2026年6月8日月曜日

花だより 最近の作文指導は? 言葉の精神を忘れない ツリガネソウ キンロバイ ハマカンザシ テッセン

 



 高度情報化社会と言われる今日、新しい様々な言葉は社会にあふれています。しかし、実のところ「言葉」は日々、減り続けているのではないでしょうか。言葉の役割は、二つあります。一つは、何かの必要にせまられて発する言葉、もう一つは、何かに感動した場合などに発する、自分の気持ちや思いを表現する場合の言葉です。
 多くの場合は前者で、メディアから流される膨大な広告情報は、その象徴的な例といってよいでしょう。テレビを見ても、新聞を開いても、目を引くロゴデザインやレイアウトで、そこで語られていることは、「ステキです」「安いです」などという言葉ばかりです。LINEを開くと、そこに並んでいるのは、指示や連絡ばかりで「何々をして」「おねがい」「いいね!」「すごい!」といった類の言葉のオンパレードです。言葉ならまだしも絵文字とスタンプだらけです。
 その一方で、自分の気持ちを表す、心の中から出た言葉に出会うことは、滅多にありません。今はSNSの世界がそうかもしれません。しかし、それらの言葉のほとんどが、自己満足的なつぶやきに過ぎないものだったり、互いの日常生活を写真付きで自慢し合う場になっています。
 ある書家によれば、「字とはもともと人の心が万物に感動してつくり出されたもの」だと言っています。古今和歌集には「大和うたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける」とあります。和歌とは人との心を種として、さまざまな言葉の葉が繁ったものなのです。言葉の洪水に押し流されて「言葉」の精神を失うことは、おそらく生きる力そのものを失うことになるに違いありません。学校教育における作文や感想文指導が大切に行われている所以はここにあります。そのためには、良い作文、良い本の読むことです。
 ところが宿題の作文や感想文を子どもたちが生成AIで作成する時代になりました。先生はそれを見抜けるでしょうか?それを判断するのにAIを使う?
  言葉や文化は変化するものです。その流れに反対することはできませんが、言葉の精神は忘れてはならないと思います。

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