています。地球環境の変化が様々なところに影響を与えています。
 何でも食べる食欲(雑食)、高い攻撃力(危険回避能力)、優れた繁殖力、どれをとっても優秀なのがイノシシです。しかし、そのイノシシを人間が無菌状態の狭いゲージで、高カロリーなエサを与えると「豚」になるのです。
 これは旭山動物園の園長さんの話ですが、学校教育の警鐘でもあります。
 行動展示で有名になった旭山動物園は、動物が本来持っている能力や生きている環境を知り尽くした上でそれに近い環境でつくり出しています。
 オランウータンの飼育舎には柵がありません。周りに水を張ったプールをつくることで、水を怖がりそこに踏み込むがことがないからだそうです。また、多くの動物園では、動物が興奮しないように薬を与えていますが、旭山動物園では薬は使わず、その動物に適した環境にしてやることで、動物は落ち着き、自然に近い形で繁殖もするそうです。育った環境が大事だということです。人間も同じではないでしょうか?~と話していました。
 子どもを育てるのに、人間の都合のいい「豚」にしていいのか?ということです。

2025年10月12日日曜日

花だより 「敬遠」される大人 ハゲイトウ コスモス

 


  野球の「敬遠」は「故意四球」、強打者に長打を打たれるのを避ける、または塁を埋めて得点を防ぐために使われますが、「敬って遠ざける:敬遠」とはおもしろい言葉です。心から敬っているのではなくて、敬うふりをして近づかない。親しくならないという意味です。
 「現場が勝手にやったこと」、「秘書がやったことで知らなかった。」と責任をとらない上司は「敬遠」されます。「責任の取り方」というのは、教育やしつけではありません。ごくごく当たり前の常識をたくさん身に付けることによって、いわばその集大成として、責任とは何かということがわかってくるものです。ですから、子どものうちからしっかりと常識を身に付けさせることが大事です。
 前回、小学校に校則がないのは、保護者の常識に頼るからだと言いました。常識とは、突拍子もないものではありません。ルールを守る、人に会ったらあいさつをするとか、自分の思い通りにならなくてもがまんするとか、人には親切にするとか。それはみな当たり前の常識です。そういう当たり前のことを、親が当たり前のようにやっている姿を見て、子どもの気持ちの中に少しずつ常識が芽生えてきます。
 「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」(山本五十六訓)という教えがあります。常識と思っていることを子どもに一つずつ伝えるのが親の役目です。手間暇のかかることですが、手間暇を惜しまないのが愛情です。そして、常識のある大人になるための努力をしなければなりません。お互いに常識があれば、トラブルのほとんどは解消されます。

2025年10月11日土曜日

花だより 学力低下より深刻、体格は向上しているのに体力は低下 モミジ サラシナショウマ

 

 
 学力低下より深刻、体格は向上しているのに体力は低下
 8種目ある運動能力のうち低下が顕著なのは、「50m走」「持久力」「ボール投げ」です。
 平成11年と令和5年に比べると、「50m走」は小学5年生の男子が8.93秒で走っていたのが令和5年には9.48秒かかっており、女子は9.26秒から9.71秒へとタイムが落ちています。
 「持久走」は、中学2年男子1500mで6分23秒2で走っていたのが6分49秒9へとタイムを落としており、女子1000mでは4分45秒0だったものが5分07秒0と5分をお超えています。
 「ボール投げ」は、小学5年男子のソフトボール投げ30.3mだったものが20.5mまでしか届かず。女子は17.1mから13.2mへと記録が落ちています。
 その原因は、生活環境の変化と運動不足があげられますが、そればかりでなく中学男子で「運動好き」と答えた子が過去最高となった反面、「体育きらい」「ややきらい」を含めると男子は10%、女子は23%になっています。2極化傾向にあります。
 嫌いな理由は、「人と比べられる」「失敗しそうで不安」「体育の授業になじめない」です。「嫌い」「苦手」な子へのきめ細やかな指導が必要とされています。
 水着を着たくないので水泳授業を見学する子が増えているといます。今は「嫌い」「苦手」なことは無理をさせないようです。これでは、体力も学力も上がることはない?


