2022年9月14日水曜日

花だより こども園のジェンダーレス ツリフネソウ

 

           
 小学校生活科の教科書では、青系の服の男の子、赤やピンクの服やスカートの女の子が描かれていたが、ジェンダーレスの考えから、今は描き方が変わった。ランドセルの色も男女で差が無くなってきている。しかし、こども園など幼児施設では、「男の子だから」「女の子だから」と、分けて考える傾向にあり、ジェンダーへの取り組みは遅れているように感じます。性別の境界線をなくし、子どもと関わっていくジェンダーレス保育へ転換する必要性は、感じているところです。しかし、男の子、女の子と分けて保育するということがあまりにも普通になっている日本では、しっかりと意識しないと無意識にわけて考えてしまうことがある。
 保育中に「男の子は、女の子に優しくしてあげるとかっこいいんだよ」とか、洋服を選んでいる女の子に「このスカートとかピンクのお花がたくさんついていて、女の子らしいんじゃない?」など、性別分けしている発言を無意識にしていることがあります。わざわざ男の子、女の子とつける必要はないのに、自然にでてきてしまう。何気ない発言や無意識にでる発言の数々が、「僕は男の子だから」「私は女の子だから」と考えるような思考を作ってしまっています。
 無意識のうちに、男女を色分けしている?
 ジェンダーレスを否定的ではなくむしろ肯定的に考えるとしたら、色分けにも意識をむけるべきです。たとえば、男の子は青系、女の子は赤やピンク系で色分けしてしまうことがあります。しかし、だからといってジェンダーレスを意識しすぎてしまうと、保育がしにくく自分を苦しめることになりかねません。
 従って、ジェンダーレス について細かく目をむけるよりも、個人の意思を尊重してあげる意識をもって、子どもらと関わることが大切です。
 ジェンダーレス保育の視点からすれば、自分は無意識に社会的視点で子どもたちと関わっていたことに気づかされます。それは別に悪いことでもなく、時にはそれにより子どもたちに分かりやすく思いが伝わることもあります。しかし、これからの時代、子どもたちの未来の可能性を少しでも広げるために、自分の常識を一回考え直して、「ジェンダーレス保育を意識する」ことは、子どもたちの未来をより大きく、新たな可能性を秘めていると思います。

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