2022年5月26日木曜日

花だより 言の葉 アヤメ

 

 言の葉」大賞の「まえがき」から 
 高度情報化社会と言われる今日、言葉は社会にあふれています。しかし、実のところ「言の葉」は日々、減り続けているのではないでしょうか。言葉の役割は、二つあります。ひとつは、何かの必要にせまられて発する言葉、もうひとつは、何かに感動した場合などに発する、自分の気持ちや思いを表現する場合の言葉です。
 多くの場合は前者で、メディアから流される膨大な広告情報は、その象徴的な例といってよいでしょう。テレビを見ても、新聞を開いても、目を引くロゴデザインやレイアウトで、そこで語られていることは、「ステキですよ」「安いですよ」という言葉ばかりです。メールを開くと、そこに並んでいるのは、指示や連絡ばかりで「何々をしてください」「ご多用のところ恐縮ですが…」といった類の言葉のオンパレードです。
 その一方で、自分の気持ちを表す、心の中から出た言葉に出会うことは、滅多にありません。今はSNSの世界がそうかもしれません。しかし、それらの言葉のほとんどが、自己満足的なつぶやきに過ぎないものだったり、互いの日常生活を写真付きで自慢し合う場になっています。
 ある書家によれば、「字とは、もともと人の心が万物に感動してつくり出されたもの」だと言っています。この「言の葉」協会の名前の由来となっている、古今和歌集の仮名序にある「大和うたは、人の心を種として、万の言の葉とぞ、なれりける」が伝えるように、和歌とは人との心を種として、さまざまな言葉の葉が繁ったものなのです。
 😃言葉の洪水に押し流されて「言の葉」の精神を失うことは、おそらく、私たちの生きる力そのものを失うことになるに違いありません。ここに収録された「言の葉」の数々が、読者の心を揺さぶり、明日の生きる力の糧となることを願ってやみません。
こども園近くのお寺の庭に咲いたボタン


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