2026年4月27日月曜日

花だより 昭和100年を考える  ヤマブキ マーガレット

 

 
 私は小学校教員でしたが、大学では中学・高校の社会科免許(日本史専攻)を取得しました。当時、北大から来た南部 昇先生(日本古代史)から「歴史学と史実、歴史教育はすべて違う」また、「特に明治まではやっと歴史になりつつあるが、それ以後の近代・現代史は歴史とは呼べない。」と講義で聞いたことがありました。
 昭和100年を迎え、平成、令和と時代が変わり、やっと昭和が歴史になりつつあります。私自身も人生の半分は昭和です。
 ~昭和100年記念式典考~ 読売新聞 4月21日
    筒井清忠:帝京大学学術顧問(日本近代史)
 「昭和史の見方も多様で議論は尽きない。自由民主義国家として好ましく、無理なくまとめてもよいとの立場だが、昭和や軍人に関する書籍には誤りが多い」といい、正確に昭和史を残し、広めることを望んでいる。
 「間違いからは学べないので正確に歴史を尊重する機会にしてもらいたい。それが先人の苦労をしのぶことだ。」と主張している。
 ~消えた暮らし方にも学びを~
 昭和を回顧する営みは、また将来の活力の源泉ともなると指摘する。というのも昭和の高度経済成長期には、人々はほとんど和服を着なくなり、夏は蚊帳や冬のこたつなど暮らし方が消えていった時期でもある。一方で、そんな江戸期からの生活様式を便利な生活と引き換えに捨ててしまったことに対する哀惜の念も強かった。それが昭和への郷愁の背後になると筒井氏は説明する。
 「過去を振り返るとは、当時の生活から未来に活かせるものを探し求める行為です。昭和の記憶は徐々に薄れていきます。自然に溶け込んだ日本人の生活を思いを懐かしむ機会は、デジタル化・IT化が進むにつれますます増えるでしょう。昭和100年記念事業の意味の一つはそこにあると思います。

 

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