雨が降っても子どもは喜ぶ。水たまりがあるとわざわざ入って、ぴちゃぴちゃさせる。傘は雨よけではなく、遊び道具だ。決められた通学路から、わざとはずれて歩く。子どもはちょっと危ないところが好きだ。かつて、子どもを元気にするのは、学校ではなく、家庭でもなく、学校への行き帰りの道や放課後の大人の目の届かない場所だった。しかし、最近は、GPSを使って子どもが学校帰りに、今どこにいるかの位置情報を親に知らせる機器をランドセルにぶら下げている。これでは、うかうかと道草も寄り道もできない。しかし、犯罪に巻き込まれる恐れのある世の中になってしまったので、仕方のないことなのだろう。
子どもには、本来「元気」のモトがあって、その「元気」を磨く場所が、大人の目から解き放たれた自由な空間、道や空き地、広場や建物の陰だった。しかし今、子どもの居場所は唯一学校だけになってしまった。 しかし、夏休みに入ったが、元気を取り戻す絶好の機会に、コロナの第7波がやってきた、さらに悪いことに子どもの感染者が急増していることから、外に出ることさえできない状況にある。夏休み明け、学校が始まっても、狭い空間の中で、子どもの「元気」をどう育てるのか。そのカギを握っているのは先生であり、その先生の経営する学級だ。元気は伝染するもので、生き生きと元気いっぱいの人のそばにいると、何となくその人の「元気のモト」のようなものが、こちらの身体や心に移ってくる。ところが、最近の先生は授業以外の雑用に追われ、子どもの仲間になる時間が持てないでいる。先生が元気印でいられるような学校にするためにも、働き方改革は急務だ。コロナを理由に教育を止めてはいけない!
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