2025年10月10日金曜日

花だより お母さんから離れられない子どもが増えてきた? どんぐり カボチャ

 


 
 お母さんから離れられない子どもが増えてきた?
 子どもが親から離れて遊べるのは、いつも親が見ていてくれるという信頼感があるからです。少しでも離れたら、親がどこかに行ってしまうのではないかと思ったら、子どもが親から離れないのは当然です。親子の信頼関係が薄れてきているような気がします。
 ~子どもの「生きる力」を育むのは「安心感」~
 『子どもを自立させるには、どうしたらいいか?』
 自立の元になるのは「意欲」です。意欲の元になるのは「安心感」です。安心感は、じゅうぶんに甘えて、甘えを受け止めてもらうことで得られます。
 じゅうぶん甘えて、安心感をもらった子どもが、「自分でやりたい」という意欲を持ち、自立に向かっていきます。甘えない人が自立するのではなく、甘えていい子ども時代に、じゅうぶんに甘えた人が自立するのです。
 「10歳まではしっかり甘えさせる。そうしたら、子どもは心の安定したいい子に育つ」といいます。ただし、「甘えさせる」ということは、子どもの言うなり、子どもの言うことをそのまま全て鵜呑みにする「甘やかす」ということではありません。
 「甘やかす」と「甘えさせる」の違い
 「甘やかす」とは、子どもの欲求を過剰に満たすこと。子どもが自分でできることを親が代わりにやったりすることです。「甘えさせる」は、子どもの心情に寄り添うこと。子どもの話を聞いたり、感情に共感したり、抱っこしてほしいという精神的欲求に応じたりすることです。

2025年10月9日木曜日

花だより 子育て応援団 「赤ちゃんを泣かないようにする?」  サワギキョウ 虫食い葉

 

 

 子育て応援団 「赤ちゃんの泣き対策」 
 「先生、赤ちゃんが泣かないようにしてください!」
 産後1カ月検診で訪れた母親が診察室に入ってきた。睡眠不足で疲れ果てた様子でした。毎日が辛く限界とのこと。
 生まれた直後の赤ちゃんは、昼夜の区別がつかず、頻繁に目が覚めて、一日を通して断続的に泣きます。初めての赤ちゃんの場合、どう対応していいのかわからず、心も体も疲れ果て思い詰め、時には「産後うつ」にもつながります。
 生後3カ月頃までは「おむつがぬれている」「おなかがすいた」など、不快を訴えて泣くことがほとんどです。生後3か月を過ぎると、「眠い」「さみしい」など、泣くことで感情を表現するようになります。さらに6~9カ月になると、世話をしてくれる大好きな人の顔をはっきりと区別できるようになるため、人見知りや「後追い」が見られるようになります。夜泣きをするのも、この頃からです。 (読売新聞 9月27日)
 こども園に入園できるのは生後6か月を過ぎてからです。それまでは、お母さん頑張ってください。大変な苦労をして育てるから、愛着が生まれます。
 こども園の0歳ひよこ組からは、1日中泣き声が聞こえてきます。こども園の先生は、抱っこしながら歩き、歌ったり話しかけたり、落ち着かせます。1人で3人の赤ちゃんを8時から18時ころまでみます。さすが保育のプロです。お母さんも頑張ってください。
 
 






2025年10月8日水曜日

花だより 開園10年記念イベント「餅まき」 マツムシソウ キンモクセイ 

     

 10月5日(日) わくわく園開園10年を祝う「わくわくランド」を開催しました。様々なイベントの最後の締めくくりは「餅まき」でした。
 餅まきは、新築の家の上棟式や、祭りなどの慶事で、お餅やお菓子などを集まった人々にまいて福を分かち合う伝統行事です。しかし、今やすっかり姿を消してしまいました。
 餅まきの由来は、餅や銭をまくことで、土地の神へのお供え物として、厄災を払い、それを拾う人々に厄を持ち帰ってもらうという意味も含まれていました。
 屋根の上など高い場所から、施主や関係者が集まった人々に向けて餅を投げます。神社のお祭りや地域のイベント、開店祝い、結婚披露宴(地域による)など、様々な慶事で行われます。
 まかれるものは、紅白餅が中心ですが、最近では個包装されたお菓子や、5円玉・50円玉などの硬貨(ご縁があるように)が一緒にまかれることもあります。餅は「焼くと火事を連想させる」という言い伝えから、焼かずに食べるのが良いとされています。
 イベントには200人以上が集まりました。はじめて「餅まき」を経験する子がばかりでした。子どもたちは、餅より、お菓子の方が興味があったようです。イベントの最後を盛り上げました。